大前研一:NISAで大騒ぎしても日本人の「投資力」は高まらず
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150114-00000002-fukkou-bus_all
nikkei BPnet 1月14日(水)8時2分配信
少額投資非課税制度(NISA)の導入から1年が経ったが、日本の個人投資家の「投資力」は基本的には変わっていない。もっと個別の企業に着目し、多くの個人投資家が企業情報に精通しなければ、成熟した株式市場は実現できないだろう。
■たったの3兆円しか動いていない
日本経済新聞は「NISA1年、3兆円始動」と題する12月30日付記事で、NISAが始まって1年が経過し、一般の家計でも利点がある資産づくりの手段として浸透しつつあると紹介している。NISAとは、年間100万円までの投資額なら株式や投資信託などの運用益や配当金が非課税になる制度である。
金融庁によれば、口座開設は2014年末で800万口座に達したと見られ、金額にして3兆円規模の資金が株式市場などに流れ込んだという。
経済メディアや証券会社が大騒ぎした割には、たったの3兆円しか資産が動いていないのか、ということである。日本の家計金融資産は1600兆円。そのうち3兆円というのは、微々たる金額でしかない。
NISA口座は800万にも達しているというのに、そこで動いている資産がわずか3兆円というのも不思議だ。とりあえず開設しただけで、実際には使われていない口座も多いという。実際、単純計算をしてみると口座あたり37万円くらいで、まだ目一杯利用している人は少ない、ということがわかる。
また、このレベルの投資から得られる配当は時価に対して3%と高めに見積もってもせいぜい1万円である。それが非課税になるメリットは2000円ということだ。金融機関がNISAの募集をする広告を大規模に展開していたが、誰のための何のメリットを訴求していたのか、株価を上げたいという政府への忠誠心表明以外の理由があったのか、私にはわからない。
■現預金に大きく偏る日本の家計金融資産
ここで「日米ユーロ圏の家計の金融資産構成」をご覧いただきたい。日本の家計金融資産は現預金が52.6%も占め、欧米に比べ金融資産構成が大きく偏っているのがわかる。
日本の家計金融資産は1654兆円だが、そのうち242兆円しか投資信託および株式・出資金に回っていない。その割合は全体の14.6%にすぎない。
一方、米国では、家計金融資産66.8兆ドル(約8000兆円)のうち、実に33.1%が株式・出資金に回っている。投資信託を含めると、46.2%もの資産が株式市場で動いていることになる。また、ユーロ圏でも家計金融資産20.7兆ユーロ(約2900兆円)の4分の1近くが株式市場に回っている。
■ETFの取引が急増し、NISAの10倍規模に成長
このように見てみると、NISA導入で日本の家計金融資産が株式に少しシフトしたとは言っても、全体の中ではほんの“一滴”でしかない。実際にお金が動いたのは、むしろNISA関連の広告費ではないかと皮肉ってみたくなる。
なお、NISAのような投資非課税制度の国際比較については、下に掲げる「日米英の主な投資非課税制度」にまとめた。参考までにご覧いただきたい。
NISAの規模は微々たるものというのが現状だが、じつは日本の株式市場ではNISAよりももっと注目すべき事態が進行している。それは上場投資信託(ETF)の取引が急増しているのだ。ETFは東証株価指数(TOPIX)などの株価指数や商品価格といった指数に連動した値動きを目指す上場投信である。
日本経済新聞は12月30日付の記事「ETF売買、今年30兆円 6割増え最高に」で、株価指数などに連動するETFの2014年の売買代金は累計30兆円と、1年前に比べて6割増加し、過去最高を更新したと報じた。売買額なので単純比較はできないが、3兆円のNISAに対し、こちらは10倍の規模である。
■ETF急増の理由はアベノミクスによる官製相場への“便乗”
ETF取引の急激な伸びについては、「国内のETF取引状況」をご覧いただきたい。
NISAと違ってETFは特に広告などが打たれているわけでもないのに、個人投資家はそのメリットをよくわかっている。アベノミクスによる官製相場に“便乗”するには、株価指数などに連動するETFが手っ取り早いのだ。
ただ、あえて言わせてもらうが、ETFは“株式投資”ではない。たしかにETFの残高が増えれば、回り回って連動する株価指数を構成する個別銘柄にもお金が入る。しかし、ETFに投資している個人はあくまでも全体の相場を眺めているだけであって、個別の会社に興味を持つようにはならない。
個々の会社について勉強し、その将来性に期待して出資するのが本当の意味での株式投資ならば、ETF取引ばかりが伸びている現状は問題である。
■投資家育成よりも「アベノミクス相場」の維持に必死
日本よりもずっと株式投資が活発な米国では、もちろんETFなど投資信託の取引も多いけれども、やはりメインは個別銘柄だ。個別銘柄への投資が盛んなので、一般のアメリカ人でも個々の会社についてよく知っている。
本来なら、NISAをきっかけに日本の個人投資家が個別銘柄に投資をして、投資家としての知識と経験を豊かにしていくことを目指していたはずだ。ところが、実際にはNISAよりもETFに日本人は群がり、個別企業のことは考えずに“任せておけば安心”の態度で済ませている。
もっとも、政府からしてみれば、個別銘柄だろうがETFだろうが関係ないのかもしれない。経路はどうあれ、結果的に相場全体は押し上げられるからだ。
投資家育成よりも「アベノミクス相場」の維持に必死な政府の姿勢(PKO=プライス・キーピング・オペレーション=価格維持作戦)が、現在の歪んだNISA口座開設ブームであり、便乗したETF取引の上昇を招いているとも言える。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も4分の1くらいを日本株式で運用することになった。この1年の動きを見れば外国人投資家の売りをそのまま年金機構が買ったことになる。
■企業の行政とかけ離れ、政策で浮沈が決まる日本の株式市場
「アベノミクス相場」が破綻すれば、未成熟な日本の個人投資家は一斉に逃げ出していくだけだろうが、年金の方はもっと鈍感に留まり続けるだろうし、へたをすると下げ局面で買い続けることになるかもしれない。
日本の株式市場は個別の企業の業績とかけ離れて、政策で浮沈が決まるようになってきた。
しかし、揮発性の高い株式市場を政治的に維持できる期間と範囲は限られている。もう少し、個人投資家が個々の会社のことにも興味を持つようになり、どんぶりで入れたり出たりする官製相場を制裁するくらいの力をつけてほしいものである。