世界潮流を読む 岡崎研究所論評集
止まらないトルコの暴走
2016/12/21
岡崎研究所
11月21日付の英フィナンシャル・タイムズ紙社説は、EU・トルコ関係が危機に瀕している状況を描写し、エルドアンの権威主義的統治に問題があると指摘しています。同社説の論旨は、次の通りです。
iStock
欧州議会は今週、トルコのEU加盟交渉を停止するかどうかについて採決する予定である。この交渉は長い間動かなかったが、議会の停止決定は、EUとトルコの関係にとり転換点になるだろう。8年前には、EU加盟の見込みがトルコの民主主義と近代的経済への移行のための橋であった。5年前にもトルコはイスラムと民主主義の共存の模範と見られていた。今は、それは遠い昔のことに思える。エルドアンの権威主義がトルコのEU加盟資格を失わせた。
7月のクーデタ未遂後、トルコはこの計画者を粛清し、ギュレン師の仲間による国家機関への浸透を終わらせようとする。エルドアンは、彼の批判者を刑務所に入れるなど、すでに専制への道を進んでいる。エルドアン大統領は非常事態の下、大統領令で統治している。議会システムからプーチン式の大統領制にするまで続けるだろう。クーデタ後の大規模粛清において、彼は法の支配を自分の都合に合わせて歪曲している。彼は独立メディアを閉鎖し、大学を乗っ取り、クルドの人民民主党を壊そうとしている。エルドアンはシリアとイラクの一部にオットマンの請求権があるとトルコ人に想起させている。来春の行政権限を持つ大統領制のための国民投票で過激民族主義者の支持を得るためである。
エルドアンはEUに対して怒り、またNATO諸国の神経を逆なでしている。トルコの伝統的西側友好国は、エルドアンのトルコは同盟国なのか疑っている。欧州議会と多くのEU加盟国が、トルコの広範な反テロ法が改正されない限り、トルコ人の無査証での欧州渡航に同意しないことが明らかになる時、衝突が生じる。EUはトルコが主としてシリア難民を一時的に滞在させることの見返りに査証についての取引をした。
EUはトルコが行うべき法的改革について譲ることはできない。EUの信頼性がなくなる。移民の流れを止めるのにトルコの協力とバルカン・ルートの一部閉鎖のいずれが最も効果があるかについて議論はあるが、無査証渡航の条件については議論の余地はない。
エルドアンは来年二つの国民投票を呼び掛ける危険がある。二つ目の国民投票はEU加盟候補国からの離脱である。トルコの脆弱な経済はEUに依存しており、EUとの関税同盟は重要である。欧州はトルコの指導層に影響を与えるテコはほぼすべて失ったが、トルコ国民への影響力は持っている。将来のためにこれは保持し続ける価値がある。
出 典:Financial Times ‘Crunch time approaches for EU-Turkey relations’(November 21, 2016)
https://www.ft.com/content/ad414ec0-ada8-11e6-ba7d-76378e4fef24
この論説はEU・トルコ関係が今直面している困難を良く描写しています。なぜそうなったのかについては、EU側の言い分が正しく、エルドアンの権威主義的統治に問題があるとしています。クーデタ後のエルドアンの弾圧の行きすぎなどを見れば、これにも一理ありますが、もう少し歴史をさかのぼると、EU側のトルコ加盟への消極的姿勢が今の状態をもたらした遠因であると言えるでしょう。EUがトルコを暖かく迎え入れる姿勢を示し、法制度もEU加盟国にふさわしいものにすべしとの対応をしていたならば、こんなことにはならなかったかもしれません。
EU候補国から離脱?
問題は、今後どうするかです。この論説は、エルドアンが来年、EU加盟候補国であることから離脱する国民投票を行う可能性があり、これは危険であると警鐘を鳴らしています。しかし、これはやってもらえばいいのではないでしょうか。今のトルコがEUに加盟することはありえないというのがフィナンシャル・タイムズ紙の判断ならば、国民投票で離脱派が勝ってもBrexitのようなことにはならないでしょうし、加盟候補国に留まる結果が出れば、それはそれでいいでしょう。
現在のEU・トルコ関係の悪化が、NATOの一員としてのトルコの地位に影響を与えるという地政学上の問題がありますが、トルコもNATO脱退は考えていないでしょうし、米国もそれを望んではいないでしょう。経済的にはトルコはEUの関税同盟の一部であり、それを続けることで良いと思われます。無査証渡航の権利がトルコ人に与えられれば、EUに加盟したのとあまり変わらない関係になります。
トルコは地政学的に重要な位置にあります。それを考え、できるだけトルコを抱き込んで行くことを基本として政策展開をすべきであるように思われます。無査証渡航は難民をトルコに留め置くことの代償として約束したことであり、原則的には約束は守るべきでしょう。
http://wedge.ismedia.jp/articles/print/8466
中国が破棄した南シナ海のルールブック
国際法に構わず米軍の無人潜水機を奪取
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中国が米海軍の無人潜水機を奪ったのは公海での海賊行為と等しいと欧米諸国の専門家は指摘する(英語音声、英語字幕あり)Photo: CCTV
By ANDREW BROWNE
2016 年 12 月 21 日 10:35 JST
――筆者のアンドリュー・ブラウンはWSJ中国担当コラムニスト
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【上海】ドナルド・トランプ次期米大統領はツイッターへの投稿で、中国が「盗んだ」と非難した。
