財政再建には順序がある 増税は最後の手段
http://diamond.jp/articles/-/70217
2015年4月16日 高橋洋一 [嘉悦大学教授] ダイヤモンド・オンライン
4月15日、参議院国民生活のためのデフレ脱却及び財政再建に関する調査会で、参考人として意見を言う機会があった。以下は事前に用意した陳述内容だ。実際の発言とは必ずしも同じでないことをお断りしておく。
■「財政は経済の後からついてくる」 財政再建“5つの方法”とその順序
本日、こうした機会をいただき、感謝したい。
インフレ目標2%、量的緩和の効果は、就業者数の増加、GDPの増加などで、消費増税の悪影響を除けばそれなりに出ていると思うので、主として財政再建について意見を述べたい。
私は、小泉政権時代と第一次安倍政権において官邸などで経済政策等を担当してきた。今日の話は、そのときの経験に基づくものが多い。
まず指摘したいのは、その時代にほぼ財政再建ができていたという事実だ。その成果を達成するために、どのような考え方だったのかを明らかにしたい。
結論を大胆に言えば、「財政は経済の後からついてくる」だ。
図表1に、財政再建の方法を簡単に書いてある。(1)デフレ脱却・名目経済成長、(2)不公平の是正・歳入庁、(3)常識的な歳出カット、(4)資産売却(民営化を含む)・埋蔵金、(5)増税は、(1)〜(4)の後。この順番が重要だ。
正直に、小泉政権と第一次安倍政権時代の話をすると、(1)は不完全、(2)は着手できず、(3)も不完全、(4)も不完全、(5)増税はほとんどしなかった。それでも、ほぼ財政再建はできた。(1)がもっとできていれば、完全に財政再建が果たせたと思っている。
以下、(1)から順番に説明する。
はじめに、日本の財政状況を説明しておく。
日本の場合、財政状況は財政当局が言うほど悪くなく、10年くらいで財政再建する必要性はあるが、急に行えばかえって財政再建自体ができなくなる。
■日本の財政状況は深刻ではない 再建には名目成長率が重要
先進国各国の財政状態はどの程度深刻なのかについても、図表2のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の数字が一つの参考になる。これは各国政府が破綻したときに国債の損失をカバーするための保険料ともいえ、その国の国債の危険度に応じた数字になっている。
主なものを見ると、ギリシャ27.22%、イタリア1.06%、フランス0.39%、日本0.35%、ドイツ0.17%、イギリス0.21%、アメリカ0.18%(4月10日現在)。
これら数字に単純化したイメージを与えるとすれば、先進国では100〜200年間で1回程度のデフォルトということなる。これらの数字を見る限り、日本の財政状態は、日本経済の潜在力や政府資産の大きさなどから、深刻でない。先進国の中でも決して悪い方ではない。
(1)デフレ脱却・名目経済成長について、財政再建は名目成長率が高くないとうまくいかない。1960年代からのOECD加盟国の中で、財政再建に成功した事例と失敗した事例を調べると、名目成長率が高くなったほうが成功している。
小泉政権・第一次安倍政権のときに、経済成長によってプライマリー収支(基礎的財政収支)は大幅に改善した。図表3は、左軸に基礎的財政収支対GDP比を、右軸に4年前の名目GDP成長率をそれぞれとって、関係を示したものだが、1年前の名目成長率は基礎的財政収支と強い相関があることが分かる。こうした関係は、日本独自のものではなく、先進国で見られることだ(図表4、図表5参照)。
こうした過去のデータから、デフレからの脱却、名目成長率を高くすることが重要になってくる。具体的には、プライマリー収支を改善するために、名目成長率を先進国並みに4〜5%にしておく必要がある。
現在は、インフレ目標2%になっているので、ここをしっかり守れば、名目成長4%は視野に入っている。しかし、財政当局の計画には次のようなおかしな点がある。
日本のCPI上昇率とGDPデフレーターには1%の差があるという前提になっている。このため、インフレ目標2%でも、政府目標は実質成長率2%、名目成長率3%になる。最近の中期財政計画では、改定のたびに少しずつ名目成長は上方修正されているが、考え方としては名目3%である。
この前提は問題である。1981年〜2013年のデータがある先進国28ヵ国で、「CPI総合−デフレーター上昇率」をみると、平均で0.09%ポイントである。国別では、最大日本0.80%ポイント、最低ノルウェー▲0.81%ポイントとなっている。
日本で、CPIのほうがデフレーターより大きくなるのは、デフレの時のデータだからだ。デフレ時にはCPIは下がりにくいが、企業物価は下がりやすいからである。
これが、「財政は経済の後からついてくる」である。しばしば、財政再建のために「増税が必要」というが、間違っている。必要なのは「経済成長」であり、その結果としての「増収」である。
