「MMT」や「反緊縮論」が世界を動かしている背景
「AOC、コービン」欧米左派を支える主要3潮流(東洋経済オンライン)
https://toyokeizai.net/articles/-/281897
松尾 匡 : 立命館大学経済学部教授 2019/05/24 6:10
●欧米反緊縮左翼のコンセンサス
イギリスのジェレミー・コービン党首の労働党やアメリカのサンダース派、フランスのメランション派や黄色のベスト運動、スペインのポデモス、ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相の始めたDiEM25など、近年、欧米では反緊縮左翼が台頭しているが、そのコンセンサスとなっているのは、次のような見解である。
彼らは「財政危機論」を新自由主義のプロパガンダとみなしている。財政危機を口実にして財政緊縮を押し付けることで、公的社会サービスを削減して人々を労働に駆り立てるとともに、民間に新たなビジネスチャンスを作り、公有財産を切り売りして大資本を儲けさせようとしていると見なす。
したがって、財政緊縮反対は政策の柱である。逆に、財政危機論にとらわれず、財政を拡大することを提唱する。
その中身として、医療保障、教育の無償化、社会保障の充実などの社会サービスの拡充を掲げるのはもちろんである。
しかし「反緊縮」というのは、それにとどまらず、財政の拡大で景気を刺激することで、雇用を拡大するところまで含んでいることに注意しなければならない。
その財源としては一様に、大企業や富裕層の負担になる増税を提唱している。
しかしそれだけではない。中央銀行による貨幣創出を利用する志向が見られ、中央銀行によるいわゆる「財政ファイナンス」はタブー視されていない。
公的債務の返済を絶対視することは新自由主義側の信条と見なされており、公的債務を中央銀行が買い取って帳消しにすることも提唱されている。
これらの政策主張の背景には、不況時の財政赤字を罪悪視せず、貨幣を創出することによって政府支出が行われることを肯定する近年の欧米の経済学の諸潮流が存在する。
●反緊縮経済理論の主要3潮流
いずれも、これまで緊縮・財政再建論を支えてきた新古典派マクロ経済学と対抗する、多くはケインズ経済学の現代的潮流であるといえる。
1つの潮流は、主流派ケインジアンの流れである。
有名なものでは、イギリスのニューケインジアン左派のサイモン・レンルイス、アメリカのニューケインジアン左派のノーベル経済学賞受賞者ポール・クルーグマン、同じくアメリカの左派ケインジアンでノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ、アメリカのニューケインジアンの大御所マイケル・ウッドフォード、スペインのニューケインジアンのジョルディ・ガリなどが影響を与えている。
非主流派では、特に、ポスト・ケインズ派の一派であるハイマン・ミンスキーの流れをくむMMT(現代貨幣理論)の論者の貢献が大きい。ランダル・レイ、ウォーレン・モズラー、ビル・ミッチェル、ジェームズ・ガルブレイスらが主な論者である。
また、非主流派ではそのほかに、信用創造廃止・ヘリコプターマネー論の潮流があり、大きな影響を与えている。
すなわち、今日の貨幣のほとんどは民間銀行が貸付先の預金口座に数字を書き込むことで創造され(=信用創造)、そのことが経済不安定の原因になっていると見なす見解で、そこから、信用創造を廃止し、政府が民衆のために支出することで貨幣が創造される仕組みに変えるよう主張する議論である。
代表的な一派にポジティブ・マネー派がある。イギリスにあるシンクタンク、「ニュー・エコノミック・ファウンデーション」に多いようである。
そのほか、ポスト・ケインジアンのアナトール・カレツキー、日本でも『円の支配者』で知られるリチャード・ヴェルナー、ヘリコプターマネー論で有名なアデア・ターナーなどがこうした主張をしている。
次のような主張は、よくマスコミなどでMMTの主張とされているが、これらの3派にも共通する、経済学の標準的な見方である。
・通貨発行権のある政府にデフォルトリスクはまったくない。通貨が作れる以上、政府支出に予算制約はない。インフレが悪化しすぎないようにすることだけが制約である。
・租税は民間に納税のための通貨へのニーズを作って通貨価値を維持するためにある。言い換えれば、総需要を総供給能力の範囲内に抑制してインフレを抑えるのが課税することの機能である。だから財政収支の帳尻をつけることに意味はない。
