逆風吹きすさぶ原発事業の風向きは変わるか
2019/04/16
山本隆三 (常葉大学経営学部教授)
今年1月日立製作所は、英国ウィルファ・ネーウィズ(ウィルファ)原子力発電所の建設計画及びオールドベリー原発に関する作業について凍結すると発表した。この背景には英国政府との交渉の結果、日立が満足する条件が得られなかったことがある。
電力市場が自由化されている英国では、投資額に見合うだけの電気料金・収入が将来得られるか不透明だ。市場に任せたのでは、将来の収益見通しが不透明な発電設備を誰も建設しなくなり、電力供給が不安定になる。このため、英国政府は再生可能エネルギーと原発については発電された電気を固定価格で買い取る制度を導入し建設の支援を行っている。
ウィルファ原発については追加の支援策も用意されたが、それでも日立にとっては事業推進を決断するには不十分だった。
(anusorn thongpasan/gettyimages)
欧州で吹く原発への逆風と北米で吹く追い風
最近の欧米の原発建設では当初計画より投資額が膨らみ、工期が遅れることが相次いでいる。原発のように、当初の投資額が巨額であり発電コストの大半を投資額が決める場合には、投資額増大が収益にもたらすリスクは大きくなる。英国政府が日立に提示した条件の概要を見ると、投融資に関する補助、固定価格の買取価格は提示されているが、建設費の増大と工期の遅れに伴うリスクは反映されていなかったようだ。
即ち、工期が遅れた場合には発電された電気の買取期間が短くなる、あるいは最悪、買取契約が解除されるリスクを建設主体が負うことになる。工費の増大は当然収益に悪影響を与え投資企業の存続にすら大きな影響を与える可能性がある。両リスク共に大きく、事業者が負うには、フランス、中国のように国のバックアップがないと難しいかもしれない。
英国では、日立の計画凍結により将来のエネルギー供給に関する懸念の声も出ているが、現在、仏EDF(フランス電力)と中国CGN(広核集団)が建設中の原発ヒンクリー・ポイントC(172万kW)の建設計画に関しても、工費増大と工期遅延に関する懸念の声があり、原発建設計画の不透明化によりエネルギー供給に加え、温暖化対策への影響が生じるとの指摘も出ている。
EUレベルでも逆風が吹いている。昨年5月、EUでは欧州委員会が持続可能なファイナンスに関する法制度整備案を提出したが、今年3月欧州議会は持続可能なファイナンスの定義に化石燃料、天然ガスのパイプライン、原子力は含まれないと決定した。今後EU閣僚理事会で議論されることになるが、合意されれば原子力発電への投融資に制限が課せられる可能性が出てくる。事業には逆風だ。
その一方、米国では今年1月国境の壁建設を巡り連邦政府機関の閉鎖が行われるなど共和・民主両党の対立が激化するなかで、両党が小型原子炉(SMR)など新型炉支援の法案を支持し、成立させた。さらに、現在ジョージア州で建設中のボーグル原発3、4号機(125万kW x 2)に対する政府保証額の増額も行われた。欧州でも、工期が遅れていたフィンランド・オルキルオト3号機(172万kW)、仏フラマンビル3号機(175万kW)が、来年に商業運転を開始するとの見通しも出されるなど、追い風も多少吹いている。原発への逆風の風向きは変わるのだろうか。
日立に決断を迫った英国政府提示条件
今年1月日立が英国原発事業凍結を発表した後、英国グレッグ・クラーク・ビジネス・エネルギー・産業戦略大臣が議会で声明を発表した。その中で、大臣は日立に提示した条件の概要を明らかにしている。大臣声明の概要は次の通りだ。
「安全規制の強化により多くの新規原発のコストは上昇している。投資家は資本集約的でなく、建設期間が短く、コスト・オーバーランの可能性が少ない他の技術への投資を好むことになる。しかし、英国政府は最もコストを掛けずにエネルギー安全保障を達成するのはエネルギー源の多様化にあり、原子力は将来のエネルギーミックスにおいて重要な役割を果たすと引き続き信じている。
