コラム:
成長の時代はなぜ終わったのか
河野龍太郎BNPパリバ証券 経済調査本部長
[東京 11日] - 世界的にポピュリズムの嵐が吹き荒れるのは、グローバリゼーションの反動だけでなく、長期停滞の帰結である、というのが筆者の仮説だ。成長率が鈍化し、その果実の政治的分配が難しくなったことに加えて、高い成長の時代に構築した社会保障制度の費用を賄うこともままならなくなっている。
責任ある政治家なら、増税や歳出削減、あるいは社会保険料の引き上げや給付削減を主張するが、それでは支持率は悪化する。そこを突いたのがポピュリスト政治家だ。痛みを伴う政策はそもそも不要で、高い成長によって、多くの問題は解決できると主張し、有権者から高い支持を獲得する。現代のポピュリストは、バラマキ財政で景気と株価をかさ上げし、人々の目をくらませる。
これが筆者の基本シナリオだが、年末年始の休暇で改めて考えたのは、19世紀初頭に始まった200年近くに及ぶ「成長の時代」はなぜ終わってしまったのか、元に戻すことはできないのか、ということである。
ドナルド・トランプ氏がポピュリストであることは間違いないが、ワシントン政治に染まっていない型破りな新大統領の誕生がダイナミズムを生み出す可能性はないのだろうか。あるいは、民間部門への個別介入を進め、事態をさらに悪化させるのだろうか。
<19世紀末の反グローバリゼーション>
長期停滞を考える上で、今回、筆者が参考にしたのは、マクロ経済学の泰斗で2006年にノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学のエドマンド・フェルプス教授の論考だ。同氏は著書「なぜ近代は繁栄したのか」で、 19世紀以降の高い生産性の上昇と近年の衰退の理由を包括的に分析している。
フェルプスは多くの主流派経済学者と同様、農業部門での資本蓄積を背景としたウォルト・ロストウらの古典的なテイクオフ理論に加え、所有権、特許権、著作権の確立などダグラス・ノースらが強調した制度的要因も重視する。
しかし、それ以上に自由主義や個人主義の確立といった文化的要素を、生産性向上をもたらしたイノベーションの要因として強調する。
つまり、19世紀初頭に伝統的社会から近代社会への移行が始まり、挑戦や自己表現、人間的成長といった個人主義に裏付けられた価値観の誕生が草の根のイノベーションにつながり、生産性上昇、経済成長をもたらした。実際、当時の産業革命を担った人々は、高い教育を受けたエスタブリッシュメントではなく、街の技術者、街の発明家だ。
現場にこそ付加価値を生むために必要な知識があり、人々が自由な社会で創意工夫を発揮し、成長の源泉となる。これはフリードリヒ・ハイエクの知識経済論と重なる。
ちなみに、ハイエクを新自由主義の元祖と見なす人が多いが、それは誤解だ。ハイエクは著書「隷属への道」でレッセフェール(自由放任主義)を強く批判するとともに、自由な市場の維持には、政府が役割を担う必要があると強調している。法の支配によって予測可能なルールを確立することが重要であり、ご都合主義や機会主義、縁故主義は不確実性を高め、人々の創意工夫を阻害する。
フェルプスとハイエクの主張をまとめると、19世紀初頭に自由主義や個人主義が確立され、創意工夫が発揮されるようになり、草の根のイノベーションが広がったことで、英国をはじめ各国で生産性の高い成長が始まったということである。しかし、繁栄が続く一方、近代資本主義の負の側面も注目されるようになり、欧州では20世紀に入る頃から社会主義や政労使が協調するコーポラティズム(協同主義)が勢力を強めるようになってくる。
集産主義的な考え方が広がったのはまず19世紀末のドイツだが、興味深いのは、それがグローバリゼーションや自由主義への強い反発として現れたことである。激しい競争や所得格差が問題視され、時代背景はまさにトランプ旋風や英国の欧州連合(EU)離脱選択に揺れる現在と一致する。競争やグローバリゼーションに反対したのが、伝統的社会や既存の産業でメリットを受けていた資本家や労働者である点も、今と同じである。
