米領プエルトリコのギリシャ流の惨事
2015.7.1(水) Financial Times
(2015年7月1日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
早ければ今日にもデフォルト、早急に債務減免を
プエルトリコは数年前から財政危機が懸念され、「カリブ海に浮かぶギリシャ」とも揶揄されてきた (c) Can Stock Photo
プエルトリコとギリシャの比較は大げさかもしれない。多額の債務を抱えた米自治領プエルトリコは米ドルを捨てると脅しているわけでもなければ、米国から離脱すると脅しているわけもない。次第に危うくなってきたギリシャのユーロ圏、欧州連合(EU)加盟とは対照的に、どちらのシナリオも考えられないことだ。
ギリシャとの類似点
だが、厄介な類似点がある。どんな尺度で見ても、プエルトリコの債務負担は持続不能だ。次回の10億5000万ドルの利払いのデフォルト(債務不履行)は、早ければ7月1日水曜日にも起きる。
さらに、プエルトリコには債務をリスケ(繰り延べ)する明確なメカニズムがない。米国の州ではないため、全米50州が利用できる連邦破産法9条(チャプター9)の措置を行使することができないのだ。
ギリシャとユーロ圏のように、プエルトリコは米国経済のごく小さなシェアしか占めていない。プエルトリコが抱える720億ドルの債務は、「ミュニ」と呼ばれる3兆7000億ドル規模の米地方債市場のごく一部だ。だが、それでも米国の地方自治体史上、最大のデフォルトとなる。
米国の全体的な借り入れコスト――さらには、いつ利上げすべきかという米連邦準備理事会(FRB)の決断のタイミング――に対して悪影響が生じるリスクも無視できない。
バラク・オバマ大統領が率いる米政権は今週、プエルトリコに救済措置を与えないと繰り返した。これは正しいスタンスだ。デトロイト市が2013年に破産宣告した時には、連邦政府から助言を受けたが、救済措置は受けなかった。
米政府の救済禁止の原則は、何十年も守られてきた。少しでも原則を緩めたら、多額の債務を抱えた他の米国地方自治体に危険な前例を作ってしまうことになる。
だが、プエルトリコは独特な厳しい問題を抱えた特異なケースだ。早急に解決策を用意しなければならない。
年間所得の100%相当に上るプエルトリコの債務は、大雑把に言って米国の州の平均の10倍だ。
米国本土と比較したプエルトリコ経済の状況は、大半のユーロ圏諸国と比較したギリシャのそれと同じくらい悪い。
人口350万人のうち労働力になっているのは4割程度で、残る米国の約6割より低い。米国本土に住んでいるプエルトリコ人の数は、島に住んでいるプエルトリコ人よりも多い。人口は年間約1%のペースで減少している。
加えて、プエルトリコは「ジョーンズ法」の下で、すべての製品を米国籍の船舶で輸入することを義務づけられている。これは比類ないほど高い輸送費をプエルトリコ経済に課す時代遅れの法律だ。
プエルトリコよりはるかに強力な観光業の基盤を持つハワイを除くと、これほど高い輸送費を払うことを強いられている米国の州は存在しない。
肥大化した公的部門の徹底改革と引き換えに債務減免を
国際通貨基金(IMF)の元チーフエコノミスト、アン・クルーガー氏が6月26日付のリポートで述べたように、プエルトリコの肥大化した公的部門の徹底改革の見返りに債務減免を行う以外に選択肢はない。
長期的には、米政府は完全な州の地位を求めるプエルトリコの要請を再考すべきだ。51番目の州を創設する困難を考えると――特に、コロンビア特別区(ワシントンDC)の同様に特異な地位を巡る論争を再燃させることになる――、短期的な解決策が必要になる。
最も明白な策は、米議会がプエルトリコにチャプター9の協議に入ることを認める法律を可決することだ。
だが、法案は共和党の支持なしで推進できない。反対派は、そんなことをすれば、債券保有者がプエルトリコに資金を貸した条件を遡及的に変更することになると言う。ギリシャの債権者も、これとほとんど同じ議論を駆使している。
しかし、それ以外の可能性の方がはるかに悪い。全面的なデフォルトは、米国全土の自治体の借り入れコストを押し上げることになりかねない。しかも米国の債券投資家のざっと4分の3がプエルトリコに対して何らかのエクスポージャー(投融資残高)を抱えている。
