男性の大腸がん急増、だがそれで死ぬべきではない!
北青山Dクリニック院長 阿保義久
2016年08月12日 05時20分
男性の大腸がんが最近、急増しているという。食生活の欧米化などが原因と言われる。「がんになったらどうせ死ぬ」と考えている人もまだまだ多いようだが、「大腸がんは治る確率が高い」と訴えるのは、がん治療の専門医で北青山Dクリニック院長の阿保義久医師だ。阿保医師にその理由と注意点を解説してもらった。
がんに関する情報が続々
(写真はイメージ)
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日本におけるがん制圧の中核拠点といえば、国立がん研究センターです。がんの診療はもとより、研究、技術開発、治験、調査などを広範に行っています。そんな同センターから、今年に入って、がんに関する情報提供が盛んに行われています。
今年1月、全てのがんの10年生存率を初めて公表したのを皮切りに、6月には男性の大腸がんが急増していること、がんの種類によって罹患りかん率に地域差があることが示されました。7月には今年の「がんと診断される患者さん」の見込み数が101万200人にのぼり、初めて100万人を突破する可能性のあることが発表されました。
「日本人の3人に1人が、がんで命を落とす時代」とよく言われます。最近の報道でも、がんで亡くなった芸能人・著名人の名前が日常的に耳に入ってくるようになりました。7月26日に亡くなられたピアニストの中村紘子さんも、大腸がんとのことでした。「がんはひとごとではない。致命的で非常に怖い病気」という認識が皆さんの中にもあるのではないかと思います。
がんの大半は治せる可能性がある
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しかし、今回のがん生存率の集計で、がん全体の「10年相対生存率」がおよそ60%におよぶことは、意外と皆さんの耳に届いていないのではないでしょうか?
「10年相対生存率(%)」とは、がん治療をした人で10年後に生存している人の割合(=実測生存率)と、日本人全体(対象者と同じ性別、年齢分布)で10年後に生存している人の割合(=期待生存率)を比べた指標です。実測生存率には、がん以外による死亡も含まれるため、がん以外の死因で亡くなった人の影響をできる限り補正しようというのが相対生存率です。がん治療における治癒率を、より高い信頼性で評価することができます。
この集計は、早期のがんだけでなく、進行がんも含む全てのがんを対象に行われています。確立された治療法のない末期がんも含むことを考えると、検診を怠らず、早期にがんを発見すれば、多くのがんは治せる可能性があることを意味します。
「がんになったら治らない」「どうせがんになったら死ぬのだ」という考えにとらわれて、がん検診を受けることから足が遠のいている方もいらっしゃると思います。しかし、がんは高血圧や糖尿病と同様に「慢性疾患」であり、積極的に検診を受け、早期発見、早期治療に努めれば、治すことが可能だということを皆さんに強く認識していただきたいのです。
「がんは遺伝するもの」「親族にがんだった人がいるから、自分もいずれはがんになる」と恐れ、不安に陥っている方も少なからずいらっしゃるようです。しかし、仮に親ががんだからといって、自分が必ずがんになるわけではありません。高い確率で遺伝するがんは全体の5%未満ほどでしかありません。がんに影響する要因のおよそ70%は、喫煙、食事、運動、飲酒などの生活習慣が占めるという報告もあるのです。
さらに、地域によってがんの罹患率に差があるということは、その土地その土地の生活環境や食事の影響などを受けやすいという可能性も示唆しています。このように、がんが発生する原因としては、生活習慣など後天的な要素の方が圧倒的に多いのです。
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大腸がんで死んではいけない理由
(写真はイメージ)
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国立がん研究センターが6月29日に発表した「日本のがん罹患数・率の最新全国推計値公表 2012年がん罹患数86.5万人」の中で目を引くトピックの一つに、「大腸がんが増加している」というものがあります。大腸がんは、男性のがんの部位別罹患数(新たにがんと診断される人の数)で胃がんに次いで2番目となっています。
年ごとの順位は変動すると思いますが、いずれにしても大腸がんが急増している理由は、生活習慣の欧米化にあると言われています。赤身肉や加工肉などの摂取量の増加や飲酒などが発生要因として指摘されています。
急増する大腸がんではありますが、だからといって、大腸がんで命を落としてはいけません。その理由は、以下の三つです。
大腸がんは、
(1)進行が遅い
(2)早期発見できる検査法がある
(3)治療法が確立している
という“高生存率の三要素”をすべて満たしているからです。
大腸がんは、急激には進行しないので、たとえ発症しても早期に発見できる可能性があります。さらに、内視鏡検査という「診断を確定できる検査方法」が確立されています。内視鏡検査で発見できれば、体への負担を最小限に抑えつつ完全切除することもできるのです。
一方で、大腸がんの発生に気付かず、何年も放置していると、がんはゆっくりゆっくりと進行します。そして徐々に大きくなり、肝臓や肺に転移します。そうなってしまうと、根治的な治療は極めて困難になります。その結果、負担の大きな治療を受けざるを得なくなった揚げ句、しまいには命を落とす、ということになりかねません。
住民健診や職場検診の便潜血検査でも、早期大腸がんの発見は可能です。日本では、大腸がんの確定診断や治療に必要な内視鏡の技術も国際的にトップレベルにあります。安全に内視鏡検査を受けられる環境があるのに、その恩恵を受けない手はありません。
