なぜ、債務超過でも潰れない会社があるのか?
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2016年10月24日 塚崎公義 (久留米大学商学部教授) WEDGE Infinity
普通の会社は、赤字が続いて債務超過になったら倒産します。資産を全部売っても借金が返せないわけですから、債権者たちが我先に借金の返済を求めて来て、立ち行かなくなるからです。しかし、債務超過でも潰れるとは限りません。銀行が返済を求めて来ない場合もあるからです。では、銀行はどうして返済を求めないのでしょうか。今回は、銀行の行動について考えてみましょう。
■借金があっても請求されなければ潰れない
会社が倒産するか否かは、資金繰りの問題ですから、黒字の会社でも倒産する場合もあります。たとえば販売代金が売掛金となっていて、仕入れが現金だとすると、売り上げが伸びるほど仕入れも増えて、手元の現金が減って行くので、借金の返済期限に資金ショートを起こす可能性が出てくるわけです。
反対に、赤字続きの会社でも、販売代金が現金で仕入れが買掛金だと、資金繰りに困ることがないので、倒産しないかもしれません。しかし、普通は赤字が続いて債務超過になった会社が仕入れ代金を買掛金にすることは難しいでしょう。売り手が心配して現金払いを要求してくるからです。
銀行も、通常ならば、赤字続きで債務超過寸前の会社に融資をすることは考えにくいでしょう。しかし、そこには大きな例外があります。既に銀行から借りている企業の借り換え(プラス金利分の上乗せ)については、銀行の審査が非常に甘い場合が多いのです。
■借り手の清算は銀行にとって大損
銀行が借り手から「債務超過に転落しそうだ」、「転落した」、といった連絡を受けた時、銀行員が最初に考えることは3つです。「一時的な苦境にあるだけで、将来的には立ち直る会社か?」「融資の期限に無理に回収しようとして倒産した場合の回収見込み額」「融資の期限に返済を待った場合(又は再度の貸出を行なった場合)の予想される回収額」です。融資の返済を待つのか返済を受けて同額を貸し出すのかは、銀行員や監督官庁にとっては大きな問題ですが、ここでは区別せず、返済を待つことにしましょう。
借り手が一時的な困難に陥っているだけで、将来は黒字になり、貸出金も全額回収できる見込みなのであれば、融資の返済を待つ場合が多いでしょう。ただ、実際には将来回復することが確信できるケースは稀ですが。
無理に回収した場合、借り手は倒産し、清算されることになります。保有している資産が競売されることになり、まだ使える工場設備が二束三文でスクラップ用に買い叩かれたりしますので、銀行の回収額は相当少なくなるかもしれません。では、回収を待った場合はどうでしょうか。赤字が続いて結局倒産してしまえば、回収額はゼロになってしまうのでしょうか。そうではありません。
たとえば100万円を銀行から借りて機械を買った会社があり、債務超過直前で、しかも毎年1万円の赤字だとします。機械の減価償却は10万円を10年間行うとします。毎年の減価償却が10万円あるのに赤字が1万円だということは、減価償却がなければ9万円の黒字だということになります。乱暴に言えば、「材料費より9万円高く製品が売れるけれども、機械が毎年10万円分ずつ擦り減っていることを考えるので、決算は1万円の赤字となっている」ということなのです。
減価償却は、決算の赤字黒字には関係ありますが、企業の資金繰りには関係が無いので、借り手の資金繰りは毎年9万円の黒字だということになるのです。つまり、銀行は毎年9万円の返済を10年間受け続けることが出来るので、90万円の回収が可能なのです。これは、直ちに回収した場合の回収額より多い可能性があるのです。
■回収見込み額以外にも考慮する事が多数
借り手が立ち直る可能性が小さいと判断された場合、回収見込み額の多寡を比較して、多い方を選ぶことが原則なのですが、実際にはそうとも限りません。債務超過の借り手を生かしておくと、手間とコストがかかりますので、借入額が小さい中小企業であれば、多少の回収額は犠牲にしても、清算してしまう場合も多いでしょう。
