将来は4割が「空き家」になって日本が荒れ果てる〈週刊新潮〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150922-00010000-shincho-soci
「週刊新潮」2015年9月17日号
この頃、ご近所に空き家が増えたと感じないだろうか。それは、あなたの周囲に限ったことではない。不動産をめぐる特殊事情も相まって、わがニッポンには空き家が増え続けているのだ。このままでは日本中が荒れ果ててしまうという聞き捨てならぬ警鐘である。
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日本に空き家が増えている。それもすさまじい勢いで。2013年現在でその数、およそ820万戸。6063万戸という総住宅数に占める率、いわゆる「空き家率」は年を追うごとに高くなり、ついに13・5%に達した。これは史上最高の数字である。調査がはじまった1963年のわずか2・5%にくらべて、いかに日本に空き家が増えたかがわかる。
『「空き家」が蝕む日本』の著書もある不動産コンサルタントの長嶋修氏は、
「野村総研の試算では、2040年には40%以上が空き家になる。格差が広がり、かたや住宅密集地、かたやゴーストタウンという状況になってしまいます」
将来は、2軒に1軒は空き家になってしまいそうな状況だというのである。
ここまでは日本の住宅全体についての数字だが、共同住宅にしぼると、さらに恐るべき数字があらわれる。ざっと見てみよう。千代田区36%、中央区28%、目黒区27%……と、すでにとんでもなく高い空き家率である。東京のこれらの行政区は、住みたい町ランキングなどで、つねに上位というイメージがあるにもかかわらずだ。いったいなぜこんなことが起こるのか。
それを解明する前に、空き家問題にさらされた各地の実情に目をむけてみたい。都内で、親子2代で不動産業をいとなむ30代後半の男性が嘆く。
「雨戸が閉めっ放しで、夜になっても門灯さえ点灯しない家や、ポストの投函口をガムテープで閉じてしまったような家が、郊外はもちろん、都心でも目につくようになってきました。近県に目をむけると、なんだかわからない動物が棲みついてしまっている空き家もあります。この先、少子化や高齢化で空き家がどんどん増えていくのは、火を見るよりあきらかです」
では、共同住宅の場合はどうなるのか。東京都下のある団地の惨状を長嶋氏が描写する。
「階段の両側に1戸ずつある集合住宅の場合、入居者のいない階は、踊り場の電気が夜でも消えたままなんですよ。敷地内の街灯を消していることもある。歴史がある分、植栽が立派なのはいいのですが、昼から薄暗くなってしまうところも。夜になるとさらにさびしくて、ずらっとならんだ窓のうち、電気が点いている部屋をあっという間に数えられてしまうほど、入居者が少ししかいないのです」
かつて、購入するには大変な倍率をのりこえなければならなかったはずの団地が、こうしてひっそりと静まりかえっているのだ。
空き店舗が増えた商店街が“シャッター通り”と呼ばれるようになって久しいが、それがいま、都内でも増えているという。先の不動産業者がため息をつく。
「1階の店舗は営業をやめたとしても、住宅として入居者がいた建物には、人の気配がただよっていたものです。そういう住民がいたから、大規模再開発も避けられたのですが、いまは、そうした住宅からもどんどん人がいなくなっているんです。すると生活音もたたず、生活のにおいがしなくなるんですよ。ほんとうに人けがない。真のシャッター通りはこれから続々と増えていくはずですよ」
もはや、日本の津々浦々、いたるところにゴーストタウンが生まれかねない状況なのである。
■家賃に無頓着な富裕層が
そもそもの話だが、生活がいとなまれていた家が空き家になることで、どのような不利益が生じるのだろうか。住宅ジャーナリストの山本久美子氏が語る。
「一軒家の場合、植栽が伸び放題になって、景観がそこなわれるのが第一段階です。植栽の問題は、人や動物がひそみうる死角が、町の中に生まれることにもつながります。また、住宅は手入れをしなくなった日から劣化がはじまり、間もなく天候次第で瓦が飛ぶような事態になる。こうなると近隣に直接的な迷惑が生じます。さらに、空き家だとわかると、忍び込んだり住みついたりする人がでてくるし、落書きや、ゴミの不法投棄の対象にもなる。でも、なにより恐いのは放火で、そうなると生死にかかわってきます。たった1軒の空き家でも、ほうっておけば、その一角から街全体が荒れてしまうんです」