・不完全雇用の間は通貨発行で政府支出をするばかりでもインフレは悪化しない。
・財政赤字は民間の資産増(民間の貯蓄超過)であり、民間への資金供給となっている。逆に、財政黒字は民間の借り入れ超過を意味し、失業存在下ではその借り入れ超過は民間人の所得が減ることによる貯蓄減でもたらされる。
主な反緊縮政治家の背後にはこうした潮流の経済政策ブレーンがいる。
英労働党コービンの経済政策ブレーンは、党首就任までは、労働組合会議のブレーンのリチャード・マーフィだった。
彼は、MMTの財政学者で、コービンの党首選での目玉公約「人民の量的緩和」は彼の発案である。イングランド銀行の量的緩和マネーを国立投資銀行を通じて、住宅建設など公共的目的のために投資するというものである。その一方マーフィはポジティブ・マネー派とは論争している。
しかしコービンの党首就任後マーフィは遠ざけられ、労働党の経済政策助言機関である経済顧問委員会には、レンルイスや、左派ケインジアンのアン・ペティファーらが就任した。
もともと、レンルイスはマーフィの公共投資方式を批判し、中央銀行の作ったマネーを公衆に一律給付する狭義のヘリコプターマネーを提唱していた。
しかし、経済顧問委員会は、「人民の量的緩和」とは呼称しなくなったものの、彼らが作成した、2017年総選挙用の反緊縮マニフェストに掲げられた政策は、イングランド銀行の直接融資でこそないが、同行が国債を買って量的緩和を行っている下で、国家変革基金が低利で資金を借りて公共投資するスキームになっており、国債市場を間に介する形で、マーフィのアイデアを事実上具体化したものとなっている。
●サンダース派の経済政策
2016年のアメリカ大統領選挙の民主党候補選びで、ヒラリー・クリントンに今一歩のところまで迫った自称「社会主義者」の最左翼候補バーニー・サンダースは、選挙キャンペーンで、5年間にわたる1兆ドルの公共投資によって、老朽化した道路、橋、鉄道、空港、公共交通システム、港湾、ダム、下水道などのインフラ整備を行い、1300万人の雇用を作り出すという公約を掲げていた。
また、若者に職を創出するためのプログラムに55億ドルを投資し、100万人の若者に雇用を生み出すとしている。
このサンダースは、2015年12月23日の『ニューヨーク・タイムズ』への寄稿の中で、アメリカの中央銀行である連邦準備制度理事会(フェッド)が金融街の傀儡(かいらい)になっていることを批判したうえで、次のように書いている。
「最近のフェッドによる利上げ決定は、この経済システムがよこしまに操られた最新の例である。巨大銀行家やその議会でのサポーターは、この何年も我々に対して、手のつけられないインフレが今にもやってくるぞと言いつのってきた。だが、いつだってそうなったためしはなかった。
今利上げすることは、もっと労働者を雇うためにお金を借りなければならない零細企業主にとって災難である。そしてもっと多くの仕事と、もっと高い賃金を必要としているアメリカ人たちにとって災難である。概して、フェッドは失業率が4%を切るまでは利上げをすべきではない。」
つまり、金融街の利害のために金融緩和を打ち止めにするのであり、零細事業者や労働者にとっては金融緩和の継続が必要だと言っているのだ。
またこの同じ記事でサンダースは、民間の銀行がフェッドの元に預けている預金にフェッドがプラスの利子をつけていることを、「正気の沙汰でない」と非難し、逆に銀行から手数料を取るべきであると、いわゆる「マイナス金利政策」を提唱している。
そして2018年のアメリカ中間選挙では、サンダース自身が上院議員選挙で圧勝したほか、サンダース派が下院で10議席、州議会で36議席獲得して台頭した。
中でも最年少の女性下院議員となった「アメリカ民主社会主義者」のアレクサンドリア・オカシオコルテスは有名になった。その公約として、国民皆医療保険や公立学校・職業専門学校の無償化と並び、目玉になったのが、後述の「雇用保証プログラム」である。
オカシオコルテスは当選後、ウェブ雑誌「BUSINESS INSIDER」のインタビューで、「政府は予算のバランスをとる必要はなく、むしろ財政黒字は経済に悪影響を与える」とするMMTこそ「絶対に」「私たちの言論の中にもっと広がる」必要があると語っている。