このため、前進する道筋ははっきりしている。米議会はプエルトリコがデトロイトのやったこと――そしてギリシャがまだ成し遂げられないこと――を真似るのを認めるべきだ。プエルトリコは財政再建と引き換えに、債務の再交渉をすることを許されるべきだ。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44195
倉都康行の世界金融時評
海外機関投資家の最大懸念は何か ギリシアでも米国利上げでもない警戒材料
2015年7月1日(水)倉都 康行
6月以降、市場の話題の中心は審判の日が近付いたギリシアと、米国利上げ議論が注目されたFOMC(連邦公開市場委員会)の二つに絞られていた。どちらも「織り込み済み」と言われながら、いざその現実感が高まるにつれて、為替市場や株式市場などの変動幅を拡大させる要因となっていたことは周知の通りである。
特に、先週末ユーロ圏財務相会合から支援打ち切りを宣告されたギリシアは、今週はじめの各国市場を強烈に揺さぶった。ECBは緊急流動性支援の増枠を拒絶して、同国は今週はじめに資本規制導入を余儀なくされた。6月末のIMFへの支払いも不能となり、仄かな期待感が消え去って「デフォルト・ユーロ圏離脱」の可能性に直面した市場は、動揺を隠せない。
確かに同国のユーロ圏離脱の現実性は否定出来ない。但し、EU内部で信頼感ゼロとなったのはチプラス政権であってギリシア国家そのものではない。EUが同国の政権交代を待っているのは公然の秘密である。7月5日の国民投票は、国民が支援条件を知らないまま行われるという無茶ぶりであるが、実質的に政権支持・不支持を問う投票になる可能性もあろう。
ユーロ圏離脱前に起こり得るドラマ
メディアは6月末のIMFへの不払いを「デフォルト」と呼び、それがユーロ圏離脱への扉を開きかねない、と報じているが、IMFは「デフォルト」という言い回しを回避しており、格付け会社もIMFへの不払いはデフォルトと認定していない。ユーロ圏離脱の前に、まだドラマは起こり得る。
実質的な問題は、7月20日に満期が到来するECB保有のギリシア国債の行方だろう。それまでにチプラス政権が退陣し、暫定政権の下で支援再交渉を行うというのがEUの狙いではないか。時間は限られているが、欧州委員会のモスコビッシ委員が「交渉の窓口は開いている」と述べ、ECBのドラギ総裁が「緊急流動性増枠議論の再開は有り得る」と述べているのは、その伏線だろう。
EUにとって、交渉相手としてのチプラス首相は見捨てることが出来ても、ロシアとの対立関係が続く限り、NATOメンバーとしてのギリシアを簡単に見捨てる訳にはいかない。同国をユーロ圏に留めるための長期戦は、覚悟の上である。
だがどんなドラマが起きるにしても、ギリシアの過大な負債問題はEUの重荷として7月以降も永続することは確実である。ユーロという共通通貨の構造的な脆弱性も、あらためて認識されることになった。市場がギリシア問題を忘れられる日は、そう簡単にやって来ない。今回のドタバタ劇は、EUの長期的課題が露呈したものと捉えるべきだろう。
また米国の利上げに関しては、FRBのイエレン議長がFOMC開催後の記者会見で「利上げは緩慢なペースになる」と強調して市場不安を和らげることに腐心したが、「ゼロ金利からの離陸」は誰にとっても未知の体験である。どんなベテラン投資家であっても、不安の種は尽きないだろう。
利上げのペースがイエレン議長のご宣託通り「緩やかに」進むかどうかは、蓋を開けてみないと解らない。緩やかな利上げである限り、資産バブルを回避するというFRBの目標は奏功しないという見方もある。
米国株は既に割高という風評が定着しているが、利上げに向けて債券は買えず、ギリシア騒動が一段落すれば、むしろFRBから景気拡大というお墨付きを得た株式市場が過熱し、再びプチ・バブルへの道を歩み始める可能性は小さくない。
「2007年当時と同じ罠に」との警告
昨今の赤字ベンチャー企業に対するハイペースの資金流入も、2000年当時のITバブルを髣髴させるものである。アクティヴィストとして有名な投資家のアイカーン氏はジャンク債の過熱感に警鐘を鳴らし「現代の大衆は2007年当時と同じ罠に嵌りつつある」と警告しているが、そうした状況への懸念が想定以上に利上げペースを加速させれば、資産価格の急落を誘うことも考えられる。
景気に対するFOMCの見方が強気に傾き始めているのは事実だ。確かに自動車販売は好調であり、住宅市況も改善してきた。個人消費や設備投資も上向きである。早くゼロ金利から脱出したいと考えるのは当然だろう。データ次第とは言いながら、金利正常化を急ぐイエレン議長ら主流派は、賃金・物価上昇に対してかなりの期待感を込めているように見える。
