残念な栄養士が信じ続ける「7つの誤解」
栄養という話題で、皆さんが日頃から最も頼りにするのは医師よりも栄養士であろう。医師が食事療法を勧める場合でも、実際の食事内容については、栄養士に“丸投げ”になることが多い。これは、医学部の教育において、実は「栄養学」の授業がほとんどないことにもよると言われる。自治体や会社などで食事指導にあたるのも、ほとんどが栄養士だ。
ところが、糖質制限食の創始者として知られる江部康二医師によると、栄養士の教えることが正しいとは限らないという。それどころか、国際的な新常識を知らず、誤った知識のままで食事指導している場合も多いという。糖尿病患者への食事指導でも、糖質制限食を理解しておらず、旧態依然のカロリー制限食しか指導しない栄養士がいまだに多い。結果、合併症を発症し、人工透析を受けなければならなくなるケースもあるというから、問題は深刻だ。
また、ダイエット目的の糖質制限に対しても、誤った思い込みから「危険」と決めつけ、いまだ非科学的な批判をする栄養士も多いと江部氏は語る。
では、栄養士が知らない栄養学の新常識とは何か。『江部康二の糖質制限革命』で日本の栄養学の現状と問題点について論及した江部氏に解説していただいた。
栄養士の「常識」は古いことが多い
【栄養士の誤解1】脳はブドウ糖しか使えない
『江部康二の糖質制限革命』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)
「脳はブドウ糖しか使えません」
たとえば、栄養士がこう言うことがあるのですが、これは大きな間違いです。残念ながら、こんな場面は、いまだに日本中の病院で現実に起こっているでしょう。
最近、テレビの医療番組で、大学で栄養学を教えているという人が堂々と同じことを言っていたのを聞き、驚きました。いまだにある大学では、ホームページに堂々とそう書いているところもあります。
日本の病院で栄養士が「脳はブドウ糖しか使えない」と言ってしまうのは、栄養士を教育する側の責任でもあるわけです。
しかし、これは科学的に間違いです。世界中の医学・生理学の常識ではこうです。
「脳はブドウ糖だけでなく、ケトン体もエネルギーとして使える」
前回(話題の「ケトン食でがんが消える」は本当か)でも解説したように、これは生理学的な事実なのです。勉強されている医師の方はケトン体の働きをよくご存じですし、医学会でもケトン体のことがよく取り上げられるようになりました。
https://toyokeizai.net/articles/-/186950
つまり、「脳はブドウ糖しか使えない」という栄養士のほうが間違いを犯しているわけです。
栄養士の常識の間違いとして、最も問題なのはこれです。
糖質制限食普及の障害に
この誤った常識がまだ生き残っているため、糖質制限食の普及にとって障害となっています。なぜなら、脳はブドウ糖しか使えないと信じ込んでいる栄養士は、こう考えてしまうからです。
「脳のために、必ず、糖質はある程度食べなければならない」
現在は、糖質制限食が当たり前の選択肢になっている時代ですから、栄養士も頭から糖質制限食に反対はしないようです。その代わり、こんなことを言うようになりました。
「あまり糖質を制限しすぎると、頭がぼうっとしますよ。脳はブドウ糖しか使えませんからね。最低限の糖質は食事でとらないと、脳のエネルギーがなくなります」
そして、「糖質制限はほどほどにしましょう」という結論を出して、こんな指導をするのです。
「ご飯やパンを少しは食べましょう。脳のエネルギーのためにね」
この主張も、もちろん間違いです。「脳はブドウ糖しか使えない」という主張がすでに間違っているのですから、まったく論理的ではありません。
「糖質制限ダイエットの恐ろしい『落とし穴』」(2017年4月24日配信)の回にお話ししたように、誤った糖質制限のやり方をして、頭がぼうっとすることはあります。しかし、その原因は「糖質不足」ではなく「カロリー不足」です。
改善する方法は、誤った常識を持った栄養士の言うように、「主食などで糖質を少しはとること」ではありません。
正しい改善方法は、「糖質の少ないおかずをたくさん食べて、タンパク質や脂質を増やし、カロリーを補うこと」です。
【栄養士の誤解2】脂肪は悪玉であり避けるべきである
