世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第115回 誰のための「改革」なのか?
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週刊実話 2015年3月12日 特大号
安倍晋三内閣総理大臣は2月12日の国会における施政方針演説で、「改革」という言葉を何と30回以上も使用した。
農協を改革。農業委員会も改革。グローバル化のための改革。法人税も改革(法人税の引き下げ)。
医療は「最先端医療と保険診療との併用」を可能とする改革。つまりは、混合診療の拡大。
電力は発送電分離で改革。ガスは小売全面自由化の改革。
社会保障も改革(恐らく社会保障費の削減)。女性や高齢者を労働市場に参入させる労働改革。義務教育も改革。地方行政も改革。国家戦略特区で地方経済も改革。
総理が多用した改革とは、要するに「構造改革」である。
現在の安倍内閣は、消費増税と政府支出削減という「緊縮財政」を推進し、日本経済をデフレに叩き込んだ橋本龍太郎内閣と、構造改革で日本社会を不安定化した小泉純一郎内閣という、二つの政権のパッケージのような有様になっている。
そもそも「改革」あるいは「構造改革」とは何なのか。
総理の演説を聞く限り、構造改革とは「規制緩和」や「自由化」を意味しているようだ。法人税引き下げ(法人税改革)も、政府が企業から税金を徴収するという「規制」を緩和する形の規制緩和だ。
それでは、規制緩和とは何なのか。それ以前に、規制とは何なのか。
規制とは、政府が法律で定めた「参入障壁」である。例えば、農業分野でいえば「株式会社は農地を持てない」、電力分野でいえば「各地域の発送配電を一貫して電力会社が担う地域独占体制」、医療分野でいえば「自由診療を併用すると保険適用されない」などになる。
政府が法律(農地法、健康保険法、電気事業法など)や「法律解釈」により、特定分野において企業(特に株式会社)が「自由」にビジネスを展開することを制限しているわけである。
すなわち、同分野に新規参入したい企業にとって、規制とは「参入障壁」になる。
政府が各種の規制を法律で定めているのには、それなりの理由がある。
最も典型的なのが、食料安全保障、医療安全保障(国民が平等に安価に医療サービスへアクセスすることを可能とすること)、防衛、防災、防犯、物流維持、エネルギー安全保障など、各種の「安全保障」を強化するために、政府が企業の「自由なビジネス」を制限しているケースになる。
例えば、農業分野で「株式会社の自由なビジネス展開」を可能にしたとしよう。さらに、TPP等の国際協定で、外資規制までをも撤廃したとする。
問題は、株式会社は「株主のため」にビジネスをする組織体であるという点だ。
本来、日本の国土は農業に適しているとは必ずしも言えない。何しろ、日本の可住地(標高500m以下で傾斜が少なく、沼沢地ではないなどの条件を満たした土地)は国土面積の27%に過ぎない。
イギリス、ドイツ、フランスの可住地面積は国土のそれぞれ85%、67%、73%を占める。しかも、日本の可住地は狭い上に、山や川、海により細分化されている。
狭い上に“分断”されている農地で農産物を生産せざるを得ない日本の農家が、「地平線の向こう側まで農地」というアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどの農家と、関税も補助金もなしで真っ向から競合すると、必ず負ける。生産性が違いすぎるのだ。
というわけで、日本の農業が外国資本を含む「株式会社」に支配され、グローバルに競合した結果、「割に合わない」という話になったとしよう。
株主のためにビジネスを展開する「農業株式会社」は、採算が取れない場合には「撤退する」という選択を取らざるを得ない。儲けることができないのに、赤字覚悟で「株式会社」が事業を継続することはできないのだ。
結果、日本の農業生産力が極端に落ち込んだ状況で、米豪などの食料輸出国が天候不順で対日輸出を停止したらどうなるだろうか。普通に「国民が飢える」という話になりかねない。
無論、これは極端な事例だ。
また、食料安全保障を維持するためというお題目で、日本の農業を過度に「競争から隔離」した場合、農業生産の生産性は間違いなく落ちる。ソ連のコルホーズが典型だが、「過度に保護された農業」は生産性が低下し、逆に国民の食料需要を満たせない可能性がある。そうなると、結局は国民が飢える。
政府の目的が「国民が豊かに安全に暮らせるようにすること」、すなわち「経世済民」である以上、政治家や官僚が食料安全保障を無視することは許されない。「競争」と「保護」の間でバランスを取り、生産性向上と安全保障強化の両立を目指すのが「政治」の仕事なのだ。
翻って、現在の安倍政権の各種改革、特に「農協改革」は、国民の食料安全保障にいかなる影響を与えるのだろうか。
総理は施政方針演説で「強い農業を創るための改革。農家の所得を増やすための改革」という抽象表現を使った。「強い農業」の定義は明らかにされず、さらに「農協改革」により、なぜ農家の所得が増えるのか。具体的なプロセスは説明されていない。
単なる“事実”として知っておいて欲しいのだが、アメリカの在日商工会議所は【JAグループは、日本の農業を強化し、かつ日本の経済成長に資する形で組織改革を行うべき】という意見書を公表している。
アメリカ商工会議所は、
「農林中金や共済は、事実上の金融機関であるにもかかわらず、金融庁の管理下の銀行に比べて優遇されているのでおかしい。他の金融機関と競争条件を同じにしろ」
と、郵政改革のときとまったく同じレトリックで、農協の信用事業、共済事業の「民営化」、農協の「解体」を要求しているのだ。
特に、共済事業(損害保険など)の市場を、アメリカは喉から手が出るほど欲しがっている。
はてさて、安倍総理の「改革」は、いったい誰の「ビジネス」のための改革なのだろうか。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。