ウィルファ原発建設支援のため、
1. 英国政府は事業の3分の1の権益を取得すること
2. 完工に必要な資金の融資検討を喜んで行う用意があること
3. 1MW当たり75ポンド(1kWh当たり約11円)を超えない固定価格での電気の買取を検討すること
を提案した。日立は、主としてバランスシートから事業を切り離すこと(注:事業をオフ・バランスシートとし、日立の損益に反映させない)と、期待収益率の観点から経営的に取り組みが難しいとの見解だった。
日立は現時点では凍結との結論だったが、引き続き議論を続けていくことになっている。政府は今夏に出される白書の中で新規原発に対する新しい投融資案を提示する予定にしている。原子力は重要な役割を果たすが、料金は納税者にとって公正なものでなければならない」
英国政府が支援制度を用意する背景には、同国の電力供給の約20%を賄っている15基の原発のうち8基が、2023年と2024年に閉鎖される予定であり、この建て替えを行わないと電力供給が不足する事態が想定されるからだ(表)。温暖化対策と安全保障上、原発以外の選択肢の検討は難しい。
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英国政府が日立に提案した75ポンドは、ヒンクリーポイントCプロジェクトに提案された92.5ポンドを約20%下回っている。ヒンクリーポイントCの投資収益率は、仏EDFが明らかにしているが、IRR(内部収益率)が8%を超えており、インフラ事業への投資としては高IRRと言える。工費増大のリスクがなければ、ウィルファのIRRも受け入れ可能なレベルだが、欧米での原発工事では工費の増大が頻発している。
欧米で相次ぐ原発工費増大
2月下旬、英国のビジネス・エネルギー・産業戦略省の関係者、シンクタンク、インペリアルカレッジの研究者と面談し、英国のEU離脱がエネルギー・環境政策に与える影響について議論する機会があった。
その折に、温室効果ガス削減のためには、再生可能エネルギーに過度に依存するのではなく、原子力と天然ガス発電を組み合わせるのが最も費用を抑制できると研究者からの指摘があったが、一方、ヒンクリーポイントC原発の建設が本格化すれば、コスト増大が明らかになるのではないかとの懸念を述べる研究者もいた。
フィンランド、フランス、米国で建設中の原発の工費増大が明らかになっているからだ。
フィンランド・オルキルオト3号機の建設は2005年に開始され、2010年完工予定だったが、未だ工事中だ。当初の建設費見込みは30億ユーロ(約3800億円)だったが、2012年時点で85億ユーロ(1兆600億円)に達した。工事はほぼ終わり、来年には商業運転開始見込みになった。
フランスのフラマンビル原発3号機の工事は2007年33億ユーロの予算で始まり2012年完工予定だった。工事は継続しており、現在の工費は109億ユーロに膨らんだ。来年前半には商業運転開始見込みだ。
米国ジョージア州で建設中のボーグル原発3、4号機は、2009年に建設許可を得たが、その時点の工費見込みは140億ドル(1兆5500億円)運転開始予定2016年だった。現在、工費は約2倍に膨らみ3号機の運転開始見込みは2021年だ。今年3月下旬、連邦政府は37億ドルの政府保証を提供することを発表した。連邦政府が原発建設を支援している背景には、トランプ政権のエネルギー政策がある。
風が吹かないとテレビが見られなくなるよ
3月28日、トランプ大統領はミシガン州の集会に出席したが、「風力発電だと風が吹いてなければ、その夜はテレビを諦めないといけないよ。“あなた、テレビが見たいの”“ごめんね、風が吹いてないよ”」と演説の中で触れた。電力の供給安定強化、送電網の強靭化には石炭火力と原子力が必要とトランプ政権は考えている。いつも安定的に電力供給ができなければ、問題が発生するとの考えだ。