「決して大腸がんで命を落とすべきではありません」という理由はまさにそこにあります。
自覚症状が出てからでは遅い
以前、「おなかの右側が腫れて便秘がち」という自覚症状を訴えて相談にきた患者さんがいらっしゃいました。検査をしたところ進行した大腸がん(上行結腸がん)ということがわかりました。がんの大きさは直径15センチほどにもおよび、周りのリンパ節にも転移が明らかでした。
それでも肝臓や肺には転移していなかったため、根治的な切除手術が実施されました。手術は成功し、がんは肉眼的には完全に取り除かれました。
病理検査でがんが周囲の血管やリンパ管に隣接していたことがわかった(ほかの臓器に転移しやすい状況にあった)ので、再発予防のため、抗がん剤の内服治療をしばらく続けました。しかし、それから3年後、その患者さんは手術ができないほど広範囲にがんが再発してしまったのです。その後、集中的に抗がん剤による化学療法を行ったかいもなく、お亡くなりになりました。
このように、自覚症状が出てから発見されるがんのほとんどは進行がんで、根治的治療が困難な場合が多いのです。
一方、別のある患者さんのケースです。年齢は40歳を超えていて、普段の食生活は野菜の摂取量が極めて少なく、肉食中心とのことでした。「一度、大腸がんの検査を受けてみたら」ということになって、大腸内視鏡検査を受けました。
その結果、大腸の出口に近い直腸に直径1センチほどのポリープ(いぼ状の隆起)が見つかり、内視鏡で切除しました。後日、病理検査の結果が届き、ポリープの中にがんがあったことがわかりました。ただし、がんは早期だったので大腸の粘膜内にとどまっており、完全に取り除けていたため、追加治療は不要と判断されました。
このように、内視鏡検査でポリープが発見され、検査と同時に治療が済んでしまえば、大がかりな麻酔や手術を行うことなく大腸がんを治癒できる可能性があります。
2人の患者さんのケースから、大腸がんは早期に発見できるかどうかで、結果には雲泥の差があることがおわかりいただけたと思います。「自覚症状が出てからでは遅い。症状がなくても検査を受けるべき」「仮に検査でがんが見つかっても、早期であれば最小限の負担で治すことができる」ことを忘れないでいただければと思います。
ポリープの段階で取り除く
しかし、大腸がんの検査(大便を採取する便潜血検査、内視鏡検査)は、心理的な抵抗が大きいこともあり、なかなか検診を受けていただけない傾向があるようです。胃、大腸、肝臓、肺、乳腺に発生するがんの中で、大腸がんが診断時に最も進行しているケースが多いという報告があるのも、「受診の敬遠」が一因と思われます。
大腸がんの多くは、ポリープが長い時間をかけてがんになることがわかっています。がんになる前のポリープの段階で内視鏡で取り除くことができれば、がんの発生の予防につながる可能性があるのです。
ですので、自覚症状がないうちに少なくとも便潜血検査、できれば大腸内視鏡検査を受けることをお勧めしたいと思います。大腸がんは治しやすいがん、予防できるがんなのです。
進行がんで発見されたら
(写真はイメージ)
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では、がんのステージが進んでから発見された場合、どのような治療があるのでしょうか?
肝臓や肺に転移してしまっても、その他の部位にがんがなければ、転移したがんを手術で完全に取り除くことにより治癒が見込める場合があります。
手術で取り除くことが困難な場合は、化学療法による投薬治療を選択することになります。進行がん、末期がんの治療はまだまだ課題が多いものの、新たな薬剤の進化は目覚ましいものがあります。
前向きに、笑顔を絶やさないこと
最後に、進行がんや末期がんでも、がんに屈せず、元気に生きている方々は、治療に対してとても前向きで、楽しんで人生を送っている印象があります。「誰もが死を背負っている」ことを受け入れて、毎日を精いっぱい生きようと心掛けていらっしゃるようです。
たとえ進行がんだとわかっても、前向きに自分なりの生き方を真摯しんしに考えて治療に臨み、笑顔を絶やさずに生活をすることが大切です。
【参考URL】
◆「全がん協加盟がん専門診療施設の診断治療症例について10年生存率初集計」(2016年1月20日、国立研究開発法人国立がん研究センター)
◆「日本のがん罹患数・率の最新全国推計値公表 2012年がん罹患数86.5万人」(2016年6月29日、国立研究開発法人国立がん研究センター)
◆「2016年のがん統計予測公開」(2016年7月15日、国立研究開発法人国立がん研究センター)
◆2016年のがん統計予測(がん情報サービス)
◆「全がん協加盟施設の生存率協同調査/生存率Q&A」
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プロフィル
阿保 義久(あぼ・よしひさ)
医師、北青山Dクリニック院長。
東京大学医学部卒業、東大病院、虎の門病院、東京都教職員互助会三楽病院などを経て、2000年から北青山Dクリニック院長。日本外科学会、日本血管外科学会、日本消化器外科学会、日本脈管学会、日本癌学会、日本癌治療学会などに所属。外科医として年間1000例以上の手術を行う。
開業以来17年間、無痛で苦しくない胃・大腸内視鏡検査を提供。そのほか、がんの最先端遺伝子検査や遺伝子治療にも取り組む。著書に『アンチエイジング革命』(講談社)、『脚と血管のアンチエイジング』(本の泉社)、『がん細胞を正常細胞に戻すCDC6shRNA治療』(アイシーアイ出版)、『下肢静脈瘤治療―日帰り・レーザー・根治』(医学舎)ほか。
◆ 「北青山Dクリニック」の内視鏡検査サイト
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20160805-OYT8T50032.html?page_no=3&from=yartcl_page