黒田東彦・日銀総裁の「マジック」には限界が見えてきた〔PHOTO〕gettyimages
マクドナルド、イオンがハマった落とし穴 「ボリュームゾーン不況」とは何か?いま、この国の経済が大きく変わろうとしている
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42376
2015年03月09日(月) 週刊現代 現代ビジネス
「売れない国内」「異常な低金利と円安」「実体なき株高」昨日まであんなに売れたモノが、まったく売れない
株価は15年ぶりの高値を更新、2万円も目前だ。一方で、景気が回復したという実感にはほど遠い。経験したことがない、この雰囲気。日本経済に何が起きているのか。
■巨大企業が直面する新リスク
JT(日本たばこ産業)が、飲料部門から撤退すると発表したのはこの2月のこと。缶コーヒーの「ルーツ」、清涼飲料水の「桃の天然水」など、数々の先駆的なヒット商品を生み出してきた業界の雄の突然の退場に、社内外のざわつきはいまだ収まらない。
関係者によれば、JTが本格的に撤退を検討し始めたのは昨年末だという。ここ数年、飲料事業が目立ったヒット商品に恵まれず、直近では赤字に陥っていた中で、限られた経営資源を本業であるたばこ事業に振り向けるほうが得策との経営判断が下された形だ。
飲料業界はもともと、年間1000種類ほどの新商品が出る中で、2~3商品だけがヒットする「千三つ」といわれる世界。「そこへきて最近は、売れ筋商品の旬の期間がどんどん短くなり、もう耐えきれなくなっていた」とJT社員は言う。
「たくさんの新商品を同時並行的に開発しなければならないし、それぞれの新商品にはそれなりの宣伝費用をかける必要もある。そうしてヒトとカネを大量投下しても、ヒット商品はあっという間に消費者に飽きられてしまう。サントリーやアサヒなどの巨大ライバル企業とこうした戦いを続けていくには、体力が持たない。
幸い飲料事業はまだ小幅の赤字で済んでいた。手がつけられないほど消耗する前に撤退するという経営陣の今回の判断には、社内から『英断だ』という声すら上がっています」
どんな商品にも寿命はある。市場に産み落とされ、消費者に認められれば、急速に成長していく。そして定番化という壮年期を経て、いずれは老い、死を迎える。
経営者が頭を悩ますのは、いかに幼児を成年へと成長させるか、つまりはヒット商品をどう生み出すかだ。ひとつヒット商品が出れば、そこからは持続的に利益が上がる。そのカネを次の新商品の開発に回して、また新しいヒットを生んでいく。この好循環をいかに回せるかが、経営者の腕の見せ所となる。
しかし、いま経営者たちは新しい問題に頭を抱える。たとえヒット商品を生み出しても、その寿命が極端に短期化しているため、従来のビジネスモデルがまったく通用しなくなってきている。
商品のライフサイクルの短さは、「電気製品であればもって一年、食品などはせいぜい数ヵ月でヒット商品の寿命が終わってしまうほど」(企業のマーケティング事情に詳しいコア・コンセプト研究所代表の大西宏氏)。しかもそうしたブームの超短期化が、最も需要が豊富なマス市場、つまりはボリュームゾーンで巻き起こっているから、ただ事ではない。
そうした巨大市場で、昨日まで売れていたヒット商品がまったく売れなくなるという事例が最近頻発。先に見たJTが市場撤退を余儀なくされたように、大企業の生死を左右する新リスクとして日本経済に猛威をふるい始めている。
「たとえば外食産業では、三光マーケティングフーズが運営していた『東京チカラめし』の失速が好例です。『東京チカラめし』が始めた焼き牛丼は、牛丼市場で一時は爆発的なブームになり、様々なメディアで成功例として取り上げられました。しかし、焼き牛丼という新味に飛びついた消費者はあっという間に飽きてしまい、ブームは終息。1号店ができた'11年からたった3年しか経っていない昨年、事業を大幅縮少することになりました」(経営コンサルタントの鈴木貴博氏)
■飽きは早く、目は肥えた客
似たような事例はいくらでもある。
たとえば、日本マクドナルド。いままさに「ボリュームゾーン不況」に足を取られ、苦境にもがいている。客離れが止まらない同社の大不振は、昨年夏に発覚した期限切れ鶏肉問題が原因と言われるが、本質は違う。同社社員が言う。
「これまでうちは、チーズバーガーなどの定番の主力商品を大量に販売することで成長してきた。ところが最近は、そのボリュームゾーンの嗜好が飽きられているのです。
前社長の原田泳幸さんは『お客に常に驚きを与えろ』と声を大にして、『メガマック』など次々と奇抜な新商品を出すことでお客をどうにかつなぎとめていた。しかし、現在のカサノバ社長が時代のスピード感についていけなくなると、一気に不振に落ち込んだ。そうなると定番商品からも一気に客が引いていった。
消費者の飽きが早くなったのと同時に、一度離れたお客を取り戻すのがこれまでの何倍も難しくなっている。だから、一度始まった客離れはどんどん加速し、悪循環が止まらないのです」
消費者の飽きが、企業を一気に奈落の底へ突き落とす。経営者の一瞬の驕りと油断、変化への怠慢があっという間に会社を死へと誘い込む。そんな「ボリュームゾーン不況」は、日本のほぼあらゆる産業を巻き込んで急速に広がりつつある。
