※2022年3月19日 日刊ゲンダイ1面 紙面クリック拡大
※紙面抜粋
※2022年3月19日 日刊ゲンダイ2面
【劇場爆撃はこの戦争の分岐点になるだろう】
— 笑い茸 (@gnXrZU3AtDTzsZo) March 19, 2022
落としどころがなくなった戦争の行く末
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※文字起こし
街を象徴する3階建ての建物は無残に崩れ落ちた。ウクライナ政府がロシア軍に空爆されたと発表した南東部マリウポリの劇場は、ウクライナ側が公表した映像によると、辛うじて残った劇場正面の壁も黒く焼け焦げ、周囲にはがれきや木材が散乱。樹木もなぎ倒された。
マリウポリは、ロシアが実効支配するウクライナ南部クリミア半島と、東部の親ロシア派地域の間に位置する要衝だ。すでにロシア軍が包囲し、劇場には激しい攻撃で家を失った住民や子どもら1000人以上が避難していたという。
空爆前の14日の衛星写真では、建物前後の地面に「子どもたち」とロシア語で大きく書かれており、ウクライナのクレバ外相が「ロシアは市民の避難先だったと知らなかったはずがない」と非難するゆえんだ。
だが、18日になって朗報が飛び込んできた。マリウポリ市当局が、この劇場に避難していた住民について、重傷者が1人いるものの、全員の生存が確認されたと発表したのだ。
悲惨な戦争の中でも最大の惨事になりかねなかった事態は奇跡的に免れたが、プーチンの罪の重さに変わりはない。
バイデン米大統領はここぞとばかりに、プーチン大統領を「人殺しの独裁者」「根っからの悪党だ」とヒステリックに糾弾した。17日の国連安保理でも民間人や子どもを標的にした攻撃に非難が集中したが、ロシアの国連大使は「劇場を攻撃対象としたことはない」と空爆を否定。「ウクライナのナショナリストによるものだ」と反論し、責任回避に終始した。
むろん、世界の大半はその言葉を信じない。誤爆なのか、狙い撃ちなのか。情報戦が渦巻く中、真相は藪の中になるだろうが、いずれにしても「暴挙」であることは揺るぎない事実である。
正常な判断を失った兵士による無差別攻撃
恐らく劇場爆撃はこの戦争の大きな分岐点になるだろう。これまでロシア・ウクライナ両国の交渉は「一定の進展を得ている」と報じられていた。焦点となっていたのは、ロシアが求めるウクライナの「中立化」だ。
英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)は、両国が15項目の案で協議中と報道。ウクライナはNATO加盟を断念し、米英トルコなどによる安全の保証と引き換えに、外国軍の基地設置や外国の兵器搬入はしないことを約束する内容とされる。
こうした停戦合意に向けた動きが、劇場爆撃の暴挙で一気に吹き飛びかねない。もはや双方のメンツを立ててなどと言っていられない状況だ。国際ジャーナリストの春名幹男氏はこう言う。
「マリウポリの暴挙で、ウクライナに対する世界の同情が一層、高まるのは間違いない。国際世論を味方につけたウクライナは、停戦交渉でも必ず劇場空爆の暴挙を持ち出してくるでしょう。ただ、ロシア側が『申し訳ない』とすんなりと認めるはずもない。交渉は互いに譲らず、平行線をたどるのみです。ロシアの指導部も戦況の悪化から合意の糸口を探り出そうとしていたはずですが、その矢先に今回の暴挙です。ロシア側は軍司令部の中心から末端の兵士にいたるまで、意思統一が徹底されていないのではないか。子どもたちが避難する劇場を空爆すれば国際世論が反発し、ますますロシアが不利な立場に置かれるのは自明の理です。それなのに、前線のロシア兵は『オレたちは、まだまだやれる』と考え、大暴走。会議室の意思と現場は完全に乖離し、正常な判断を失って無差別攻撃を繰り返しているとしか思えません」
短期決着を阻み続けるバイデン政権の思惑 |