■増収のための不公平是正 税制をいじるより徴収漏れをなくせ
「増収」を狙うためには、「経済成長」以外にもある。それが、(2)不公平の是正・歳入庁だ。不公平是正は、税制というより税務執行の話である。学者は税制をいじりたがるが、実際の問題は執行のほうが大きい。
図表6に書いたのは、その観点から、税率を上げる前に、税(保険料を含む)の不公平を直しておくべきというセオリーだ。税の不公平は穴のあいたバケツのようなもので、それでいくら水をすくっても効率が悪い。しかも税の不公平の是正は、税率を上げるときに国民の納得感にも大きく影響する。
今の不公平のうち大きいのは、社会保険料の徴収漏れだ。国税庁が把握している法人数と年金機構(旧社保庁)が把握している法人数は80万件も違う。労働者から天引きされた社会保険料が、年金機構に渡っていない可能性があるのだ。それは10兆円程度と推計される。そのほかにもクロヨンといわれる所得税補足の格差やインボイスを採用していない消費税の徴収漏れもある。税徴収の観点から見ても今は「穴の空いたバケツ」だ。税率を上げる前に穴をふさぐのは常識だ。
この意味で、私は、今回導入された「マイナンバー制」に期待している。これは先進国であれば当たり前であるが、ようやく導入されたので、税務執行でも使うべきだ。特に、確定申告時に番号を記入させ、金融機関の口座とリンクさせられれば、税務執行で増収も期待できる。税執行当局が、疑問に思った確定申告について、金融機関口座で資金トレースできれば、税務調査の効率性は格段に増すからだ。これは、私の税務署長時代の経験からも言える。
さらに、マイナンバーを補完するものとして、これも先進国では当たり前の歳入庁(国税庁と年金機構の統合)や消費税インボイスも指摘したい。税と社会保険料は、両方ともに事実上「税金」であるので、徴収機関の一本化は当然である。これらを行えば、税・保険料も20兆円近く増収になると予想している。これは、やってみないと実際にどうなるのか分からないが、やらないという選択肢はない。
図表7は歳入庁だ。これは国民にとっても1ヵ所で納税と保険料納付が済むし、行革の観点からも行政の効率化になる。海外では、米国、カナダ、アイルランド、イギリス、オランダ、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ハンガリー、アイスランド、ノルウェーが、歳入庁で税と社会保険料の徴収の一元化を行っている。東ヨーロッパの国々でも傾向は同じで、歳入庁による徴収一元化は世界の潮流と言ってよい。
しかし、歳入庁の創設は財務省にとって都合が悪いらしい。国税庁は財務省の植民地になっており、国税権力を財務省が手放さない。私が第一次安倍政権で旧社保庁を解体し、歳入庁を創設しようとしたときにも激しく抵抗した。
■増税の前に埋蔵金と行革推進 増税は“景気が良くなりすぎたら”でいい
(3)常識的な歳出カット、(4)資産売却(民営化を含む)・埋蔵金について、いろいろとやっているのだろうが、私から見ると不十分だ。特に、かつて特別会計のいわゆる「埋蔵金」を指摘し、「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律」(行革推進法)を立案し、特別会計改革の道筋をつけたと自負する私からすれば、ここはやっていないように見える。
行革推進法は、小泉政権時代を象徴する法律だ。政策金融改革、独立行政法人改革、総人件費改革、国の資産及び負債改革などとともに、特別会計改革が盛り込まれており、「今後5年を目途に31ある特別会計の数を2分の1から3分の1に大幅に削減する」ことも書かれているが、改革のキモは「2006年度から2010年度までの5年間で、財政の健全化に総額20兆円程度の寄与をすることを目標として定めている」ことだ。
小泉政権のときには、増税の前にやるべきことをやって、埋蔵金を掘り出し、増税をやらなかった。図表8にあるが、外為特会、労働保険特会では20兆円以上の埋蔵金があると思う。ちなみに、図表9をみると、日本政府の金融資産の多さは、先進国では図抜けている。
■消費増税が日本経済をぶち壊した そもそも社会保障目的税化が間違い
最後に、(5)増税であるが、やらなければそれに越したことはない。小泉政権時代、「増税は国民から求められるくらいになったらやればいい」と小泉総理から言われた。当時は、その意味があまり分からなかったが、今となっては、「景気がよくなりすぎて増税の冷や水をくれ」というのが、国民からの増税の声になるのか、と勝手に思っている。
図表10には、そうした国民からの声とはまったく真逆な消費増税に対する迷言を書いた。これは、ほとんど財政当局が家元で、それを学者やマスコミが世間に流布したと思う。