一方で、巨額の貸出金がある場合には、手間とコストをかけても回収額の多い方を選択するでしょう。中小企業からすると、「大企業だけ返済猶予するのはズルい」と感じるかもしれませんが、銀行側にも事情があるのです。
銀行としては、「あの銀行に潰された。あの銀行は冷たい」という悪評が立つことを避けたい、とも考えます。そんな噂が広まったら、金を借りてくれる会社がいなくなってしまうからです。その意味でも、倒産するとマスコミに登場するような大企業は潰したくないと考えるわけです。
銀行決算の観点からも、決算が赤字になると格好悪いですし、自己資本が減ると自己資本比率規制(BIS規制)に抵触する場合もあります。したがって、粉飾決算と言われないギリギリまで「回収可能債権」として扱おう、という力が働く場合も少なくないと思われます。
■銀行員の保身から回収を待つケースは稀と思われる
余談ですが、バブル崩壊後に銀行が借り手の返済可能性を甘く査定したことについて、「経営者が己の保身のために部下に甘い査定を命じた」としている論者が大勢いました。理屈上はあり得る話ですが、当時銀行の一兵卒であった筆者から見て、経営者が保身のために査定を甘くしたことは無かったと思います。
仮にそうしたことがあったとすれば、頭取が辞任した直後に後任者がすべての査定をやりなおして、膿をすべて出し切る筈です。そうでないと、引き継ぎ後に発生した倒産は、前任者ではなく自分の責任になってしまうからです。しかし、頭取が交代した直後に大胆な査定の見直しにより貸出金の回収が一斉に行われた、という話は聞きません。
個々の銀行員についても同様です。人事評価の減点を恐れて「この借り手は必ず立ち直ります」と上司に説明して回収を待つとします。その場合でも担当者が交代した直後に膿を出し切るでしょうから、その時点で前任者の人事評価が減点されるため、前任者にとっては回収を待つインセンティブが無いのです。(銀行によっては、人事評価システムが不合理で、担当者が回収を待つインセンティブを持つ場合があるかも知れませんが、多くは無いでしょう)。
■複数の銀行が貸していると銀行間の駆け引きが生じる
銀行融資が自行だけなのか、他行も融資しているのか、という点も重要です。自行が返済を待っている間に、他行が回収を進めてしまうと大変だからです。メインバンクが各融資行に「各行が協力して借り手を支えましょう。抜け駆けの回収はしないで下さい」という依頼をする場合もありますし、様々です。
メイン以外の銀行にとっては、「メイン寄せ」といった裏技もあります。メイン以外の銀行であっても、多額の回収を行って借り手が倒産すると、「あの銀行に潰された」という悪評が立ちます。そこで、これを避けるために少額の回収を行うわけです。それによって資金が少しだけショートする場合、借り手はメインバンクに少額の追加融資を要請します。
メインバンクとしては、借り手が倒産するよりは少額の追加融資に応じた方が得だと考えるかもしれません。そうなれば、少額の回収をした非メイン銀行は「上手くやった」ことになります。このあたりの銀行間の駆け引きは非常に複雑で、神経戦のような所もあり、小説の題材には面白いのかも知れませんが、本稿では深入りしないことにします。
■銀行が潰れると大不況が来る一因は、グレーな借り手の倒産
このように、銀行は融資先が苦境に陥っても回収を待つインセンティブがあります。従って、債務超過の会社でも営業を続けることができ、雇用も守ることができます。しかし、銀行が倒産すると話は別です。銀行が倒産すると、貸出金は原則として機械的に回収されることになります。
元気な借り手は「他の銀行から借りて返します」と言えますが、債務超過の借り手は他の銀行からの融資が受けられないので倒産することになります。銀行が潰れると、借り手企業が大量に潰れて景気が急激に悪化する一因は、こうした所にあるわけです。