また彼女は、テレビ番組「60 Minutes」のインタビューに答え、「グリーン・ニューディール」を賄うために、超富裕層に最高70%の課税をすると示唆して保守派の怒りを買った。
●サンダース派の経済政策ブレーン
サンダースの2016年の大統領選挙運動の経済政策顧問、ステファニー・ケルトンは、MMTの中心人物の1人である。彼女は今回また、サンダースの経済顧問になった。
また、オカシオコルテスの目玉政策、「雇用保証プログラム」は、従前のMMTの看板政策である。これは、元来ニューディール政策に前例があった、働きたくても仕事が見つからないすべての人に、連邦政府が雇用を保証する政策である。
東洋経済オンラインの2018年5月25日の記事では、2020年の大統領選挙への出馬を目指す民主党の政治家たちが続々と支持を表明しているとのことである。
また、サンダースは、大統領選挙運動中、CNNの番組で、将来政権をとった暁の内閣の顔ぶれをキャスターに聞かれ、クルーグマンへの高い評価を表明している。
クルーグマンを財務長官にしたいという話は別のインタビューでもしていた。また、別の機会では、政権をとったら、スティグリッツや、クリントン政権下で労働長官だったロバート・ライシュを迎えたいと話している。
スペインの新興左翼政党ポデモスは、綱領でも、経済政策についての「人民の経済プロジェクト」でも、欧州中央銀行による直接の政府財政ファイナンスと、欧州中央銀行の独立性を改めて欧州議会のもとにおくことを掲げている。
欧州中銀の目標に「完全雇用」を含める、スペイン憲法の財政均衡ルールは廃止するとしている。この下で、各種社会政策の充実やベーシックインカムが提唱されている。
この経済綱領を書いたブレーン3人の共著が2013年に邦訳出版されている。『もうひとつの道はある――スペインで雇用と社会福祉を創出するための提案』(ナバロほか)である。ここではやはり同じ主張がされている。同書では、賃上げと公共投資による景気刺激が明確に志向されている。
著者たちのうち、最年長のビセンス・ナバロは、自らを「再定義されたマルクス主義」と名乗っている。
もっと若い世代のホアン・トーレス・ロペスは、マルクスにはこだわっておらず、影響を受けた経済学者として、ポジティブ・マネー派、MMTのガルブレイス、ポストケインジアンのスティーヴ・キーンらの名前をあげている。先述の本は、ATTACスペインで編集されているのだが、ロペスは自身がATTACのメンバーである。
●ポデモスその後
ところが、このブレーンたちは、現在ほとんどがポデモスを離れている。ナバロもロペスもポデモスと縁を切って批判するようになった。
この背景には、ポデモスが経済政策を表に出さなくなり、フェミニズムや移民や性的少数派などの問題に大きく重心を移していることがある。
これに伴い、パブロ・イグレシアス党首の派閥以外の幹部たちの大量追放がなされ、副党首だったイニゴ・エレホンはじめ、マドリードとバルセロナの市長、マドリード、カタルーニャ、ラ・リオハ、ガリシアなどの地区組織が党を離れている。国際的にも、ヤニス・バルファキスのDiEM25との関係はなくなっている。
こうした内紛に加え、過去のベネズエラのチャベス政権からの資金提供の発覚、イグレシアスによる高級邸宅購入などのスキャンダルにより、今年4月終わりの総選挙では、ポデモスは29議席を失う大敗北を喫した(ポデモスの現状について、カルロス・ホルニャック氏より、情報提供を受けた)。
ジャン・リュック・メランションは、2012年仏大統領選挙で共産党、左翼党その他の左翼諸党派の連合「左翼戦線」の候補として第1回投票4位で11%得票し、2017年の大統領選挙では「屈しないフランス」の候補として第1回投票4位で約2割得票し、もう少しで決選に入るところだった。
2012年の選挙戦で彼は、欧州中銀に関する指令や法令を修正し、欧州中銀が「民主的コントロールの下で、諸国に対して直接に低い利率で──あるいはいっそ無利子で──貸与することを認め、公債を買うことを認める」ようにしなければならないと提案している。
2017年の選挙戦では、2730億ユーロの歳出拡大し、うち1000億ユーロの公的投資で景気刺激して350万人の雇用を創出すると公約している。また選挙中、『フィガロ』紙で、欧州中銀が諸国の公債を買い取って永久債にしてしまえば、債務は消えてしまって諸国は解放されると述べている。
