米国と対等になる中国
https://tanakanews.com/160604china.htm
2016年6月4日 田中 宇
中国が、自国の領海・経済水域だと主張する南シナ海に、防空識別圏(ADIZ)を設定することを検討していると報じられている。防空識別圏は、外国の飛行機が無断で入ってきた場合、警告を発したり、戦闘機を使って追い払ったりできる空域で、領空の外側に必要に応じて設定できる。最悪の事態として、侵入してきた不審な外国軍機を識別圏内で迎撃することがあり得る。中国は2013年に、日中が紛争中の尖閣諸島を含む東シナ海の上空に、日米の反対を押し切って防空識別圏を設定した。その後、日米は中国の設定を容認している。次は南シナ海に設定するかもしれないと、中国政府は当時から折りに触れて表明してきた。 (Beijing ready to impose air defence identification zone in South China Sea pending US moves) (頼れなくなる米国との同盟)
南シナ海では、米国が「公海上の航行の自由を守る」と称して、米軍の偵察機を、中国が自国領だと主張する人工島のすぐ近くまで飛行させることを繰り返している。人工島は岩礁なので領土として認められず、すぐ近くを飛行しても中国の領空を侵害したことにならないと米国は主張し、領空侵犯だと非難する中国を拒絶している。このまま中国が南シナ海の主要部分に防空識別圏を設定すると、米国は中国側の警告を無視して従来と同じように中国の人工島の近くに偵察機を飛ばしかねない。中国軍機が米軍の偵察機を撃墜すると、米中戦争になりかねない。 (Is China Really About to Announce a South China Sea Air Defense Identification Zone? Maybe But maybe not)
今週、シンガポールで国際的な安全保障会議であるシャングリラ対話が開かれ、米中の防衛担当の高官たちが参加した。来週には、米中が北京で定例的な米中戦略対話の会合を開く。いずれの場でも、中国と東南アジア諸国などが紛争している南シナ海の問題が、主な議題の一つになる。これらの会議の直前に、中国側が南シナ海で防空識別圏の設定を検討していると香港の新聞に漏らしたのは、中国側が防空識別圏を設定するぞという強気の姿勢を示すことで、米国との議論を有利に進めたいと考えたからだろう。 (China to 'pressure' U.S. on maritime issues, paper says)
そう考えると、今回の中国側の表明は、実際に防空識別圏の設定が近いことを示すものでなく、米国に対する単なる脅しであるとも言える。だがその一方で中国は、この2年ほどの間に、南シナ海のいくつかのサンゴ礁を突貫工事で埋め立てて人工島を造成し、滑走路やレーダーなどの軍用施設を建設している。防空識別圏の運用には、外国の飛行機の侵入を早期に探知できるレーダー網や、無人有人の偵察機を飛ばせる飛行場を、識別圏用に持つ必要がある。以前の中国は、南シナ海に識別圏の設定を宣言しても実際の運用が十分できなかった。(中国は、日本の近くの東シナ海の識別圏を十分に運用できていないという指摘がある) (China Demands US "Cease Immediately" Provocative Spy Plane Missions Near Its Borders)
しかし今、中国はすでに南シナ海にいくつも人工島を作り、滑走路やレーダー施設を持っているので、防空識別圏を実際に運用できるようになっている。この2年ほどの間に、米国や東南アジアなどからの批判を無視して中国側が人工島を突貫工事で作ったのは、防空識別圏を実際に運用できるようにする目的だったとも考えられる。中国が識別圏の設定を宣言する可能性は増大している。 (Is China Winning in the South China Sea?)