但し一方で、FRB内部からは自然失業率の低下に関する複数の警戒シグナルが出ている。まだインフレが起きるような雇用環境ではない、という指摘だ。あるFRBのリサーチャーは、仮に賃金が上昇し始めても物価上昇には繋がらない可能性が高い、という興味深いリポートも発表している。
またここ数年間で0.5%程度にまで低下した米国の生産性は、潜在成長率の低下を示唆している。だが先般のFOMCで示された高い成長率は生産性が急上昇することを前提としており、どこか日本の経済財政諮問会議が先日の財政健全化計画で示した「作り話」に似ているような気がしないでもない。
仮に米国経済が「利上げ時期尚早」の位置に居るとするならば、年内利上げが上向き始めた景気の腰を折ってしまうリスクがある。さらに、利上げに伴うドル高の進行が企業業績とインフレ期待への逆風となるリスクも挙げられよう。米国利上げもまた、「織り込み済み」と済ませられるような話ではないのである。
ギリシアでも米国利上げでもない注目点
但し、海外の機関投資家にとってこうしたギリシアや米国利上げという材料は、必ずしも最大の注目点という訳ではないらしい。その状況を示しているのが、英大手金融のバークレイズが6月中旬に約900社の世界の機関投資家を対象に行った調査である。
そのアンケートの集計結果に拠れば、懸念材料として最も多かった回答が、全体の約20%を占めた「中国及び新興国の経済成長」であった。恐らくその中心は中国問題だろう。次いで16%が「市場流動性問題」を最大の警戒要因に挙げている。「ギリシア問題」は三番手であり、「米国利上げ」は「地政学リスク」に次ぐ五番手のリスク要因という認識であった。
因みに「ギリシア問題がどれほど深刻か」という問いに対しては、最小限のネガティブな影響に留まるとの回答が約50%を占めており、グローバルな混乱を引き起こすという約20%の悲観論を大きく上回っている。
つまり主要な機関投資家は、ギリシアや米国利上げは気掛かりな材料ではあるが中国経済や市場流動性の方がよほどインパクトの大きい問題だ、と見ていることが解る。景気鈍化ペースが鮮明になり、上海株の行方が怪しくなってきた中国については、もはや説明する必要もないだろう。ここでは、二番目に挙げられた市場流動性について少し補足しておきたい。
債券市場における過少流動性
資本市場における流動性問題は、日米英などの中央銀行が量的緩和策として国債の大量買入れを開始した頃から「流通市場の規模縮小問題」として指摘されてきたが、それが昨年末から欧米市場における大きな課題として浮上している。
具体的な事象として注目されたのは「30億年に一度」と言われた2014年10月の米国長期金利の乱高下や、今年4〜5月に起きたドイツ10年債利回りの未曾有の急騰である。こうした劇的な金利変動に対し、IMFやFSB(金融安定理事会)など欧米公的機関は、低下傾向が顕著な市場流動性に対してかつてないほどの危機感を表明している。そして昨今では、その量的緩和を実施したFRBやECBまでもが、長期金利乱高下リスクに警戒するように、とご丁寧に市場に呼びかけている。
ニューヨーク大学のルービニ教授は、これを「量的緩和に拠る過剰流動性と債券市場における過小流動性のパラドックス」と呼び、危険極まりない時限爆弾があらゆる市場に埋め込まれている、と警告を発している。日本国債も、決して例外とは言えない。
リーマン・ショックを予言したことで知られる同教授だけに、その警告に耳を傾ける投資家も少なくないようだ。因みにルービニ教授は「マクロな流動性とミクロな非流動性という奇妙な結合が最終的には深刻な市場課題に発展するだろう」と、新たなお告げを発している。
それに加えて、金融規制強化によって投資銀行が「受け皿」として機能しなくなったことを流動性低下の要因として危惧する声も強い。世界最大規模の資産運用額を誇る米ブラックロックは、最新の顧客向けリポートの中で「肥大した投資家層と縮小する仲介機能のアンバランスは市場のメルトダウンを引き起こすリスクを高めている」と指摘し、市場流動性が低下する中でレバレッジ解消が始まれば「量的緩和が浮かべていた多くのボートが一斉に沈没する可能性がある」と警告している。米国債ですら、もはや安全資産とは呼べなくなってしまったのだ。こうした恐怖感が、上述した機関投資家の回答に凝縮されているのだろう。