パナソニック幹部も言う。
「たとえば家電や電化製品で高機能商品にニーズがあるということで開発を進めれば、今度は機能は少なくてもいいからコンパクトなものが欲しいと言われて開発する。しかし、その新商品ができる頃には、機能や大きさよりデザイン性が求められるようになるといった風に、消費者の求めるものが次々に変わっていくのです。
そうした変化に合わせるようにあれもこれもやらなければいけないし、消費者の目は以前よりずっと肥えているからまったく手も抜けない。だから、開発コストはかさんでいく。けれど、ヒット商品の寿命は短いから、利幅は小さくなるし、採算が合わないものも出てくる。ヒット商品が生まれれば巨大工場を作って大量生産して大儲けできるような時代はもうありえない」
■ヒットの寿命が短かすぎる
企業幹部たちが「売れ続ける商品などない前提でビジネスをやっている」と口を揃えるように、企業にとって厳しいのは、「ボリュームゾーン不況」に対抗する術がないことにある。大手小売チェーンの元役員も言う。
「消費者が反応するのは変化、変化、とにかく変化です。いまファミレス業界でロイヤルホストなどが従来タブーとされてきた『高価格化』を進めて人気になっていますが、これも消費者が変化に反応しているだけ。いまは目新しさに飛びついていますが、消費者は間もなくファミレスに次の変化を求めるようになる。
それに対応できなければ、消費者は無情に去って行く。企業としては毎年、毎月のように新しい変化を感じさせるヒット商品を作り続けていく以外に生き残りの道はないのです」
元ジョンソン・エンド・ジョンソン社長で国際ビジネスブレイン代表の新将命氏も言う。
「この時代の『勝ち組企業』は『価値組企業』。新しい価値を提供し続けなければ生き残れない。ヒット商品が出たら、すぐに次のことを考えなければならない。経営者が安心している暇など、一秒もありません」
そもそもヒット商品の寿命の短期化はいまに始まったことではない。年々、ジワリジワリと進んでいたが、ここへきて一気に加速してきたのにはワケがある。「消費の『コンビニ化』が拡大しているのが大きい」と、セブン-イレブン・ジャパンOBで法政大学大学院教授の並木雄二氏は言う。
「いま消費者にとって一番身近な消費の場所はコンビニですが、そのコンビニは毎週新商品を100アイテムほど投入するほどの『改廃』を頻繁に行っています。コンビニとしては新しい商品を常に入れ続けないと消費者に飽きられるからやっているわけですが、消費者はこのコンビニ消費に日常的に触れる中で、新しい刺激がないと満足しなくなってしまった。コンビニが与えてくれる新鮮さを、ほかのあらゆるものに対して求めるようになってきたことが『ボリュームゾーン不況』の背景にあると思います」
当のコンビニ業界では、飽きられないための企業努力は並大抵のものではない。セブン&アイHD社員が言う。
「社内には『おいしいものほど飽きられる』という言葉が浸透していて、飽きられる前に少しでも味を変えて飽きられない工夫を徹底している。たとえば冷やし中華。実は夏には少し酸味を強くし、秋口になると少し甘くするなど季節ごとに味を変えています。
商品ばかりではなく、店の照明も昼は夜より明るくして、商品を見えやすくしている。全国一律の大型商品ばかりでは物足りない消費者も多いので、最近では地域に合わせて出す商品を変えており、地域限定商品もどんどん増やしている」
総合スーパー・イオンが苦境に陥っているのは、こうしたコンビニ業界の細かい商品戦略とは対照的に、低価格を売りに勝負を仕掛けるデフレ型モデルから脱しきれなかったことに原因がある。
「総合スーパーは規模の経済を追って、量販品を大量により安く売るビジネスモデルですが、これでは『ボリュームゾーン不況』の罠にはまってしまう。しかも、消費者はスピード重視で新商品を次々に入れ替えるコンビニに慣れているから、なおのことスーパーのスピードの遅さが際立って、モノを買わなくなってしまう」(前出・並木氏)
より速く、より多くのヒット商品を生み続けることでしか生き残れない厳しい時代が幕を開けた。しかも、「『ボリュームゾーン不況』はまだ始まったばかり。これからますます深刻になっていく」とエコノミストの吉本佳生氏は指摘する。
「ボリュームゾーン不況がどんどん広がっていく中で、企業間の競争はますます熾烈になっていきます。これからは体力を奪われた企業から順に新しい商品を作る力がなくなっていくでしょう。
そうなると、消費者からすれば、いまはたくさんの選択肢から商品を選べる状況にありますが、その選択肢が減っていくことになる。結果として、魅力的な商品が減ることになるので、消費者はますますモノを買わなくなる。そしてそれが経済全体を冷え込ませ、ますます企業は体力を奪われるという出口のない負の連鎖に入って行くわけです。企業にとっても、消費者にとっても、日本経済全体にとってもマイナスのことですが、もうその連鎖は始まってしまっている」
商品の寿命が短くなるにつれ、企業の寿命もどんどん短くなっていく。ひいてはそれが、日本経済全体の寿命を蝕んでいく。突然巻き起こった市場の激変は、いま日本経済の根本を大きく揺さぶろうとしている。
「週刊現代」2015年3月14日号より