2019年2月20日 田中 均 :日本総合研究所国際戦略研究所理事長
世界の一層の混乱を防ぐ鍵は「経済重視」の合理的思考だ
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世界の混乱の引き金になる事態が、2月末から3月にかけて同時並行的に進んでいく。
米国では、「国境の壁」建設予算を巡って、異例の非常事態宣言を出したトランプ大統領と議会の対立激化から、政府機関の閉鎖問題が再燃する可能性があるほか、ロシアゲートの捜査報告が提出される予定だ。
東アジアでは2月27、28日にベトナムで2回目の米朝首脳会談が開催される。息つく暇もなく3月1日には米中貿易戦争の「休戦期間」が終了する。
そして、日韓関係が戦後最悪になる中で、韓国では日本統治下での抗日独立「3.1運動」から100周年の行事が3月1日に予定され、大きな反日のうねりにつながりかねない。
欧州に目を向ければ、3月29日の欧州連合(EU)離脱期限が迫るなかで、英国の「合意なき離脱」の可能性が高まってきた。
世界は一層の混乱に陥ることになるのか。
トランプ大統領の「極端な行動」
止めるのは「経済への考慮」
流れを左右するのは、とりわけ米国、トランプ大統領の動向が大きい。
「国境の壁」建設を巡る議会との対立では、建設予算の一部を盛り込んだ2019会計年度予算案が合意され、政府閉鎖の危機が去ったかに思われた。
だが、トランプ大統領はメキシコ国境の壁建設のため十分な予算が確保されていないとして、予算を捻出するため非常事態宣言を発令した。
トランプ大統領の念頭にあるのは2020年11月の大統領選挙での再選だ。
おそらくトランプ大統領は、特定の政策実現に向けて民主党と妥協していくよりも、民主党と対峙し違いを見せていくほうが得策と考えているのだろう。
国家非常事態宣言で予算の流用をするという異例の措置をとってでも、自らの「選挙の公約」にこだわるということか。
しかし予算流用のため非常事態宣言を発するという議会を無視した非民主的強権措置がすんなり通るとも思えない。
一方、ロシアゲートに関する特別検察官の捜査も近々、報告書が提出される見通しだ。
報告では弾劾に値するような事実が明らかになることが予想される。
民主党はおそらくトランプ大統領の支持率が大幅に低下し、共和党議員が造反して上院で3分の2の票を得る見通しがつかない限り、弾劾に持ち込むことはあるまい。
むしろ民主党が多数を占める下院で、ロシアゲートに限らず、脱税や女性問題など幅広い問題について関係者の証言を得て、トランプ大統領を追い詰めていく戦略をとる可能性が高い。
今後、非常事態宣言の是非を巡り法廷闘争を含む激しい駆け引きが予想され、与野党合意のないまま3月1日の米国債の債務上限引き上げ期限を迎える可能性がある。
政府の債務上限引き上げで合意ができないとなれば、再び政府機関の閉鎖という問題が起きてくる。
そうなりそうな時に、トランプ大統領にとって最大の懸念は経済への影響だろう。
政権発足後、数々の批判があっても40%前後の支持率を維持できてきた最大の理由は好調な米国経済があったからだ。
米国経済はどこかで景気後退期の循環に入っていくこととなるが、政府閉鎖などが景気後退に拍車をかけることとなれば、トランプ大統領としても無理はできまい。
トランプ大統領の極端な行動を止められるのは唯一、「経済」への配慮かもしれない。
北朝鮮の「非核化」
進める鍵は経済制裁
こうした背景の中で、米朝首脳会談(2月27日、28日)の開催が予定され、米中貿易戦争の休戦期限(3月1日)を迎える。
トランプ大統領は、大きな政治的成果を示す格好の機会と考えているのだろう。北朝鮮の金正恩労働党委員長にとってもその思惑は同じだろうが、米朝首脳会談ではどのような「成果」が期待できるのだろうか。
今回の首脳会談が昨年6月12日と同じような抽象的原則の合意で終われば、成果なしの失敗という批判を受けることになる。
おそらく北朝鮮は、米国の対応措置次第で大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄、寧辺(ヨンビョン)のプルトニウム型核爆弾開発に必要な核施設の廃棄に応じるつもりではないか。
仮に寧辺の核施設を廃棄しても濃縮ウラン型で核爆弾を製造できると踏んでいるのではないか。
見返りとして米国に求めるのは、経済制裁の緩和、朝鮮戦争の終戦宣言、平壌(ピョンヤン)における連絡事務所の設置といった課題についてではなかろうか。
これに対して、米国は国連安保理の経済制裁のうち、人道支援及び南北間の制裁緩和について例外を認めるのかもしれない。
韓国の文在寅政権は南北融和に強く傾斜している。こうしたこともあって米国は、開城(ケソン)の工業団地再開、金剛山の観光開発、南北鉄道連結に必要な南から北への資金の流れを制裁の例外として容認する可能性がある。
終戦宣言については、国連軍の解体だけでなく在韓米軍の存在にも影響を与えるので直ちに合意ということにはならないと思われる。終戦宣言に向けて協議を始める(おそらく南北米中の4者で)という合意になるのだろうか。
米朝間の連絡事務所設置については、合意する可能性が高い。
