監査役会会長とともに9月25日の会見に臨んだミュラー新CEO(左)(写真:Alexander Koerner)
フォルクスワーゲンの混迷、新CEOを待つ悪路 排ガス規制逃れの重い代償
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2015年10月05日 山田 雄大 :東洋経済 編集局記者
「信頼を取り戻すために、あらゆることをやる」──
9月25日に開いたドイツ本社での会見で、新しくフォルクスワーゲン(VW)の会長兼CEOに就いたマティアス・ミュラー氏は、厳しい表情で決意を述べた。
不正発覚当初、続投に意欲を示していたマルティン・ヴィンターコルンCEOは、23日付で辞任。VW傘下のポルシェのトップであるミュラー氏が緊急登板した。が、これまで築き上げたVWの信頼は、完全に瓦解。株価は1週間余りで4割下落し、約4兆円の時価総額が消失した。
■規制値の40倍を垂れ流し
事の発端は9月18日。米国環境保護局(EPA)は、VWグループが2008年以降に米国内で販売した約48万台のディーゼル乗用車が、違法なソフトウエアを使って排ガス規制を回避していたことを発表した。具体的には、走行状況などから排ガス試験が行われていることをソフトが感知し、その間だけ有害物質の窒素酸化物(NOX)排出を規制の範囲内に抑えるというもの。一方、通常の運転時は、規制値の最大40倍のNOXを垂れ流していた。
こうしたソフトは「ディフィート・デバイス(無効化機能)」と呼ばれ、米国や欧州では法律で禁じられている。米当局は制裁金を科す姿勢を示しており、その額は最大で2兆円超という。
米当局がVWに疑いをぶつけたのは1年以上前。水面下での攻防の末、最終的にVWが違法行為を認めた格好だ。
9月20日にVWは「真摯に受け止め、心からお詫びする。外部調査を依頼した」との声明を発表。22日には、問題のソフトを搭載したディーゼルエンジン車が全世界で1100万台ある、と公表した。内訳は、VWが500万台のほか、アウディやシュコダ、商用車など多岐にわたる。2015年第3四半期(7〜9月)に対処費用として、65億ユーロ(約9000億円)の引当金計上を予定している。
米国での不正について、業界内では市場シェアの挽回を図るために無理をした、との見方が多い。
VWは、年間1500万台強の巨大な米国市場で、低シェアにあえいできた。2000年代、米国の販売台数は年間40万台弱で、シェアは3%程度と超がつく“低空飛行”。自社の世界販売でも米国は1割未満だ。トヨタ自動車、ホンダといった日本勢が米国市場で飛躍を遂げ、足場を築いたのとは対照的だった。
さらに2000年代半ばにはトヨタの「プリウス」が高い環境性能で大ヒット。これに対し、打倒トヨタ、打倒プリウスのためにVWが用意したのが、ディーゼル車だった。
■見えてこない不正の動機
世界的に見て米国の排ガス規制は飛び抜けて厳しい。特にNOXは、2008年当時の欧州の規制値の約半分以下に抑える必要があった。要求される耐久性や燃料品質の違いを考慮すれば、規制の厳しさは倍以上といえる。こうした背景もあり、ディーゼル車の普及率が5割近い欧州に対し、米国は1%程度だった。
だからこそ、排ガス規制に合致する新しいディーゼル車を投入すれば、米国でアピールできる。しかし、現実には、規制をクリアしていなかった。これは技術的な難しさだけでなく、VWの主力となる廉価な中小型車というコスト、スペースの制約があったからかもしれない。
結局、VWは規制の厳しい米国で“禁じ手”を使って拡販を図ったが、それ以外の国で不正を働いた動機は不明だ。当時の欧州、まして新興国で無効化機能に頼る必要性は、どこにあったのか。
問題発覚後、ヴィンターコルン前CEOは、「わずかな人数によるミス」と述べていた。実際にVWは一部従業員の停職を勧告しているという。ただ、欧米メディアは「2011年段階でVW社内で不正の指摘があった」「2007年から独部品メーカーのボッシュがVWに警告していた」など、組織ぐるみによる隠蔽の可能性を暴き立てている。
VWは排ガス不正の問題収束を急ぐのと並行し、トップ交代に当たって、グループのブランド間で経営陣を入れ替えるなど、今後立て直しを図る構えだ。いずれにしても、ミュラー新CEOには悪路が待ち受けている。
米国での制裁金は、当局への恭順姿勢を示せば減額されるのが通例で、2兆円には達しないだろう。それでも、違法行為が認定された各国で、制裁金を科される。
■中国減速も悩みの種
「販売した車の無効化機能を外し、米国の排ガス規制をクリアできるのかが不明なうえ、規制値以下に抑え込めば、従来どおりの性能が出なくなる可能性もある」(国際自動車ジャーナリストの清水和夫氏)。消費者や投資家からの訴訟リスクもある。そうなると不正の対処費用が第3四半期に計上する65億ユーロで済む保証はない。ただし、2014年度には純利益で約1.45兆円を稼ぎ出しており、2015年6月末の自己資本は約13兆円。ある程度の損失ならば、持ちこたえられる。
シェアが低い米国はともかく、主力の欧州で販売が落ち込むと、経営危機に直結する。さらに頭が痛いのは、急成長を遂げてきた中国だ。乗用車のディーゼル比率は1%弱と低いが、ブランド失墜の影響と無縁でいられるのか。タイミング悪く4月以降の中国市場はマイナス、VWも販売台数が減っている。世界的メーカーを覆う深い霧は当分晴れそうにない。
(「週刊東洋経済」2015年10月10日号<10月5日発売>「核心リポート01-1」を転載)