消費増税の影響は軽微といっていたが、現実はまったく逆で影響は甚大だった。図表11を見ると、消費増税は日本経済をぶち壊している。私は、消費増税をしたら2014年度の経済成長率はマイナスと予想したが、実際にはマイナス1%程度だろう。この程度の予測は標準的な経済学で簡単である。ほとんどの学者や政府は影響軽微と言ったが、まったくデタラメだった。これは政策失敗として、議会でもきちんと検証すべきだ。
そもそも、消費税の位置づけについて、まったく間違っている(図表12)。消費税を社会保障目的税化しているが、そうしている国は寡聞にして知らない。社会保障は、助けあいの精神による所得の再分配なので、国民の理解と納得が重要だ。
というわけで、日本を含めて給付と負担の関係が明確な社会保険方式で運営されている国が多い。もっとも保険料を払えない低所得者に対しては、税が投入されている。ただし、日本のように社会保険方式と言いながら、税金が半分近く投入されている国はあまり聞かない。
消費税の社会保障目的税化は、社会保障を保険方式で運営するという世界の流れにも逆行するものだ(ドイツのように消費税引き上げの増収分の一部を、特定用途に使った国はある)。
消費税の社会保障目的税化が間違いというのは、1990年代までは大蔵省の主張でもあった。しかし、1999年の自自公連立時に、財務省が当時の小沢一郎自由党党首に話を持ちかけて、消費税を社会保障に使うと予算総則に書いた。なお、平成12年度の税制改正に関する答申(政府税制調査会)の中で、「諸外国においても消費税等を目的税としている例は見当たらない」との記述がある。
■消費税は地方税とすべき 地方分権との関係で考えよ
こう考えると、消費税は、国の社会保障目的税ではなく、地方税とすべきという結論になる。消費税は一般財源だが、国が取るか地方が取るかという問題になる。地方分権が進んだ国では、国でなく地方の税源と見なせることも多い。これは、国と地方の税金について、国は応能税(各人の能力に応じて払う税)、地方は応益税(各人の便益に応じて払う税)という税理論にも合致する。
ヨーロッパの国は一国の規模が小さく、GDPでみても日本は欧州の国が7つ、8つくらい集まった規模だ。ヨーロッパの場合にはサイズが小さく、日本からみれば地方単位であるので、EUを一つの国として、その中に地方があり、それぞれで消費税を導入しているという見方もできる。
また、地方分権の進んだ国では、オーストラリアのように国のみが消費税を課税し地方に税収を分与する方式、ドイツ、オーストリアのように国と地方が消費税を共同税として課税し、税収を国と地方で配分する方式、カナダのように国が消費税を課税し、その上に地方が課税する方式、アメリカのように国は消費税を課税せず、地方が消費税を課税する方式がある。これらを見ると、世界でも、分権度が高い国ほど、国としての消費税のウエイトが低い。
以上、消費増税に関する正しい理解は、図表13に書いた。世間に対して間違ったことを言った人は猛省してもらいたい。
■日銀保有国債の評価損は国民負担にはならない
質疑の最後に、尾立議員から、日銀の出口戦略において日銀保有国債の評価損の可能性について質問があったので、それのやりとりや私の回答を付記しておこう。
私から「それはすでにバーナンキ前FRB議長が答えを用意している。中央銀行と政府との間で損失補填契約を結べばいい。ただし、実際にバーナンキはそうした契約を結んでいない、ということは、それまでする必要がないということだろう。日本は、アメリカなどの先行例を見ればいい」と答えた。
これに対して、尾立議員は「損失は国民負担になるということか」と再質問があったので、私から「政府と日銀の連結で見れば、国民負担はない」と簡潔に答えるだけにした。それに対して、尾立議員が「それはいろいろな見解があることを指摘する」と言って、審議時間が終了してしまった。
もし、「いろいろな見解があるが、国民負担になるのか」と聞かれれば、次のように答えただろう。
量的緩和にあたり、日銀が購入した国債について、日銀は毎期その利子収入分の収益がある。これは毎期日銀納付金となって、政府に納められる。これが将来にわたって続くわけだが、それらの現在価値の和は、日銀が購入した国債の額面金額になる(高校レベルの等比級数の和の公式を思い出してほしい)。これが量的緩和にあたっての通貨発行益である。
ここで、日銀保有国債の評価損が出る場合、必ず評価損<国債の額面金額である。これは、何を意味しているかといえば、一定の長期損失補填契約を日銀と政府で結んでも、国民負担なしで、日銀の損失を補填できるということである。
尾立議員は会計にも詳しい参院議員であるが、民主党内ではこの程度の話が見解に相違があるとして処理されていることに、改めて驚いている。
民主党は金融政策(量的緩和)の効果を理解できずに、デメリットがあると思い込んでいるから、選挙に負け続けているというのが、私のこれまでの理解である。