中国が南シナ海に防空識別圏を設定すると、米中間の緊張が一気に高まる。米政府は識別圏を認めず、軍用機を識別圏内に進入させるだろう。14年に中国が東シナ海に識別圏を設定した時は、その直後に米軍機が無断で入り込んで挑発したが、それは1回で終わり、その後は何も起きていない。米国は、東シナ海の中国の識別圏を容認した。しかし、南シナ海も同じ展開になるとは限らない。 (米国にはしごを外されそうな日本)
中国による識別圏設定後、米軍機が何度も挑発的な侵入を繰り返すと、中国側と衝突や交戦になる可能性が増す。米国が中国に、強硬姿勢をとると事前に伝えれば、中国は二の足を踏む。逆に、米国側が挑発行為をあまりやらず、中国の識別圏設定を容認すると、それは中国の勝ちになる。米国側が容認しそうだ判断したら、中国は識別圏の設定に踏み切りそうだ。 (Beijing May Declare Security Zone in South China Sea)
中国は胡錦涛政権まで、米国の単独覇権が続くことを前提に国際戦略を立てていた。だが習近平政権は方針を転換し、国際社会において米国と立ち並ぶことを国家戦略にしている。中国が南シナ海に防空識別圏を設定し、米国がそれを容認したら、中国が米国に負けない、米国と立ち並ぶ存在であることを世界に示せる。 (Xi Jinping Takes Command of the People's Liberation Army)
米国が中国に、容認しそうな姿勢を見せて中国側に識別圏設定を踏み切らせ、実際には強硬姿勢をとると、中国は後に引けなくなって米中戦争が誘発される。しかし米国は、中国に対する優位が今よりはるかに大きかった01年に起きた海南島事件(中国沖で米国の偵察機と中国の戦闘機が接触し、米国の偵察機が中国に捕獲された)の時でさえ、中国と交戦せず、穏便にすませている。今は、01年に比べ、米国内の厭戦機運と、中国の国際影響力の両方が、大幅に増大している。米中戦争の可能性は01年より低下している。 (アメリカが描く「第2冷戦」)
南シナ海の問題は、交戦するかどうかという軍事面だけでない。国際的な善悪や、世界各国が米中どちらに味方するかという国際政治面が大きい。南シナ海の紛争は、中国の領有権主張(九段線)を無効とみなすフィリピン政府によって、13年に国連海洋法条約で定められた国際調停機関に提訴されている。中国は、フィリピン政府との間で2国間交渉の場がすでに設けられているのでそれを使うべきであり、この件は国際調停になじまないと言って調停への参加・出廷を拒否している。 (Philippines v. China From Wikipedia)
中国は以前から、南シナ海問題は2国間でしか交渉しないと言い続けており、ASEAN+3などでの多国間交渉や、国際法廷で論議することを拒否してきた。中国が不参加なので調停はフィリピンに有利に進み、今夏中に中国に不利な裁定が出て、中国はそれを無視すると予測されている。 (Clarifying South China Sea dispute)
国連海洋法の裁定を無視するのは国際法違反だ。中国は国際マスコミから「悪」のレッテルを貼られるだろう。「国際法を無視して孤立を深める中国」といった見出しが予想される。すでに日米などのマスコミは、中国をできるだけ悪いイメージで報道するようにしており、それが加速する。この以前からのイメージ低下は、中国自身が努力して改善できるものでない。日米など米同盟諸国のマスコミが中国を悪く報じるのは、中国が悪いからでなく、中国を敵視・嫌悪することが日米の国家戦略だからだ。 (南シナ海で中国敵視を煽る米国)
その一方で、中国は「一帯一路」「新シルクロード」戦略などを通じて、世界の途上諸国に投資や融資をばらまき、途上諸国を味方につけている。米国と同盟諸国は、中国のことを悪く言うが、新興諸国や途上諸国は中国に味方する。日米などは、中国が途上諸国にカネをばらまくことを批判的に報じるが、もともと中国が何をしようが悪く報じるのだから、中国にとっては同じことだ。
中国が海洋法の裁定を無視すると、フィリピンなどが国連安保理に中国を非難する決議案を提出するかもしれない。だが、中国は常任理事国なので安保理で拒否権を発動したり、決議案の提出を妨害する。これも日米などでは「中国の暴挙」と報じられるだろうが、中国が何をしようが悪く報じられる構図の中で、中国にとって新たな打撃ではない。 (The South China Sea: Next Stop the UN Security Council?)