<米国でも広がるコーポラティズム>
第二次世界大戦後、西欧で社会主義が広がることはなかったが、コーポラティズムは根を張り、経済のダイナミズムをむしばんだ。既存の企業やそこに勤める労働者など既得権者が潤い、割高な商品の購入を迫られる消費者の利益が損なわれたのである。同時に、新規参入が阻害され、草の根のイノベーションも困難になる。欧州では早い段階から、成長を抑制する要因の種がまかれていたのである。
コーポラティズムが広がっても、戦後の欧州ではしばらく生産性の高い上昇や高成長が続いたが、これは、戦争で破壊された資本の再蓄積が行われただけでなく、米国で生まれた様々なイノベーションが模倣されたためだ。しかし、1970年代になると、米国も大企業病や訴訟社会の弊害、短期的業績を重んじる金融文化の蔓延で足踏みするようになり、結局、欧州と共倒れした。
米国では、確かにシリコンバレー・システムによって、革新的な起業が時折生じている。しかし、経済全体を見ると、日本ほどではないとはいえ、開業率、廃業率の低下が続き、雇用の創出・喪失も一貫して低下している。ヒト、モノ、カネなどの経済資源の移動が止まれば、経済は成長できない。
短期業績主義の金融文化も大きな問題である。長期的視点でリスクを取って投資を行わなければイノベーションはおぼつかない。資産市場からのプレッシャーで、大企業経営者は目先の利益を取り繕うことばかりに注力するようになった。
金融業の本来の役割は、成長分野を発掘し、リスクを取って成長資金を供給することである。しかし、近年、増えたのは、国債や為替などの売買ばかりだ。公的債務の膨らむ国の成長率が低いのは、政府支出拡大で資源配分が歪むことの影響が大きいが、それは金融面にも当てはまる。金融業がリスクを取らないでも、国債ファイナンスの仲介で莫大な利益を得ることが可能になり、民間の成長分野の発掘を怠る。
中銀の積極的な金融緩和もそれを助長していた。国債で金融業が十分な利益を得ることを難しくしたマイナス金利政策は、その点に限って言えば、皮肉にも評価すべきなのだろうか。
大企業病や短期的業績を重んじる金融文化だけでなく、さらに問題なのは、近年、米国でもコーポラティズム的な動きが広がっていることだ。公正な競争の確保や格差是正として、米国でも欧州のように官民あるいは政労使の接近が観察される。
プロ(親)ビジネス政策と言えば聞こえは良いが、結局は既存の企業やそこで働く労働者がメリットを得ているにすぎない。犠牲になるのは、割高な商品の購入を余儀なくされる消費者であり、既存企業が守られる結果、新たなアイデアを持った新規の参入者も割を食う。これではイノベーションが阻害されるのも当然である。
<トランプ氏が掲げる米国第一主義の代償>
では、トランプ新大統領の下で一体、どうなるのか。トランプ氏は、自らが企業経営者であるだけでなく、歴代政権に比べ、企業経営者を権力の中枢に多数取り込もうとしている。同時にビジネスを阻害する規制を大胆に撤廃するとも強調している。こうした主張だけを取り出せば、ダイナミズムの復活に期待する人もいるかもしれない。
しかし、一方で米国第一主義を掲げ製造業に国内回帰を迫り、公的な見返りを前提に、海外の生産拠点を国内にシフトさせる大企業も現れている。これは、結局、コーポラティズム的な政策を強めるということではないのか。個々の案件にまで政権が介入するということは、縁故主義的政策の色彩が強まることを懸念すべきではないか。
平均的な米国人の生活が世界で最も豊かである理由の1つは、安価な商品を低関税で輸入しているからだ。コーポラティズム的な政策や縁故主義的な政策の結果、仮に生産拠点が米国に回帰するとしても、割高な財やサービスの供給が増えるだけで、割安な海外からの製品・サービスを購入できなくなる消費者は大きなデメリットを被る。メリットを得るのは、見返りを受け国内で生産を増やす一部の既存企業とそこに勤める労働者だけである。
