ガラパゴス化する日本の医療 〜海外では「常識として」やらない手術と薬を明かす
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2016年07月25日(月) 週刊現代 :現代ビジネス
惰性で薬を飲んだり、安易に手術を受けたり——誰にでもそんな経験はある。だが、医者を過信してはいけない。現代日本は、過剰な医療が命を縮める危険で溢れている。
■日本の医療は謎だらけ
「経済政策ばかりが話題になっていたように報じられていますが、5月の伊勢志摩サミットで日本がやり玉に挙げられた重要な議題がありました。それが抗生物質の使用と耐性菌についてです。
抗生物質の使い過ぎで、耐性ができた細菌が増殖していることが世界的な問題になっています。いまだに風邪をひいた患者にまで抗生物質を処方するような日本の医療が批判されたのです」
こう語るのは、厚生労働省の関係者。
風邪は細菌よりもずっと小さなウイルスが原因で症状が起きる。科学的に抗生物質が効かないことは明らかになっているが、病院に行ったときの「お土産代わり」に薬を欲しがる患者も多い。
ニューヨーク医科大学教授のランディ・ゴールドバーグ氏が語る。
「日本とアメリカは保険制度の違いもあり、薬の処方のされ方、治療方法も異なります。なかには欧米ではまず行われないような治療法が、日本で行われている例もあります。安易に抗生物質を出すことはその典型です」
このような日本の医療のガラパゴス化は、様々な分野で見られる。医療経済ジャーナリストの室井一辰氏が語る。
「心筋梗塞の際に、カテーテルと呼ばれる管を心臓の冠動脈まで通して、風船やステントで血管を広げる『経皮的冠動脈形成術(PCI)』という治療法があります。
時に詰まっていない血管も念のために拡張する場合がありますが、米国心臓病学会は『血管狭窄の元凶ではないところにまでステントを入れて血流を確保する必要はない』と述べています。過剰なステント留置は死亡率や合併症を増やす恐れがあるからです」
日本でしばしば行われている過剰なカテーテル治療は、今すぐ改められる必要があるのだ。
降圧剤も日本と海外で使われ方の違いがある。新潟大学名誉教授の岡田正彦氏が語る。
「日本の医者はARB(オルメテック、ミカルディスなど)という新しくて高価な薬を処方しがちです。
しかし、旧来の利尿剤と比べて、ARBのほうが死亡率を下げるというデータは存在しません。欧米ではカルシウム拮抗薬という旧世代の降圧剤が治療薬のスタンダードになっています」
そもそも血圧は年を取れば上がってくるのが自然なこと。血圧の基準値ばかりを気にして、高い薬でむやみやたらと血圧を下げたがる日本人は、世界の医療の常識から見れば、「大いなる謎」と映るだろう。
高度認知症患者に対する投薬も国際常識を逸脱している。長尾クリニックの院長、長尾和宏氏が語る。
「欧米では認知症がある程度以上に進行した場合、治療薬を中止する基準を医学会が設けています。もはや効果が望めないからです。
しかし、日本では要介護5の胃瘻(腹部に穴を開け、胃に直接栄養を流し込む)の患者にまで、管を通して抗認知症薬を投じているのが実態です。それは製薬企業の意向だけでなく、医者自身が薬の『やめどき』をまったく考えていないからでしょう」
そもそも、認知症患者に対する胃瘻自体、欧米ではほとんど行われていない。
「認知症患者への胃瘻は『利益がない』という研究結果が出ています。さらに胃瘻による合併症も起こるリスクがあるので、行わない医師や病院が増えています」(前出のゴールドバーグ氏)
■前立腺がん検査は意味なし
ロキソニンは日本で開発された鎮痛剤である。効果が明確で、非常に人気のある薬だが、その副作用には注意が必要だ。
「そもそもアメリカでロキソニンを処方する医者はいません。胃に対するダメージが非常に大きいと認識しています。
アメリカでは患者の様子を診て、薬を処方する必要がなければ、『あなたに薬は必要ありません、休んでください』と言えばそれで治療と認められる。
日本では、意味がないとわかっていても薬を出さないと治療と見なさない風土があるようですね」(前出のゴールドバーグ氏)
サプリメントは、もともと効果のほどが、よくわからないものが多い。日本人が好む「関節を滑らかにする」グルコサミンやコンドロイチンも、その効能はかなり怪しい。
膝などの関節痛に悩んでいる高齢者には、この手のサプリを飲んでいる人も多いが、「米国整形外科学会は、変形性膝関節症の患者には、症状があっても、グルコサミンやコンドロイチンを使っても効果はない」(前出の室井氏)としている。
これらを飲み続けるには、1ヵ月に数千円から1万円もかかる。効果のほどがわからないのでは、あまりに高い買い物だ。
病気を見つける検査でも海外との意識の差は大きい。よい例が前立腺がんのPSA検査。これは血液検査の一種で、前立腺がんの早期発見が可能になると言われている。
だが実際には、米国の複数の学会が「検診のためにPSA検査を行うべきでない」という意見で一致している。米国在住経験の長い日本人の大学病院外科医が語る。
「そもそも60歳を超えた男性の半分くらいは前立腺がんを持っているのです。しかし、前立腺がんという腫瘍は有害性が低く、それが原因で死ぬ人は3%程度。検査で見つけて手術をしたり、放射線をかけたりしても患者のQOL(生活の質)が下がるだけです。排尿困難などの症状が出るまでは、放っておいていい」
胃がんを見つけるためのバリウム検査も日本ならではの検査法だ。
「バリウム検査は、そもそも日本で開発されたもの。胸部X線の100倍以上の被曝がある上、正確にがんを見つけることが困難なので、海外ではほとんど行われていません」(前出の大学病院外科医)
日本は国民皆保険の国。貧富の差がなく治療を受けられる素晴らしいシステムだが、逆に安易な治療も横行しやすい。海外の医療事情を参考にすることで、過剰医療を避けることができる。
「週刊現代」2016年7月23日・30日合併号より