もともと国際社会の「善悪」のシステムは、英国(のちに米英)の世界覇権構造の一部であり、米英が、敵視する国々に「極悪」のレッテルを国際的に貼り、それをテコに経済制裁を発動して敵国を弱体化するための構図だ。第二次大戦時のドイツや日本がこの構図で攻撃され、70年たっても「戦争犯罪」が残っている。冷戦時代のソ連や中国、冷戦後のサダム・フセイン(大量破壊兵器)なども極悪レッテルを貼られた「被害者」だ。
日本人は、自国に貼られた「南京大虐殺」「従軍慰安婦」を否定する一方、中国が貼られた「天安門事件」「チベット」「南シナ海」を120%鵜呑みにする。中国人は、日本人と正反対の立場をとる。善悪の歪曲システム(を作った英米)自体が最大の「悪」であると気づく人は世界的に少ない。
世界的に、外交官とか各国外務省は、この歪曲式国際善悪システムを運用する側で、善悪システム自体を否定する態度を嫌う(その意味で、外交官は国を問わず、無意識のうちに米英覇権の傀儡として機能している)。中国政府の中でも、外務省やその上部の国務院は、国際的なイメージを気にする、親米的な傾向の勢力だ。中国の国営マスコミや学術界にも、そのような国際協調的な勢力がかなりいる。 (China's Strategy for Asia: Maximize Power, Replace America)
対照的に、習近平政権は、中国が何をやっても米欧から悪いイメージで描かれる歪曲式善悪システムを壊したいと考えている。習近平は、中国共産党の政権内にいる国際協調派に政策決定権を分散させず、外務省から権限を奪い、自分と側近で構成する政権中枢の小グループで国家戦略をすべて決める独裁体制を強化している。習近平は、国営マスコミに対しても「愛国心が足りない」などと言いがかりをつけて報道規制を強化し、親米的な国際協調派の論調を抑制している。 (China media: Pressed into service) ('Dangerous Love': China's All-Encompassing Security Vision)
その上で習近平の中国は、国際的なイメージの良し悪しを気にすることをやめて、カネで釣るとか、軍備で威圧することを含めた、むき出しの「パワーポリティックス」で、国際政治力の拡大を目指している。 (Pentagon: Chinese Military Modernization Enters "New Phase")
(最近、中国と同様に、国際イメージの維持を放棄し、政府内で外務省を無力化し、パワーポリティックスに頼って国家の延命を模索し始めたのがイスラエルだ) (中東諸国の米国離れを示す閣僚人事)
戦後の世界経済は米ドルが唯一の国際決済通貨で、すべてのドルの国際決済が米国のNY連銀を通過するシステムになっているので、米国は気に入らない国の貿易決済を止めてしまう経済制裁を簡単にやれた。ユーロや円の国際利用が増えても、日欧とも米国の覇権下なので米国の優位は揺るがなかった。しかし近年進んでいる人民元の国際化は違う。中国は、人民元の国際利用を増やすことで、米国が手出しできない「もうひとつの世界システム」の構築を進めている。 (米国自身を危うくする経済制裁策)
G7に対抗できる国際網としてBRICSが立ち上がり、世界銀行・ADB(アジア開発銀行)に対抗する国際援助銀行として中国主導でAIIBが作られるなど、中国主導の「もうひとつの世界システム」はどんどん拡大している。世界の国々は、米国から嫌われて経済制裁されても、中国主導の新たな世界システムを使って延命できる。米日のマスコミは、中国が作った世界システムの不完全さを喧伝するが、この歪曲報道は中国にとって、真の力量を知られずに力を拡大できるのでむしろ好都合だ。 (日本から中国に交代するアジアの盟主)
英米が作った歪曲式の国際善悪システムも、米国覇権の一部だ。人権や民主化、環境保護などの問題を理由に、いうことを聞かない国々を制裁する「人権外交」も、米覇権の一部だ。習近平は、これらのシステムについても、採用したい国だけが採用し、採用したくない国が無視できるものにしたい。だからまず自国内で善悪システムに比較的とらわれている国務院・外務省の権限を削ぎ、国営マスコミ内のリベラル派を抑止し、南シナ海に関する国際裁定を無視して、中国自身を善悪システムから外している。 (人権外交の終わり)
