米国Intuitive Surgical社製「da Vinci S HD Surgical System」の手術のイメージ写真
「神の手」のかわりにロボット。「外科医」ではなく内科医。変わる外科治療
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150329-00014875-president-bus_all
プレジデント 3月29日(日)14時15分配信
がんは不治の病ではない。研究の現場を訪ね歩くと、そう感じる。アプローチは1つではない。治療法はあらゆる角度から進化している。研究者たちのほとばしる熱意を感じてほしい──。
■「神の手」のかわりにロボットが活躍
2012年4月、ロボット支援下内視鏡手術(以下、ロボット手術)が保険適用となった。対象疾患は前立腺がん。手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」の母国である米国では、すでに前立腺がん全摘術の8割以上がロボット支援下で行われている。日本でも開腹手術や腹腔鏡手術に代わる日はそう遠くないだろう。
ロボット手術の利点は、執刀医の手指の動きを正確になぞるロボットアームと、患部を見渡す2つのカメラにある。一般の内視鏡手術では1つのカメラによる平面の画像で、画面は鏡像(左右逆)になる。ロボット手術では、人間の視覚と同じ正対での3D画像。最大15倍にズームアップすることもできる。
人間の手首以上の稼働域があるアームは、臓器の裏側や狭い隙間にも自在に入り込み、執刀医の動きを3分の1に縮小する機能で微細な毛細血管の縫合にも威力を発揮する。手術ロボットと呼称するより、執刀医の手指となる「マニピュレーター」と呼んだほうが、実体に近い。
12年の適用は前立腺がんのみだったが、日本でロボット手術への適用が切望されているのは胃がんなど消化管のがんだ。しかし、胃がんは全世界の患者の3分の2が日本、韓国、中国の東アジア圏に集中している。「ダ・ヴィンチ」は2014年9月現在、全世界で3174台を販売しているが、このうち2185台が米国、516台が欧州だ。装置が2億円超と高額なこともあり、国内での導入はまだ約188台にすぎず、胃がんの症例データが少ないのが現状だ。(※販売台数は日本ロボット外科協会サイトより)
保険適用となれば、開腹手術ならば約1カ月だった入院期間は、1週間程度に短縮される。
産業用ロボットでは世界一の日本だが、医療用ロボット開発では米国に後れをとってきた。
そのかわり、日本の手術用ロボットは小型化を志向した。米国製の手術支援ロボットは小柄な日本人にはフィットしにくい面もある。また小型ロボットは「小児用」に転用可能であり、世界的な市場も大きい。
その最右翼は内視鏡で実績があるオリンパスと東京大学の佐久間一郎教授らが共同で開発中の「小型マニピュレーター」だ。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトですでに試作機は完成している。今後は、ここで開発した技術を転用し、実用機開発を急ぐ。15年からは「ダ・ヴィンチ」の特許切れが始まったことから、手術支援ロボット開発競争は激化しそうだ。
一昔前まで全世界の外科医の黄金律は「Big Surgeon Big Incision――偉大な外科医は大きく切る」だった。しかし現在は、ロボット手術に象徴されるように低侵襲術、つまりできるだけ体の表面を傷つけず、術後の合併症を最小限に抑える術式が主流となっている。
その低侵襲の最たる術式がある。通称「NOTES」。英語名を直訳すると「自然開口部経管腔的内視鏡手術」となる。口や肛門、膣など人体の「穴」を経由して特殊な内視鏡を差し入れて手術をする方法だ。
NOTESの欠点は、不潔な消化管経由で内視鏡を入れるため感染症のリスクが高くなること、それに他臓器にアプローチする際、胃や食道の壁の切開と縫合が必要になる点だ。手術時間も通常の腹腔鏡手術より長い。
一方、最大の利点は体表面に一つも傷ができないという点だ。手術跡が残らない術式が確立できれば、手術への心理的なハードルが下がるほか、がん患者の生活の質の向上が期待できる。
世界初のNOTES症例は05年にインドで行われた虫垂炎の手術。その後、米国での胆のう摘出や、消化管に隣接するリンパ節の切除など症例報告が相次いでいる。すでに全世界で3500例以上が実施され、一般的な腹腔鏡手術との比較試験も行われている。
日本では、初めてNOTESを臨床応用した大分大学医学部の北野正剛教授を代表世話人にとする「NOTES研究会」が07年に設立されている。日本独自のNOTESを発展させるべく、安全な手技や柔軟性の高い内視鏡などの専用機器の開発を急いでいる。
ただ現状ではデバイスの限界があり、腹腔鏡手術を併用したハイブリッド型の普及が先行すると思われる。また、がん治療の適用には、安全性や治療成績の検討が必要になる。
かつて、心筋梗塞の治療は心臓外科医による「開胸手術」が一般的だった。しかし、現在は内科医によるカテーテルでの血管内治療が主流だ。がんの局所治療でも内科医が活躍するようになる日は近い。
医学ライター 井手ゆきえ=文