こうした合意がされたとしても、「包括的な核廃棄」という目標からは程遠いし、長いプロセスに向けての一歩ということにすぎない。
またこれまでの日本の主張ともそぐわないが、それでも北朝鮮の核・ミサイルを巡る状況が改善されることは明らかだ。米国内でも一定の評価を得られるだろう。
一方で何らの具体的合意も達成されなかった場合には、むしろ強い批判の対象となるだろうし、トランプ大統領が強硬策に反転していく可能性もある。その場合の混乱は大きい。
貿易不均衡是正では妥協
経済への影響を回避したい米中
米中貿易戦争についてもトランプ大統領は大きな成果を期待するのだろう。
米国の赤字解消に向けて中国側が数年度にわたり膨大な量の米国産品を買い付けることや、金融・サービスセクターの規制緩和、知的財産権法制の強化といった点に関する合意はされるだろう。
しかし米中対立の根幹にある構造的問題の解決策は容易ではない。
「中国製造2025」計画に象徴される共産党主導の先端産業開発計画は軍事技術開発にもつながる。これが世界貿易機関(WTO)に反する政府補助金や外国企業からの強制的技術移転などを伴うものである限り、米国は計画中止の要求を下ろさないだろう。
一方で中国も「核心的利益」として妥協を拒む。
したがって先端技術を巡る米中の対立は長く続かざるを得ないが、貿易不均衡是正の当面の措置については休戦期間を延長したうえで米中首脳会談を行い、一定の合意ができた形を作るのだろう。
このような妥協のシナリオが探られる背景には、米中双方に経済への大きな影響は避けたいという思惑があるからだ。
中国の経済成長率は2018年に6.6%と減速した。貿易戦争が長引けば、対米国だけではなく中国の貿易全般の縮小につながる可能性が高く、成長率の一層の低下を余儀なくされる。
高い経済成長率の維持が政権安定のために必須と考える習近平総書記と、メキシコとの間の壁建設を巡る議会との対立で国内政策が停滞している時、一定の成果を得たいと考えるトランプ大統領の思惑は一致する。
やはり事態を収拾する最大の鍵は「経済」なのだ。
BREXITについては3月29日の離脱期限に向けて不透明な情勢が続く。
英国議会は、英政府とEUの間でいったん合意された離脱協定の再交渉を命じ、メイ英首相は2月26日までにEUとの合意修正案を議会に示すとされている。
しかしEU側は再交渉を否定しており、このままであれば「合意なき離脱」必至ということになる。
イングランド銀行の試算によれば「合意なき離脱」が英国経済に与える悪影響は、英国のGDPの8%相当に及ぶ。
また英国だけではなくEUや、欧州に展開する日本企業にも甚大な負担が予想される。
どう考えても英国のような伝統ある民主主義国家で経過期間もなくこれほど非合理なことを容認するとは考え難い。
だとすれば、ぎりぎりのタイミングで微調整を施し離脱案の議会通過を図るか、あるいは6ヵ月程度期限を延長して修正案作りに再度取り掛かるということしか選択肢はないのではないか。
英国が、離脱ありきで「合意なき離脱」を強行するなどとは考えたくはない。
排他的なナショナリズム
歯止めになるのは経済合理性
いま世界で起きている混乱の背景には、ポピュリズム政治が吹き荒れていることがある。
その最大の特徴は、政権維持の基盤を、例えば排他的ナショナリズムやエリートに対する反感といったきわめて脆弱な感覚的要素に委ねていることだ。
そしてそのことによって、中長期の国益を重視したプロフェッショナルな意見をいとも簡単に切り捨てていることにある。
危機を招いている事態が収拾できるかどうかは、そうしたポピュリズムに流されず、関係する政府が合理的な判断ができるかどうかにかかる。
グローバル化が進んで世界の相互依存関係が深まった今、国民生活を維持発展させる「経済」重視の合理的思考が鍵を握るような気がする。
日韓関係の悪化の要因を見ても、まさにポピュリスト的要素が濃厚な韓国の文在寅政権と、ナショナリズムの色彩が強まっている日本の対韓アプローチがぶつかり、出口をなくしている状況なのだろう。
詳細については、前回の本コラム(2019年1月23日)「緊張が高まる日韓の『不信の連鎖』を払拭する方法はある」で書いたが、この問題でも鍵を握るのは、経済だ。
日韓両国経済には相互補完的な要素も強く、関係の悪化で両国の経済や人の行き来に影響が出てくれば、日韓政府は、冷静に協議し出口を見いだす努力をしていかざるを得なくなるだろう。
世界の歴史を見れば、大きな混乱は非合理的な排他的ナショナリズムの強まりや、また時には予想とは違う事態があって生じてきた。
BREXITを生んだ英国の国民投票やトランプを生んだ米国の大統領選挙が大方の予想に反したように、歴史は繰り返されるのかもしれない。
グローバリゼーションは諸国間の相対的国力の変化と民主主義国家のポピュリズムへの傾斜を生み、結果的に国際秩序が壊れつつあるとされる。
しかし同時に、グローバリゼーションを生んだ経済合理性や結果としての経済相互依存関係の深まりが、そのような潮流に歯止めをかけることができると信じたいと思う。
(日本総合研究所国際戦略研究所理事長 田中 均)
https://diamond.jp/articles/-/194551
http://www.asyura2.com/19/kokusai25/msg/477.html