トランプノミクス成功のカギは、米国経済の「減速」にあり!? 焦点はFRBの「利上げ」路線だ
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50282
2016.11.24 安達 誠司 エコノミスト 現代ビジネス
■「帝王の弟子」が取った投資ポジション
今回の米国大統領選後、米国マーケットでのドル高株高の流れを受けて、世界的に「トランプラリー」が続いている。
開票中、トランプ候補の優勢が伝えられる中、「トランプリスク」に敏感に反応した東京市場では、急激な円高株安が進行したが、その後、世界の主要マーケットでは株価の上昇が始まった。
誰もが、クリントン女史の当選を信じて疑わなかった状況で、全く予想外のトランプ氏勝利の報を受け、多くの投資家が米国、もしくは世界経済の先行きに懸念を抱いたことは想像に難くない。
だが、このような局面で、著名投資家のスタンレー・ドラッケンミラー氏は、開票が進む中、トランプ当選を確信し、保有していた金を全額売却し、同時に、ドルのポジションをロング(買い)に、債券のポジションをショート(売り)にしたといわれている。
ドラッケンミラー氏は「ヘッジファンドの帝王」の異名を持つジョージ・ソロスの「弟子筋」といってよい人物だが、「親分」にあたるソロス氏が、「Brexit(イギリスのEU離脱の是非を問う国民投票)」の際に、ドイツ銀行の株を大量に売り建てたという投資行動同様、並みの投資家とは全く異なる発想で、いち早く投資ポジションを転換させ、現在の流れに乗ったことは尊敬に値する。
多くの投資家は、圧倒的大多数のリベラル系メディアのトランプ氏に対するネガティブキャンペーンにもとづいた誤った情報に踊らされていたが、彼はそのような情報に惑わされず、冷静な判断をしたということだろう。
マーケットはこうした情報がどこからともなく伝わるものなので、そういうごく一部の優れた投資家の行動に追随する動きが徐々に広まっていき、いつのまにか「トランプラリー」の流れが定着していったのではなかろうかと筆者は想像する。
■「トランプノミクス」と「レーガノミクス」
ところで、筆者は、トランプ氏とクリントン氏の経済政策のメニューを見比べた際、トランプ氏の経済政策を選択した方が、米国経済の「長期停滞」を抜け出す可能性が高いと考え、当コラムでも、トランプ氏の経済政策は当時メディアで伝えられたようなネガティブなものではない点を指摘した。
参照)http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49775
当コラムが掲載された段階では、それほど注目されていなかったようにも思えるし、誰も信じていなかったように思うが、トランプ当選後、他の識者からも「トランプ氏の経済政策はレーガノミクス(レーガン大統領の経済政策)に似ている」という意見が多く聞かれるようになった。
だが、「過ぎたるは及ばざるが如し」ではないが、最近のマーケットはやや行き過ぎた感が否めない。時間軸を無視して、トランプ大統領の経済政策が額面通りに実行され、それが成功した局面を急速に織り込みに行っているように思えて仕方がない。
さらにいえば、トランプ大統領の経済政策を誤った認識で過大評価している「ふし」がある。
確かに筆者は、当コラムで、トランプ大統領(当時は候補)の経済政策は、「レーガノミクス」と類似点が多いと指摘した。これは、トランプ大統領が、家計、企業に対する大型減税と公共投資の拡大等の財政支出拡大を経済政策の主軸においた点であった。
筆者がこの「トランプノミクス」を「レーガノミクス」になぞらえたのは、これらの財政政策が、典型的な「オールドケインジアン」的な需要拡大効果をもたらし、これによって、現在、実質で平均2%程度の経済成長率をリーマンショック前までの3%弱の水準まで引き上げる可能性があると考えたからであった。
■「トランプノミクス」成功のカギ
一方、世間一般の認識では、「レーガノミクス」といえば、「規制緩和を中心としたサプライサイドの改革(減税もサプライサイド改革の一つとされている)」を意味する。だが、筆者の理解では、教科書的には、「サプライサイド改革としてのレーガノミクス」は失敗したという総括がなされている。
サプライサイドの改革は、90年代後半のクリントン政権下での「IT革命」によって開花し、これは、レーガン時代の対ソ連を意識した防衛費増強と軍事技術の研究開発が、後のソ連崩壊による冷戦終結で、民間部門にスピンオフしたためである。その意味で、中長期的にはレーガノミクスのサプライサイド改革は成功したのだが、それが実現するまでにはかなりの時間を要した。
また、冷戦構造の終焉という地政学的な「偶然」の要素も大きく作用したと考えられる。もっといえば、「IT革命」が米国経済の生産性上昇に寄与したという結果は、必ずしもコンセンサスではない。その意味で、サプライサイド改革が成功したかどうかも実は疑わしい部分がある。