空き家によって町が荒廃するメカニズムは、聞くだに恐ろしい。
だが、それにしても、先に挙げた千代田区36%、中央区28%、目黒区27%という都心の共同住宅の空き家率は、どう理解すればいいのだろうか。それは全国空き家率ランキングの第1位である山梨県の22・0%や、第2位の長野県の19・8%をはるかに上回るのである。長嶋氏はこう説く。
「これらの多くは投資用のワンルームマンションです。新築時には満室でスタートし、いまは老朽化して入居者が減っているのに、賃料を下げないんです」
だが、空き家のままでは、賃料は1円もはいらないはずだ。それをほうっておくとはどういうことか。
「不思議なことに、あるアンケートの結果では、“特に理由なく空き家にしている”という人が7割以上を占めているんですよ」
と、長嶋氏。また、先の不動産業者はこう語る。
「たとえば、都内のある住宅地にあるワンルームマンションですが、老朽化していつまでも借り手のつかない部屋がいくつもでてきた。そこで大家さんにリフォームを提案しても、首をたてにふらないんです。どうせ先は長くないし、賃料はあてにしていないというんですが、実際のところ理由はよくわかりませんね」
どうやら都内の投資用マンションは多くの場合、数万円の賃料などどうでもいいと考える人が所有し、そのことが、都心の共同住宅の空き家率が高まる一因になっているのだ。だが、
「処分方法を決めずに所有者が亡くなれば、その先何年、空き家のままになるかわからない。マンション全体の改修や建て替えにも影響がでて、やがてマンションが丸ごと空き家になることも起こりえます」(同)
家賃に無頓着な富裕層が空き家に対して無関心であることが、さらに問題を悪化させているのだ。
このように日本の空き家問題は、急激な少子高齢化から、所有者がマンションを意味もなく放置していることまで、さまざまな理由がからみあっているが、
「なによりの要因は、日本独特の住宅市場、不動産事情にあるんです」
と、長嶋氏はあらためて強調する。実は、驚くべきことに、空き家率が急上昇しているにもかかわらず、住宅の新築件数は、いまもなお増加の一途をたどっているのである。
■需要がないのに新築ラッシュ
「日本の人口は08年をピークに減少し、むこう100年で100年前の水準にまで急減する。一方、高齢化率は年々上昇しています。にもかかわらず、政府の景気対策は住宅着工を重視しており、これでは空き家は増える一方です」(同)
たしかに、住宅の新築による経済波及効果は大きい。木材や鉄骨などの資材はもちろん、工事に携わる人員に支払われる工賃や、設備機器の導入などで、投資に対して2・11倍もの波及効果があるといわれる。だからといって、人口が減少し、住む人間が減っているのに、新築住宅を増やしてどうするというのか。
「ヨーロッパでは“住宅需要”や“住宅建設見込み”といった要素を考慮し、むこう10年ほどの大まかなプランをたてた上で、税制や法制度などを整備します。ところが日本では、市場がコントロールされないまま、需要がないのに住宅が新築されつづけています。現在の日本にふさわしい住宅着工数を欧州式に計算すると、年間35万戸ほどですが、現実には、その倍近い数が新築されています」(同)
それによって不思議な結果が生じている。日本は毎年、およそ19兆円もの住宅投資をつづけてきたが、そのストックとしての住宅資産額は、いつでも350兆円ほどにとどまり、上がる気配がない。新築の家が毎年数十万戸も増えているのに、資産額の合計が変わらないのはなぜなのか。
「これはほかの先進諸国では見られない日本独自の現象で、住宅価値は買った時が一番高く、その後は目減りする一方だからです。そして、新築から25年程度で、査定価格はほぼゼロになってしまう。耐用年数も、日本では木造なら25〜30年とされますが、外国ではリフォームなどをし、コンサルタントがちゃんと評価する。状態がよければ100年くらい住むのは当たり前で、中古住宅でもきちんとした値段がつきます」
こう説明する長嶋氏によれば、日本の不動産事情はきわめて特殊だという。
「住宅の状態などろくに見ず、築年数だけで査定・評価するので、古いともう値がつきません。不動産売買の現場でも、たとえば宅地建物取引士、いわゆる宅建は、建物の知識が問われない資格です。不動産仲介営業にも建物にくわしい人はいない。そんな不動産事情で、なおかつ、この先人口も増えない。これでは、住宅を買おうという動きが鈍る一方なのに、新築を推し進める動きはとまらない。完全な悪循環です」
