トランプの元側近・バノンの恐るべき正体 世論操作の実態、主力メディアを手玉にとった深謀
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10713
2017年10月5日 森川聡一 WEDGE Infinity
■今回の一冊■
Devil's Bargain
筆者 Joshua Green
出版社 Penguin Press
『Devil's Bargain: Steve Bannon, Donald Trump, and the Storming of the Presidency』(Joshua Green,Penguin Press)
トランプ大統領の最側近だったスティーブ・バノンの正体に迫るノンフィクションだ。その異色の経歴や思想にくわえ、トランプを大統領選で勝利に導いた恐るべきメディア操縦の実態を明らかにする。「日本に落とした原爆から出た放射能は健康増進に役立った」と主張する大富豪から巨額の援助を得て、バノンは世論を反クリントンに誘導する情報戦を展開した。しかも、選挙戦でトランプ陣営に招かれる前からだ。大手の報道機関もバノンが仕組んだ巧妙なプロパガンダにひっかかり、意図せずに反クリントンの風潮づくりに加担してしまった事実には驚かされる。
バノン自身は8月に大統領主席戦略官の座から追われた。トランプ政権の政策に直接関与する立場ではなくなった。しかし、古巣である極右思想的なニュースサイト「ブライトバート」に復帰し、新たなプロパガンダを仕掛ける立場にある。今後のアメリカ社会の動きを見極めるうえでバノンからは眼が離せない。そう思わせる内容の良書だ。
本書はニューヨーク・タイムズ紙の週間ベストセラーリスト(単行本ノンフィクション部門)の8月6日付で初登場し1位につけた。6週連続での登場となった9月10日付ランキングでも7位につけたものの、残念ながらその後はランキング圏外に落ちている。
「バノンがいなければトランプは大統領にはなれなかった」
最側近だったバノンの身辺を調べる本書は図らずも、トランプ大統領の虚飾に満ちた本性をもあぶりだす。例えば、ニューヨーク・マンハッタンにある派手な外観を持つ高層ビルのトランプ・タワーに関する次の記述には笑った。トランプの本質をついていて面白い。
Like its namesake, Trump Tower is given to hyperbole. Its southwestern facade folds, accordion-style, so that the building magically produces dozens more corner offices and apartments than a typical glass slab. Although the top floor is labeled as the sixty-eighth, this is an illusion―a flight of stairs outside Bannon’s fourteenth-floor office leads down one level, directly to the fifth floor. Trump skipped over numbers when labeling the floors, which is how a building that the city records as having only fifty-eight floors was able to sell the more exclusive and expensive (but fictitious) floors fifty-nine through sixty-eight.
「その名を冠する人物と同じようにトランプ・タワーは誇張の塊だ。南西向きのビル正面はアコーディオンのように幾重にも折れ曲がっている。おかげで、普通に外壁を平面にするより何十も多くのオフィスや居住用の部屋を角部屋にできるのだ。最上階を68階と銘打っているのも騙しが入っている。バノンの14階のオフィスを出て階段でひとつだけ下の階に下りるとすぐ5階になる。トランプは階数をつけるときに数字を飛ばしている。だから、市当局の記録では58フロアーしかないビルなのに、より高級で高額の(しかし虚構の)59階から68階の部屋を販売できたのだ」
バノンを深く取材した筆者は、最側近との関係性のなかで、トランプの本性を鋭く見抜く。いくつか、次に列記しよう。
Trump doesn’t believe in nationalism or any other political philosophy―he’s fundamentally a creature of his own ego.
「トランプはナショナリズムや他の政治的な哲学を持ってはいない。トランプは基本的に自分のエゴの産物にすぎない」
At heart, Trump is an opportunist driven by a desire for public acclaim, rather than a politician with any fixed principles.
「本当は、トランプは社会的な注目を浴びたいだけの日和見主義者だ。ぶれない信念を持った政治家ではない」
Bannon’s fall from his exalted status as Trump’s top adviser wasn’t the result of a policy dispute, but the product of Trump’s annoyance that Bannon’s profile had come to rival his own.
