空爆増強でも時間要するIS排除
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151225-00010001-wedge-int
Wedge 12月25日(金)13時12分配信
エコノミスト誌11月21-27日号掲載の解説記事が、パリの同時多発テロ、ロシア航空機撃墜、ベイルートの自爆テロと、IS(イスラム国)のテロが相次いだのは、本拠地の中東で形勢が不利になってきたISが遠隔地で反撃に出たということかもしれないが、ISを倒すのは今も容易ではない、と分析しています。
■形勢不利でもしぶといIS
すなわち、ISの戦闘員は推定3〜10万人、よく訓練され、戦闘能力は高い。4月のティクリート奪還では、ISの戦闘員千人に対し、イラク側は3万の部隊とシーア派民兵を要した。自爆テロを使えることも有利だ。しかし、ISは空軍力でははるかに劣る。去年始まった有志連合の空爆でこれまでに2万の戦闘員を失い、新兵の補充もトルコ国境の警備強化で難しくなってきたと言われる。そのため、クルド部隊がイラクのシンジャールを制圧、シリア政府軍もアレッポ近くの空軍基地を奪還するなど、最近、ISは形勢が不利になってきた。航空機爆破を受けて、今後はロシアもISを優先的に攻撃するかもしれない。
しかし、ISはしぶとい。ISの支配領域はシリアの中では相対的に安全で、食糧は安価、ある種の司法があり、奪った油田により経済も機能している。ISは、貧困者には絶対的服従と引き換えに施しを与え、バグダディへの個人崇拝を奨励、クーデター防止のために互いに猜疑心を抱く複数の治安組織を擁している。
パリ襲撃を受けて、おそらく今後はISの領土的基盤を破壊する軍事行動がとられ、ISの支配領域は縮小しよう。ISがいくら頑張っても、西側が動員できる軍事力には敵わない。既にフランスは空爆を拡大、ロシアも出撃回数の倍増を表明、米国はISの製油所を攻撃し、クルドや他のシリア反政府勢力への武器や物資の供給も増やした。
しかし、ラッカやモスルなどの大都市の奪還には地上兵力の大幅増員が必要で、そうした地上戦は、外交・軍事面のみならず、さらに多くの難民を生じさせるなど人道面でもコストが高くなる。西側もロシアも地上部隊の派遣に乗り気ではない。イラク軍は手を広げすぎているだけでなく、スンニ派から強い不信感を抱かれている。シリア政府軍は疲弊、しかも支えているのは戦争犯罪者だ。イラン、トルコ、クルド、サウジは互いに相反する目標や政策を追求、しかも、IS撲滅はいずれにとっても最重要事項ではない。
「カリフ国」を破壊すれば、ISの魅力の源である「無敵のオーラ」は消えよう。しかし、スンニ派の被害者意識、外国嫌悪のワッハーブ主義による洗脳、悲惨な無法状態、西側に住むイスラムの若者のヒロイズム願望、残虐な圧政政権が生む怒り、といったISを生んだ有害な土壌が存在する限り、ISの後続勢力も、ISのイデオロギーも存続するだろう。アルジェリアからパキスタンまで、いくつもの破綻国家で溜まり、膿んだこれらの要素は、軍事力だけで取り除くことはできない、と指摘しています。
出典:‘Fighting near and far’(Economist, November 21-27, 2015)
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■パリ同時多発テロでISが払った代償とは
ISを撃破するためには地上軍の派遣が最も有効であることは明らかです。ISの「首都」ラッカを奪還すれば、軍事的のみならず、ISの権威の失墜で、ISに計り知れない打撃を与えるでしょう。しかし、現実問題として、仏、他の欧州諸国、米国が地上軍の派遣に踏み切る可能性は低いです。
今回のパリの同時多発テロは、ISにとりプロパガンダ上大きな勝利でした。これでISを目指す若者がさらに増えるでしょう。しかしISが払った代価も大きいと言うべきです。
第一にISに対する空爆が一段と強化されます。今回のパリ同時多発テロをきっかけとして、フランスが従来の3倍の空爆を行い、ロシアも空爆の対象をISに移すなど、空爆が飛躍的に強化されれば、ISの軍事力、国力は消耗せざるを得ません。さらに米国がISの製油所を攻撃したことは重要で、石油の販売がISの主要財源であることから、ISの石油関連施設への攻撃が継続されれば、ISの財政基盤は大きく揺らぐことになります。
第二は欧米諸国によるテロ対策の強化です。ISは、今回のパリ同時多発テロのように、遠隔地でのテロ攻撃の具体的実施は現場の工作員に任せるといいます。今後欧米諸国による監視体制や情報収集の強化、情報の共有、容疑者の捜索と逮捕などが進められれば、ISの工作員の活動が制約され、テロの実施はより困難となるでしょう。
第三はISの脅威が中東地域に限定されなくなったので、ISへの対決姿勢が世界的に広まったことです。それが直接ISを弱体化させることにはならないにせよ、これだけISに対する危機感が高まれば、ISに対する圧力となります。
シリア内戦の休戦に向けての外交活動の活発化もISに不利な動きです。ロシアはシリアの休戦に以前より前向きになったと見られますが、これはISによるロシアの航空機撃墜を契機に、ISへの対応により優先度を置く必要に迫られたためと思われます。仮に休戦が成立し、さらにシリアの新しい政治体制への移行が議論されるようになれば、今まで内戦に向けられていた勢力がISに向けられることになり、シリアでのISの支配が大きく後退する可能性が出て来ます。
このようにISが遠隔地でのテロ活動を活発化させる一方、IS本体の勢力が次第に消耗していく傾向が強まるでしょうが、地上軍派遣という決定打が期待できないとすれば、ISの攻略には時間がかかることを覚悟する必要があります。
岡崎研究所