現金至上主義者はこれから「社会悪」と言われるかもしれない さらば現金!
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53734
2017.12.14 三戸 政和 現代ビジネス
■「現金主義は悪だ」とつぶやいたら…
ロイヤルホストが試験的にオープンした「現金支払いお断りの店」が、ちまたで話題となっている。SNSなどでは批判的な意見も多くあり、「消費者視点が欠けている」「現金を持たない人は一方的に断るのか」「店員とのコミュニケーションがない店にはいかない」などネガティブな意見が多く発信された。
しかし、筆者からすれば「いまの時代、現金主義者こそが社会悪なのである」。
このようにTwitter(@310JPN)でつぶやいたところ「別に社会に迷惑かけてねーわ!」という怒りのリプライが返ってきた。そうか、分かってもらえないのか…。
そこで今回は、なぜ現金主義者が社会に迷惑を掛けることになるのか、また、その「思考停止」によってあなたの人生にどれだけの損失が生まれているのか、そして、本当にキャッシュレス社会を実現することは可能なのか、を記したいと思う。
■現金主義者は社会の生産性を落とす
ロイヤルホストはなぜ現金お断り店を作ったのか。まずはそこから考えたい。
飲食ビジネスで最も重要なポイントが「人件費の調整」であることは論を俟たない。人件費をいかに削減するかは、健全経営を目指すうえでの至上命題だ。ロイヤルホストの狙いは、まさにそこにある。客の利便性向上が狙いではなく、わずらわしく人手がかかる現金の管理をなくし、注文もタブレットにすることで作業効率を上げ、人件費を抑えることが、「現金お断り」の目的だ。
今後、飲食店ビジネスでは、提供するべき価値の「切り分け」が進んでいくと考えられている。大まかには、➀食事を提供する機能と、A顧客が滞在する場を提供する機能、そしてBコミュニケーションの場としての機能、だ。
簡潔に説明すると、➀食事を提供する場とは、とにかく食べるための空間にするということ。吉野家の牛丼のような、早い、安い、美味い、を追求した形態だ。
続いてA滞在の場は、デートや接待で使ってもらうための空間を目指す形態。そして、Bコミュニケーションの場は、その店に集まる人たちや店主との関係性を楽しむことに、対価を支払ってもらう、という形である。
このように、従来の「幕の内弁当的」な飲食店の形態から、顧客がそれぞれの機能を、その時の気持ちで選んでいく時代に突入していく。そのなかでチェーン店が生き残るためには、(店長や常連客とのコミュニケーションの場としては機能するはずがないので)食事提供機能を充実し、一部、滞在の場として利用してもらうことを追求するしか生き残る道はないのだ。
そのために重要なのは、必要とされる機能を研ぎ澄ますことだ。ロイヤルホストは、現在、ほかのチェーン店と比べればメニューの単価が高い。人手不足が叫ばれる中、さらに人件費が高騰すれば、当然、値段を上げなければ人件費を吸収できなくなる。しかし、これ以上値段が上がれば、顧客離れが起きるだろう。
ロイヤルホストは、「安くて美味しいもの」を提供すべく、そして人件費コストを下げるために、「現金お断り店」を試験的に導入したのだろう。これは、企業の生存戦略としては正しい選択だ。それに対して現金主義者が「我々を見捨てるのか!」と声高に叫べば、ロイヤルホストは委縮して、新たな時代に対応するための選択を採れなくなってしまう。
いち優良企業の成長と、新たな経営モデルが阻害されることは、社会全体の損失といってもいいだろう。これが、「社会悪」の一つ目の理由だ。
■現金決済の損失は1兆円超…?