健康常識の変化として、たいへん重要なものがあります。それは、「脂肪悪玉説は間違いだった」ということです。
これもまた、近年、急速に明らかとなった科学的な事実なのです。
脂質とはいわゆる「あぶら」のことですが、これまでの健康習慣では、どうしても食事の脂質は悪者にされがちでした。
「あぶらをたくさん食べると、体のあぶらも増えるんじゃないか」と思われやすいわけです。
しかし、近年になって科学的な研究が進められた結果、食事の脂質を生活習慣病に結び付けるのは誤りだったと証明されています。
まず、2008年に『JAMA』という非常に権威のある医学専門誌に載った論文があります。アメリカで5万人の女性を対象にし、半分を通常の食事、半分を脂肪の少ない食事にして8年間の経過を追った研究です。
結果、脂肪を少なくした食事でも通常の食事に比べて、心血管疾患になった人の数は変わらなかったのです。ほかに大腸がんや乳がんも減りませんでした。
→次ページ冠動脈疾患の危険は「糖質」で高まる
https://toyokeizai.net/articles/-/186950?page=2
また、動物性脂肪が悪いとする常識も誤りだと証明されています。
2010年にやはり権威ある医学雑誌に載り、研究の手法も非常に信頼性が高いとされている研究があります。これは21の論文のデータをメタ解析という手法で研究したもので、約35万人を5年から23年にわたり追跡した結果、飽和脂肪酸の摂取量と脳心血管疾患の起こった率とには関連がなかったとしています。
飽和脂肪酸とは動物性脂肪に多く含まれているものなのですが、この研究で、動物性の脂質が心筋梗塞などに悪いというイメージは完全に間違いだったと証明されました。
さらに、世界で最も権威を認められている医学雑誌『ニューイングランド・ジャーナル』に2006年11月に掲載された論文では、脂質の少ない食事と多い食事とを比べても冠動脈疾患の発生率に変わりがなく、糖質をとる量が多いと冠動脈疾患のリスクが中程度増加したという結果が出ました。
つまり、脂質を減らしても心筋梗塞は減らず、むしろ糖質を増やすと危険が中程度高まるということです。
ほかにも、低脂質食が総コレステロール値に影響がない、総コレステロール値が低いほど死亡率が高いなど、これまでの常識を覆す研究結果が次々と出されています。
最新の医学研究により、「食事のあぶらが体に悪い」というこれまでの常識が誤りだったことは、もはや明らかになっているのです。
脂肪悪玉説に関連して、これまではさまざまな健康常識がありました。
一例を挙げてみましょう。
●あぶらをとりすぎると健康に悪い
●あぶらを減らすとやせる
●動物性の脂肪より植物性の油のほうが健康的
●食事のコレステロールを減らせば健康になれる
今でも、こうした健康常識を信じている人がいるかもしれません。しかし、これらはどれも科学的な根拠がなく、誤っています。
そもそも、太りすぎの原因は、実は糖質摂取です。血糖値が上がるとインスリンの分泌により、筋肉が血糖を取り込み、血糖値を下げます。しかし余剰の血糖はインスリンにより中性脂肪に変えられ体脂肪として蓄えられるのです。そして血糖値を直接上げるのは後でお話しするように糖質だけです。
このように糖質の頻回・過剰摂取とインスリンの頻回・過剰分泌が、太りすぎの原因になるわけです。脂質を取ったからといって、それが体脂肪に変わるわけではありません。
卵の個数制限は意味がない
【栄養士の誤解3】卵は1日1個までにし、多く食べてはいけない
脂肪悪玉説に関連して、もう1つ、長い間にわたって信じられている健康常識があります。不勉強な栄養士の中には、いまだに以下のようなことを言う人がいるようです。
「卵は1日にたくさん食べてはいけません」
卵は非常に栄養バランスのとれた食品です。でも、コレステロールが多いという理由で、食べ過ぎるといけないと信じられていました。
けれど、これは間違いだったと証明されています。
→次ページコレステロール
https://toyokeizai.net/articles/-/186950?page=3
「食事でコレステロールをたくさん取っても、血液のなかのコレステロールが増えるわけではない」
最近の研究で、このように明らかにされたからです。
そこで、2015年2月にアメリカでは栄養療法の指針が改訂され、食事のコレステロールについては気にしなくてもよいことになりました。
