これではまるで「人間キャッチボール」!安倍官邸が推し進める規制緩和の弊害と人材派遣業界の闇
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2015年05月13日(水) 中沢彰吾 現代ビジネス
2007年、「データ装備費」などの名目で、派遣労働者の賃金から使途不明金を天引きしていた人材派遣業界最大手「グッドウィル」のやり口が社会問題と化し、市場からの退場を余儀なくされてから8年……。いま再び、その人材派遣業界が拡大に転じていることをご存じだろうか。今国会には労働者派遣法の改正案が提出されており、議論の行方に注目が集まっている。そこで本稿では、自らの派遣体験をもとに最新刊『中高年ブラック派遣――人材派遣業界の闇』(講談社現代新書)を上梓したばかりの著者・中沢彰吾氏(ノンフィクションライター)にインタビュー。自民党が「規制緩和」を錦の御旗に推し進めてきた小泉・竹中路線の果て、歪んでしまった労働市場の実態をお伝えする。はたして浮き彫りになったのは、衝撃的ともいえる人材派遣の過酷な現場だった――。
■1年間「日雇い派遣」をしてわかったこと
――まずは今回、人材派遣業界が内包する諸問題を明らかにしたルポルタージュ『中高年ブラック派遣』を執筆したきっかけから教えてください。
中沢 私は過去1年間、一般人材派遣業許可を有する多くの人材派遣会社に登録し、「日雇い派遣」としてさまざまな仕事に従事してきました。
各種国家試験等の試験監督のほか、学会の会場スタッフ、化粧品会社の卓上カレンダー組立作業、物流系倉庫でのピッキング、自治体の循環バスの乗客誘導員、テレビ局の新番組シミュレーション(鉄棒の逆上がりや体操のブリッジ、大縄跳び)、昨年12月の衆院選に際して有権者に支持政党や投票先を電話で聞き出す某メディアの世論調査、クリスマスケーキの製造、巨大モールのくじ引き抽選会、大学3年生向けの就活イベント……といった具合です。
そこで身をもって体験したのが、年収3000万円を豪語する人材派遣会社の20代の社員たちが、時給数百円で自らの親世代にあたる中高年男女を酷使するという、異様ともいえる「奴隷労働の現場」だったのです。
たとえば、労働者を隔離して自由を奪った機械のような単純作業や、マニュアルによる同一行動、監視役を立てられての行動規制を強いられたほか、手先の業務でも立ちっぱなしで座ることができませんでした。
加えて、作業の合間には、「ほんとにおまえは馬鹿だな」「いい年して、どうして人並みのことができないんだ!?」「いったいここへ何しに来てんだ」「もう来るなよ。てめえみたいなじじい、いらねえから」などと口汚く罵詈雑言を浴びせられたこともありました。
そして、「静かにしろ! 私語厳禁だ」と怒声を上げる若者たちを前に、数百人にも及ぶ私たち中高年が息を殺してうつむくという、違和感のある光景――。
これこそ、小泉政権以降、自民党が推し進めてきた規制緩和の弊害であり、とことん歪んでしまった労働市場の現実です。その実状をお伝えするために上梓したのが、『中高年ブラック派遣』なのです。
■矛盾する労働者派遣法と労働基準法
――今年3月には、厚労省の幹部による「派遣労働は使い捨て、モノ扱い」発言が報じられるなど、人材派遣業界の闇は深いものがありますが、中沢さんはその背景をどう分析していますか?