中国の目標は、米国を押しのけて単独覇権国になることでない。中国が主導する「もうひとつの世界システム」を米国に容認させて、米国と対等な国際政治力を持つことが中国の目標だ。米国が中国敵視や対中制裁を続けても、中国は自分で作った新たな世界システムの中で、米国からの制裁や敵視の影響を大して受けずに生きていける。
対米従属を嫌う国々は、中国が作ったシステムに入ることで、米国が作った歪曲式善悪システムの被害を受けずにすむようになる。米国から悪のレッテルを貼られても平然としていられるようになる。米国と同盟関係にある国々も、保険をかける意味で、米国のシステムと中国のシステムの両方に参加し、二股をかけるようになる。世銀ADBに対抗して中国が作ったAIIBに、世界の多くの国が、二股をかける意味で加盟した。AIIBへの加盟を拒否し、米国側だけに偏重して生きていくことを選んだのは、日本などごく一部の国だけだ(というか日本だけだ)。 (China Quietly Prepares Golden Alternative to Dollar System - William Engdahl)
このように、世界のシステムが米国と中国で並立化するほど、米国は、中国とその傘下の国々を制裁できないようになる(すでになっている)。米中は相互に、相手を倒すことができない関係になっている。中国は、米国と対等な関係になりつつある。軍事面では、南シナ海でいずれ中国が防空識別圏を設定し、米国がそれを容認する時が、米中が対等になる瞬間だ。中国は、国際社会のあり方を大きく変えている。
日本では、米国が軍事力を使って中国を破壊するか、中国が経済的もしくは政治的に内部崩壊し、米国が中国を再び凌駕して単独覇権を維持する(してほしい)という見方が多い。しかし、中国の軍事力が増大する中で、米国が中国との戦争に踏み切る可能性は減っている。中国経済の現状は悪いが、政府の上層部(権威人士)が株価の上昇を食い止めていることからわかるように、習近平政権は、経済を無理して良く見せない方が良いと考えている。中国経済は悪いが、崩壊しない。崩壊しそうなら、政府上層部が株価の上昇を邪魔したりしない。経済が崩壊しないなら、政治崩壊もない。 (金融バブルと闘う習近平)
半面、米国が中国敵視をやめて、一転して中国と和解するかといえば、そうでもない。米国は、中国と和解するのでなく、中国を敵視したまま、中国の台頭や中国中心のもうひとつの世界システムの存在を静かに容認(または無視)する可能性が高い。今後しばらく、米国は中国と戦争もしない代わりに和解もせず、中国は勝手にもうひとつの世界システムを拡大していきそうだ。米国の中に、中国を敵視する部分がある限り、日本はその部分に寄り添うことで対米従属を続けられる。 (America's Doomed China Strategy)
とはいえ、米国で金融崩壊が起きると、米国の強さに関する前提が崩れる。米経済は本質的に良くない状況だが、米連銀が利上げをしたいので、統計粉飾などによって無理やり良く見せている。粉飾は不安定だ。昨日は雇用統計が異様に悪化し、一転して利上げが困難だと言われる事態になった。今後、粉飾状態を建て直して利上げを継続できるかもしれないが、できないかもしれない。全体的に不安定が増しており、いずれ金融が再崩壊しそうな感じが続いている。 (US job growth slowest since 2010)
金融(債券システム)は、米国の強さの源泉だ。金融崩壊が起きると、米国は国力の大幅な低下を認めざるを得なくなり、中国主導のもうひとつの世界システムに対する米国での評価が「米国覇権にとって邪魔なもの」から「米国の世界運営の負担を軽減できる良いもの」に転換する。米国が中国の台頭を認め、敵対姿勢を全面的に取り下げて和解する可能性が増す。 (Is China Really That Dangerous? Doug Bandow) (金融を破綻させ世界システムを入れ替える)
そうなると、米国の中国敵視策に寄り添うことで実現してきた日本の対米従属策が持続不能になる。在日米軍が撤退する。米国の後ろ盾を失うと、日本は地政学的に劇的に弱体化する。この弱体化はおそらく、日本国債の格下げや財政破綻など、日本の経済力の低下につながる。日本の将来をあまり赤裸々に予測すると、現実を直視したがらない人から拒絶反応を受けるばかりなので、ここまでにしておく。
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