デフォルト危機のギリシャ、実体経済はやはりひどかった
アテネで記者が見た質屋と「100円ショップ」の意味
2015年5月11日(月) 蛯谷 敏
巨額の債務を抱えるギリシャの債務不履行(デフォルト)が、いよいよ現実味を帯び始めた。総額2400億ユーロ(約32兆円)の金融支援を続けているEU(欧州連合)、ECB(欧州中央銀行)、IMF(国際通貨基金)は、今年2月末に期限を迎える金融支援の継続を6月末までに延長することは決めたものの、その条件とした財政改革に一向に着手しないギリシャに対して、約72億ユーロ(9400億円)の融資を凍結している。
融資再開を巡って4月24日にラトビアで開いたユーロ圏財務相会合でも、結局ギリシャとその他の国の間の溝が埋まらず、合意に至らなかった。ギリシャ国内の資金は尽きかけているとされるが、5月12日には8億ユーロ(約1000億円)のIMFへの返済を控えており、5月11日に開かれるユーロ圏財務相会合で合意が得られなければ、再びギリシャのデフォルト懸念が高まる。
今年1月に首相に就任したギリシャのアレクシス・チプラス氏(関連記事はこちら )は、EU(欧州連合)からの金融支援の条件として従来の政権が進めてきた財政再建策を放棄。約3カ月経った今も、実質的にその方針を見直していない。「緊縮財政とは決別する」と繰り返すチプラス首相の支持も最近では落ち込んでおり、状況は深刻化するばかりだ。
毎月のように訪れる債務返済期限を前に、欧州のみならず、世界経済が振り回されている。しかし、この状況下で意外と知られていないのが、ギリシャの実体経済の様子。その実情を探るため、4月下旬、アテネに飛んだ。現地を取材すると、想像以上にひどい実態が明らかになった。
急増する質屋、そして “100円ショップ”
開いている店舗は少なく、閑散としている大通り
ここはアテネ市内の中心地、スタディウ通り。日本で言えば、銀座の中心街に相当するという。訪れた平日の午後、通りに足を踏み入れてすぐにその妙な雰囲気に気がついた。
何だろうか、このうら寂れた雰囲気は。
すべてシャッターがしまり、ゴーストタウンのような雰囲気
かつては、紳士服や貴金属のブランドが軒を連ね観光客で連日賑わっていたと言う。確かに、高級ブランドを扱う店舗はあるが、それ以上に目立つのが、シャッターが閉じられた無数の店舗だ。シャッターには落書きやポスターが貼られ、長らく管理されていないのが一目で分かる。老朽化した建物と相まって、まるで幽霊屋敷のような雰囲気だ。
例えは悪いが、少子高齢化にあえぐ日本の地方都市のようだ。しかし、ここはギリシャの首都、アテネの一等地である。
「今も店舗として残っているのは、(ファストファッションの)H&MやZARAくらい。かつては、高級ブランドが立ち並んでいたが、前回(2009年)のギリシャ危機で、ほとんどが閉じた。その後はどこも戻ってこない」。シャッター街の中で、数少ない店を開いていた主人が説明してくれた。このエリアで店舗を運営しているのは、家賃を払わなくてよい地主くらいだと言う。
ただ、そんな寂れた通りのあちこちで、やけに目につく店舗があった。
空き店舗の中で、質屋が急増している
それが、上の写真のような、質屋である。いずれも見た目が派手で、意識すると、質屋とおぼしき店舗は100m歩くごとにある。
試しに、中をのぞいてみることにした。恐る恐る足を踏み入れてみると、無駄に広い空間に、2人のスタッフが座っている。下の写真をご覧いただければ分かるように、入り口はミラーガラスになっており、中から外は丸見えだが、外からは中の様子は全く分からない。客のプライバシーを保ちつつ、外で中の様子を知りたそうにしている人にはひと声かけるのだそうだ。
中からは外の様子が丸見え
「少しでも現金を手元に置いておきたい」
この質屋は、貴金属を中心に買い取る。「最近は毎日のように人がやってくる」と、この店長は言う。「その理由が、今のギリシャ経済と関係あるか?間違いなくあるだろう。家計に余裕がない人は、資産を売って家計の足しにする。家計に余裕があっても、今は少しでも現金を手元に置いておきたいというニーズが高まっている」と説明する。実際、この質屋はギリシャ全土に25店舗展開するチェーンで、今後半年でさらに店舗を拡大する計画があると言う。