一方、タクシー会社の日本交通が電子決済の端末をリニューアルし、「現金不要」モデルを作ったが、これも大きなブーイングを浴びることとなった。東京近郊の人たちにしかわからないと思うので、少し説明をしておこう。
スマホが当たり前となっている昨今、タクシーでは、電子決済がないタクシーには乗らないという人が出てくるくらい、顧客の選別は進んでいる。実際、現金やカード決済に比べると、電子決済は10秒ほど支払い時間を短縮できる。タクシー利用者は一刻をも惜しむような人が多いので、これは大きな差だ。
タクシーの電子決済は、端末のうえにスマホをかざすだけで終わる。モノの一瞬である。読者の多くは、「数十秒のことを気にして、なにを生き急いでいるのか」と思うに違いない。しかし、実はこの「数十秒のイノベーション」が社会を進化させていくということに気づかなければならない。
実際に、日本の活動人口1億人が、1日に5回の買い物(決済)をして、そのすべてで10秒の差が生まれたらどうだろう。日本全体で1日に50億秒の違いが生じることになる。時間に直すと、実に140万時間の差だ。この時間を、時給1500円で計算したら、20億円のロスになる。支払う人も、受け取る人も、同じ時間を無駄にするので、「倍率ドン」で40億円のロスだ。365日なら、年間1兆4600億円もの経済損失を生んでいるのである。
日本交通はこうした即決済需要に対応するために、「origami」という決済サービスを導入した。タクシー内にあるテレビ画面のQRコードをスマホアプリで読み取れば、到着と同時に決済されている、というものだ。
心意気やよし。しかし、新決済サービスと同時期くらいに導入されはじめたこの決済端末、QRコードを使わない場合には、従来通りスマホの電子決済となるのだが、この新しい決済端末の反応ががくぜんとするほど遅いのだ。端末にスマホをかざして、3秒以上待たないと読み取りエラーになり、結果、現金決済やカード決済と時間が変わらない、という本末転倒を招いていることには、頭を抱えてしまう。
■カードは怖いという勘違い
決済のスピードは早い方がいいのに、どうして日本ではこうも進化が遅いのか。
そもそも日本人には「カード恐怖症」が多い。カードはスキミングされたら怖いとか、紛失した時に個人情報が流出して怖いとか、勝手に被害妄想をかきたてながら積極的に利用しない人がいる。
しかし、スキミングされて被害にあえば、カード会社が補填してくれるから、ほんとうは、まったくの無傷なのである。一方、現金を盗まればなんの補填もない。落として返ってくる割合は単純計算で、約44%(警視庁が管轄する東京都では、遺失額82億円で拾得額36億円/平成28年)しかない。どちらが危険かはサルでもわかる。
また、個人情報の流出が怖いという人は、カードよりもインターネット、SNSの使用を真っ先にやめるべきだ。
■国に収入が入ることがいいことなの?
ところで、1万円を作る原価は25円程度だといわれている。その差額はどうなるのか不思議に思わないだろうか? 実は、ここにこそ「現金主義者は悪」という筆者の根拠がある。まずはその「構造」を明かそう。
たった25円のものが、1万円の価値を生み出すのは、日本という国家に信用があるからだ。日本国家が実質的に発行する貨幣は、国家の管理のもとで大暴落はしないだろうという、なんとなくの信用の積み重ねがこの「価値」を生んでいる。
昔から政府は、通貨を発行することで、その原価と実際の価値の差額を「利益」として懐に入れてきた。現在、その構造はとても複雑になっているが、ごくごく単純化していうと、政府は現金を発行することで、少なからぬ「利益」を得ている(これは、「通貨発行益」と呼ばれている。厳密には、日銀が現金で国債を買い入れ、その金利収入が通貨発行益に該当するが、ここでは単純化して説明している)。
つまり、現金が流通すればするほど、国は「利益」を得ることになるのだ。日本では、GDPの0.4%で約2兆円ほどが通貨発行益として計上されているといわれる(実際には、通貨を発行する日本銀行の利益となり、それが国庫に納付され、国家のものとなる、という流れだ。繰り返しになるが、単純化していることをご容赦願いたい)。
国の収入を支えているのであれば、国民の利益につながる…だから現金主義の方がいいのではないか、との反論もある(実際、国の中央の収入が減るから、脱現金には反対だという声は各国でも上がっている)。
しかし、それこそ思考停止である。
そもそも、国に入るお金が増えることがいいのだろうか。ご承知の通り、民間と比べて、行政や自治体はお金の使い方が不得意で、かつ不透明だ。入ってしまえば使い方が分からなくなる国家に納付するくらいなら、まだ競争原理の働くカード会社に利用料を支払ったほうが、経済発展のためにはいいに決まっている。
