311大地震発生前 大津波が起こることについての警告がされていませんでした。
しかしながらあの地域では次に示すように繰り返し大きな津波が起こっていたのです。
主要な三陸津波は以下の通り。
1611年12月2日に発生した慶長三陸地震による津波(慶長三陸津波)。
1896年6月15日に発生した明治三陸地震による津波(明治三陸津波)。
1933年3月3日に発生した昭和三陸地震による津波(昭和三陸津波)。
しかも311大地震の二日前である3月9日には M 7の大きな地震が三陸沖で発生をしていました
三陸沖地震は、2011年3月9日11時45分頃に三陸沖を震源として発生したM7.3の地震。青森県から福島県の太平洋沿岸に津波注意報が発表され、大船渡で 55cmの津波を観測した
そればかりでもなく 三陸沖では M 4から M 6の地震が数十件発生をしていたのです。
そのためごく普通に考えても、かなり大きい津波が来ることの警告が出されてしかるべきでした。
仮に日本地震学会とか、または、気象庁とか、または、三陸沿岸の自治体から津波についての警報が出されていれば あの2万名もの犠牲者は半減をしていた可能性が高いのです。
現在首都圏の大地震についての警告 は長期のものを除いて出されてはいません。
しかし 311前の状況と同じように大地震が切迫をしていても警告が出されない可能性がかなり高いのです。
なおこのことについて日本地震学会では M 9の大地震の予測ができなかったことについて反省文を出しています
が、大津波が来ることについての警告 ができなかったことについて、全く反省も総括もされていません。
この記事を書いていて今でも非常に疑問なのは、なぜ 多くの犠牲者を出した自治体関係者から津波の警告かされなかったことについての検証を求める動きが未だに出ていないのかということです。
非常に大きな世論操作がされてしまっているのではないでしょうか。
http://www.asyura2.com/17/jisin22/msg/724.html