中沢 かねて政府・厚生労働省は人材派遣について、「労働者にとって有益な雇用形態」であり、「特別なスキルを生かした熟練労働」であると主張してきました。
しかし、たとえば塩素ガスがたちこめる密室で6時間にわたって「いちごのへた取り」をさせたり、倉庫内で1日中カッターナイフで「ダンボール箱を解体」させたりするほか、労働者の経験やスキル、人間性、人権を無視して、仕事内容や待遇面のウソをつき、支払うべき賃金を踏み倒すこともあった人材派遣が、本当に「労働者にとって有益な雇用形態」であるとは、私には到底思えません。
人材派遣をめぐる諸問題が根深いのは、経費削減や税金の無駄遣いの抑止、法律遵守や公共の福祉への貢献を求められる多くの団体や企業が、事業入札に安値で臨む悪質な人材派遣会社を「歓迎」している点です。
落札させる際、その人材派遣会社が労働者をどう処遇しているかがまったく考慮されていません。人材派遣とはいわば、使いたい人数を安価に、必要最低限の時間だけ単純労働に従事させ、人事責任は負わず勝手にクビにできるという、派遣を受け入れる企業にとって極めて好都合なシステムなのです。
厚生労働省は、労働基準法と労働者派遣法によって派遣労働者は保護されているといいますが、実はこれら2種類の法律は矛盾しています。
たとえば労働者派遣法には、派遣労働者が無期雇用の常勤労働者に転換できるよう措置を講じる努力義務や、派遣労働者が派遣先の正社員と変わらぬ待遇を確保できるよう配慮する義務が書かれてあります。
ですが、こうした条文は人材派遣会社の事業動機と対立するものです。派遣労働者が次々と無期限雇用の正規社員になってしまったら、人材派遣会社にとってはピンはねの手駒が減って存続が危うくなります。また、クライアント(派遣先)に低コストをアピールしたいのに「派遣労働者を正社員なみに手厚く扱え」とは口が裂けても言わないでしょう。
労働者派遣法が人材派遣会社に対し、「登録労働者を減らして貴社が自然消滅するよう努力しなさい」と言っているのは、過去長い間、労働者からのピンはね搾取を禁じてきた労働基準法などに無理やり整合させたからです。労基法の肝は労働者の保護ですから「人身売買にも通じる人材派遣なんかやめてしまえ」という結論にならざるをえません。
ところが、その一般労働者派遣を「堂々とやっていいよ」と認めているのが、労働者派遣法なのです。
労働者派遣法には、この種の「派遣労働者の保護との明らかな矛盾を必死に糊塗する条文」が少なくありません。要するに、一般労働者派遣それ自体が、派遣労働者の保護と真っ向からぶつかるわけですから、厚労省の官僚は労働基準法と労働者派遣法という2種類の性格が真逆な法律を整合させるのに四苦八苦しているというのが、実態なのです。
■いい加減な「人間キャッチボール」
中沢 それに加え、派遣労働者の権利を守る責任の所在があいまいな点も、問題です。
そもそも派遣労働者を雇用しているのは人材派遣会社です。派遣労働者と派遣先の企業との間に雇用関係はありませんから、社員を直接雇用した場合に企業に生じるさまざまな人事責任を回避することが可能です。責任を回避できるとなれば、好きなようにこき使っていいと解釈できるわけで、派遣労働者の待遇の悪化やパワハラがエスカレートする一方です。
それを禁じるため、労働者派遣法は、派遣先の企業にも派遣労働者の雇用管理について、労働者派遣契約に関する定めに反することがないよう、適切な措置を講じなければならないと規定しています。しかし、派遣先の「気配り義務」に罰則などありませんから、その誠実な履行を命じる経営者などいません。
一方、派遣労働者の雇用主である人材派遣会社の立場も極めて優越的です。通常の企業の雇用主の場合、正規社員が働かなければ困ってしまいますが、人材派遣会社は既存の登録労働者が働かなければ放置して新たな登録者を増やせばいいのです。
派遣労働者の側はというと、生活がかかっていますから紹介された仕事を断り続けるという選択肢はなく、いつかは人材派遣会社の軍門に下らざるを得ません。