「現金を少しでも手元に置いておきたいと考える人が毎日のように訪れる」と質屋の店長は言う
あまりの急増ぶりに、最近では質屋同士の争いも激しくなっている。つい先日も、客の持ってきた貴金属が、盗品だったことが分かり、それを知らずに購入した質屋の社長が逮捕された。
今年1月、ギリシャとEUの金融支援交渉がまとまらず、決裂しかかった際には、経済の先行きを不安視した国民が銀行に殺到した。ギリシャ民間銀行の預金残高は1月、2月と2カ月で全体の1割強にあたる200億ユーロ(約2.6兆円)が流出したという。
「まとまった資産のある人は、既に銀行からユーロを引き出し終えている。今後は、現物の資産を換金しようとする動きが増えるだろう」と店長は見る。
質屋の急増は、現金を少しでも多く手元に置いておきたいという家計防衛の象徴だが、その一方で日々の出費を少しでも切り詰めたいという要望が、もう1つの店舗拡大を促している。
「1ユーロショップ」も多く目についた
質屋を出て、しばらく歩くと、目についたのが「1€」の看板。日本でいう100円ショップだ。品揃えは、日本の100円ショップ同様、日用品から加工食品まで幅広く揃っている。「給料は減るし、将来の年金もどうなるか分からない。節約できるところは、節約したい」と、パスタの缶詰を3つ手にしていた40代の女性は言った。倹約姿勢は、後先考えずにお金を浪費するというギリシャ人のイメージとはかけ離れていたが、「家計を守る主婦はみんな私のような考えだと思う。国民性は関係ないでしょう」と女性は言った。
かつて高級ブランド街だった通りは、今や質屋と100円ショップに取って替わられている。その事実に驚きながら、さらに筆者はエルム通りまで歩いた。すると、そこにもギリシャ経済を象徴するような風景を目にすることになった。
賑いをみせるコーヒーショップ
先の寂れた場所と対照的に、このエリアはやたらと若者が多い。皆楽しそうに談笑している。この一帯の多くで、今おしゃれなコーヒーショップがオープンしているのだという。
アパレル店から喫茶店に鞍替えした理由
「もともとは若者向けのアパレル店が多かったが、今の若者はお金がない。仕事もないから、彼らが気軽に入れるコーヒーショップに業態転換した」とあるコーヒーショップの店長が説明してくれた。仕事がない若者が、時間をつぶすために集まり、日がなコーヒーを飲む。その賑に観光客が釣られて入り、活況を呈しているという。
欧州統計局の調査によれば、2015年2月時点でのギリシャ国内の失業率は、26%。28%に達していた2013年の最悪期よりも下回ったが、依然として高い水準が続いている。さらに、25歳以下の若年失業率は51.2%に達する。今も、若年人口の2人1人は仕事がない。
今年1月、ギリシャは総選挙で、急進左派連合のSYRIZA(シリザ)が圧勝した。アレクシス・チプラス首相は、それまでの財政緊縮体制を見直し、それを強いるEUから国民を解放すると宣言した。
「財政再建のために削減した公務員を復職させる」「引き下げられた最低賃金を戻す」「港湾や電力会社の民営化を凍結する」ーー。これまでの苦しい緊縮財政から180度転換した、夢のような公約に、多くの国民が歓喜した。しかし、その化けの皮はすぐにはがれることになる。
2月、EU側は2月末に期限を迎える金融支援の延長を巡り、ギリシャに対して再び財政緊縮策を進めるように要求した。ギリシャ政府は合意する姿勢を見せつつも、条件面で難色を示し、交渉はなかなかまとまらなかった。しかし、最後にはEU側と財政緊縮を実施すると約束。EU側による金融支援が6月末まで延長されることが決まった。
ところが、今もチプラス首相はEU側と約束した財政緊縮の具体策をギリシャ国内では何も説明していない。EU側との間でどのような約束をしたかという内容は議会では示しておらず、国内では今も「ユーロとの交渉を続けている」という姿勢を貫いている。
普通の感覚であれば、借りたカネを返さないことなどありえない。いや、欧州の国民の多くもそうだろう。しかし、少なくとも現在のギリシャ政権を支持する国民の感覚は、かなり違っているという事実が、取材を通して分かってきた。
