ソニーの平井一夫社長
7万人リストラを乗り越えて…ソニー、経営危機脱出 反転攻勢始動で復活への狼煙
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Business Journal 2015/11/2 22:01 文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家
ソニーが10月29日に発表した2015年4〜9月期の連結決算は、売上高3兆7007億円、当期純利益1159億円の黒字に転換した。上半期の黒字は5年ぶりだ。
ソニーはいま、長期にわたったリストラにようやくメドをつけ、反転攻勢に出ようとしている。
東京・品川にあるソニー本社ビルの一階。その一角に、ガラスの自動ドアで仕切られた、一見おしゃれなカフェのようなスペースがある。足を踏み入れると、静かにジャズが流れている。奥には、積層型や光造形樹脂タイプの3Dプリンターに加え、レーザーカッターやオシロスコープなど専門的な工作機器が並ぶ。左手の壁は、全面黒板になっており、何やらメモや記号、図がいくつも描かれている。
ここは、14年8月にオープンした「SAP Creative Lounge」だ。SAPとは、「Sony Seed Acceleration Program」を指し、同年4月に平井一夫社長直轄組織として誕生した新規事業創出部によって運営されている。
平井氏は15年2月に開催された経営方針説明会の席上、「SAP」などのプログラムについて次のように語った。
「ソニーがソニーらしく成長し続けるために、社員が創業以来持ち続けているイノベーションへの探求心を刺激し、既存の枠組みにとらわれずに挑戦できる場を多く与えることが不可欠であると考え、自ら新規事業創出の活動をリードしてきました。会社の規模の拡大により、ややもすると損なわれてしまう事業のスピード感を、このような取り組みを通して取り戻していきたいと考えています」
このラウンジは、新しい製品や事業のアイデアを創出するために設置された「場」である。朝8時から夜8時まで開いており、社員はもちろん、ソニー社員の紹介があれば、社外の人も利用できる。社内外のメンバーが一緒にミーティングをしたり、工作機器を使うこともできる。
設立から1年以上が経ち、運営は軌道にのっている。一般人も参加できるワークショップが頻繁に開かれるほか、工作機器を予約制で貸したり、非公開のセミナーを行うなど、平日はほぼ予定が埋まっている。
この「SAP Creative Lounge」は、ソニー内部に起きている変化の象徴といえる。すなわち、社内外を巻き込んだユーザーとの共創、部署や事業の枠を超えたアイデアの提案、自由な発想への挑戦である。まさしく、「自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場」へのソニーの原点回帰といっていい。
●「構造改革フェーズ」から「成長投資フェーズ」へ
12年4月、社長に就任した平井氏は、「ソニーを変える。ソニーは変わる」と強調した。平井ソニーは、各事業の分社化を進める。14年7月に「VAIO」ブランドをもつパソコン事業を投資ファンドの日本産業パートナーズ株式会社に売却。さらに、テレビ事業を分社化した。分社化されたテレビ事業は、規模より利益を優先して高級機種に特化し、継続的に行ってきたコスト削減も功を奏して、15年3月期に11年ぶりに黒字化を達成した。
さらに、15年10月にオーディオ事業を分社化し、ソニービデオ&サウンドプロダクツを設立した。現在、モバイル事業の構造改革を進めている。
ソニーはこの間、財務体質の健全化にも取り組んできた。10年にCFO(最高財務責任者)に就任した加藤優氏のもと、11年3月期と12年3月期には、合わせて6600億円の繰延税金資産の取り崩しを計上した。以降、14年の吉田憲一郎氏のCFO就任を挟んで、液晶テレビ関連、電池、ディスク製造などにおける長期性資産や営業権の減損損失を次々と計上する。
たとえば、14年3月期にディスク製造事業で256億円、電池事業で321億円、PC事業で128億円の長期性資産の減損、15年3月期にディスク製造事業で86億円、モバイル事業で1760億円の営業権の減損などだ。
ソニーは1995年3月期に、89年に買収したコロンビア・ピクチャーズに関して2652億円の減損を行うなど、財務の健全化に取り組んできた歴史がある。つまり、ソニーは減損処理を先送りせず、経営危機に陥るリスクを避けてきたのだ。その点、不適切会計における混乱の渦中の東芝が、いまだ繰延税金資産や、買収した企業ののれん代の減損に手をつけていないのとは対照的な経営姿勢といえる。