こうして、労働者に対していずれも優越的な人材派遣会社と派遣先企業との間で、極めていい加減な「人間キャッチボール」が始まります。(派遣労働では履歴書すら不要でしたから)ボールの種類や性能が問われることはありません。どちらもボールを大切にしません。
思った通りに飛ばないボールは「捨てられる」だけです。
■身勝手な就業規則の数々
――「労働者にとって有益な雇用形態」であるはずの人材派遣には、さまざまな問題がある、と著書『中高年ブラック派遣』では主張しています。
中沢 私が派遣に従事する前は、労働者にとって予定をキャンセルできることが、派遣労働のメリットだと思っていました。
たとえば、常勤の正規社員の場合、勤務日の前夜に子供が熱を出したとしても、翌日の仕事の予定が決まっていることも多いので会社を休みにくいですよね。
だからこそ、自分の代わりを見つけてくれる(はずの)人材派遣会社に登録し、万が一の事態では労働者が休めるというのが、人材派遣という雇用形態の利点だと考えていたのです。
ところが、実態は違いました。
〈予約した仕事のキャンセルはできません。また、当日の遅刻、欠勤、早退は認められません。万が一そうなった場合はペナルティを科すことがあります〉〈当日欠勤は理由の如何を問わず5000円を罰金として天引きします〉といった、自分たちにとって都合のいい就業規則を人材派遣会社は設け、労働者保護を掲げる労働基準法、労働者派遣法に堂々と挑戦≠オているのです。
そうした身勝手な就業規則からは、彼らの巧妙かつ悪質な本音を垣間見ることもできました。その一例が、〈賃金の額、就業条件等について、派遣先で他の労働者と会話してはいけません。会話したことが明らかになれば就業契約は破棄され登録抹消となります〉といった規則です。
派遣労働の現場に行くと、複数の人材派遣会社が一つの職場に労働者を派遣しているケースは多々あります。その場合、派遣先との契約時期や人数、ピンはね率の違いなどによって、同じ労働に従事しても賃金に差が出ることがあります。
それが不平不満を生み労働者が団結することを避けるためなのでしょうが、休憩時間の会話の内容にまで踏み込む規則を作り、就業契約の破棄や登録抹消をちらつかせるのは不当解雇につながる人権蹂躙です。
■人材派遣の求人広告の「裏メッセージ」を読む
――今回刊行された新書のタイトルには、「中高年」という言葉をつけて強調されています。
中沢 最近の労働市場においては新卒や第二新卒の採用者数が増えており、20代の若年労働者は派遣労働の現場でも需要が多いのに総数が減っています。このため人材派遣会社も派遣先企業も若年労働者に対して多少は気を使っているように見受けられます。
しかし、「見かけや運動能力が経年劣化して企業に人気のない中古マシン」(=中高年労働者)はリストラや賃金切り下げで派遣会社に頼る人が一貫して増えており、買い手市場になっていますから、企業側の扱い方は粗雑になる一方です。中高年には厳しい現実が立ちはだかっていることを知っていただきたかったからです。
たとえば、人材派遣会社に登録後、メール等で案内される求人広告には、年齢制限の文言が全く見当たりませんが、採用選考の現場は本音で行われているのが実態です。
私が1年の日雇い経験を通じて学んだ、求人広告の「裏メッセージ」を紹介しますと、「20代、30代の女性が活躍中」とあれば、若い女性以外は採用する気がない、という意味です。「元気な学生さんが多数います」は、声の大きな体育会系の乗りの学生を求めている。「大勢の仲間ができます」は「内気で暗い人は来ないでね」。いずれにせよ、女性、学生、仲間といったキーワードが含まれていれば、それはイコール「おじさんはお断り」という意味です。
いちいち広告の裏を読まなければならないのは、けっこう面倒です。
年齢制限は厳然としてありますから、59歳の私が仕事をいくら申し込んでも、同じ文面のお断りメールしか来ません。
