遅刻1回1万円…罰金で私腹を肥やすブラック部長に裁きが下る!
http://diamond.jp/articles/-/155308
2018.1.16 石川弘子:特定社会保険労務士 ダイヤモンド・オンライン
遅刻やクレーム、仕事上のミス等を口実に罰金を科すという話は意外にも少なくない。皆さんはこうした理不尽な罰金に悩まされたことはないか?(写真はイメージです)
社長が親の介護問題で出勤できない事情から、業務を一任された部長が社内を仕切るようになっていたG社。この部長が実は腹黒!遅刻や客からのクレームを口実に部下に罰金を科すようになる。しかもその後、部長がそのお金を遊興費に充てていたことが発覚。どんな裁きが下されるのか?(特定社会保険労務士 石川弘子)
G社概要 創業20年のビル清掃を請け負う会社。従業員数は50名程度で、20代、30代の社員が多い。そのうち約30名がアルバイトであり、現場の主力となっている。50代の社長は、数年前から家族の介護のため、ほとんど出勤せず、勤続18年の松岡部長が業務のほぼすべてを仕切るようになっていた。 登場人物 松岡部長:管理部長で40代前半。大学卒業後すぐにG社入社、数年前から管理の一切を社長から任されている。奥さんと娘がいるが、家庭には居場所がない。 竹山リーダー:現場作業のリーダーで30代前半の社員。フランクな性格で、アルバイトたちからも慕われている。 梅田:20代前半のアルバイト。まだ入社3ヵ月程度の新人。 |
1分の遅刻で
1万円のペナルティー!?
(あー、間に合わなかったか……)
バスの到着が予定時刻より20分も遅れたため、梅田はアルバイト先のG社に着くやいなや慌ててタイムカードを押すと、すでに始業時刻を1分過ぎていた。
「すみません、バスが遅れてしまい、1分遅刻しました」
梅田は、近くの席に座っている松岡部長にタイムカードを差し出して謝罪した。松岡は読んでいた新聞から目を上げると、ため息をついた。
「梅田〜、俺たちの仕事は遅刻厳禁なの。みんなが揃って車で現場に行くだろ〜。1人でも遅刻したら、出発が遅れるじゃないか。とにかく早く皆で現場へ行ってくれ。あ、それから遅刻は1回あたり1万円のペナルティーだから。帰ってきたら徴収する」
驚いた梅田は、松岡に聞き返した。
「え?遅刻で1万円?」
「当たり前だろ。社会人として遅刻は絶対にダメだろ?迷惑料だよ」
「確かに遅刻が悪いのは認めますが、1万円の罰金なんて。今日のバイト料がなくなっちゃいますよ」
「しょうがねぇだろー。お前が遅刻するんだから。ほら、早く行けよ」
梅田は釈然としなかったが、皆がすでに待っているので、急いで車に乗り込み、現場へ向かった。
クレームがあったら
1件2万円を徴収!
梅田たちが現場から事務所に戻ってくると、松岡が不機嫌そうな顔で「ちょっと話がある」と言ってアルバイトを集めた。
「今日の昼頃、電話でAビルの客からクレームがあり、お前らが挨拶すらできていないと言われた。お前らが現場でちゃんとやってくれないと、こっちのフォローが大変なんだぞ。契約切られたらどうすんだよ。とりあえず、これからはクレーム1件2万円の罰金にするから。今日は、5人で現場へ行ったから、1人4000円ずつだな」
皆は一様に驚き、松岡に食ってかかった。
「部長、俺たちが挨拶していないってことないですよ。清掃作業には気を遣っているし、現場で会う人にはしっかり対応していますよ」
「そうですよ。そりゃ、もしかしたら俺たちが気づかなくて挨拶しそびれたことがあるかもしれないけど、その都度罰金なんて……」
松岡は皆の話をさえぎるように言った。
「クレームなんて、出さないのが当たり前だ。クレーム対応は時間も金も労力も使うんだ。コストがかかっているわけ。ほら、プロ野球でエラーした選手から罰金を集めて、その金で皆の飲み会に使ってるって話を聞いたことがあるだろ。皆で使う金なんだから、文句ないだろう!罰金があれば遅刻しないし、クレームも出さないように緊張感を持って仕事をするようになるんだから」
梅田たちは納得いかないまま、松岡から罰金を出すようにしつこく言われ、逆らうこともできず、仕方なく支払った。
バイトが大量離職の申し出に
リーダーはどんな行動を?
