島田雅彦(しまだ・まさひこ)/作家。法政大学国際文化学部教授。『暗黒寓話集』『虚人の星』など著書多数(撮影/編集部・石臥薫子)
作家・島田雅彦さんに聞く 人間が家畜化される? AIに「主」の座を明け渡す日〈AERA〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160818-00000139-sasahi-sci
AERA 2016年8月22日号
今年一気に「バズワード」と化した人工知能(AI)。AIは、もはや研究室に留まってはいない。私たちのすぐそばで、暮らしや職場を「最適化」し始めている。人間の趣味、嗜好や心の機微まで理解する新しい知能。私たちはAIと、どう付き合っていけばいいのか。作家の島田雅彦さんに話を伺った。
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人類は自ら作り出した道具によって、発想や生き方を変え続けてきました。物書きは、コンピューターの登場によって、手書きや煩雑な下調べ作業から解放され、情報収集や編集も新たな筆記具であるパソコンに依存するようになりました。創作や思考の方法を変えたわけです。
ものづくりの世界でも3Dプリンターの登場で、作業の概念自体が変わりました。人力に頼っていた労働を機械に委託したのが産業革命で、創造や思考をも委託したのが情報革命なら、人工知能(AI)はその延長線上に位置します。
地球ではこれまで大絶滅が5回も起きています。その中で人間は時代の環境にうまく適合し、はびこることに成功した。しかし今後も地球の主でいられる保証はどこにもない。AIにその地位を明け渡し、累々と積み上げられてきた屍の系譜に加わる──AIがこのまま発展を遂げれば、それも必然かと思います。
近い将来、AIがナノテク技術を駆使し、DNAや生体組織を吹き付けて本物そっくりの臓器を作ることは十分考えられます。その臓器が組み合わさっていけば「生き物」ができる。地球上に今まで現れなかった生物を作ったり、絶滅した生物を復活させたりもできる。AIが創造主、つまり「神」となる瞬間です。これまで概念上にしか存在しなかった神が実体化することになります。
そのようにAIが世界を支配する前に、我々が考えるべきことがあります。まず倫理問題。人間に有害なものを作ってはならないとか、自動運転車の右から子どもが、左から高齢者が来た時にどうすべきか、といったことです。最も優れたAIを開発した者が情報と技術を独占し、国家以上の力を持つことになる。それをどうコントロールするのかも課題です。
さらにAIの発達で人間がやることがなくなった時に、退屈とどう向き合うのか。機械が代替できないとされていた哲学や芸術もAIの趣味になるかもしれない。実際、美術や音楽では、AIが偉大な画家や作曲家と遜色ない作品を作り始めました。文学においても、膨大なビッグデータから大ヒットの条件を学習したAIが、人々が熱狂するシナリオや小説を作るようになるのも時間の問題でしょう。
人間が犬や猫を飼うように、AIが人間を家畜化することになるかもしれません。面白いエラーを連発する奇妙なペットとして可愛がられるのです。仕事を機械に委託する過程で、人間は潜在的に持っていた能力を退化させてしまいましたが、近年、人々が里山に惹かれるのは失われた能力を取り戻し、野性に返る準備なのかもしれません。朱鷺(とき)が暮らせる風土を人が用意してやるように、AIが地球を人が住みやすい環境に戻してくれることも期待できます。