カード会社は、株式市場に上場して、公明正大な決算書をさらしているわけだから、仮に株主だけが不当に儲かっているようなら、違うカード会社を利用すればいいのである。もちろん、株を購入して、あなたが株主としてより有利な配当を受けることも可能である。
■国だって、現金がないほうがいい
国への「上納金」として通貨発行益を支払うのは損であるようにも書いたが、実は国側からしても、現金を使ってもらいたくない事情がある。
「地下経済」という言葉をみなさんも聞いたことがあると思う。現金が広く流通することによって、脱税や汚職、麻薬取引など犯罪に現金が使われる可能性が高まっていく。レジのないお店が、売上を現金でもらって税務申告時に売上計上していなかったら、これは立派な脱税になる。また、汚職などの表に出せないお金を銀行で送金して履歴を残すバカはいない。
このように、通貨を発行している国家ですら把握できない現金が生まれ、市中に流通していくのである。
日本にも地下経済は存在しており、その規模は最大でGDPの9.2%(約50兆円)にものぼるといわれている。強引な表現だが、日本人10人に1人の給与が、地下経済から支払われていることとなる。
特に中小・零細企業、個人事業主では、先ほどの例のように、節税と脱税の間を右往左往しながら税務申告をしている企業も多い。当然、脱税となれば、立派な地下経済の金額となる。つまり、これらの現金の流れを「電子決済」の形で正確に追うことができるようになれば、国家の税収が上がり、現金を管理するコストは下がり、地下犯罪の数も減少するはずである。
実際に、米国ではすべてを電子決済にすれば、税収が10兆円上がるという数値もでており、これを米国と日本の歳入割合で単純計算すれば、日本でも5〜8兆円の税収増が見込まれることになる。消費税を1%あげると2兆円の歳入があがるといわれていることから、電子決済にすれば、消費税を現行の8%から10%(4兆円の増加見込み)にしなくてもいいとも言えるのだ。
■日本が取り残されてしまう
このような提案をすると、現金主義者からは「現実味がない」と批判をされる。これは、彼らの「最後の叫び」だ。
実は、日本でのETCの普及率は現在90%を超えている。導入当初は「普及するはずがない」という否定的な声もあったが、導入さえされればまったく不可能なことではない。本気でやれば、10年もあればキャッシュレス社会は構築できる。それでも、論拠のない批判をする人がいるだろう。
だが、海外を見てみればいい。
筆者は、ロンドンで事業をしていたことから欧州にはよく行っているが、ロンドンでポンド紙幣に両替したことはない。なぜなら、ほとんどの決済シーンでカード決済が可能だからだ。
飲食店やコンビニ、スーパーなどはもちろん、パパママで経営している雑貨屋さんで水一本買うのでもカード決済が可能だ。日本みたいに、3,000円以下の飲み食いでカードを出して怪訝な顔をされることはまったくない。
ちなみに、今、トライアスロンのアイアンマンレースでオーストラリアに1週間ほど滞在し、帰りの飛行機でこの原稿を執筆しているが、両替はせず、一切オーストラリアドルを見ずに滞在を終えた。
また写真のとおり、マクドナルドも、欧州同様、自動オーダーシステムを導入しており、カード決済となっている。「スマイル0円」だって、カードで支払う時代がくるだろう。
さらに先をいっているのが、スウェーデンである。スウェーデンは、国家をあげて脱現金化を進めてきた。これは、脱税やマネーロンダリングの防止が目的で、ひいてはテロの防止のためでもある(テロ組織に流れるカネのほとんどが、現金によるものだからだ)。なんと、教会の寄付もカード決済となっているというから驚きだ。
実際に、現金流通量は、2005年の1000億クローナ(約1兆4000億円)から、2015年には800億クローナ(約1兆1200億円)へと減少していっている。現金流通量が、69兆円から86兆円へと24%増えている日本とは真逆である。
このように、テクノロジーが発達した今日において、現金を利用するメリットはほとんどないことがお分かりいただけたと思う(あるとすれば、お年玉のように、おカネをあげることそのものに意味がある場面のみではないか)。むしろ、その現金を管理する社会的コストのほうが膨大であり、かたくなな現金主義者は、その論拠のない批判によって、社会を停滞させていることを理解し、社会に歩み寄らなければいけない。
自給自足から分業性となり物々交換が生まれた。その後、物々交換が不便であることから生まれた貨幣経済であるが、その主役である現金は、単に信用を表現したものに過ぎない。20年前は、相手の見えないインターネットでものが売れるわけがないといっていたが、今は、インターネットがないと買えないものが増え、完全に生活の一部となった。
現金という目に見えるモノではなく、信用というモノに価値があるだけと考えれば、取引や管理に便利な電子情報だけで十分なのである。
さあ、社会を変えるためにも、「脱現金生活」を実践してみよう。