公的な見返りも政権との交渉次第となれば、本業でのイノベーションより、レント・シーキング(超過利潤の追求)に精力を注ぎ込む経営者も増えるだろう。そうした中で、デメリットを受けるのは、消費者だけではない。前述した通り、既存企業が守られ、新規参入が阻害されるから、経済全体のイノベーションもますます困難になる。人々の創意工夫を発揮させるには、予測可能なルールをもたらす法の支配が重要であり、ご都合主義や機会主義、縁故主義は不確実性を高め、イノベーションを阻害するだけだ。その帰結は、一国全体の生産性上昇率の一段の低下である。
ここで問題となるのは、すでに米国経済が成熟局面に入った状況で大規模財政を開始しようとしていることである。完全雇用下での大規模財政がもたらす金利上昇とドル高によって、いずれ循環的な景気後退が始まるのは避けられない。
もちろん、イノベーションで生産性上昇率が高まるのなら、自然利子率や均衡実質為替レートも上昇するため、金利上昇やドル高が続いても経済は好調でいられるが、実行されるのはイノベーションを阻害し自然利子率や均衡実質為替レートをむしろ低下させる政策だ。
それとも経済の息切れが見えてくれば、追加財政を繰り返し、同時に米連邦準備理事会(FRB)には政権の意向に沿って追加財政をファイナンスする人物を総裁として送り込むのだろうか。今のところトランプ・ユーフォリア(陶酔感)の賞味期限は1年半、長くても2年程度という見方を変えていない。
<ポピュリズムの帰結はインフレ税か>
翻って日本では政権支持率が高く、政治は安定している。経済的な背景としては、1)潜在成長率が低く、わずかでも成長すれば、労働力人口の減少もあって需給ギャップが改善するため、労働需給の改善が続いていること、2)日銀が長期金利をゼロ近傍に誘導する金融政策を続ける中で、拡張的な財政政策が取られていること、3)政労使が協調するコーポラティズム的な政策が取られていることなどがある。
これまで見た通り、コーポラティズム的な政策は、既存企業やその労働者に恩恵を与え、高い支持率の要因になり得る。しかし、新規参入が阻害されるため、イノベーションは起こらず、成長率を高めることはできない。
吉川洋・東京大学名誉教授は、近著「人口と日本経済」で、労働力人口が減少しているからと言って、ゼロ成長が必然ではないと喝破した。筆者の分析でも、近年の日本の潜在成長率低下は、労働力の減少よりも、イノベーションの枯渇による。
人口悲観論が強く、吉川教授の著作を楽観的と捉える人も少なくないが、冷静に考えてみれば、イノベーションの枯渇によって潜在成長率が低下しているという同氏の指摘の方がはるかに深刻である。
景気回復が止まってしまえば人々のいら立ちが強まるが、政府は拡張財政を続けることで、それを回避している。しかし、結局、それは将来世代の所得を先食いすることで、問題を先送りしていることに他ならない。
近年、1億総活躍プランとして、これまで包摂(ほうせつ)されていなかった人々にも光が当てられている。コーポラティズムの範囲をさらに広げるということだが、歳出削減や増税で財源が捻出されているわけではないから、これも結局、将来世代の所得を先食いするということである。1億総活躍プランは懸念した通り、1億総バラマキ・プランの様相を強めている。
公的債務の膨張が続いても、日銀のアグレッシブな金融政策で、金利上昇は避けられている。しかし、供給制約に直面する以上、いずれかの段階で、インフレ率の加速が生じる。増税や歳出削減などの財政調整を避けるとすれば、公的債務を圧縮する代替策はインフレタックスのみとなる。意図しようとしまいと、いずれ公的債務の調整は始まる。
仮にインフレが上がりづらいグローバル環境が続くとしても、その場合は、急激な通貨安で高率のインフレは避けられない。そして、もしトランプノミクスがアベノミクスを追いかけるのだとすれば、各国で財政インフレ的な状況となり、そのとき、グローバルなデフレ環境は崩れる。
*参考文献:エドマンド・フェルプス著、小坂恵理訳「なぜ近代は繁栄したのか」(みすず書房)/フリードリヒ・ハイエク著、村井章子訳「隷従への道」(日経BP社)/吉川洋著「人口と日本経済」(中央公論新社)
