未だ支持者を惹きつけるトランプ話法の威力
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10929
2017年10月25日 海野素央 (明治大学教授、心理学博士) WEDGE Infinity
今回のテーマは「トランプの言動」です。ドナルド・トランプ米大統領は、内政においてナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の選手及び身内である与党共和党議会との対決姿勢を鮮明に出しています。一方、外交・安全保障問題では依然北朝鮮に一歩も譲りません。このような状況でトランプ大統領がとる言動には、明らかに意図があります。本稿では、同大統領の言動を読み解きます。
■トランプの争点化する力
トランプ大統領の特徴の一つに「争点化する力」があります。自ら争点を作って、支持基盤に訴える力です。例を挙げてみましょう。
周知の通り、米国では国歌斉唱の時、起立をして右手を左胸に当てます。それに反してNFLの選手が試合前の国歌斉唱の際、片膝をついたのです。トランプ大統領は、国歌、国旗及び国家に対して敬意を示していないと、強く非難しました。「米兵は国旗や国歌をかけて戦っている」と主張したうえで、「オーナーは、膝をついた選手を退場させてクビにしろ」とまで言い切ったのです。
NFL問題の発端は、あるアフリカ系選手が白人警察官の非白人に対する相次ぐ射殺事件に抗議するために、国家斉唱で片膝をついたことにあります。片膝は、人種差別反対のメッセージなのです。
ところが、トランプ大統領の解釈は異なっていました。同大統領は、NFL選手の行為は国歌、国旗及び国家を侮蔑しているとして、愛国心に訴えたのです。その狙いは「人種差別VS. 愛国心」という対立構図を作り、争点化して、愛国心が強い白人労働者及び退役軍人を核とする支持基盤を固めることにあったのです。
■支持基盤を強く意識するトランプ
最近のトランプ大統領は、これまでにも増して支持基盤を強く意識した言動をとっています。同大統領の言動は、支持基盤か否かで明確に変わるのです。
例えば、ハリケーンによって甚大な被害を被った米国自治領プエルトリコの住民に対する同大統領の反応です。南部テキサス州、ルイジアナ州並びにフロリダ州におけるハリケーンの被害者に対しては、積極的に救済活動を行ったのですが、プエルトリコの住民には反応が鈍かったと言わざるを得ません。
その理由は率直に言ってしまえば、上の南部3州と異なり、プエルトリコには支持基盤がないからです。ホワイトハウスの定例記者会見で、記者団から「プエルトリコの住民は、テキサス州やフロリダ州の住民と同等の連邦政府の援助を受けるに値する米国市民であると、トランプ大統領は考えているのか」という質問が飛び出たほどです。
その反面、トランプ大統領は支持基盤の確保にはとても熱心なのです。支持基盤の一角を成すキリスト教右派の集会に参加し、「米国では私たちは神を崇拝するのであって、政府を崇拝するのではない」「自由は政府からの贈り物ではない。神からの贈り物である」と演説を行って、「政府VS.神」という対立構図を作り、支持者をつなぎ止めることに成功を収めました。
トランプ大統領は西部ネバダ州ラスベガスでの銃乱射事件に対応した警察官の労をねぎらうために、10月4日現地の警察本部を訪問しました。警察官は、支持基盤を構成する重要なメンバーです。
同月11日、東部ペンシルべニア州ハリスバーグでは、トラック運転手を集めて集会を開き、彼らに減税を約束し「米国人のトラック運転手の利益が最優先だ」と語りかけました。以前、ホワイトハウスにトラック運転手を招いたことがあります。それほど、彼らは支持基盤として欠かせない存在なのです。
■トランプの新たな議会対策とは
トランプ大統領は、選挙公約の目玉であったバラク・オバマ前大統領の医療保険制度改革法(通称オバマケア)の見直しを巡って、一部の与党共和党上院議員の激しい抵抗にあい、いまだに廃案に追い込むことができません。そこで、同大統領は議会に対するアプローチを変えて、「すべてのボールを米議会に投げる」という新たな行動をとるようになったのです。以下で例を挙げてみましょう。
まず、トランプ大統領は幼少期に親に連れられて不法入国をした若者に対して一時的滞在資格を与える「DACA(ダカ)」プログラムの撤廃を発表しました。その上で、6カ月以内に米議会が代替法案を策定することにして、不法移民の若者の問題解決を議会に委ねたわけです。
次に、オバマケアにおける医療保険会社への補助金停止についても判断を米議会に任せました。さらに、イラン核合意順守を「認めない」とした上で、対イラン制裁の再開に関して議会に対応を委ねたのです。
ロイター及びグローバル世論調査会社「イプソス」が行った共同世論調査(2017年10月6−10日実施)によれば、トランプ大統領の支持率は36%で相変わらず低空飛行を続けているのですが、米議会の支持率は24%でそれよりも12ポイントも低いのです。党派別にみますと、共和党の支持率は31%、一方、民主党は20%です。同大統領の支持率は、共和党と比較しても5ポイント、民主党に至っては16ポイントもリードしています。
従って、トランプ大統領は米議会に対して優位な立場にあるわけです。支持基盤を固めるためには、「議会は機能不全である」というレッテル貼りを行い、議会に責任転嫁する戦略が有効なのです。
■「今に分かるだろう」の意図
選挙期間中、トランプ大統領の口癖は「私を信じてくれ」でした。ところがこの9カ月間、同大統領は「今に分かるだろう」と繰り返し述べてきました。
例えば、ジェームズ・コミーFBI(連邦捜査局)長官を解任するか否かについての記者からの質問に対して、「今に分かるだろう」と回答しました。ステーブン・バノン首席戦略官兼大統領上級顧問が事実上更迭される前も、同様の表現を使用しています。トム・プライス厚生長官が辞任する直前もそうでした。記者団からの質問を巧みに「回避」する目的で用いています。
さらに、トランプ大統領は北朝鮮問題に関する質問に対しても「今に分かるだろう」と答えます。この場合は「脅迫」が目的です。狂人のように振る舞い、「この男は何をするのかまったく分からない」と北朝鮮に信じ込ませるためです。恐怖心と不確実性を高めて、相手を交渉のテーブルにつかせる狙いがあります。しかし相手も狂人なので、この手法は効果をあげていません。
今後もトランプ大統領は、自身の「争点化する力」を発揮し、「人種差別VS.愛国心」及び「政府VS.神」といった対立構図を作って、支持基盤を固めていくでしょう。支持率における米議会に対する相対的な優位性も多いに活用するでしょう。
それに加えて、これまで通り自分にとって不都合な質問並びに北朝鮮問題に対して「今に分かるだろう」と回答することは容易に想像できます。ただし、北朝鮮問題に限って言えば、いつまでも「今に分かるだろう」と言い続けることはできません。間もなく限界がくることは間違いありません。