「バノンがトランプの最側近という絶頂の地位から転落したのは政策を巡る考えの不一致が原因ではない。バノンの存在感がトランプのそれをおびやかすようになったことをトランプが不快に思ったのが要因だ」
バノンの活動を支えた大富豪、
「原爆は人々の健康を増進した」
本書では、Trump wouldn’t be president if it weren’t for Bannon. (バノンがいなければトランプは大統領にはなれなかった)と指摘する。To understand Trump’s extraordinary rise, you have to go all the way back and begin with Steve Bannon, or else it doesn’t make sense.(トランプの異例の台頭を理解するには、大本に戻りスティーブ・バノンの話から始めないといけない。そうでなければ、理解できないだろう)とも書く。
では、バノンとはどういう人物なのか。本書ではその来歴も詳しく追う。労働者階級の家に生まれたバノンは大学を出た後、アメリカ海軍に7年間、身を置き将校として働いた。海軍にいたころから経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルを愛読し金(ゴールド)や銀など商品(コモディティー)取引で稼いだ。ウォール街で働きたいという思いから、1983年に29歳でハーバード大学のビジネススクールに入る。
もともと名門大学を出たわけではなく就職活動では苦労した。ところが、世界最強の投資銀行ゴールドマン・サックスが人材採用のため開いたパーティーで、野球の話で幹部と意気投合し、85年にゴールドマンへ入社した。当時のアメリカの産業界では敵対的買収の嵐が吹き荒れていた。巨額のマネーが動くM&A(企業の合併・買収)を担当するバンカーとして活躍する。マネーの力がエスタブリッシュメント(既得権益層)の大企業を翻弄するM&Aの世界での体験が、バノンのその後の反エスタブリッシュメントな思想のルーツとなる。
1990年には同僚と独立し、ビバリー・ヒルズで自前の投資銀行を設立し、ハリウッド関連のM&Aのアドバイザーや映画の制作などにかかわる。大きなM&Aをいくつか手がけ資産を築いたあと、2005年には香港に移り、オンライン・ゲーム会社の経営に携わった。ここで、インターネットでゲームに熱中する人々の存在を認識し、こうした人々の関心をひきつければ大きな社会運動につなげられる可能性に気づいたという。この経験を糧に、ニュースサイト「ブライトバート」を後に自ら率い、白人至上主義の極右思想「オルトライト」を支持する一大勢力をつくりあげる。これがトランプを大統領の座につかせる原動力となった。
バノンはメディア業界での経験を生かし、映像プロデューサーとしても活動する。保守的な政治思想を賞賛するためのドキュメンタリー映画の制作に携わった。そして、2012年にニュースサイト「ブライトバート」の経営を引き継いだころから、バノンによる反クリントンの情報戦が本格化する。その活動を支えたのが、アメリカを代表するヘッジファンドのルネッサンス・テクノロジーズの共同CEOを務める大富豪のロバート・マーサーだった。奇抜な発想の持ち主であるがゆえに資金運用の世界で大成功したマーサーについて、本書では次のような逸話を紹介している。
He was once overheard by a Renaissance colleague insisting that radiation from the atomic bombs dropped on Japan in World War II actually improved the health of people outside the blast zone.
「ルネッサンスのある同僚はかつて、彼(マーサー)がこう言い張っていたのを聞いたことがある。第二次世界大戦で日本に投下した2つの原子爆弾は、爆破された地域の外では人々の健康を増進したと」
こうした奇抜な考えを持つマーサーが2008年以降、7700万ドル以上を保守派の政治家や団体に寄付してきたというのだから驚く。そして、このマーサーの存在が間接的、直接的にトランプを大統領の地位に押し上げることに貢献した。特に、バノンが展開した反クリントンの情報戦への資金提供には目を見張るものがある。
Bannon’s plan to stop Hillary Clinton was multifaceted and years in the making. It was built primarily on four organizations, each of which the Mercers funded or had a stake in (they also compensated Bannon directly). The first was Breitbart News, whose staff and audience grew rapidly after the Mercers’ $10 million investment in 2012.