*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2017年の視点」と「外国為替フォーラム」に掲載されたものです。
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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今後10年の世界、不平等拡大と二極化が主要リスクに−WEF報 告書
Alex Morales
2017年1月11日 18:58 JST
金融危機後の弱い経済成長が貧富の格差を拡大と指摘
量的緩和策は金融資産保有者に有利、所得格差を悪化させた
英国の欧州連合(EU)離脱や米大統領選挙でのドナルド・トランプ氏勝利をもたらした不平等拡大や社会の二極化が、今後10年の世界的な動きを形成しようとしている。世界経済フォーラム(WEF)が11日、こうした年次リスク報告書を発表した。
WEFがブルームバーグ・エル・ピーの欧州本部(ロンドン)でのイベントで公表したグローバルリスク評価報告書は、気候変動も大きな世界的トレンドとして取り上げた。「今後10年のさらなる困難と不安定」を回避するため世界のリーダーは協力する必要があると呼び掛けた。
WEFを設立したクラウス・シュワブ氏は報告書の序文で、「継続的な低成長に加え、高水準の債務と人口動態の変化が金融危機や不平等拡大を促す環境をつくり出している」と指摘。金融危機後の弱い経済成長が貧富の格差を拡大させ、ポピュリズム(大衆主義)に訴える政党の台頭につながった「経済的な停滞」感を強めたと報告書は分析している。
欧米の民主主義社会において最も顕著な反体制的な動きが英国のEU離脱選択とトランプ氏当選で見られたが、そうした流れは一段と広がり、ドイツやイタリア、フランス、オランダなどで極右政党への支持が拡大している。
報告書の調査には、デフレや資産バブル、異常気象、テロ攻撃、食料危機、サイバー攻撃といった30の世界的リスクを分析する専門家750人が関わった。
報告書はスイスのダボスで17日に始まるWEF年次総会、いわゆるダボス会議で議論される予定で、世界の出来事を決めていく最も重要な基調的トレンドは所得格差の拡大だと指摘。世界の主要中央銀行が実施した量的緩和策については、金融資産保有者へのリターンを増加させ、所得格差を悪化させたと結論付けた。
原題:From Brexit to Trump, Polarization Poses Global Risk, WEF Says(抜粋)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-01-11/OJLXO06K50Y801
マーケット
物価は本当に上昇するのか−ためらう米企業
クリスマスの買い物客で溢れる米玩具小売り大手トイザラスの店内 PHOTO: HYOSUB SHIN/TNS/ZUMA PRESS
By
JUSTIN LAHART
2017 年 1 月 11 日 17:30 JST
インフレ率が本当に上昇しつつあるのなら、企業は金融危機以来ずっと渋ってきたことをやりたいと思うだろう。それは支出を増やすことだ。
米大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利して以降、インフレ期待は上向いてきた。市場が予想する向こう10年間の平均インフレ率を示唆する、10年物ブレークイーブン・レート(名目国債と物価連動国債=TIPSの利回り差)は選挙投開票日の1.7%から足元では2%まで上昇している。ニューヨーク連銀が2015年12月に行った消費者調査では、今後3年間の予想インフレ率が平均2.8%となり、10月調査での2.6%を上回った。人々はインフレを過大評価することが多いため、この予想水準は依然として低いと考えられるが、消費者の態度が変化しつつあることはうかがえる。
インフレ期待の上昇が企業にどこまで波及しているのかを示す指標が11日に発表される。アトランタ地区連銀が管轄地区内の企業を対象に毎月実施しているインフレ期待調査の最新データが公表されるのだ。11日公表のデータには、企業が予想する向こう5〜10年間の平均インフレ率も含まれる。これは四半期ごとに調査に盛り込まれる質問で、前回10月調査での回答は2.7%だった。