昨年1月、冬の嵐襲来時には北東部の風力も太陽光もほとんど発電できなくなり、石炭火力などの稼働率を上げることで凌いだ。今年1月末零下30度の寒波襲来時には、太陽光発電設備とバッテリーの効率低下が発生し、風力発電設備では羽への氷の付着、強風による停止などがあり再エネ設備の発電量低下が引き起こされた。
石炭火力でも石炭が凍り付き給炭機に投入できないなどの事故による停止が報告されているが、原子力発電所は安定的に運転された。発電設備が多様化していなければ、安定供給は難しい。
州政府レベルでも、原子力発電への支援が行われている。ニューヨーク州、イリノイ州で導入され、ペンシルバニア州なども導入を検討しているゼロ・エミッション・クレジット制度(ZEC)だ。温室効果ガスを排出しない原発からの電気に対し高値の買取を保証するものだ。
例えば、ニューヨーク州では、二酸化炭素の価格を42ドルと想定することにより上乗せ額が決められている。この制度の目的は原発を維持し供給を安定化させることと、結果として全体の料金を抑制することだ。
州の電力供給の3分の1を原発に依存するニューヨーク州のZECの負担額は5億ドルだが、同州の温室効果ガス排出目標に原発が寄与し電気料金を引き下げる効果は17億ドルとの試算結果も示されている。ZEC導入を巡る訴訟に関する連邦控訴裁判所の判決文でもZECは電力供給量を増やし、結果として電気料金引き下げに寄与するとされている。
既存の発電設備に関する支援だけでなく、議会は新技術を伴う小型原子炉に関する支援策を共和、民主両党相乗りで決めている。
新規原発支援策を進める米国と脱落する日本
今年1月14日トランプ大統領は、「原子力エネルギー革新及び最新化法」に署名した。米原子力規制委員会の評価基準は過去50年間主流であった軽水炉のために作成されていたが、全く異なる技術を利用する新型炉が登場し、時代遅れになっているとの議員からの声に応えた法であり、審査過程のコスト、審査期間に透明性を求めている。さらに、2028年までに審査過程を技術包含的にすることも求めている。
石炭への支援策では対立する共和党、民主党だが、SMRを主体とする原子力関連新技術支援では両党の足並みは揃っている。昨年9月には、「原子力エネルギー革新能力法」を成立させ、新型炉の開発事業者が負担する審査費用を助成すること等を決めている。米国議会、政府が新型炉への支援を急ぐのは、SMRが次の原子力技術になると見ているからだ。
新型炉に対する助成制度は、英国、カナダ政府も行っている。ロシア、中国も研究開発を進めている。新型炉の特徴は、過酷事故の蓋然性が極めて低くなり安全性が高まること、さらに小さな敷地でも建設可能などの柔軟性があることであり、今までの大型炉に代わる可能性が高いと見られている。
しかし、新型炉の実用化には、まだ時間が掛かり、その間は安全性を高めた大型炉の建設を進めることになる。いま、世界で原発を建設可能な企業を持つ国は、米、中、露、仏、韓、日の6カ国しかない。米仏が建設に手間取る間に、中露は東欧など多くの国で建設計画を進めている。
米が建設に手間取る最新型のAP1000、仏が進めるEPRともに中国は既に完成させ、運転を開始している。米仏と中国の差は、継続的な建設による現場力が蓄積されているかどうかだろう。日本の原発建設は、国内で中断したまま建設も進まない状況だ。
その結果、現場力を失い今後の新型炉を含む開発力を失うことが懸念される。温暖化問題に対処するには当面原発に頼るしかないというのが米英を中心とした国の考えだ。そのためには安全性とコストに優れた技術開発が急がれる。このままでは日本は6カ国の中で置いてきぼりになるのではないだろうか。将来日本の原発新設を中国あるいは韓国が行うこともありえなくはない。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/15931