欧米諸国の法務専門家の多くもトランプ氏に同調し、米海軍の無人潜水機を中国の軍艦の乗組員が奪ったことは公海における海賊行為に等しいとみている。米国防総省は中国の行為を「違法」だと言明した。
中国は20日、奪った潜水機を返還した。その前日には中国外務省の報道官が、乗組員は持ち主のいない財産を単純に回収しただけであり、それは「道に落ちている物を拾う」のと同じだと釈明していた。
この言い分はあまりにも無理がある。中国は新たな境界線を越えた。かつては南シナ海での攻撃的な行為を大きな法的枠組みの中で正当化することが必要不可欠だと理解していた。米国やその同盟諸国には、その法体系がいかに薄っぺらく、わざとらしく、あるいは物議をかもすように見えたとしてもだ。
筆者の過去のコラム
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ここに中国とロシアの違いが表れていた。中国は自由貿易協定やインフラ投資、低金利の融資や援助といった札束外交で地域の覇者になろうとしていた。一方のロシアはジョージアへの侵攻やウクライナの一部併合であからさまに国際規範に逆らってきた。
無人潜水機には明らかに印がついていた。近くを航行中の米海軍海洋調査船「ボーディッチ」の管理下にあったことも同様に明白だった。中国が無人潜水機を奪取できるなら、船の航行を妨害できないわけがない。こうした事柄で国際海洋法は船の種類や大きさを区別しない。
トランプ氏へのしっぺ返し
中国は南シナ海の自由な航行を制限しないと繰り返し主張してきたが、ここにきて再びこの主張が疑問視されることになった。
中国が「平和的な台頭」を望むという自身の言明から一歩ずつ遠ざかっていくことを、近隣諸国は懸念している。習近平国家主席が南シナ海で造成中の7つの人工島を軍事化しないと表明したのは、つい昨年のことだ。だが米ワシントンのシンクタンク、国際戦略研究所(CSIS)の報告によると、中国は最近、人工島に対空砲などの兵器を配備した。
恐らくこの1件は、トランプ氏へのしっぺ返しとして意図されたものであったのだろう。中国の見解では、トランプ氏は台湾のリーダーからの電話に応じたり、ツイッターへの投稿で中国が大事にしている「一つの中国」という原則に疑問を投げかけたりすることで、米中関係を支えてきた土台に挑戦した。今度は中国がタブーを破っている。
南シナ海で中国に奪われたものと同型の無人潜水探査機 ENLARGE
南シナ海で中国に奪われたものと同型の無人潜水探査機 PHOTO: EUROPEAN PRESSPHOTO AGENCY
もちろん無人潜水機を海中からすくい取ることは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領のあからさまな攻撃性とは比較にならない。
だが危険な方向に向かう動きであることに変わりはない。2001年に中国の戦闘機が米国の偵察機と海南島沖で衝突し、米機が着陸を余儀なくされた際、中国は米機が違法な近接偵察を行っていたと主張。その根拠は独自に解釈した国際法だった。
今回、中国が法的根拠を気にかけることはほとんどなかった。中国共産党機関誌「人民日報」の海外版は無人潜水機が中国の「管轄海域」にいたと主張。現場は、南シナ海のほぼ全域を囲むように中国が引いた「九段線」と呼ばれる境界の外側にあったにもかかわらずだ。中国の外務省や国防省の表現はこれより曖昧で、無人潜水機は「中国に面する海域」にあったとしている。
中国外務省の報道官は20日、米国が中国の領海近くで偵察活動を行っていたと非難した。
いずれにせよ、この全海域は今や軍事化されている。
今回のドローン奪取により、中国はあるメッセージを送っていると指摘する中国の学者もいる。どれだけ自国の海岸から離れていようと、中国の潜水艦の活動に関する情報を収集するために米国が潜水機利用を増やしていることに我慢ならないというわけだ。
ただ、武力衝突がぼっ発する可能性は依然かなり低い。中国の人民解放軍は世界一の超大国を相手にする準備が全くできていない。
米太平洋軍のハリー・ハリス司令官は先週、最新鋭のステルス戦闘機F22「ラプター」をオーストラリアに配備すると発表した際、中国に単刀直入のメッセージを送った。「われわれは協力できるときにはそうする。だが、対立しなければならないときは、その準備を整える」
「中国は自制しない」
中国はそうした発言を空威張りと解釈する可能性はある。共産党機関紙・人民日報系の「環球時報」はトランプ氏のツイッターへの投稿に対しこう反論した。トランプ氏が大統領として挑発し続けるなら「中国は自制しない」と。
冷戦時代は「交通ルール」がしっかりと守られ、米国とソ連の間に戦争をもたらすような事態は免れた。米中両国もこれまで、同じような外交儀礼の構築に取り組んできた。だが計算づくとみられる先週の違法行為は、状況を一変させる。
中国の聖域に尊大な姿勢で踏み込むトランプ氏と、法律をないがしろにする中国との間で、今後も摩擦が生じるだろう。中国は明らかに米国の意思を試している。
もちろん戦略上の変化があるとすれば、無人潜水機を奪う決断が軍の司令官ではなく国家のトップによるものだったことが前提となる。だが司令官の独断だったとすれば、それもまた不吉だ。習主席が共産党支配を強化するために取り組む大がかりな軍の再編に疑問が浮上することになるからだ。
中国経済の足取りがもたつくなか、習政権は「安定性の維持」が2017年の最優先課題だと宣言した。一方、トランプ氏による中国への挑戦が米中両国を先の見えない海路へと引きずり出している。習主席の海軍は文字通り、また比喩的にも、波風を立てた。
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