アングル:ニコチン悪玉論は本当か、喫煙めぐり誤解も
2015年 05月 21日 10:05 JST
[ロンドン 19日 ロイター] - ニコチンは体に悪いのか──。科学者の間では、喫煙による健康問題とニコチンの関係をめぐる議論が高まっている。ニコチンに依存性はあるものの、コーヒーに含まれるカフェインと同程度に無害であり、それ自体は直接的な死因にはならないという指摘もある。
ロンドンの金融業界で忙しい日々を送るダニエルさんは、5年前まで「マルボロ・ライト」を吸っていたが、禁煙してからはフルーツ味のニコチンガムを毎日12─15個かむのが習慣となった。今では数箱を常備しているが、自身をニコチン中毒だとは思っていないという。多くの人と同様ダニエルさんも、ニコチンガムは喫煙に比べれば体への害が大幅に少ないと考えている。
ニコチンをめぐる議論は、電子タバコの人気拡大によっても拍車がかかっている。煙の代わりにニコチンを含む蒸気を吸う電子タバコは、禁煙の役に立ったという声も聞こえる。ニコチンが比較的無害だという考えは、喫煙による健康被害が明らかになる中で築かれた従来のマイナスイメージとは反するものだ。
心理学者や喫煙依存に関する専門家らは、今こそニコチンと喫煙を明確に区別すべきだと指摘する。寿命を短くするのは喫煙であり、ニコチンではないというのが彼らの主張だ。
「ニコチンの悪者扱いをやめる必要がある」。こう語るのは、英キングス・カレッジ・ロンドンの精神医学・心理学・神経科学研究所のアン・マクニール教授。禁煙方法に関する研究を続けてきた同教授は、喫煙による健康リスクとニコチンの関係を正しく理解していない人は、禁煙の相談を求めることに二の足を踏む傾向があり、それが禁煙をさらに難しくしている可能性があると語る。
一部の研究では、ニコチンにはカフェイン同様、プラスの効果があることも分かっている。ニコチンには心拍数上昇や感覚情報処理機能の向上のほか、緊張緩和や覚醒効果などの作用があるという。
こうしたニコチンの特性は別の疑問も想起させる。ニコチンは若者の脳がより強い刺激を求める呼び水にならないだろうか。一方で、ニコチンの刺激特性によってアルツハイマー病の予防につながったり、パーキンソン病の進行を遅らせることはできないだろうか。
これまでのところ、これらの疑問に対する明確な答えはない。科学的な観点と同じぐらい、政治的そして感情的に見解が割れているのが現状だ。
<静脈注射より「効率的」>
マクニール教授は自身の研究について、かつて指導を受けた精神科医マイク・ラッセル氏の功績を一部引き継いでいると説明。ラッセル氏は今から約40年前、喫煙者が「ニコチンを求めてタバコを吸い、タールによって死亡する」と説いた最初の研究者の1人だった。この考えは後に、ガムやパッチや電子タバコなど、ニコチン置換療法を用いた禁煙ビジネスの基礎となった。
一方、一部の研究者は、ラッセル氏の見識をタバコ業界が悪用してきたと語る。豪カーティン大学で保健政策を専門とするマイク・ドーブ教授は、タバコの「ライト」という表現が喫煙者を増やすことにつながったと指摘。「われわれは60年以上にわたり、タバコ業界の欺まんを見てきた。彼らは健康リスク低減や健康効果さえも暗示する広告を打ってきた」と批判した。
世界保健機関(WHO)によると、喫煙者本人が煙を吸う一次喫煙のみならず、受動喫煙でも年間60万人が死亡しており、今世紀中には喫煙による累積死亡者数は10億人に達する見通しだという。
ニコチンの依存性に異を唱える人はほとんどいない。マクニール氏は、どれだけ早く依存するようになるかは、ニコチンが脳に届くスピードに密接に関係していると説明する。ニコチンパッチは非常に遅く、ガムは若干速い。ただ、パッチもガムも、有意な数の使用者が依存状態になったという証拠はまだない。冒頭に紹介したダニエルさんは、スポーツに興じたり子供と外出したりするリラックスした週末は、ニコチンガムの使用量が減ると話している。
マクニール氏によると、喫煙の依存性が非常に強い理由の1つは、ニコチンが非常に効率よく脳に運ばれるからだという。「タバコを吸うことは脳にニコチンを取り入れる最高の方法の1つ。静脈注射より速いほどだ」と同氏は語る。
純粋なニコチンは、多量に摂取すると生命にかかわる有害物質だ。若年期の脳の発達、特に言語や記憶などをつかさどる部分に変化をもたらす可能性も一部で指摘されている。
米カリフォルニア大学のスタントン・グランツ教授は、ニコチンを摂取し始める年齢が低ければ低いほど、依存は強くなると指摘。その理由は「脳がまだ発達段階にあるからではないか」と語る。
一方、ニコチンがアルツハイマー病の予防につながったり、パーキンソン病の進行を遅らせたりする可能性についての研究も行われている。
学術誌「Brain and Cognition」は15年前の段階で、「ニコチン刺激はパーキンソン病の認知的・運動的機能の改善に有望かもしれない」との研究論文を掲載。別の学術誌「Behavioral Brain Research」も「近い将来、治療への応用にかなりの可能性がある」としている。
このほか、ニコチンが注意欠陥多動性障害(ADHD)の症状を緩和させる可能性に関する研究も行われている。
<クリーンなニコチン>
スウェーデンでは、煙の出ないタバコ「スヌース」を愛用する人が多い。現地の調査によると、スウェーデンは肺がんや心臓疾患など喫煙に起因する病気の確率が欧州で最も低い方だという。
とはいえ、「安全なニコチン」という考えはまだ主流とは言えない。
英ブリストル大学のマーカス・ムナフォ教授(生物心理学)は、1970年代と80年代に展開された禁煙啓発の公衆衛生キャンペーンが、「ニコチン・依存・喫煙」を強く結びつけたと指摘。この連想性が、喫煙者をタバコから引き離すための「クリーンなニコチン」の可能性をかすませたと語る。
ムナフォ教授は、ニコチン依存そのものが悪いことだという考えに疑問を呈する。同教授が率いる「喫煙ラボ」では、人々は管理された条件下で喫煙を楽しんでいる。ラボの研究者は現在、ニコチンへの依存度などを分析するプロジェクトの一環として、喫煙者の遺伝的差異を調べているという。
(Kate Kelland記者、翻訳:宮井伸明、編集:伊藤典子)http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0O602720150521
http://www.asyura2.com/15/health17/msg/124.html