一方で、市場流動性とは曖昧な概念に過ぎず、それに対する懸念は実在しない仮想動物を恐れているようなものだ、と斬り捨てる向きもある。そして投資銀行の受け皿機能が低下しているとの指摘に対しても、もともと彼等は自ら率先して売る投機的存在であり、在庫調整力が過大評価されている、との反論もある。
また世界の資本市場が2013年5月に起きたバーナンキ・ショック(欧米市場では「テイパー・タントラム」と呼ばれる)以降、流動性問題に対する学習効果を積んできたことは事実である。価格が急落したところでは、年金や生保などの「待機マネー」が売りを吸収する可能性も高い。
だが、市場流動性の問題は国債に限定されない。むしろジャンク債や新興国債で問題が発生し、それが各国の国債市場や株式市場に波及してグローバルな問題に発展する、といったルートを想定しておくべきだろう。その観点から注意せねばならないことは、近年の金融取引の主役が従来の商業銀行から資産運用会社に変わりつつあることだ。
つまり企業融資から社債発行に、新興国融資が新興国債発行にと変化することにより、資金の担い手即ち信用供与の主体が「バンク」から「ノンバンク」へと移っているのである。そこには、「バンク」に対する規制が重く伸し掛かっている。
銀行と違って資産運用会社は、顧客が資金を引き揚げれば換金の為に保有資産を即刻売らねばならない。それは売りの悪循環を形成しかねない。流動性問題は決して空想が作り出した懸念ではなく、実在する恐怖なのである。
各国中銀の量的緩和策は、「ポートフォリオ・リバランス」という謳い文句で投資家を「中銀トレード」と呼ばれる株買いや社債買いなど一方的な取引に導いてきた。それは低金利の下で株価上昇が続いている日本も同じである。
溢れたマネーは、より高いリターンを求めて流動性の乏しい市場にも参入していかざるを得ない。それが一度逆流を始めれば、混雑した映画館で大震災が起きた時のように、狭い出口に向かって殺到することになる。結果は容易に想像出来るだろう。
「デフレ」から「インフレ」に移る視線
前述したバークレイズの調査の中で、もう一点注目すべき点がある。それは、世界の投資家の視線が「デフレ」から「インフレ」に移り始めたことである。今後1〜2年間という時間軸の中でどちらのリスクを重視するか、という問いに対する回答は「デフレ」が40%、「インフレ」が60%となり、今年3月の前回調査まで続いていた「デフレ懸念」優位のシェアが逆転している。
実際問題として、先進国における足許の物価上昇率が目立ってきたとは思えない。日本のコアCPIはゼロ近辺で推移しており、米国のコアPCEも1.2%と低水準を抜け切れず、ユーロ圏は漸くデフレから脱出したばかりである。市場でインフレが問題視されている気配はない。中国ではデフレ懸念すら生じている。
だが、先進国に関する限りデフレという恐怖感が徐々に薄れてきたのは確かであり、それがいずれ米国のみならず欧州や日本の金融政策までも修正を促すのではないか、と海外機関投資家が身構え始めたとすれば、こちらも認識を変えねばなるまい。
日本では、物価上昇率がゼロ近辺の状況で日銀が出口を模索する筈がない、というのが大勢の意見だろう。物価上昇期待は残っているとはいっても、2%の実現性は遥か彼方である。だが、米国はコアPCEが2%に届く見通しが薄い中でも利上げを開始する姿勢を見せており、ユーロ圏でもインフレ率がマイナス圏を脱出した瞬間に量的緩和縮小といった思惑が出始めたことを考えれば、確かに日本だけがいつまでも例外とは言えないかもしれない。
こうした懸念に対し、日銀だけでなく金融界からも「日本国債の流動性は欧米と違って全く問題ない」という声をよく耳にする。本当にそうなのだろうか、というのが筆者の最近の偽らざる思いである。
このコラムについて
倉都康行の世界金融時評
日本、そして世界の金融を読み解くコラム。筆者はいわゆる金融商品の先駆けであるデリバティブズの日本導入と、世界での市場作りにいどんだ最初の世代の日本人。2008年7月に出版した『投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム』で、サブプライムローン問題を予言した。理屈だけでない、現場を見た筆者ならではの金融時評。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/230160/063000002
http://www.asyura2.com/15/hasan98/msg/372.html