世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第135回 ギリシャの緊縮クーデター
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週刊実話 2015年8月6日 特大号
2015年7月15日、ギリシャ議会は増税や年金改革などの緊縮財政法案を可決。緊縮法制化と引き換えにユーロ側は総額820億〜860億ユーロ(11兆2000億〜11兆7500億円)の支援を実施し、ギリシャの再デフォルト(債務不履行)は回避されることになった。同時に、ギリシャ国民はギリシャの“主権”を失った。
7月7日、ジェフリー・サックスやトマ・ピケティ、ダニ・ロドリックら著名経済学者たちが、メルケル独首相への公開書簡を発表し、対ギリシャの緊縮財政を見直すように求めた。書簡では、緊縮こそが、
「ギリシャで大量の失業と金融システムの崩壊を招き、債務危機を深刻化させた」
と、批判している。ピケティに至っては、ドイツ誌のインタビューに応じ、ドイツが第1次世界大戦、第2次世界大戦後の債務弁済が滞った史実を指摘した上で、
「ドイツは対外債務を返済しない国の代表国で、他国を戒める立場にない」
と、痛烈に皮肉った。
国民投票まで実施し、ユーロ(というよりは「ドイツ」だが)からの緊縮の要請にあらがったギリシャのチプラス首相は、あぜんとしたくなるほどの“転向”を見せた。ユーロ側の要求を、ほぼ全面的にのむ形で支援の受け入れを決定。チプラスが勝ち取った譲歩は、500億ユーロ規模の国有資産を欧州連合の監視下にある信託資産に移管し、民間に売却する際に、本拠をルクセンブルクではなく、アテネに置くこと。それだけだった。いずれにせよ、ギリシャ国民の資産(国有資産)は民間に売り飛ばされ、グローバル投資家たちのマネーゲームに活用されることになる。
ところで、筆者がなぜギリシャ問題を繰り返し取り上げるのかと言えば、もちろんわが国がギリシャ以上に長期間「緊縮財政至上主義」という病気で苦しんでいるためだ。いや、ギリシャ人は国民投票で「緊縮にNO」との判断を下したわけだが、日本はと言えば、いまだに「政府は無駄を削れ」「増税やむなし」と、自らの首を懸命に絞め続ける愚かな人々で満ち溢れているわけで、こちらの方がより重症といえる。
今回のギリシャへの緊縮財政強要は、世界中から批判が殺到し、「#ThisIsACoup」(これはクーデターだ)というツイッターのハッシュタグが流行している。国民“主権”に基づき、緊縮を否定したギリシャに緊縮を強要するわけで、確かにクーデターの定義に該当する。
ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン教授はギリシャ危機について、
「今話題となっているハッシュタグ『#ThisIsACoup』は全くもって正しい。この要求は、厳しいという範囲を越えて純粋な報復の域に達しており、国家主権の完全な破壊であるとともに、救いへの希望もない」
と、書いている。
クルーグマン教授の言葉、
「国家主権の完全な破壊であるとともに、救いへの希望もない」
は、大げさに聞こえるかも知れないが、事実である。もともとEUに加盟していることから、移民制限や国境管理(対シュンゲン協定国)の主権がなく、関税自主権もなく、資本規制もできず、さらにユーロに加盟して以降は金融主権をECBに移譲し、そして最後の“財政主権”を今回の“救済案”で喪失するギリシャは、少なくとも「国民主権国家」ではなくなるのだ。現在の欧州で起きているのは、ギリシャという曲がりなりにもOECDに加盟していた国の主権喪失なのである。
極めて悲劇的なのは、今回のギリシャの“救済案”が、全く救済にはならないという点だ。何しろ、ギリシャ経済の問題は「ギリシャは公務員が多過ぎる」「ギリシャ人は働かない」等、マスコミでまき散らされているデマゴギーとは全く別のところに存在するためだ。
下図(本誌参照)の通り、ギリシャの労働時間は主要国の中では突出して長い。ギリシャ人は働かない、というのは、労働時間で見る限り明確な嘘だ。問題は、
「なぜ、労働時間が長いにもかかわらず、ギリシャは貿易赤字が拡大し、(ユーロ加盟前は)高インフレが継続していたのか?」
になる。
答えは簡単で、生産性が低いのだ。すなわち、投資(設備投資、人材投資、技術開発投資、公共投資)が不足し、生産者一人当たりの付加価値の生産(GDP)が少ないというのが、ギリシャ問題の源なのである。
ギリシャは生産性が低いにもかかわらず、EUとユーロに加盟してしまった。
結果的に、
「関税と為替レートで自国市場を外国企業から保護し、投資を拡大することで生産性を高める」
という、正しい経済政策を採れなくなってしまった。
何しろ、ユーロ加盟国は関税自主権がなく、金融主権もない。しかも、ギリシャは国債発行に際してドイツやフランスと“同一通貨”で競争をせざるを得なくなり、金利は高止まりが続いた。
ユーロ加盟後のギリシャでは、不動産投資はともかく、肝心の生産性向上のための投資は拡大しなかった。結果、例えば自動車市場ではドイツ車の圧倒的な攻勢を受けてしまい、貿易赤字と経常収支赤字が拡大し、財政破綻に追い込まれたのである。
ギリシャはユーロ・グローバリズムの頸木にとらわれている限り、未来永劫、低生産性国から脱却できない。揚げ句の果てに、財政主権まで取り上げられたギリシャが、永久に負け組のまま据え置かれることが決定したというのが、今回の「ギリシャ危機」の結末なのだ。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。