そのうえ、15年3月期の中間、期末配当金について上場来初の無配を決断するなど、痛みを受け入れた。平井氏は15年2月の経営方針説明会の席上、「大型の構造改革をやり切ることに一定のメドがついた」と語った。ソニーの“出血”はようやく止まった。今年7月には、満を持していたかのように、公募増資や転換社債発行などにより、総額約4200億円の大規模な資金調達を行った。公募増資を行うのは89年以来、じつに26年ぶりだ。
調達した資金は、CMOSイメージセンサーの製造設備向けに、ソニーセミコンダクタ長崎テクノロジーセンターへの1250億円をはじめ、同山形や熊本などに投資される。強い技術をより強化し、利益を創出し、さらには成長を目指すための投資資金だ。
ソニーは、完全とはいかないまでも、「構造改革フェーズ」から「成長投資フェーズ」へと進むことに成功したと見ることができる。
●挑戦を奨励して社内を活性化
振り返ってみれば、ソニーは大企業化、コングロマリット化し、いつしか組織が重くなった。その結果、どうなったか。数千億円単位の巨大ビジネスをいくつも抱えるなかで、小さな案件やすぐにモノにならない案件は、かりに面白いアイデアが含まれていても、陽の当たることがなかった。組織はいつしか内向きになり、社員は保守的になった。「挑戦」の意欲を喪失していった。
しかし、たび重なる赤字決算に加え、これまで累計7万人ものリストラ、事業のカーブアウトや分社化などにより、ようやく現場の社員に危機感が浸透した。トップがいくら旗を振っても、現場が動かなければ事態は変わらない。
ソニーがこの間に断行してきた構造改革とリストラの「構造改革フェーズ」は、社員を委縮させ、モチベーションを削いだ。しかし、「成長投資フェーズ」に入ったいま、社員に求められるのはチャレンジ精神や積極性だ。
ソニーは、社員の奮闘を促すための策を次々と打った。新規事業創出部を設け、冒頭の「SAP Creative Lounge」を設置したのも、その一環だ。ほかにも、社内活性化のための全社的なイベントや、新規事業オーディションなどを開催する。
新規事業オーディションは、年2回行われる。14年度には、それぞれ約400件、約1000人の社員から応募があり、数チームが通過してプロジェクト化された。プロジェクトに与えられる期間は3カ月だ。その間に成果をあげることができれば、さらに3カ月の延長、もしくは事業化、量産化される。求めたのは、スピード感だ。
具体的には、外部のクラウドファンディングサイトを使い、顧客から支持を集めた製品を小粒でも商品化する試みを始めた。大手企業がクラウドファンディングを使う例は珍しいが、顧客と向き合いフィードバックを得ると同時に、アイデアから商品化までを短縮できる。今年7月には、自社でクラウドファンディングサイト「First Flight」を立ち上げた。
これらの取り組みから、米ウィルとの合弁会社が開発した、スマートフォンを使って鍵をシェアする「キュリオスマートロック」、文字盤とベルトが電子ペーパーでできており柄が変わる腕時計「FES Watch」、さらに外観はアナログ時計でありながらベルトにセンサーや通信機能を内蔵したスマートウォッチ「wena wrist」などが誕生した。
たとえば「wena wrist」を見ると、8月31日に1000万円を目標にクラウドファンディングをスタートしたが、一晩で目標額を達成し、プロジェクトが成立した。10月30日時点で1億673万円以上の資金が集まっている。
これらの取り組みは、売上高にして数千万円と、ソニーの規模からすればビジネスと呼ぶにはおこがましいほど小粒である。しかし、小さなアイデアでも商品化して世に問うことができるとなれば、技術者のモチベーションは一気に跳ね上がる。小さな種を見捨てず、拾い上げるという企業の姿勢が、社内の活性化につながるのは間違いない。利益最優先ではなく、遊び心や挑戦を奨励する姿勢に、ソニーの内部に生まれつつある余裕を感じることができるのだ。
「ユニークで他社とは一線を画した商品やサービス、事業モデルによって企業価値の向上を目指す。これが、ソニーのあるべき姿です」
前述の経営方針説明会の席上、平井氏はそう強調した。現在のソニーは、まだ完全に「変わった」とはいいきれない。成長路線に乗ったともいえない。しかし、変化の風が吹き始めていることは間違いない。