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回答先: インドネシアの「忍者」事件、ご存じ無い方のために 投稿者 倉田佳典 日時 1998 年 11 月 30 日 13:19:56:
『ニンジャ』の犯罪、東チモールで報告
インドネシア軍は、12-15人から成るギャングによる地域住民に対する襲撃に対応するため、東チモールの首都、ディリー市街における巡察と警戒の増加で対応している。黒い服とマスクを着ているため『ニンジャ』として知られるこれらの集団は、住民を脅かして夜の市内を徘徊している。典型的な彼らの活動は、住居侵入、居住者に対する暴行及び拷問、夜間の通行人に対する襲撃、並びにペットと家畜の殺害を含む。このことは、1995年始めのディリー近郊におけるインドネシア軍の部隊による6人の東チモール人の殺害と結び付いた活動を増加させ、インドネシアの紛糾する27番目の州における保安事項を強化している。
旧ポルトガルの植民地であった東チモールは、その前年の侵略に引き続き、1976年にインドネシア共和国に併合された。その時以来、その独立派の部隊は、インドネシア軍に対する戦争を遂行している。現在の見積によれば、約5,000人のインドネシア軍に対してゲリラ戦を実施している約200人の東チモール人が存在する。ニンジャの活動は、東チモールの戦いにおける最も最近のねじれ現象である。両者共に、ギャングの所属を否定している。ディリーのカトリック司祭は、ニンジャがジャカルタの支配を敵対者を脅かす特殊任務を帯びたインドネシアの特殊部隊の一員である主張している。ディリーの反対派は、政府が29人の東チモール人がクリントン大統領の1994年11月のインドネシア訪問中に米大使館構内を占拠した時に経験した国際的困難を含む、彼らの活動を鎮圧しようとしていると主張している。
インドネシア政府は、ニンジャが反対派の東チモール人の若者のギャングであると主張している。政府は、ニンジャの活動を操る彼らの役割と、インドネシア軍の占領のイメージを傷つける彼らの努力を認めているという12人の東チモール人の1995年2月の逮捕を指し示している。しかしながら、多くのチモール人の考えでは、ニンジャの真の正体とその議題は、解決からはほど遠い問題として残っている。
対外軍事研究室(FMSO)、『特殊戦(Special Warfare)』、1995年7月