【福島原発事故】 国・東電の安全神話指弾 IAEA福島原発事故最終報告書
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2015061202000214.html
2015年6月12日 東京新聞
IAEAがまとめた東京電力福島第一原発事故の最終報告書。237ページからなる
東京電力福島第一原発事故を調べてきた国際原子力機関(IAEA)の最終報告書が、公表された。国も東電も「日本の原発は安全」と思い込み、何度も安全対策の強化を迫られる機会があったにもかかわらず、怠ってきたと強く批判している。IAEAの指摘を紹介しつつ、再稼働への動きを強める日本政府や電力会社の対応は十分なのか検証した。 (山川剛史)
<後手>崩れた「電源早期回復」
報告書が「基本的な思い込み」という表現で、繰り返し批判しているのは、日本が陥ってきた原発の安全神話だ。
なぜ「安全」なはずの福島第一がもろくも重大事故を起こしてしまったのか。報告書は、東電の事故対策は「たぶん交流電源は回復するだろう」を前提としており、機器や弁の操作などに必要な直流電源や高圧空気はいつでも確保できると考えていたと指摘した。
その指摘通り、津波が福島第一を襲うと、タービン建屋の地下にあった非常用ディーゼル発電機のほか、各機器に電力を供給する配電盤が水没。通常時なら、操作室のボタン操作だけで各所の弁が作動し、原子炉の運転モードや冷却系統の切り替えができるが、全くできなくなった。水温や圧力など原子炉の状況も把握できなくなった。
炉心が溶融(メルトダウン)し始め、高圧になった格納容器を守るためには、適切なタイミングでベント(排気)をし、冷却水を注入する必要があるが、ベント配管に付けられた弁は電磁弁と空気弁。電源を失えば、どちらも動かすのは非常に困難だった。
運転を停止しても、炉内の核燃料は膨大な熱を発し続ける。海から大量の海水を取り込み、炉内の水蒸気を水に戻し、熱は海に戻す必要があるが、海水ポンプは護岸にほぼむき出しの状態で設置され、津波によって破壊された。
<想定>地震、津波など教訓数回
事故発生当時、政府も東電も巨大地震や大津波が来襲することは「想定外」と繰り返した。しかし、報告書はいずれも十分想定できたと結論づけた。
福島第一1号機の建設許可が出る少し前、太平洋の「火のリング」と呼ばれる線上では、マグニチュード(M)9クラスの巨大地震が起きた。一九六〇年のチリ地震(M9・5)、六四年のアラスカ地震(M9・2)だ。だが、日本の近くで、巨大地震が起きるかもしれないという共通認識にはならなかった。
二〇〇〇年代に入り、東電は福島県沖でM8・3の地震が起きれば約十五メートルの津波が福島第一を襲うかもしれないとの試算をしていたが、東電は対策を取らず、経済産業省原子力安全・保安院(廃止)も迅速に対応するよう求めなかった。
福島第一の重大事故は、非常用発電機や配電盤の水没による全電源喪失が大きな引き金となったが、報告書は水没対策を迫る教訓事例が少なくとも四回あったと指摘した。
教訓のうち二回までもが東電の原発で起きた。九一年には福島第一1号機で海水配管に亀裂が生じ、毎時二十トンもの海水が漏れ、非常用発電機などが水に漬かった。〇七年の新潟県中越沖地震では、地下の消火配管が破損し、柏崎刈羽原発1号機の原子炉建屋地下に水が流れ込んだ。
九九年には嵐による河川増水でフランスのルブレイエ原発二基が浸水、〇四年のスマトラ沖地震では、インド南部のマドラス原発を津波が襲い、海水ポンプを水没させた。
どの出来事も、原発の重要施設である建屋や海水ポンプを津波から守る対策が急務だとの教訓となるはずだった。しかし、保安院や電力会社は勉強会を開いたものの、抜本的な対策を講じようとしなかった。
<国際基準>深刻度4、5 備え講じず
また報告書は、日本の事故対策がIAEA基準に達していなかったことも問題にしている。
IAEAは、通常運転時の故障を防ぐレベルから、重大事故が起きて放射性物質の大量放出が避けられないレベルまで事故の深刻度を五段階に分け、各段階で何とか食い止める備えを講じるよう求めている。
しかし、「安全神話」にとらわれた日本は、設計内の事故を意味するレベル3までの対策でとどまっていた。全電源喪失や炉心溶融など過酷事故を意味するレベル4や、住民を放射性物質から守るため、避難させるレベル5の事故は、きちんと基準の中に位置づけられなかった。
