世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第157回 日本を「小さく」せよ!
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週刊実話 2016年1月21日号
日本国は、世界屈指の自然災害大国である。特に日本の国土面積は世界のわずか0.25%にすぎないにもかかわらず、世界で発生するマグニチュード6以上の大地震の2割は日本列島周辺で起きているという事実は深刻だ。日本列島は、太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレート、そして北アメリカプレートと、四つの大陸プレートが交差する真上に位置している。今、この瞬間に足元で大地震が発生し、われわれ一人一人が「被災者」になってしまう可能性は常に存在する。
大震災が頻発する日本国においては、国民が「分散して暮らす」ことが極めて重要になる。日本列島の各地に分散して住み、いざというときは「互いに助け合う」ことを実行に移さなければ、日本国において国民は生き延びることができないのである。
むろん、単に分散していればいいという話ではない。各地の国民が、モノやサービスを生産する力、すなわち「経済力」を蓄積する必要もあるわけだ。
例えば、2014年2月の豪雪災害で大きな被害を受けた山梨県には、除雪車が不足していた。そのため、新潟県から除雪のプロたちが除雪車とともに駆け付け、救援活動を行ったのである。当時、山梨県の近隣に「除雪サービス」を十分に蓄積した地域がなかった場合、被害がさらに拡大したことは疑いない。
自然災害発生時に威力を発揮するのは、モノやサービスを生産することを可能とする供給能力(=経済力)であって、おカネではない。どれだけおカネがあったとしても、被災者を救うための経済力が各地に蓄積されていなければ、どうにもならない。
そして、経済力を強化するためには、実は人口が「集中」していた方が都合がいいのである。人口が集中しているとは、すなわち「市場がでかい」という話になる。少ない人数を相手にビジネスをやるよりも、膨大な「市場」に対しモノやサービスを売り込んだ方が、間違いなく所得を稼ぎやすい。つまりは「GDP」が成長するのだ。GDPとは、生産者が生産したモノやサービスが消費、投資として購入された金額の総計(支出面のGDP)という意味を持つ。
経済成長を実現し、モノやサービスを生産する力を蓄積するためには、人口が集中していた方が都合がいい。とはいえ、日本国全体の安全保障を考えたとき、国民ができるだけ分散していた方が望ましい。
集中と分散。言葉としては明らかに相反する二つを両立させることなど、果たしてできるのだろうか。
実は、できる。すなわち、新幹線や高速道路に代表される、交通インフラの整備によって。
昨年暮れの12月18日、2027年の東京〜名古屋間の開業を目指して建設が進められているリニア中央新幹線で、難所とされる南アルプスを貫くトンネル工事が始まった。リニア新幹線が開通すると、品川駅から名古屋駅まで、何と40分で結ばれることになる。こうなると、事実上、東京圏と名古屋圏という経済圏が「一体化」することになるわけだ。これまでは、主に名古屋圏ばかりを標的市場としていた東海地区の企業は、「隣町に行く感覚」で東京圏を相手にビジネスを展開できるようになる。
あるいは昨年の6月、「山陰リニア整備後の40年間の累計効果は18兆7900億円で、従来型の新幹線が整備された場合も3兆3789億円の効果がある」との試算が発表された山陰新幹線が、リニア方式で実現すると、これまでは鉄道で3時間以上もかかっていた鳥取と京都、大阪の間が、30分を切る可能性すらある。何しろ、鳥取と京都・大阪間の距離は、東京〜名古屋間よりもはるかに短い。東京〜名古屋間が直線距離で260キロあるのに対し、鳥取〜大阪間が145キロ、鳥取〜京都間は150キロにすぎないのだ。
鳥取から30分で京都や大阪に行けるとなると、もはや「通勤圏内」である。鳥取の企業は、「隣町に行く感覚」で京阪地区と商売ができる。逆に、大阪や京都の企業にとっても、商圏が鳥取をはじめとする山陰地方に広がることになる。
新幹線はヒトの移動の話だが、物流面でも「市場を広げる」となると、やはり高速道路の整備も必須となる。例えば宮崎県は大消費地である福岡経済圏と、いまだ九州西側の九州縦貫自動車道以外の高速道路で結ばれていない。途切れ途切れでミッシングリンク(未整備区間)が少なくない東九州自動車道経由で、5時間近くもかかってしまう。
東九州自動車道のミッシングリンクが解消され、宮崎〜福岡が2時間程度に短縮されると、宮崎の農業の市場は一気に拡大することになる。トマトやマンゴーなど、足が早い農産物であっても、福岡県の市場で販売することが可能になるわけだ。
そもそも、わが国は今後、生産年齢人口比率が低下し、人手不足が深刻化していく。だからこそ、高速道路を建設していかなければならない。高速道路を建設し、物流の「時間」を短縮することで、各人の生産性を向上していく必要があるのだ。
さらに、高速道路や新幹線等により「日本を小さく」することで、これまで成長から取り残されていた日本の地方を各都市部の「経済圏」に組み込むことが可能になる。地方にとってみれば、いきなり「商圏・市場が拡大した」という話になり、間違いなく経済成長率が高まる。
地方の経済力が強化されていけば、例えば首都直下型地震が発生した際には、「十分なモノやサービスの生産能力」を持つ各地の日本国民が首都圏の被災者を救援してくれる。新幹線や高速道路が「日本を小さくする」ことで、首都圏の住民の防災安全保障もまた強化されることになるわけだ。
わが国にとって地方経済を成長させることは「その地域に住む住民」のみのためになるという話では決してないのである。日本全国に住むすべての日本国民の「非常事態への備え」のためにも、日本国は地方に交通インフラを整備し、日本を「小さくする」べく投資を継続していかなければならないのだ。
みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。