エコノミストらはインフレ期待の重要性を指摘する。人々が予想する将来の物価が高ければ高いほど、実際の物価もそれだけ上昇する傾向があるからだ。だが、金利が依然として低い中でインフレ期待が上昇すれば、投資が加速する可能性もある。
インフレ率が上昇すれば債務を返済しやすくなることがその一因だ。企業が借りた資金を事業に投じれば、投資した分だけ売上高は増加し、それに伴う物価上昇が追い風となって企業の利払いは楽になるだろう。一方、金融危機以降に企業が投資に消極的だったのは価格決定力がなかったせいでもあった。
10年物ブレークイーブン・レート PHOTO: THE WALL STREET JOURNAL
https://si.wsj.net/public/resources/images/BN-RO551_TIPTap_M_20170110120835.jpg
企業がインフレ率の上昇を見越し先んじて投資を行えば、将来の資金を節約することにもなり得る。これは、さまざまな設備の価格は他の品目と共に上昇する可能性が高いからでもある。さらに重要なのは、インフレ加速に伴い労働コストが上昇することだ。労働者は賃上げを要求し、雇用主は賃上げ分を商品やサービスの値上げという形で消費者に転嫁する。労働コストのかからない設備に投資した方が、企業は高いリターンを得ることができる。
だが、インフレ加速を見越した投資には大きなリスクも伴う。インフレが上向かなければ、企業は返済が難しい多額のコストを抱えることになりかねないからだ。このため、トランプ氏が公約に掲げる減税、インフラ支出、規制緩和への期待と相まって、労働市場の引き締まりがインフレの残り火をかきたてるように見えるとはいえ、企業は慎重を期したいと考えるだろう。
インフレはじきに再燃するとの予想が何年も外れてきた中で、企業は期待でなく証拠が浮上しない限り動かない構えなのかもしれない。
視点:
2017年も「政高経低」、内向き化の深層
武田洋子三菱総合研究所 チーフエコノミスト
[東京 11日] - トランプ米新政権の発足、欧州主要国で相次ぐ選挙、5年に1度の中国共産党全国代表大会など、2017年も大きな政治イベントが目白押しであり、引き続き政治が経済を翻弄する「政高経低」の1年になりそうだと三菱総合研究所・チーフエコノミストの武田洋子氏は指摘する。
その過程で懸念されるのは、米国が保護主義姿勢を強め、それが欧州の政治情勢に波及すれば、ブロック経済化が進み、世界の貿易停滞と経済低迷を招きかねないことだという。
同氏の見解は以下の通り。
<短期では「意外な成功」もあり得る米国経済>
2016年は政治の年だったが、2017年も引き続き政治が経済を翻弄する年となるだろう。米国、欧州、中国のそれぞれに注目点がある。
まず、「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げて船出するトランプ次期米政権による経済運営が世界経済にとって最大の注目点となることに異論はないだろう。
次期米政権は公約通り、インフラ投資や税制改革(減税など)を柱とする財政拡張策をとる可能性が高い。だが、問題は、いつ、どの程度、「現実路線」に舵が切られるかだ。それにより、2017年以降の米国経済、ひいては世界経済のシナリオは大きく違ってくるだろう。
楽観シナリオでは、まず、減税やインフラ投資で景気の押し上げ効果が期待できるが、インフラ投資は極力、基金などを通じた民間マネー活用を柱とする。また、減税は富裕層に対する控除見直しなどにより格差の是正を図りつつ、大盤振る舞いを避ける。
この場合、長期金利は緩やかな上昇にとどまるだろう。投資減税や規制緩和が企業の投資を促し、生産性上昇に資する可能性もある。むろん、外交・貿易・移民政策で保護主義的な言動が実行に移されないことが大前提となる。
