ギリシャはいったいどうなるのか? photo Getty Images
ユーロの現金が枯渇するギリシャ政府。IOU発行でハイパーインフレがやってくる!?
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43238
2015年05月08日(金) 長谷川 幸洋 現代ビジネス
■ギリシャ政府はユーロの現金が枯渇
ギリシャ情勢が緊迫している。5月5日には「ギリシャが抱える債務の相当部分を欧州諸国が帳消しにしない限り、国際通貨基金(IMF)は支援を打ち切る」というフィナンシャル・タイムズの報道をきっかけに、ギリシャの国債価格が急落した。
欧州連合(EU)の欧州委員会が同日、発表した四半期経済見通しでは、2015年のギリシャの成長率は3カ月前の年率2.5%増から0.5%増へ大幅に下方修正された。経済は崖から転落状態である一方、債務返済期限はこれから五月雨式にやってくる。
6日の支払い期限はなんとかクリアしたものの、12日にはIMFに対して7億5000万ユーロの支払いを控えている。すでにユーロの現金が枯渇している政府は、地方自治体や公的機関に対して手持ちのユーロを中央銀行に移すよう求めているが、大学では反対運動も起きた。
債務削減交渉は難航する一方、国民の間には急進左派連合のツィプラス政権に対する失望感も広がっている。ギリシャはどうなるのか。
ギリシャの債務問題は、単に経済・財政だけの事情で語れない。ツィプラス党首は1月の総選挙前から再三、ロシアを訪問してプーチン大統領と会談してきた。ロシアも支援する構えをちらつかせている。
ギリシャは「いざとなったら欧州を見限って、ロシアと友好関係を強めるぞ」と瀬戸際作戦で欧州を脅しているのだ。
背景には、ギリシャの地政学的位置がある。地図を見れば分かる通り、西側には欧州が広がり、東側はトルコ、黒海の北側にはロシアを控えている。ギリシャはトルコと並んで、東西の結節点になっている。
旧ソ連と米国が冷戦を始めた1946年から49年にかけてギリシャは内戦を戦い、最終的に共産主義勢力が敗北すると、当時のトルーマン米大統領は「自由主義陣営の勝利」と宣言した。しかし、その後も続いた冷戦下でギリシャは東西対立の影を色濃く引きずってきた。
■ロシアに接近しつつ、「IOU」発行も
ロシア市民にとって、ギリシャは欧州の玄関でもある。1990年代半ばに欧州に新聞特派員として赴任していたとき、私は何度もアテネを訪れたが、大勢のロシア人観光客がアテネ空港に舞い降りてきたのを思い出す。寒い国から来た彼らは降り注ぐ太陽の光を満喫しただろう。
欧州連合がギリシャを追い出せば、ギリシャは当然のようにロシアに接近する。そうなれば、ウクライナでロシアの軍事侵攻を目の当たりにしたばかりの欧州は、自分で自分の首を締めるような事態になりかねない。ウクライナに続いてギリシャを失うのは、欧州にとって悪夢である。
それが分かっているから、債務交渉がどれほど難航しても欧州は結局、ギリシャをみすみすロシアに差し出すような真似はしないのではないか。
とはいえ、当面の出口を見い出すまでは紆余曲折があるに違いない。
そんな中、いま私が注目しているのは、一部で報じられている「ギリシャが当面の資金繰りのために『IOU』と呼ばれる借用証書を発行するのではないか」というシナリオだ(http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0MQ0JM20150330?sp=true)。
IOUとは「I owe you」。つまり「私はあなたから借金をしています」と証明する借金の証書である。ユーロ不足で万事休すとなった政府が公務員への給料支払いでユーロを渡さず、代わりにIOUを渡す。「政府はあなたに借金をしています」という証書を給料代わりにするのだ。
借金だから、そこには当然「政府はいついつまでにいくらを支払います」と書かれるはずだ。たとえば「8月31日に政府はこの証書の持参人に100ユーロを支払う」といった具合である。受け取った公務員は証書がパンの代わりにはならないから、証書をパン屋に持ち込んで「これでパンを売ってくれ」という話になる。
パン屋は本当に財政難の政府が8月31日に100ユーロと交換してくれるかどうか心配する。そこで100ユーロではなく「80ユーロ分ならOK」と言うかもしれない。これは手形割引と同じだ。つまり20%を差し引いて、IOUを現金として扱うのである。
IOUが発行されると、IOUは通貨と同じように流通する可能性が高い。しかし通貨ではないから、政府の信用度に応じて割引率はどんどん変わる。支払決済日が先になればなるほど、政府の信用度が落ちれば落ちるほど、IOUの価値は下がる。つまりIOUで測ったパンの値段は上がる。
■ハイパーインフレに陥る可能性大
一方でユーロも流通する。つまりIOUに手を出せば、ギリシャは事実上、ユーロとIOUの二重通貨制度になっていく。
そうやって一時しのぎをしている間に抜本改革に乗り出し、国際的支援を受けて経済と財政状態が好転すればいいが、もしも二重通貨が長期化すると何が起きるか。大変なインフレ、もしかすると手のつけようがないハイパーインフレに陥る可能性がある。
なぜかといえば、パン屋は政府を信用しなくなるから、パンのIOU価格をどんどん引き上げる。明日もっと高く売れると分かっていれば、今日は当然、売り惜しみもするだろう。
ユーロは価値を保っていても、保有者は価値の高いユーロを退蔵する。一方、政府はIOUを乱発するので、ますます市場に出回る。モノの売り惜しみとユーロの退蔵、IOUの乱発が相乗効果をもたらして過剰なインフレをもたらすのだ。
ただし、IOUが事実上の通貨として流通するのは国内だけだ。ギリシャ政府の信用が失われている中、国際的取引でIOUを決済に受け取るようなお人好しはいない。つまり、IOUのインフレで困るのはギリシャ国民だけである。
以上のような展開は政府がIOU発行を決めた段階で容易に想像できるから、その時点で一層のギリシャ国債暴落が起きるかもしれない。そうなったとしても、それはギリシャ自身が選んだ解決策である。打ち出の小槌はないのだ。
これほどの非常事態は、私が思い出す限り、近年では旧ソ連が崩壊して事実上の物々交換経済に陥ったときくらいである。旧ソ連の崩壊時にはルーブルの価値が失われて、市民はドルをベッドの下に退蔵した。取引の決済はジャガイモとパンというように、物々交換が広がった。
物々交換は自分が欲しいものと相手が売りたいもののマッチングが難しい。モノがかさばって不便でもあるので、最終的にはマルボロのタバコ1本が通貨の代わりになった。通貨の信用が失われるときには、平時には想像もできないような事態が起きるのだ。
もしもギリシャ政府がIOUの発行に踏み出すと、ほとんど麻薬に手をだすようなものだろう。旧ソ連とは違った形の大混乱が起きる可能性が高い。普通の国ではめったにみられない経済上の実験になるはずだ。マクロ経済の破綻がもたらす、史上まれな事件になるかもしれない。
これから数週間のギリシャ危機は、そんな破天荒なシナリオも視野に入れながら事態を見守ろう(ギリシャ国民には申し訳ないが、何が起きるのか、見てみたいような…)。