経常収支が黒字だから、日本は儲かっているのか
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2017年2月13日 塚崎公義 (久留米大学商学部教授) WEDGE Infinity
国際収支統計が発表になり、日本の経常収支は大幅な黒字でした。これは、「日本株式会社」が儲かっているという嬉しいニュースなのでしょうか? 今回は、経常収支というものについて考えてみましょう。
■経常収支という統計(経済初心者向け解説)
経常収支という統計があります。これは、貿易収支、サービス収支、第一次所得収支、第二次所得収支を合計したものです。
貿易収支は、財の輸出から輸入を差し引いたものです。貿易収支と呼ばれる統計は、もうひとつあります。通関統計の輸出から輸入を差し引いたものです。統計の作り方が微妙に異なっているため、数字が多少異なっています。正確なのは国際収支統計の中の貿易収支ですが、両者の差が小さいこと、通関統計の方が先に発表され、しかも内訳が細かく発表されること、などから、通関統計の方が注目されることが多いようです。
サービス収支は、外国人旅行客が日本で使った宿泊料、飲食代などから、日本人旅行客が海外で使った費用などを差し引いたものです。特許料なども含まれますし、外国企業の飛行機などを使った費用なども含まれます。
貿易収支とサービス収支は、性質が似ているので、併せて「貿易・サービス収支」として取り扱われることも多いです。日本人が働き、外国人が楽しみ、その対価を外国人が日本人に支払うのが貿易・サービス収支の受取で、外国人が働いて日本人が楽しみ、その対価を支払うのが貿易・サービス収支の支払いで、その差額が貿易・サービス収支です。日本のメーカーが自動車を作って外国人に使わせてあげるのと、日本人の料理人が外国人旅行者に料理を振る舞うのと、同じことだ、というわけですね。
第一次所得収支というのは、日本人(日本企業、日本政府などを含む)が外国から受け取った利子や配当などから、日本人が外国に支払った利子や配当などを差し引いた値です。第二次所得収支というのは、日本政府が貧しい国に援助をしている金額の一部などです。
■経常収支は、家計簿に似ている
家計が黒字か赤字か、というのは、収入の範囲内で生活できたか否か、言い換えれば貯金が増えたか否か、ということを意味しています。経常収支も、似ています。貿易・サービス収支の受取は、他人のために働いた対価ですから、給料収入に該当します。同支払いは、他人に働いてもらって対価を支払うのですから、消費に該当します。第一次所得収支は、銀行預金の利息などに該当し、第二次所得収支は赤い羽根共同募金などに該当します。
家計の黒字は、銀行預金の増加などとして蓄えられます。同様に経常収支の黒字は、外国に対する貸付などとして蓄えられます。銀行などが米国の国債を買ったり、メーカーなどが外国に工場を建てたりする費用に用いられるわけです。こうした蓄えの総額(外国からの借金を差し引いた額)を「対外純資産」と呼びます。「日本国の貯金」ですね。
家計が黒字だというのは、基本的には嬉しいことです。失業して給料がもらえないから家計が赤字だ、というのは最悪ですから。もっとも、例外もあります。「仕事が忙しかったので、残業代が入った一方で、使う暇がなかった」というのでは、あまり嬉しくありませんね。「頑張った自分への御褒美として欲しかった自動車を買った」という場合には、家計簿は赤字ですが、嬉しいものですね。
今ひとつ、現役世代の家計は、黒字が当然なので、小幅な黒字では喜べません。「老後のために、これしか貯金できなかった」と反省すべきです。一方で、老後の家計は、現役時代の蓄えを取り崩しながら生活するのが当然なので、赤字が当然であって、小幅の赤字ならば喜ぶべきです。
これは、企業の決算が赤字か黒字か、ということとは異なります。企業には「老後は現役時代の蓄えを取り崩す」「楽しむために支出する」ということがありませんから、黒字は善、赤字は悪です。この違いは明確にしておく必要があります。経済学では、「経常収支の黒字赤字と善悪は関係ない」とされているのです。
■それでも経常収支黒字は素晴らしい
経済学的には、経常収支の黒字、赤字は善悪ではありませんが、日本経済の現状を考えると、やはり経常収支の黒字は素晴らしいと言えるでしょう。第一は、少子高齢化が進みつつあることです。もしかすると将来の日本は、「現役世代が皆で高齢者の介護をしているので、製造業で働ける人がいない」国になってしまうかもしれません。そうなれば、輸出が激減し、輸入が激増します。その時に、日本が輸入する外貨を持っていなかったら大変です。現在、日本が経常収支黒字で外国から稼いでいる外貨は、対外純資産の増加となって外国に貸し出されていますから、将来はそれを取り崩して輸入することができるわけです。「日本国が老後に備えて貯金している」というわけですね。
今ひとつは、日本政府の借金です(本稿では、日本銀行の借金も併せて政府の借金と考えることにします)。日本政府は、財政赤字が巨額で、借金額も巨額なので、日本政府が破産するかもしれないと思っている人は少なくありません。そうした時に、日本政府が借金をできるのは、日本人から借りているからです。
経常収支の赤字が続くと、対外純資産がマイナスになり、日本全体として外国から借金することになりますから、日本政府も外国人から借金せざるを得ませんが、外国人から借金をしようと思うと、高い金利を払う必要が出てくるでしょう。破産するかもしれない政府に喜んで金を貸してくれる外国人投資家は少ないからです。
しかし、日本人ならば、安い金利で貸してくれます。日本人投資家は、「日本政府に貸すと、日本政府が破産するかもしれない」という心配と、「外国に投資すると、ドルが値下がりして損をするかもしれない」という心配を比べて、日本政府に貸す方がマシだと考えるからです。ちなみに、日本政府に貸さず、ドルも買わないという選択肢としては、日本の銀行に預金することなどが思いつきますが、日本政府が破産する時には日本の銀行も破産するでしょうから、選択肢としては余り魅力的とは言えないでしょう。
経常収支が黒字になった原因も重要です。ひとつは、原油価格です。原油価格が高いということは、アラブの王様に税金をかけられているようなものですから、原油が安くなったことで経常収支黒字が増えたのであれば、それは素晴らしいことです。
今ひとつは、失業率です。日本製品が海外で売れず、日本企業が物を作らなくなって、日本人が失業してしまうと同時に経常収支が赤字になってしまうのは困ります。しかし、今は輸出もそこそこ行えていて、日本人の失業者は従来より少なくなっています。これも、素晴らしいことだと言えるでしょう。
■経常収支黒字は円高要因となりかねないが、昨今は大丈夫
経常収支が黒字だということは、輸出企業等が海外から持ち帰って売りに出すドルが多く、輸入企業等が購入して海外に支払うドルが少ないということを意味しています。そうなると、経常収支の黒字はドルの需給関係に影響を与えてドル安円高を招きかねません。
もっとも、最近は日本企業が海外企業を積極的に買収していることなどから、輸出企業が持ち帰ったドルが、そうした用途で海外に還元されているので、ドル安円高にはなっていません。今後については予断を許しませんが、少なくとも当面は海外企業の買収などは高水準で続きそうですから、現状程度の経常収支黒字であれば、特にドル安円高になると考える必要はなさそうです。
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