他方、悲観シナリオに転じる要素も十分ある。第1に、財政の大盤振る舞いが引き金となり、長期金利が予想外に急騰するケースだ。この場合、金利高とドル高の進行が米国経済を直撃するとともに、新興国のドル建て債務負担の増加や資金流出の加速を招き、新興国経済低迷を介して米国経済が冷え込む恐れがある。
第2に、トランプ政権が保護主義的な言動を全て実行するケースだ。環太平洋連携協定(TPP)離脱はもとより、北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉や関税引き上げに踏み切り、個別企業へ次々と圧力をかけることになれば、米国企業も含めたグローバル企業のマインドや、期待先行で動いてきた市場のセンチメントは悪化しよう。米国の動きに他国が反応し、世界的に保護主義化が進めば、世界の貿易停滞と経済低迷を招く恐れがある。また、移民制限は、中長期的な米国の成長力を低下させかねない。
むろん、これらは両極端なシナリオであり、実際には、中間のシナリオが実現するだろう。上ぶれ・下ぶれどちらの可能性が大きいか、就任前の現時点での見極めは困難だが、あえて言えば、短期的には「意外な成功」もあり得るのではないか。
その根拠は、トランプ次期大統領が、良く言えば臨機応変なビジネスマンであることによる。理念や主義に固執せず、経済面で旗色が悪いと見れば、素早く政策を転換し、立て直しを図る可能性は否定できない。
また、政策の実務を担うスタッフに共和党系の官僚・専門家がどの程度入ってくるのか、共和党が過半を占める議会が財政面での大盤振る舞いや保護主義政策を抑える役割を果たすのか否か、その行方も注目される。
<中国成長率目標は「6.5%前後」に修正か>
中国でも、政治動向の見極めが重要となる。先述した通り、2017年秋、5年に一度の共産党全国代表大会が予定されている。政治的に重要な局面を迎え、構造改革路線の本気度が問われることになろう。
足元、中国は投資プロジェクトなどの景気刺激策で経済を下支えしている。だが、地方政府や国有企業に巨額の負債が積み上がり、銀行の不良債権比率も上昇傾向にある状況を考えれば、現在の6%台後半の成長率はとても持続可能とは思えない。
その意味で、まず注目されるのは3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で、現在「6.5―7%」としている成長率目標を、現実を踏まえてどこまで落としてくるかだ。我々は、「6.5%前後」に修正するのではないかと見ている。その上で、党の人事が決まる秋の共産党全国代表大会以降に構造改革路線をさらに加速させるのが望ましいシナリオだろう。
構造改革では、過剰投資体質からの脱却に加えて、人民元改革の総仕上げも問われていくことになろう。足元では資金流出(元安)圧力が強まっている。当局は、緩やかな元安にとどめようと元買い介入を継続していると思われるが、外貨準備はすでに3兆ドルまで減少している。どこかのタイミングで、再び人民元の大幅な切り下げに追い込まれないとも限らない。
人民元は昨年10月に、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)構成通貨に採用されたばかりだ。「人民元の国際化」の流れを逆行させることは難しいだろう。市場によって追い込まれる前に、いかにして人民元の市場化改革への道筋を内外に示すのかという点も構造改革の大きなテーマである。
<失われる「普通の仕事」、グローバル化犯人説の誤解>
ところで、2016年は内向き志向の強まりが明確になった1年だった。その背景は2つ指摘できる。
第1に、金融危機後の先進国経済の回復力が鈍いことがある。先進国経済は、期待成長率の低下などから投資の回復力が鈍く、いまだリーマン・ショック前の水準に戻していない。
期待成長率低下の背景には、やや専門的になるが、金融危機による総需要の大幅な落ち込みが潜在国内総生産(GDP)の低下を招くという「履歴効果」の悪影響が指摘されており、学界でも研究が進んでいる。