さらに事態を悪化させているのが、固定資産税の特殊な構造である。
「住宅が建っている以上、その土地は宅地とされ、更地よりも固定資産税が軽減されます。家を建てたほうが税金が安いという、高度成長期の住宅不足対策として導入された法制度が、戦後70年経った今も変わっていないんです」(同)
日本の、この呆れた住宅政策に対し、なにか打つ手はあるのだろうか。
今年2月、政府は空き家対策特別措置法の一部を施行した。それによって、市町村が「特定空家」と判断すれば、解体の通告や強制的な処分をおこなえるようになった。要は、いまにも壊れそうな空き家は、手順を踏めば行政側が取り壊せるようになったのである。とはいえ、判断する基準は市町村まかせであり、これによって空き家問題が劇的に変化するとは思えない。
自治体も必死だ。東京では大田区、墨田区、新宿区などが空き家対策のための条例を次々に施行し、足立区は、解体費用として最大100万円を助成する制度を定めた。また、文京区は解体費用を200万円まで助成するかわりに、跡地を10年間、区が無償で借り受け、広場などの公共スペースとして活用するという制度をもうけた。頼むから空き家を壊させてくれ、と頭を下げるかのように、各自治体が躍起になって対策を打っているが、
「将来、29・1%の自治体が少子化で消滅するというデータもあります。住宅余剰の状態が、そう簡単に改善されることはない」(同)
■住むに適さないエリアが
そんななか、大きな流れを生みそうなのが、昨年改正された都市再生特別措置法である。
人口減少の時代をむかえて人口密度が薄まると、ライフラインの維持や管理、ごみ収集といった行政サービスが効率的におこなえない。たとえば、住居がまばらに点在する地域で除雪作業をするには莫大な費用がかかる。そこで、居住を推進するエリアを行政が指定できるようにしたのが、この法律である。
「簡単にいえば、ここは人が住む場所、ほかはそうじゃない、と線引きをする制度。いわゆるコンパクトシティになることで、人口減少に対処するわけです」
と、長嶋氏が解説するように、居住誘導区域に指定されたエリア内では、容積率が緩和されるなど優遇措置がとられる。しかし、指定されなかった地域は、基本的には住むに適さないエリアとされる。当然、不動産価値は下落し、
「同じ駅を利用する地域でも、エリアの中と外では不動産価値がまったく変わってしまう」(同)
という事態が予測される。居住誘導区域外の空き家など、見向きもされなくなるわけである。この改正都市再生特別措置法による各市町村のコンパクトシティ化は、長嶋氏によれば、
「線引きをめぐって大変な議論を生むとは思いますが、いつかはやらなくてはいけないこと」
だという。だが、さらにそこに所有者の“情”がからむから、空き家問題はやっかいなのである。前出の山本氏が語る。
「本来は空き家にならないように、所有者である親の世代と子が、その家の処分について話し合うべきなんです。しかし、仏壇があるとか、思い出がこもっているとかいう理由からか、なかなか処分については話し合えないのが実情です。親は子に自分の財産を詮索されるのを嫌い、そうしている間にも、住宅は老朽化し資産価値は減る。できればフラットな第三者にかかわってもらって、冷静に進めるべきです。それをせずに遺産相続になると、それこそ処分したくてもできず、はからずも空き家のまま維持しなくてはいけない状況になってしまいます」
住宅を所有する人すべてが、空き家問題を自分のこととしてとらえる必要があるということだろう。
明治大学の川口太郎教授(都市地理学)が言う。
「空き家が820万戸で空き家率13・5%、という数字があまりに大きく、空き家問題が突然浮上したかのような印象をもたれがちですが、問題は昔から存在していた。今回の5年前の調査でも空き家率は13・1%ありました。60年代に地方から東京圏に出てきた世代がいっせいに退職し、彼らが将来のことを考えるようになって、ようやく身近な問題としてとらえられるようになったのです」
たとえば、ドイツはベルリンの壁崩壊直後から、空き家対策を積極的に講じてきた。ひるがえって、日本はそれから30年近くを経て、ようやく空き家問題をわが身の問題としてとらえ、重い腰を上げつつある。
「住宅は住むための機械である」とはモダニズム建築の提唱者であるル・コルビュジエの残した言葉だが、空き家は壊れて朽ちた機械同様、なにの役にもたたない、のである。