採用の場合、メールの件名は「おめでとうございます」ですが、不採用の場合は「選考結果のお知らせ」です。パソコンの受信メールフォルダを開いて、「選考結果のお知らせ」が十数件ズラズラ並んでいるのを見ると、「自分は世の中からこんなに必要とされていない存在なのか」と、しばらくへこみました。
■悪質すぎる「派遣切り」手口
――本書に収録されている、派遣切りの悪質な手口には、背筋が寒くなりました。
中沢 日雇い派遣で知り合った複数の中高年男性から聞いたエピソードなのですが、たとえばB級グルメやラーメンなどの露天の食の祭典では、主催者側は天気予報に注意しつつ、客が殺到しても事故が起こらないよう、あらかじめ会場整理などの日雇い派遣労働者を大勢発注するのが常です。
ところが、都内で開催されたあるイベントで、当日になって天気予報が大きく外れて天候が悪くなり、客が予定通り集まりそうにないことがありました。すると、普段は現場に来ない人材派遣会社の社員がやってきて、こう声をかけたそうです。
「お父さん、昨夜、お酒飲んだでしょ」
中高年男性は酒量の多い少ないはあれ、晩酌を楽しむ人は多いでしょう。彼がイエスと答えると……。
「やっぱりね。お父さん、お酒臭いよ。仕事に入ってもらうわけにはいかないから帰って。あなたが原因の事故だから欠勤扱いね」
もちろん、彼らが本当に酒臭かった可能性もないわけではありません。しかし、私が話を聞いたいずれの男性も特に酒量が多いわけではなく、家族や他のスタッフからは酒臭いなどと一度も言われなかったのでおかしいと思ったそうです。
前の晩にお酒を飲んでいれば、翌朝「酒臭い」といきなり指摘されて、はっきり否定できる人はいないでしょう。
イベントの主催者が急な人減らしを意図し、人材派遣会社が以後の有利な取り計らいを期待して、それに協力したのならうまいやり方ではありますが、こんな悪質な手口がまかり通っていいはずがありません。
■決して他人事ではありません
――「日雇い」というと、一昔前のアンダーグラウンドなイメージを抱いている人がいまだに多いと思われるのですが、実際はいかがでしたか?
中沢 いまや2000万人を超える非正規労働者のうち、1200万人以上が40代以降の中高年ということからも、日雇い派遣は決して少数派ではありません。むしろどこにでもいる、ごく普通の真面目で温厚で勤勉な人々が大勢、日雇い派遣で勤務していました。
日雇い派遣に登録・就業に至るまでの事情は、みな深刻です。老親の介護のために会社を辞めて田舎に帰った、リストラで正社員の地位を追われた、賃金カットで住宅ローンが払えなくなった、年金が少なくて生活ができない、子どもの看病のためにパート勤務は難しい……など、低賃金で劣悪な待遇でも派遣に頼らないと生活が立ち行かない人ばかりです。
35歳以上になると定職に就くのは困難な状況のなか、化学メーカーの元エンジニアや元商社マン、百貨店の元社員、主婦など、男女を問わずじつに様々な中高年が派遣労働に勤しんでいます。
私の場合、大学卒業後、在阪テレビ局にアナウンサーや記者として勤めていましたが、50歳のとき、身内の介護の必要から退職を余儀なくされ、以後、著述業に転身しました。
あなたが35歳以上で、何らかの事情によりやむを得ず今の勤務先を辞めた場合、再就職(転職)は非常に困難ですから、ほぼほぼ派遣に頼るしかないでしょう。このまま日本の人材派遣の仕組みが改善されなければ、あなたは派遣された多くの職場で人権無視の処遇に愕然とするでしょう。
ここまで申し上げてもなお、「そんなにひどくはないだろう」「自分だけは大丈夫」とみなさんは思っているかもしれません。
しかし、残念ながら中高年をめぐる労働市場の現実は苛烈さを増すばかりです。ぜひ、本書を手に取っていただければと思います。
派遣労働をあえて一言で表現するなら「奴隷制」としか言いようがありません。
これがまごうことなき日本の「今」である、ということを知っていただくとともに、人材派遣にまつわる仕組みの不備、重大な法的齟齬に関する問題意識を共有していただければと願っています。