第2に、「普通の仕事(雇用)」が急速に失われていることがある。例えば、米国の雇用構造の変化を見るために、横軸に賃金、縦軸に雇用者数をとり、2007年と2014年の分布図を比べると、中から低中程度の賃金を稼いでいる層が減っていることが分かる。
「普通の仕事」が喪失した主因として、グローバル化によって「仕事が奪われた」との見方が強まっているが、真相は違う。経済協力開発機構(OECD)の研究によれば、IT化やロボット化など機械化進展の影響の方が定量的には大きい。
2017年はこうした状況について正しい理解が広がり、労働者のスキル転換を促す教育や転職支援など、本来必要な解決策に関する議論が活発になれば良いが、安易なグローバル化批判がさらに強まれば、世界の内向き志向に拍車がかかりかねない。
その意味で、米次期政権の動向もさることながら、春にフランス大統領選挙、秋にドイツ総選挙を控える欧州の政治情勢には一段の警戒が必要だ。近年、欧州連合(EU)による規制強化や権限拡大が進められる中、難民問題も加わって、自らの主権に対する国民の不安は増しているとみられる。保護主義的な動きが欧州にも波及すれば、ブロック経済が生じる恐れもある。
最後に日本経済に言及すれば、先進国の中では政治的な安定が大きな強みだ。労働市場では、有効求人倍率が統計開始以降初めて全都道府県で1倍以上となったことは注目に値する。地方を含め、IT化・ロボット化など生産性向上を進めることができるチャンスである。企業は労働生産性を高めるために設備投資を行うか、人材確保のために賃上げを行うか、待ったなしの二者択一に直面するだろう。
だが、これまでのところ日本企業の多くが、海外情勢の不透明さや内需の弱さを理由に、設備投資や新規事業開拓に消極的だ。日本の「縮み志向」を「前向きな志向」へと転換するためには、企業はマインドセットの変革に本腰を入れて取り組まなければならない。2017年の世界情勢の不透明感に一喜一憂せず、ぶれずにイノベーションによる社会課題解決に向けて進むことが肝要だ。
*武田洋子氏は、三菱総合研究所のチーフエコノミスト。1994年日本銀行入行。海外経済調査、外国為替平衡操作、内外金融市場分析などを担当。2009年三菱総合研究所入社。米ジョージタウン大学公共政策大学院修士課程修了。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2017年の視点」に掲載されたものです。
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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英鉱工業生産:11月は前月比2.1%増、予想上回る−主要油田の再開で
Brian Swint
2017年1月11日 19:22 JST
英国では昨年11月に鉱工業生産が予想を上回る伸びとなった。北海の主要油田の操業再開で石油とガスの生産が増えたことが寄与した。
英政府統計局(ONS)が11日発表した11月の鉱工業生産指数は前月比2.1%上昇と、8カ月ぶりの大きな伸びを記録。ブルームバーグがまとめたエコノミスト調査では1%上昇が見込まれていた。製造業生産指数は前月比1.3%上昇と、これも予想を上回った。
鉱工業生産指数は10月に前月比1.1%低下しており、2四半期連続の落ち込みを避けるためには12月に0.3%上昇する必要がある。7−9月(第3四半期)は0.4%低下し、経済全体にとって成長の重しとなった。
原題:U.K. Industrial Output Rises More Than Forecast on Oil, Gas(抜粋)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-01-11/OJM17B6KLVRM01
黒田日銀総裁:欧米など世界経済について説明−安倍首相と会談
日高正裕、延広絵美
2017年1月11日 15:37 JST 更新日時 2017年1月11日 16:56 JST
トランプ次期米大統領について具体的話は出ていない−黒田氏
会談は定例的なもの−首相から特定の要望もなかった−黒田氏