狂気のプーチンの下、暴走を繰り返す正気を失った最前線──。この戦争が最悪の展開になる恐れは日々、強まる一方だが、ウクライナの戦火に油を注いでいるのは米国だ。バイデンは外交による解決には一歩も動こうとせず、ひたすらウクライナへの軍事支援を繰り返すだけだ。
ウクライナのゼレンスキー大統領が16日、米議会でオンライン演説した後、バイデンはウクライナへの8億ドル(約950億円)の追加軍事支援を発表。2月24日の侵攻開始以降、3度目の支援決定で総額は13.5億ドルに上る。
同時に携行型の対戦車ミサイル「ジャベリン」2000基、地対空ミサイル「スティンガー」800基の追加提供を決定。既に1万7000基のジャベリン、2000基のスティンガーが米国などのNATO加盟国からウクライナに輸送され、「予想外の抵抗」の主翼を担っている。
さらに今回、バイデンは新たに100機の無人航空機も提供する。「カミカゼ・ドローン」とも、「殺人ドローン」とも呼ばれる殺傷能力の非常に高い兵器だ。予想外の抵抗がますます強まるのは確実で、すなわち戦争は長期化していく。
「それこそが米国の狙いです」と言うのは、元外務省国際情報局長の孫崎享氏だ。こう続ける。
「曲がりなりにも両国が交渉を重ねているのだから、米国は静観するのが当然の振る舞い。ウクライナに大量の武器と資金を提供している時点で、戦争の継続を望んでいるのは明白ですよ」
米国の軍事支援のため、ロシア軍がウクライナ全土を制圧することは不可能だ。一方で戦力差を考えれば、ウクライナ軍が武力でロシア軍を自国から追い出すこともできない。当面は泥沼化の一途だ。
「すでに戦争の副産物で、ドイツがGDP比1.5%程度にとどめていた国防費を2%以上に引き上げる方針を発表しました。戦争が長期に及ぶほど欧州各国は軍備増強に動くでしょう。その調達先となる米国の軍需産業は潤う。経済制裁で市場からロシア産の原油や天然ガスを締め出せば、米国産の需要は増す。マリウポリの暴挙で反ロ感情が高まるにつれ、米国の軍事支援の大義も立つわけです。決して自国民が犠牲にならない戦争を継続させ、ロシアを疲弊させるとともに自国に利益をもたらす。それが米国の理想的な展開です」(孫崎享氏=前出)
プーチンを「戦争犯罪者」と罵るバイデンだって、戦争を長引かせる罪を犯しているのだ。
ロシア国内から化学兵器を使用する懸念
恐らくプーチンも米国の思惑を理解しているのだろう。だからこそ、この戦争に勝利しないとロシアはジリ貧になるという覚悟を固め、激しい攻撃を継続するに違いない。まさに落としどころのなくなった戦争である。筑波大教授の中村逸郎氏(ロシア政治)はこう言った。
「実はこれまでのウクライナ側との交渉過程で、ロシア側は一度も『停戦』に触れていません。フィナンシャル・タイムズが報じた15項目にも『撤退』という言葉があるのみ。仮にロシア側がウクライナから撤退しても、停戦に応じない以上、ロシアの国土からミサイル攻撃を行う選択肢は残る。地上戦を諦め、ミサイルによる無差別攻撃でウクライナ全土を壊滅させるシナリオへの切り替えです。今回の劇場爆撃はシナリオ変更のリハーサルではないか。懸念するのは、ロシア軍がミサイルに化学兵器を搭載する恐れがあること。ロシアは、シリア内戦で支援したアサド政権に化学兵器を送ったとの目撃情報があり、英BBCは2013年9月以降、アサド政権が少なくとも106回の化学兵器攻撃を行ったと伝えています。その結果、アサド政権が支配地域を次々と奪還し、首都を掌握。18年に政権存続が事実上、確定した。化学兵器の扱いになれたシリア兵が相当数、ロシア軍入りしたとの情報もあり、彼らに攻撃を担わせるのかと危惧しています」
その上、プーチンは依然として核使用カードを温存したまま。前出の春名幹男氏は「追い込めば追い込むほど、何をするか分からない」という。この戦争は破滅的な結末を迎えるしかないのか。
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