報告書は、日本では経済産業省や資源エネルギー庁、保安院、原子力安全委員会(廃止)、文部科学省などが原発に関与し、責任の所在があいまいだったとも指摘した。
<現状>課題置き去り 強まる再稼働
報告書の数々の指摘に照らし、原発再稼働への動きが強まる日本の現状はどうだろうか。
福島第一事故の反省を受け、原発を推進する経産省から独立した形の原子力規制委員会が設立された。規制委は、原発の新しい規制基準を制定。電力会社に想定する地震動、津波の見直しのほか、防潮堤の強化、海水ポンプの防護、建屋の防水強化、代替も含め注水手段や電源の確保などを再稼働の条件としている。
IAEA基準でいうレベル4の対策が進んできたのは確か。だが、新たな「安全神話」が生まれつつある懸念もある。
例えば九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県)の審査では、桜島周辺の姶良(あいら)カルデラなどの巨大噴火リスクに十分備えるべきなのに、「運転期間中の巨大噴火はないだろう」とし、核燃料の緊急搬出策は具体的に盛り込まないまま新基準に「適合」と判断した。レベル5で求められる避難計画に関しても、規制委は実効性を審査しない。
規制委は「基準に適合していれば、事故は一定レベルで収まる。外部の支援がなくても、原発内の要員と資材だけで一週間は持ちこたえられる」と強調する。
だが福島第一では四基もの原発が同時に同じ原因で事故を起こし、ある号機の収束作業をしていた作業員が別の号機の状況悪化により退避する事態が何度も起きている。福井県のように複数の原発が集中立地する場合は、別の原発からの放射能汚染により、作業中断を迫られる可能性もある。
こうした懸念に対し、規制委は「基準を満たせば、そんな事態にはならない」を繰り返すばかりで、具体的に説明しようとしない。
報告書が指摘した関係機関の責任のあいまいさも残る。政府は「規制委が安全性を確認した原発は活用する」とする一方で、規制委は「新基準に基づく審査はするが、再稼働には関与しない。『安全』とも言わない」としている。
事故が起きた場合、賠償責任は電力会社なのか、政府も負うのかの議論も始まったばかり。賠償額は兆円単位になるが、備えはほとんどできていない。
<被ばく健康被害>「基準厳しすぎ」というが…
重大事故への備えが不十分だったことで、福島第一に残った作業員たちは、高い放射線量の中、まともな食事もないまま収束作業に当たるしかなかった。報告書は「日本は法律や指針で緊急作業をする作業員の放射線防護措置に言及していたが、詳細な取り決めが不足していた」と指摘した。
作業員一人に一個の個人線量計を持たせないと、正確な被ばく管理はできないが、事故発生から半月ほどの間は、作業グループに一個の線量計しかない状態が続いた。作業員たちは現地対策本部がある免震重要棟で仮眠や食事をしたが、棟内でも線量は高かった。
作業員の被ばく線量は、同じグループの人は同じと仮定し、免震重要棟での線量は実測ではなく、棟内のモニタリングデータと滞在時間を掛け算して推定していたと記されている。
一〇〇ミリシーベルト超の被ばくをした作業員は百四十七人いるが、報告書は「現時点では、この集団に健康への影響は観察されていない」としている。
ただ、放射線医学総合研究所の明石真言(まこと)理事は、本紙の取材に「一〇〇ミリシーベルト未満の被ばくの健康影響は、科学的にはっきりしたデータがなく、よく分かっていない。健康に影響する因子は多く、放射線の影響だけを抽出するのは難しい」と話している。
報告書は、福島県民の被ばくによる健康影響や復興についても触れている。
国連放射線影響科学委員会や世界保健機関、福島県の調査結果を引用し、「子どもの甲状腺がんが増加するとは考えにくい」とし、大人も影響が出ることは考えにくいとしている。
内部被ばくを防ぐため、日本では食品や飲料水の基準が厳しく設定されているが、報告書は国際的な基準に比べて「保守的」だと批判的に書いている。
避難住民の帰還に向けては除染やインフラ整備、地域の持続可能な経済活動が回復するかを考慮する必要があると指摘。高齢者層は戻ってきても、若い世代は避難を続ける可能性が高いことにも言及している。
報告書が被ばくによる健康影響を低くみていることについて、福島で被ばく低減の研究を続けてきた若手研究者は「いくら『これくらいの数値なら、科学的には問題ない』と言われても、ある日突然、原発事故の被害に巻き込まれた住民にとっては容易に納得できることではない」と話した。 (片山夏子)