人類は民主的な社会へ向かって進むという「予定説」を信じることの危険性(2)/リビアの戦争
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2016.02.28 20:41:47 櫻井ジャーナル
アメリカ/NATO、サウジアラビア/ペルシャ湾岸産油国、イスラエルを中心とするシリアに対する侵略戦争は失敗したわけだが、すぐにジョン・ケリー国務長官はシリア解体を主張し始める。「プランB」だというが、これは当初から侵略勢力が目論んできたことである。
2015年6月にブルッキングス研究所のマイケル・オハンロンはシリアに緩衝地帯(飛行禁止地帯)を作り、つまり制空権を握って武装勢力を守りながらシリアを「再構築」、つまり分解し、「穏健派」が支配するいくつかの自治区を作るべきだと主張している。(ココやココ)この案をケリーは主張したわけだ。
ちなみに、この研究所はAEI、ヘリテージ基金、ハドソン研究所、JINSAなどと同じように親イスラエルで、国連大使を経て安全保障問題担当大統領補佐官に就任したスーザン・ライスの母親、ロイスもブルッキングス研究所の研究員だった。
アメリカ軍の情報機関DIAは2012年8月にシリア情勢に関する報告書を作成、それによると反シリア政府軍の主力はサラフ主義者(ワッハーブ派)、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだとしている)であり、西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコの支援を受けている。事実上、「穏健派」は存在しないということだ。
つまり、アメリカ政府の「穏健派支援」は「過激派支援」にほかならず、アメリカ政府が方針を変えなければ、シリア東部にサラフ主義の支配地ができあがると見通していた。実際、その通りになった。その支配体制が安定化すれば、シリアの解体につながる。報告書が作成された当時にDIA局長だったマイケル・フリン中将はアル・ジャジーラに対し、ダーイッシュの勢力が拡大したのはバラク・オバマ政権が決めた政策によるとしている。
リビアとシリアに対する侵略戦争が始まったのは2011年春のこと。リビアで侵略勢力が地上軍として使っていたのはアル・カイダ系武装集団のLIFGで、NATOによる空爆の支援を受け、2011年10月にムアンマル・アル・カダフィ体制を倒した。その直後、ベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられている。その映像はYouTubeにアップロードされ、イギリスのデイリー・メイル紙もその事実を伝えていた。現在、リビアは無政府状態でダーイッシュが勢力を拡大しているというが、これは当然の結果だ。
リビアでは侵略勢力が送り込んだ傭兵部隊に対する政府軍の空爆を止めさせるに「飛行禁止空域」を設定、制空権を握った後に政府軍に対する空爆を始めて体制転覆を実現したのだ。
リビアで戦っていた戦闘員は武器/兵器と一緒にトルコ経由でシリアへ入るが、その拠点になったのはベンガジにあったCIAの施設。マークを消したNATOの輸送機が武器をリビアからトルコの基地まで運んだとも伝えられている。
ベンガジにはアメリカの領事館があるのだが、そこが2012年9月11日に襲撃され、クリストファー・スティーブンス大使も殺された。スティーブンスは戦闘が始まってから2カ月後の2011年4月に特使としてリビアへ入り、11月にリビアを離れるが、翌年の5月には大使として戻っていた。領事館が襲撃される前日、大使は武器輸送の責任者だったCIAの人間と会談、襲撃の当日には武器を輸送する海運会社の人間と会っていた。(つづく)