安倍晋三首相と黒田東彦総裁は11日午後、官邸で会談し、世界経済の動向について意見交換した。黒田総裁が会談後、記者団に話した。
黒田総裁は「トランプ次期大統領について具体的な話は出ていない」と述べた上で、米国は「世界最大の経済だし、現在、非常に順調に経済成長が加速している。金利が上がったりいろんなことも起こっている」と指摘。同国ほか欧州やアジアその他の新興国経済も含めて幅広く首相に説明したことを明らかにした。
黒田総裁(12月の経団連会合)
黒田総裁(12月の経団連会合) Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg
黒田総裁は今回の会談は「定例的なもの」だとし、首相から特定の要望も「なかった」という。
菅義偉官房長官は同日午後の定例会見で、会談について「内外の経済金融情勢について意見交換をされたんだろう」と指摘した上で、「政府日銀は一体となって市場の動向を注視し、デフレ脱却を目指し、しっかり経済成長させる。そうしたすり合わせは行っている」と述べた。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-01-11/OJLRCP6KLVR401
黒田日銀総裁が安倍首相と会談、世界経済の動向を説明
[東京 11日 ロイター] - 日銀の黒田東彦総裁は11日午後2時半から、安倍晋三首相と首相官邸で30分程度、会談を行った。会談後に会見した黒田総裁によると、首相に「世界経済の動向について説明した」という。
黒田総裁は、同日記者会見が予定されているトランプ次期米大統領についての具体的なやりとりはなかったとする一方、「米国経済は景気が堅調」であり、「米国や欧州、アジア経済について説明した」と語った。首相から総裁に対して、政策面での「具体的な要望や指示は特になかった」という。
黒田総裁が官邸で首相と会談するのは、昨年9月以来4カ月ぶり。
*写真を差し替えました。
(竹本能文)
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http://jp.reuters.com/article/abe-kuroda-idJPKBN14V0KL
ロコス氏のヘッジファンド、2016年にプラス20%のリターン−関係者
Nishant Kumar、Hema Parmar
2017年1月11日 20:47 JST
運用開始後最初の暦年、マクロ系ファンドでは世界最高水準
好パフォーマンスが2月の追加募集を後押しか
クリス・ロコスのヘッジファンドは、2016年の運用成績がプラス約20%に達したと、事情に詳しい関係者が明らかにした。運用開始から暦年としては最初の1年にして、経済トレンドを読み投資するマクロ系ファンドとしては世界最高水準の数字をたたき出した。
情報が非公開であることから匿名を条件に語った関係者の1人によれば、このプラス分のほぼ半分は米大統領選でドナルド・トランプ氏が予想外の勝利を収め、債券や為替市場が急変動した10-12月期に稼いだ。
ロンドンを拠点とするロコス・キャピタル・マネジメントの広報担当者はコメントを控えた。
ロコス氏は英ヘッジファンド運用会社ブレバン・ハワード・アセット・マネジメントの共同創業者で、2015年下期に自らのヘッジファンド会社を立ち上げた。現在の運用資産は40億ドル(約4650億円)余りだが、今年2月に新規資金の受け入れを再開し、20億ドルの追加募集を計画している。最近は投資家のヘッジファンド離れが進んでいるが、好パフォーマンスがロコス氏の資金調達を後押しする可能性がある。
原題:Rokos Hedge Fund Said to Gain 20% in First Full Year of Trading(抜粋)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-01-11/OJM5496JIJUT01
http://www.asyura2.com/16/hasan117/msg/684.html