フランスのメランションの経済政策ブレーンには、ネオ・マルクス主義者のジャック・ジェネルーや、ポストケインジアンでネオ・カレツキアンのATTAC創設メンバー、リェン・ホアン・ゴックがいる。
上述の『フィガロ』の記事では、ジェネルーが、欧州中央銀行が「公的債務を直接ファイナンスできるように」改革するよう呼びかけていることが報じられている。
●ピケティvsバルファキス
バルファキスは、ギリシャ急進左翼党政権の最初の財務大臣として債権者側との交渉を闘い、首相が屈服したので辞任したのち、全欧州の民主化を目指すDiEM25を立ち上げて、反緊縮の経済政策を求める運動を行っている。
近時、経済学入門書『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ダイヤモンド社)と、対EU交渉の内幕暴露本『黒い匣 (はこ) 密室の権力者たちが狂わせる世界の運命――元財相バルファキスが語る「ギリシャの春」鎮圧の深層』(明石書店)の2冊の日本語訳書が出版され、ようやく日本でも知られるようになった。
彼は経済学者で、元来の専門はゲーム理論なのだが、ケインズ派でありマルクス派であることも自称している。
彼がDiEM25などで打ち出している経済政策「欧州ニューディール」は、筆者たちの「ひとびとの経済政策研究会」で和訳を発表しているバルファキスの論説「ヨーロッパを救うひとつのニューディール」に詳しい(この論説は、亜紀書房から近刊の共著書『「反緊縮!」宣言』に所収)。
それは、上記欧米左派反緊縮経済政策論すべての影響を受けていると思われる。そこには、MMTの看板政策である「雇用保障システム」が掲げられている。
また、ベーシックインカムも掲げられているが、普遍的給付金制度は、信用創造廃止派と相性がよく、左派ニューケインジアンにも提唱者がいる。
そして、政策の柱のトップに掲げられているのは「グリーン・ニューディール」である。グリーンエネルギーと持続可能技術のための投資に、欧州の所得の5%を向けると言う。そしてこうしたことのために必要な資金は、欧州の公共投資銀行が公債を発行することで賄い、中央銀行がこれを買い支えるとされている。
他方トマ・ピケティは、昨年末、欧州の120人の政治家と学者の名前を添えて「欧州民主化宣言」を出した。それは、法人税の累進課税とトップ1%の課税強化などによって、欧州を民主化する改革をしようというものである。
●両者の政策は両立させるべきものと思えるが…
私見では両者はまったく両立できるし、両立させるべきものと思えるが、この両者の間で、借り入れによるのか税によるのかをめぐって論争が起こっている(詳しくは、ピケティ論考の全文を含むバルファキス側からの反論を参照)。
バルファキスは、経済停滞で貯蓄が山積みになっているときには、課税で支出するのは十分ではないという、マクロ経済拡大政策の観点からの批判を行ったのに対して、ピケティは、自分の提案は、バルファキスのものと違ってもっぱら公的支出だから税でなければならないと答えている。
この答え自体は筆者にはよく意味がわからないが、ピケティはさらに、最も本質的なこととして、自分たちの主目的は経済政策決定のシステムを民主化することだと言い、バルファキスの提案は、民主的コントロールの及ばない中央銀行の官僚に政策を委ねることになってしまうと批判している。
この批判自体は、バルファキスが、前掲書にも見られるとおり、欧州中央銀行を欧州議会の民主的コントロール下に置こうとしていることからすると明らかに的を外している。
しかし、バルファキス側に立って反論している盟友のガルブレイスやステュアート・ホランドはむしろ、ピケティの言うとおりに税制やEUの制度を変えるには国家間調整の手間がかかるが、自分たちの提案はすぐにできるという点を強調している(ピケティvsバルファキスの論争の存在については、田中宏氏より教示を受けた)。
最後に、サンダースとバルファキスが昨年末、反緊縮の国際組織「プログレッシブ・インターナショナル」を立ち上げたことを記しておこう。
日本からもこの呼びかけに応える勢力が現れることが期待される。
(以上の文章は、拙稿「反緊縮のマクロ経済政策諸理論とその総合」 <大阪市立大学『經濟學雑誌』第119巻第2号、2019年2月>第1節の部分を、一般向けの説明や後の部分の内容を入れ込むための修正をした上、その後知った新しい動きについて加筆したものである)