アテネ市内から西に車で20分ほど走らせたドゥアラペトナ地区。いわゆる低所得層の住むエリアで、チプラス首相の所属するシリザ支持派が多い。この一角で眼鏡店を営む、ヨルボス・カズセタキス氏の話を聞いた時のことである。
眼鏡店を営むカズセタキス氏。現政権の母体であるシリザの熱烈な支持者
「景気は昨年までは最悪だったが。今年は少し上向いてきた」。カズセタキス氏は明るくふるまったが、閑散とした店内の様子を見る限り、とても景気が改善しているとは思えない。現政権の印象を少しでも良くしたいのだろうか。
カズセセキタス氏が眼鏡店を開いたのは15年前。一人息子は大学生で、地元の大学に通わせているという。毎月の売り上げで息子の学費、生活費、家賃を支払えるほどには稼げているといい、毎日夕方5時には店を閉めて党の活動に出かける。「シリザの議員は全員、議員報酬の30%を拠出して、難民や失業者への寄付活動に回している。そのお金で食料や衣料を買って、難民に配る活動をしている」とカズセタキス氏は言う。
景気が悪い中でも、何とか店を経営し、おまけに難民支援活動まで続けている。その姿勢にとても感心したが、続いて聞いたローンの話に驚いた。「税金は数年前から一度も払っていない。滞納額は1万ユーロくらいになる」。さらに、4年前に事業の運転資金として銀行に借りた5万ユーロも、一度も返済していないのだと言う。
ユーロ版“徳政令”を夢見る首相と国民
日本ではあり得ない話だが、カズセタキス氏は悪びれた様子をみじんも見せず、「ほかもみんなそうしているから、大丈夫だ」と自信満々に答えた。「返すつもりはない。待っていれば、いずれヘアカット(債務免除)してくれるだろうから」
最初は理解できなかったが、その後、他の取材を続け、ようやく彼らの感覚が分かってきた。「別に我々が借金をつくったわけではない。ずるいのは、政治家や脱税している富裕層だ。彼らが贅沢をしてつくった借金を、なぜ我々が身を削って返さなければならないのか」。特に、ギリシャの低所得層にはそんな鬱憤が蓄積している。
ただ、税金滞納や銀行の返済無視を口にする人も皆「返済する気はある」という台詞を繰り返していた。しかし、根底には、「本来は、我々よりも先にお金を取るべき人間がいる」という被害者意識が根強いのだという。
客観的に見れば、それは被害者意識ではなく、当事者意識の欠如にほかならない。「借りたお金は返すのは道義ではないですか?」と問いかけても、皆不思議そうな顔をしただけだった。
翻って、このやりとりは、今のEU側とチプラス首相の交渉に似ている。借金返済を求めるEU側と、債務返済をする気はあると口頭では言いながらも、一向に実行しない政府。その裏には、眼鏡店の店長と同じように、当事者意識が欠落しているのではないかと感じざるを得ない。チプラス氏は、こうした「借金帳消し」を期待する国民の熱烈な支持を得て首相となった。
もちろん、ギリシャ国民が全員、借金を返さないということを言うつもりはない。中には良識派もいるし、緊縮して返済すべきだと主張し、現在のシリザの方針に反発する国民もいす。前サマラス政権も、批判は多かったが、現政権よりもはるかに財政再建の意志は固かった。
しかし現在のギリシャでは、割をくっているのは、経済を立て直すために不可欠な産業の現場の関わる人たちである。
「こんな状況が続ければ、あと1カ月も持たないだろう」。アテネに拠点を置く貿易会社のヴァルキス・コルカーティス社長が吐き捨てる。この貿易会社は、ドイツから病院向けの医療機器や備品などを輸入しているが、先日取り引き先から一方的な通告を受けた。
今後は決済代金は前払いでなければ取り引きできない。「ギリシャ経済の状況を見て、リスク回避の手を講じたのだろう」と社長は言う。
貿易関係の企業に深刻な影響を与え始めている。写真はアテネのピレウス港
資金繰りに余裕はなく、この貿易会社はドイツ企業との取引を凍結せざるを得なかった。銀行から融資を受けて事業を継続する方法もあるが、「金利分だけコスト競争力が落ちる」と、断念している。数カ月先の状況も見通せない。
「ただでさえ信用力が落ちているのに、コスト面でも足をひっぱられている。」とコルカーティス社長は嘆く。