さらに同年、日本でも厚生労働省は、「日本人の食事摂取基準」の2015年版で、コレステロールの摂取制限を撤廃しました。
そのため、現在の栄養指針では、1日に卵を食べる個数の制限はなくなりました。
今でも、卵を食べすぎるのは健康によくないと思っている人がいるかもしれません。あるいは、以上のような基本的な事実も知らない不勉強な医師や栄養士が、昔と同じことを言うことがあるかもしれません。
けれど、現在では脂肪悪玉説は間違っていたと世界中の専門家が認めており、卵の個数制限などなくなっていることを、ぜひ知っておきたいものです。
食事で摂取すべき糖質の必要最小量はゼロである
【栄養士の誤解4】糖質は人間にとって必須栄養素である
糖質を減らすのは絶対避けるべきだという栄養士がおられるようですが、これは科学的な知識不足からくる完全な誤解です。
糖質は人体にとって必須栄養素ではありません。
必須栄養素とは、人にとって欠かすことのできない物質なのに自分の体では作ることができないものを指します。必須アミノ酸、必須脂肪酸などがこれです。
これらの栄養素は人の身体の仕組みによって作ることができませんから、必ず、食事によって補給しないと病気になります。
実は、赤血球のエネルギー源はブドウ糖だけです。したがって、人にとって、ブドウ糖は確かに最低限の量は絶対に必要です。血液中にブドウ糖がないと、赤血球は働くことができなくなり、人は死にます。
しかしブドウ糖は、食事で糖質を取らなくても、タンパク質や脂質を食べていれば十分な量が確保できるのです。人体には糖新生(とうしんせい)という機能があり、肝臓で、アミノ酸や乳酸などからブドウ糖を作り出すことができるからです。
しかも、糖新生の機能は非常に能力が高く、食事による補給がまったくなくても、必要なブドウ糖に不足を生じることはありえません。
これは生理学的に確認されていて、科学的に議論の余地のない事実です。
「食事で摂取すべき糖質の必要最小量はゼロ」
世界中の栄養学者にとってこれが常識であり、糖質が減ると病気になるという心配はまったくありません。
【栄養士の誤解5】糖質だけ減らしてもあまり意味がない
栄養士のなかには、重大な誤解をしている人がいます。タンパク質や脂質でも、血糖値が上がるというものです。
→次ページ血糖値を直接上げるのは、糖質由来のブドウ糖だけ
https://toyokeizai.net/articles/-/186950?page=4
しかし、血糖値を直接に上げるのは糖質だけです。タンパク質や脂質を食べても直接、血糖値は上がりません。
これは科学的に証明されている事実です。
この事実を知らないせいで、栄養士が糖質制限食の意義を誤解するケースが、ままあるのです。
かつて、栄養士が学校で教わった栄養学では、こうなっていました。
「タンパク質や脂質も、血糖値を少し上げる」
これは古い認識で、実は科学的な根拠のない主張でした。その後、欧米では生理学的な研究が進められて、食事のタンパク質や脂質は直接に血糖値を上げないことが確認され、常識となっているのです。アメリカの糖尿病学会(ADA)の患者教育用テキストブックにおいても、2004年からこのことが明記されています。
ところが、日本の栄養学の教育現場では、いまだにこの事実を教えず、古い認識をそのままにしているのです。
そんな間違った教育を受けた栄養士たちはこう思っています。
「糖質だけ減らしても、タンパク質や脂質だって血糖値を上げるんだから、あまり意味がないじゃないの」
こんな誤解をしてしまっては、糖質制限食の意義がわからないのも無理はありません。
科学的に証明されている事実はこうです。
「食事をとったとき、血糖値を直接に上げるのは糖質だけ。だから、食事の糖質を減らせば減らすほど、食後の血糖値は上がらなくなる。血糖値が上がらないから、インスリンもあまり必要なくなる。高血糖も高インスリンもないから、糖尿病にも肥満にも動脈硬化にもなりにくい」
つまり、よいことだらけの糖質制限食の意義は、最初の事実である「血糖値を直接に上げるのは糖質だけ」という点にかかっているわけです。
残念ながら、日本の栄養学の教育は遅れています。
栄養学の先生たちは、日本人の健康に深く関与する栄養士を育てるのですから、どうか、つねに最新の科学研究の成果を学んでほしいものです。