「ヒラリー・クリントンを止めるためのバノンのプランは多方面にわたり練り上げるのに数年かけていた。基本的に4つの団体をベースにプランがつくられ、4つの団体にはいずれもマーサー家が資金を出すか持ち分を保有していた(バノン個人に直接、資金も提供した)。第一の団体がブライトバート・ニュースで、2012年にマーサー家から1000万ドルの投資を受け入れた後、従業員と読者数が急速に伸びた」
白人至上主義を唱えるオルトライト(ネット右翼)から支持を集めるブライトバートも、マーサーの資金援助があったからこそネットニュース業界で勢力を広げた。このほか、マーサーは保守の思想を宣伝するための映画製作会社や、世論を誘導し投票に影響を与える手法を開発するデータ分析会社の設立や運営にも資金を投じた。
確固たる信念、思想を持つバノン
そして、メディア操縦で最も活躍したのが、Government Accountability Instituteという非営利団体(NPO)の調査機関だ。組織名を直訳すると「政府の責任追及研究所」とでもなるだろうか。もっともらしい名前だが、実際には保守派を支持するマーサーが資金を出し、公正な調査という名目のもと裏でバノンが糸を引き、ヒラリーに不利な情報を独自発掘して大手メディアに提供し続けたという。この非営利団体のGAIについて本書は以下のように記す。
Established in 2012 to study crony capitalism and governmental malfeasance, GAI is staffed with lawyers, data scientists, and forensic investigators and has collaborated with such mainstream news outlets as Newsweek, ABC News, and CBS’s 60 Minutes on stories ranging from insider trading in Congress to credit-card fraud among presidential campaigns. It’s a mining operation for political scoops that, for two years, had trained its investigative firepower on the Clintons.
「経済人が仲間内で甘い汁をすする現状や、政府による不正を調べるため、GAIは2012年に設立された。弁護士やデータ・サイエンティスト、科学的な手法を駆使する不正調査員を抱え、NewsweekやABCニュース、CBSの60 Minutes といった主流の調査報道メディア・番組と協力して、議会におけるインサイダー取引から大統領選の選挙に絡むクレジット・カード不正にいたるまで、さまざまな疑惑を明らかにしてきた。政界におけるスクープ報道を発掘する取り組みであり、2年にわたりクリントン一族を標的にした調査報道の能力を鍛えていた」
GAIは多額の資金援助を背景に、プロを集めて大掛かりな不正発見の調査に取り組んだ。しかもヒラリー・クリントンに不利な調査に力を入れ、主流メディアもスクープ報道のネタ元として、GAIを重宝していたわけだ。ネット右翼をあおるニュースサイトであるブライトバートでは偏向したレベルの低い過激な報道をする一方で、権威あるメディアも認める調査報道にも取り込んで、大手メディアさえも巻き込み世論を反クリントンへと誘導した。民主主義を支えるはずのジャーナリズムでさえ、アメリカではカネで買えるということなのだろうか。背筋が寒くなる。
さらに怖いのは、バノンはトランプとは違って、確固たる信念、思想を持って行動している点だ。バノンは20世紀初頭のフランスのルネ・ゲノンという形而上学者に傾倒しているという。いわゆる伝統主義をバノンは信奉している。評者はこの分野の思想について知らない。本書を読んで理解した範囲でいえば、西洋が没落した現代は間違っており、もっと古い時代の伝統に戻るべきだとバノンは信じている。具体的には、1314年のテンプル騎士団の壊滅と、1648年のウェストファリア条約が西洋の精神的な没落の始りだと考えているという。
そして、バノンは次のように考えているという。
Bannon believes that the rise of nationalist movements across the world, from Europe to Japan to the United States, heralds a return to tradition. “You have to control three things,” he explained, “borders, currency, and military and national identity. People are finally coming to realize that, and politicians will have to follow.”
「バノンはこう信じている。ヨーロッパや日本、そしてアメリカにいたる世界中で、伝統への回帰を先取りする動きとして、国粋主義者の台頭がある。(この流れを後押しするには)『3つのことをコントロールすればいい』とバノンは説明する。『国境や通貨、そして軍隊と国のアイデンティティだ。そのことに皆、気づきつつあり、政治家たちもそれに追随するだろう』」
トランプの参謀は深い歴史的な洞察と思想をよりどころに、ポピュリズムをいかに利用し、社会を自らが信じる理想に近づけるかを考えていたのだ。そこに、巨額の資金援助も加わりトランプ大統領を生み出した。なんとも言えない読後感を残すノンフィクションだった。
最後に、バノンの名文句を紹介して終わりにしたい。トランプを大統領選で勝利に導いた後に、バノンは記者のインタビューを受け、その中で、大統領選の顛末はハリウッド映画にしてもいいのではないか、と水を向けられる。それに対する次のコメントはふるっている。
“Brother,” he said, “Hollywood doesn’t make movies where the bad guys win.”
「バノンは言った。『君ね、悪者が勝つ映画を、ハリウッドはつくらないんだよ』」