問題は、こうした中小企業の業績悪化が表に現れてこないことである。欧州統計局では、失業率などの統計データが2015年1月以降公開されていない。この数カ月間、ギリシャはEUに対して、統計データを提供していないという報道もあり、ブラックボックス化して、ギリシャ経済の実態が外部に分かりにくくなっている。
解雇された仕事の復職を訴え、路上で抗議する女性たち
借金返済の“自転車操業”も限界
そんな中で、ギリシャ政府が今必死になって取り組んでいるのは、返済の原資を集めることにつきる。国営企業や地方自治体など公的部門が抱える預金など余剰資金を中央銀行に移すよう指示。緊急の予算や給与、年金基金を切り崩させて、返済の原資をかき集めている。これを、順次期限を迎える借金の返済の原資にあてる。
当然、緊急事態に備えて資金を蓄えていた地方の役所からは、強烈な苦情が出ているが、既に議会は法律を通して資金集めの正当性をつくってしまった。
「そもそも、緊急予算は有事のためにある。今後、災害などで社会インフラが倒壊しても、もはや復旧に使うお金がない」とツォゴポウロス氏は指摘する。
明らかなのは、仮にギリシャ全土から資金をかき集めたとしても、借金の返済は到底不可能だ。4月末は何とか乗り切れたとしても、5月、6月と次々に訪れる返済期限に対応するのは難しい。
そもそも、ギリシャ政府の努力すべき方向はカネをかき集めることではなく、財政を再建することではないか。努力すべき方向が間違っていると言わざるをえない。
こうした状況を受け、さすがにチプラス人気にも陰りは出始めている。マケドニア大学の調査によると、1月の総選挙直後、80%近くあったチプラス首相の支持率は、直近では50%程度まで落ち込んできたという。
ただ、それでもチプラス首相個人に対する好感度は高い。40代という若さやルックスに起因している面も多分にあると考えられるが、「EUを離脱してもいいから、最後まで戦ってほしい」という声も少なくかった。
もちろん、現実的にその選択肢はありえない。EUを離脱したところで、ドラクマをするのは非現実自適。チプラス、EU側ともそれを望んでいない以上、選択肢を取る可能性は少ない。4月にチプラス首相はロシアのプーチン大統領と会談したが、ロシアがギリシャを経済的に支援する余力はないだろう。となれば、やはりギリシャを支援できるのはEU以外にはいない。
ギリシャのアレクシス・チプラス首相は確実に追い詰められている
では、今後ギリシャがどうなるか。ギリシャ外交問題研究所(ELIAMEP)の政治アナリスト、ゲオルグ・ツォゴポウロス氏は次の3つのシナリオが考えられると言う。
1つは、チプラス政権が白旗を上げ、再選挙に突入するシナリオ。金融支援を受ける前提となる緊縮財政について、国内には「やらない」といい、EU側には「やる」という矛盾は、どうやっても持続性がない。巨額の返済期限の到来する5月、6月には政権が崩壊し、再選挙に突入する。この際、財政再建派が勝利し、ギリシャの再生に動き出す。
2つめは、ギリシャが期限までに金融支援に合意できず、デフォルトに陥るというもの。しかし、急なデフォルトではなく、事前にEU加盟各国がその日に備えて準備する「計画倒産」に近い。ギリシャもEUは離脱せず、デフォルト後の借金返済スキームをつくり、再建のロードマップも示す。いずれにしても、ギリシャの借金が帳消しにならない仕組みになるという。その意味では、事実上の返済期限の繰り延べだ。
最後がチプラス首相が方針を大きく転換し、連立政権をつくって財政再建を進めるという案。支持者からは大反発を受けることが確実で、政権自体が持つかは分からない。
現時点では、いずれのシナリオに転ぶかは、誰も分からない。唯一確かなのは、チプラス首相にはどのシナリオも修羅場だということだ。これまで、およそ実現不可能な公約を公言してきただけに、その反動も大きいだろう。山高ければ谷深し。高い期待の代償は、決して小さくはない。その間にも、ギリシャの債務返済期限は着実に迫ってくる。
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