スローガンから見えてくる金正恩の野望とは
野望は北朝鮮ブランドの確立か…金正恩の新スローガンを検証
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DMMニュース 2015.03.06 07:50
ナゾの国と言われる北朝鮮だが、昨今はちょっとした冒険気分で旅行先に北朝鮮を選ぶ日本人も多い。いや、日本人だけでなく北朝鮮を訪れる欧米のツーリストが意外に多いことはあまり知られていない。
日本人旅行者だけでなく、欧米人にとって北朝鮮の町並みで、最も奇妙なものとして強い印象を残すのが、いたるところに掲げられた「スローガン」だ。北朝鮮の言葉では「口号(クホ)」という。
もちろん、このスローガンは単に町を彩る飾り物では無く、国の方針を反映したものだ。スローガンのトレンドから北朝鮮当局が何を狙って、住民たちに何をすり込みたいのかということが見えてくる。
かつては、スローガンの枕詞として多用されてきた「金正日同志」の文字も最近では「金正恩同志」に書き換えられつつある。指導者が代わったからスローガンも代わるというわけだ。
さてそのスローガンだが、北朝鮮は2月、343もの共同スローガンを発表した。この膨大なスローガンは、これから街中や施設などあらゆる場所で掲げられていくことになるのだが、その無駄な作業もさることながら、看板を書かなければならない現場の職員たちも大変だ。また、スローガンを作り出す北朝鮮の「コピーライター」たちも死に物狂いで作業したに違いない。
そこで多くの戦闘的スローガンを考えた職員に敬意を表して、北朝鮮「珠玉の新スローガン」ベスト5を独断と偏見で選んでみた。
第5位「アニメ創作から新たな映画革命の火の手を上げよ! 」
最近の北朝鮮のアニメ技術の向上はめざましいものがある。そのアニメ技術で外貨を稼ごうとする狙いと思われるが、それだけでなく密かに楽しまれている自国のディズニーアニメへの対抗心の表れか?
第4位「敵が敢えて襲いかかるなら、降伏文書にサインする者も残らないように掃討せよ!」
「殲滅せよ! という一言ですむところをあえて「降伏文書にサインする者も残らないよう」と表現するところが、作者のひねりがきいてる。
第3位「党と制度、人民を決死擁護する鋼鉄の盾、赤い猛獣になろう!」
赤い猛獣……赤とは社会主義を表す色だから理解できるとして、猛獣ってプロレスか?
第2位「牡丹峰(モランボン)楽団の革命的で戦闘的な創造気風に見習って創作活動で革新をもたらせよ!」
北朝鮮のガールズ・グループ「モランボン楽団」は、日本でも怪しい人気に火が付きつつある。正恩氏肝いりの「モランボン楽団」をイチオシしようとする狙いがあるようだ。
さて、343ある新スローガンのなかで栄えある1位に輝いたのは……。
第1位「キノコ生産を科学化、集約化、工業化して、わが国をキノコの国にしよう! 」
正恩氏は、本気で北朝鮮を「キノコの国」にしよういうのか。そもそも「キノコの国」とは何なのか。ゲーム「スーパーマリオブラザーズ」の舞台は「キノコ王国」。最近では、「きのこ帝国」というロック・バンドがあるらしいが、まさか「キノコ共和国」をめざすつもりなのだろうか。
■金日成、金正日時代とのスローガンに違いが?
新スローガンというからには、祖父の金日成時代、父の金正日時代と比べて目新しいものがあるようかに思えるが、大半が、過去に見たことがあるようなスローガンをマイナーチェンジしているだけだ。そもそも北朝鮮が建国以来、目指しているのは「軍事力の確立」「経済の自立」「外交の自立」だが、そのどれもが達成できていない。いくら言葉や力点は違っても、同じ骨子のスローガンを繰り返すしかないわけだ。ただし、祖父や父に比べると正恩氏が意識するあるモノが浮かび上がってくる。
それは「世界」だ。
今回の新スローガンでは、「自国の生産品を世界ブランドにせよ」や「スポーツで世界レベルの成果を達成せよ」、「港を世界の港にせよ」、「首都・平壌を世界に誇れる町にせよ」などなど、世界を意識したスローガンが目立つ。
もしかすると、正恩氏は本気で「北朝鮮」というブランドを世界的に有名にしたいという野望を抱いているのかもしれない。内向的だった父を超えたいのか。それとも、いまだに人気がある偉大な祖父を超えたいのか……。343の新スローガンには、彼の世界を見据えた“野望”が隠されているのかもしれない。
そうした憶測のうえで、正恩氏の3年間を振り返ってみると、確かに彼は世界を驚かせてきた(もちろん悪い意味で)。
2012年には長距離弾道ミサイルの発射に成功し、2013年には核実験でアメリカと世界を震撼させた。同年末には、叔父の張成沢を無慈悲に処刑して「若き独裁者」の残虐性を世界に知らしめた。先日は、あの特徴的な刈り上げスタイル「覇気ヘア」を変えただけで「金正恩氏がヘアスタイルを変えた!」と世界のメディアを驚かせた。
これまで私は、正恩氏の規格外の行動について「自己顕示欲のなせるわざ」と分析していたが、実は世界を見据えた「正恩スタイル」のセルフ・プロデュースなのかもしれない。
まぁ、百歩譲って世界を見据えた正恩氏の心意気はいいとしても、やっぱり己の足下、北朝鮮の貧困事情からなんとかするのが先決だろうと、ニュー「覇気ヘア」を見ながら思ってしまった。
著者プロフィール
高 英起
デイリーNK東京支局長
高 英起
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNK」の東京支局長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』(新潮社)など。@dailynkjapanでも日々、情報を発信中