だが、「トランプラリー」を見た後に、「レーガノミクス」との類似性を指摘する論者の中には、「トランプノミクス」のサプライサイド改革的な側面を重視する向きも散見される。特に、投資家に株式を勧めたい業者などは、個別株式の「テーマ」につながりやすいサプライサイドの要因を株式市場にとってのポジティブ材料として指摘しているようだ。
筆者は、トランプノミクスをサプライサイド改革の側面からレーガノミクスと比較するのは正しくないと考える。現段階では、トランプノミクスがレーガノミクスと似たような効果を持つかどうかは、「オールドケインジアン」効果が出るか否かにかかっている。
その意味では、田中秀臣上武大学教授が指摘するように、戦前(1930年代後半)のケインズ的な経済政策との類似性を主張するほうがより正確であったかもしれない。
■FRBは「利上げ」路線を維持するか
それはともかく、来年、重要なポイントを持つのは、FRBの金融政策である。来年、FRBが現在の利上げ路線を放棄しなければ、トランプノミクスはオールドケインジアン的な経済効果を発現することはできない。
すなわち、FRBが現状の利上げ路線を続けるならば、米国のポリシーミックスは、「金融引き締め・財政緩和」となり、これは、長期金利の上昇と通貨高(ドル高)をもたらすというのが、マクロ経済学の基本的な帰結であるためだ。
そのため、トランプノミクスの成功のためには、FRBが利上げをやめ、金融緩和に転じる必要があると考える。
だが、現時点で、FRBが利上げを打ち止めにする兆候はみられない。12月13、14日のFOMCでの利上げは規定路線になりつつあるが、米国景気の現状を考えると、来年もFRBは利上げ路線を放棄することはないと思われる。
特に、米国のフィリップス曲線を描いてみると、米国ではじりじりとインフレ圧力が高まっているようにみえる。完全失業率は5%を割り込んでおり、インフレ率も再加速する兆候もみられる。これは、フィリップス曲線の解釈としては、「景気循環的には景気過熱」の兆候を示していると考えられる。このように、景気循環の側面を重視した場合、FRBが利上げに積極的になるのはうなづける。
一方、ローレンス・サマーズ前財務長官らの長期停滞論者は、「景気循環」ではなく、トレンドとしてのGDP成長率の停滞を深刻に考えている。従って、FRBの利上げ路線に警鐘を鳴らし続けている。
サマーズ氏ら長期停滞論者は、成長率のトレンドをリーマンショック前の水準に持ち上げることが必要であり、そのためには、一時的なインフレ率の上昇には目をつむるべきであると主張している。「FRBは現行の2%インフレ目標ではなく、4%のインフレ目標を採用すべし」というのはそのあらわれであろう。
サマーズ氏がトランプ氏を支持しているか否かは知らないが、トランプ氏の経済政策は、サマーズ氏の提案に近い。そのため、トランプ大統領がFRBになんらかの影響力を行使できるとすれば、利上げ路線を放棄してもらいたいと考えるようになるのではなかろうか。
■トランプ政権の「運だめし」
しかしながら、FRBの金融政策は政府から独立している。現状の景気状況下では、利上げを粛々と進めていく可能性が高いだろう。
FRBが利上げを進める中でトランプノミクスを実行すると、前述のように、長期金利上昇とドル高を進行させる。これは、個人消費や住宅投資といった、これまで米国経済の回復を牽引してきた民需部門の成長を阻害すると思われる。
もし、そうなってしまえば、公共投資の増加は、単に、民需に振り変わってしまうという、典型的な「クラウディングアウト」を引き起こしかねない。ただし、これが起きてしまえば、景気悪化からFRBは利上げ路線を放棄するかもしれない。
この場合、米国の経済政策にコンフリクトが生じることになるため、「トランプノミクス成功」をある程度織り込んだマーケットは調整を余儀なくされるのではなかろうか。
トランプ氏当選当初は、「FRBはトランプ政権に協力せざるを得ない」という見通しから、12月利上げ予想が急激に後退したが、現在は、「FRBが利上げしても米国景気の減速はない」というストーリーにすりかわっている感が強い。いずれにせよ、筆者は楽観的すぎるような気がしてならない。
ところで、トランプ大統領にとってのベストシナリオは、年初から米国経済が減速傾向をより強め、FRBが利上げ路線を放棄せざるを得なくなる(もしくは再緩和を余儀なくされる)ケースである。景気指標を総合的に見る限り、米国経済はピークに近いとの見方も可能であり、このシナリオが実現する可能性もある。
筆者が考えるに、目先、米国経済にとっては、減速感が強まり、FRBの利上げ路線が頓挫してしまうほうが好都合ではないか。これは、来年のトランプ政権の「運だめし」に近いが……。