「タンパク質のとりすぎが腎臓に悪い」には根拠がない
【栄養士の誤解6】タンパク質をとりすぎると腎臓に悪影響がある
カロリー制限説と脂肪悪玉説の2つが否定されたこと。
近年の栄養常識の変化として、大きな出来事はこれですが、もう一つ注目したいものがあります。それは、タンパク質に関する常識の変化です。
今までは、タンパク質をとりすぎると、腎機能に悪影響があると信じられていました。
糖質制限食は糖質を減らす分、脂質とともにタンパク質の摂取が増えますが、この常識のため、糖質制限は腎臓に悪いとする医師や栄養士がいました。
ところが、この健康常識にも、疑いの目が向けられているのです。
というのも、タンパク質のとりすぎが腎機能の悪化につながるという、確かな医学研究がないからです。そのため、この常識も変わりつつあります。
まず、厚生労働省は腎機能の正常な人について、タンパク質をとる量の上限を設けることをやめました。2015年度版の「日本人の食事摂取基準」(厚生労働省)では、タンパク質の過剰摂取による健康障害には十分な根拠はないとしたのです。
→次ページ時代遅れの“栄養学”にとらわれたまま
https://toyokeizai.net/articles/-/186950?page=5
腎機能に障害のある人については、日本腎臓病学会はまだ「低たんぱく食を推奨する」としています。けれど、この推奨には科学的根拠があまりないことを学会自身が認めているのです。
実は、2013年10月、アメリカ糖尿病学会(ADA)は栄養療法に関する声明のなかで、「糖尿病腎症に関しては、低たんぱく質食を推奨しない」と言い切っています。
つまり、腎症であっても、タンパク質を控えることで効果はなかったと、アメリカ糖尿病学会は判断したということです。
腎機能の障害のある人には低たんぱく食という常識も変わりつつあるのです。
勉強しない栄養士たち
【栄養士の誤解7】日本の栄養学は科学的に正しい
以上のようなことは、何も特別な話ではなく、よく勉強している医師なら誰でも知っている生理学的な事実です。私の病院の栄養士さんや、ほかのよく勉強されている栄養士さんたちも、こうした最新知識をよく知っておられ、正しい食事指導をしています。
でも、残念なことに、いまだ大多数の栄養士さんが、時代遅れの誤った“栄養学”にとらわれたままです。
日本では、栄養学のレベルが病院によってバラバラだという現状があります。現場の栄養士さんが最新知識をよく勉強していればレベルが高く、不勉強だと間違いが多いという具合に、あくまでも個人の努力に頼った食事指導がなされているようです。
これは、栄養士の教育についての認識が低いせいでしょう。
そもそも日本においては、栄養学の地位が低いように感じます。そのため、科学的に検証されていない事柄を、疑いもしないで堂々と教えてしまうのです。
欧米では栄養学の地位はもっと高く、きちんとした科学として扱われています。
人間にとっての栄養とは何か、生理学的にきちんと事実を解明し、病気との因果関係を統計学的に調べてから事実として採用しているのです。これらは「人間栄養学」という分野で、医学部でも基礎知識としてしっかり教育しています。
これに対して、日本の栄養学の現状は寂しい限りであり、そもそも「人間栄養学」そのものが学問として存在しません。
短大や専門学校の養成課程を卒業すれば「栄養士」の資格を得られてしまうのが実態です。さらに、4年制大学の栄養学コースを出て、簡単な国家試験(2017年の新卒合格率92.4%)をパスすれば、「管理栄養士」になれてしまうのです。
どちらの場合も教育内容は、数十年間ほとんど変わっておらず、新しく解明された科学的な事実もあまり教えられていないようです。
これでは、日本の栄養学は欧米から取り残されてしまいます。
日本と欧米とで、栄養学の地位の差が象徴的に表れているのは、医学教育における態度の違いということなのです。
日本の栄養学には、多々、問題があります。非常に多くの間違った古い常識を信じているのが現状ですが、そのために、「正しくない食事」が広められてしまいます。
1日も早く、欧米並みに科学的な最新知識を学び、栄養学の教育現場に届けてほしいものです。
https://toyokeizai.net/articles/-/186950?page=6