「え?そんな話、聞いてないぞ。社長も知らないんじゃないか?」
梅田たちが竹山リーダーにアルバイト全員で一緒に辞める話をしていた時、梅田から罰金制度の話を聞いて、竹山は驚いた。竹山は普段、アルバイトのいる現場とは違うところにいるため顔を合わせる機会が少ないが、たまに事務所で接すると、いろいろと気にかけてくれる面倒見のいい社員だ。
「確かに、遅刻したのはこちらも悪いのですが、クレームについては、俺らも言い分があります。ましてや、本当にクレームが来たかどうかなんて、俺らに分からないじゃないですか。罰金を皆の飲み会に使うとか言ってましたけど、そんな様子もないですよ」
竹山は「自分が話をするから、退職は待ってほしい」と言って、アルバイトたちを何とか思いとどまらせた。
「部長、バイトたちから罰金を取っているって本当ですか?」
松岡は、面倒くさそうに竹山を見ると、
「遅刻やクレームを出す方が悪いんだ。他の会社でも罰金制度なんていくらでもあるだろ?バイトなんかいい加減な仕事しかしないんだから」
と吐き捨てるように言った。
「いくら何でも金額が多すぎじゃないですか?バイトが全員辞めちゃいますよ」
どんなに説得しても、松岡は「辞めたい奴は辞めればいい」と気にも留めない様子だ。困った竹山は、社会保険労務士である中学時代の友人に相談することにした。
ペナルティーには
法律上の規制がある
会社で起こっている遅刻やクレームの罰金について相談したところ、友人は労働基準法に定める減給制裁のルールや損害賠償予定額の禁止に反するから、認められないと言う。
具体的には、例えば、30分の遅刻をして30分ぶんの賃金を控除するのは、減給制裁ではない(ノーワークノーペイの原則)。しかし、遅刻した30分を超えた分を減給する場合は、「制裁」となってしまう。その悪用を防ぐため、労働基準法でルールが定められているのである。制裁が1回の場合、最大で平均賃金の1日分の半額まで。複数の制裁がある場合は、1回の賃金支給時における賃金総額の10分の1までしか認められないことになっている(労働基準法第91条)。
本件にあてはめると松岡が設定した「遅刻1回に付き1万円」は、わずか1分の遅刻でも1万円の減給があり、1日1万円程度のアルバイトの場合、明らかに法律で決められた上限を超えている。クレームについては1回2万円で、現場の人数で案分しているが、これも労働基準法に違反(*)している。
竹山は友人のアドバイスを根拠に、「労働基準法に違反しているから罰金は止めるべきだ」と進言したが、松岡は「法律なんて関係ない!」と意に介さなかった。
監督署の調査で残業の未払いや
私腹を肥やした部長の遊興三昧が発覚
数日後、労働基準監督官(以下、監督官)を名乗る男性がG社の事務所にやって来た。調査のため、タイムカード、賃金台帳、雇用契約書、就業規則、健康診断個人票などを見せてほしいとのことだった。
事務所にいた松岡は、突然のことに驚きながらも、事務員に命じて帳簿を出させた。しばらく書類を見ていた監督官が、松岡に告げた。
「アルバイトは、日給ですよね?法律上の労働時間を超えているにもかかわらず、割増賃金が支払われていませんね。これは2年遡って払ってもらいます。その他にもいろいろと指摘事項があります。是正勧告書を書きますから、少し待ってください」
松岡は驚き、「バイトに残業代なんてあるわけないでしょ!?」と尋ねた。
偶然にも事務所にいた竹山が、監督官と松岡のやり取りに割って入って来た。
「部長、バイトにも残業代を払う必要がありますよ。以前は払っていました。部長が管理を始めるようになってから、出していないだけです。それに、バイトから遅刻やクレームで罰金を1万円も2万円も取るのは、法律違反ですよね?」と監督官に問いかけた。
監督官は竹山に詳しく事情を聴くと、「その件についても違反だ」と指摘した。
監督官から是正勧告書を受け取った松岡は、社長に報告せざるを得なかった。事態を知り激怒した社長は、後日、人事異動で松岡の降格を発表、現場に戻すことになった。また、バイトから徴収していた罰金は、松岡が全てキャバクラなどの遊興費に使っていたことも判明し、全額を返すように命じた。
ブラック上司が
組織を崩壊させる
今回、監督署がG社に突然来た背景には、アルバイトたちの行動があった。たびたび罰金を取られた梅田たちは監督署に相談にしていたのである。そこで、労務管理上疑問に思っていたことをいろいろと相談したところ、調査することになったのだ。
報告を受けた社長は、後日、「自分の監督不行き届きだった」と従業員に謝罪した。その上で、本来支給すべきだった残業代も支払うことを約束し、当面の間、社長が管理することを伝えた。おかげでアルバイトの大量離職も防ぐことができ、事なきを得たのである。
今回のケースでは組織崩壊を防ぐことができたものの、経営陣が知らない間に、管理職が私利私欲にまみれて職場を崩壊させている例は、意外にも少なくない。原因は本件で見られたように、1人に何もかも任せてしまうことにある。結果、権限が集中し、チェック機能が適切に働かなくなり、不正の温床になりやすい。今後同じような過ちを繰り返さないためにも、必ずチェック機能を作るなど、仕組み化することで再発防止策を講じなければならない。
本件のように、遅刻やクレームで上司が罰金を取り、自分の懐に入れているという話は少なからず耳にする。また、「書類などの提出期限を守らなかった」「仕事上のミスをした」場合に、労基法の減給制裁の限度を超える高額な罰金制度を科しているという話も聞く。もし、理不尽な罰金制度に悩んでいるようであれば、労働基準監督署や社労士に相談してほしい。
最後に、社員から集めた金をキャバクラなどの遊興費に使っていたことに関し、業務上横領や恐喝を思い浮かべた方もいることだろう。本件は会社が罰金制度を知らなかった中での行為なので業務上横領は成立せず、場合によっては詐欺か恐喝等になる可能性がある。業務上横領罪は、「会社のお金」を勝手に使用した時に成立することを知っておいてほしい。
※本稿は実際の事例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため社名や個人名は全て仮名とし、一部に脚色を施しています。ご了承ください。