日本がバイオマスを利用するには新しいやり方が必要だ
http://synodos.jp/society/7836
日本人にはバイオマスは向いていない?
バイオマスエネルギーは、世界の最終エネルギー消費量の内の1割以上を占め、再生可能エネルギーの中でもおよそ半分のシェアを持つ点で量的に重要なエネルギー源である。将来的な再生可能エネルギー社会においても、重要なポジションを占めることは間違いない。
ところが以下に述べるユニークな特徴を持っている点で「バイオマスは本当に『グリーン』か?」という疑念がつきまとい、適切な利用のためには熟慮が必要である。そして、日本においても、本格的な再生可能エネルギー時代を迎えるに当たり、この問題から目を背けることができなくなってきている。
バイオマスの特徴の一つ目は、「電気」ばかりが注目される中で、「熱」利用をメインとするエネルギーであることである。二つ目は、樹木等の植物を燃焼させてエネルギーを得るので、やり方によっては持続可能ではなくなってしまうという点である。また、三点目は燃料の生産者・販売者が存在し、地域への経済波及効果が大きい反面、サプライチェーンの構築に時間がかかることである。
欧州では、上記のようなバイオマスについての的確な理解に基づき、順調にその利用を伸ばしている。他方、日本では2000年代前半から政策的に導入が推進されてきたが、必ずしも上手くいっていない[*1]。その理由を明らかにすることが本稿の目的である。
[*1] 例えば、2002年からは農林水産省を中心に「バイオマス・ニッポン総合戦略」が閣議決定され、政策的な推進が図られてきた。しかし、2011年に行われた総務省の行政評価では、これまでつぎ込まれてきた税金・事業の多くが失敗であったことが明らかになった(http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/39714.html)。
そんな中、2012年に導入されたFIT制度が混乱に拍車をかけている。2014年4月現在、全国で50ヶ所以上(発電容量60万kW以上)のバイオマス発電の計画が立ち上がっていると言われているが[*2]、単純には喜べない状態である。
[*2] NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク資料
最大の課題は、大量に必要とされるバイオマス燃料を本当に集めることができるのか、集めることができたとしても、自然環境に悪影響を及ぼすことなく持続可能に収集することができるのかという点である。また、廃熱利用が義務付けられておらず、20数%程度の低い発電効率を容認している点も国際標準から逸脱している。そのため、国内外の森林等の生態系に対する悪影響が懸念され、これでは、バイオマスが本当にグリーンか、という疑問の声が上がりかねない。
このような事態が生じている背景には、バイオマスへの本質的な理解を欠き、長期的・総合的な戦略と現場のリアリティーを欠いたまま進む日本の政策と事業者の問題がある。ただし、これは日本社会でしばしば繰り返される構造的な問題であり、かなり根深い問題である。
現場の問題については、筆者自身も木質バイオマスの熱利用についての事例調査を行い、先進事例と呼ばれる事例の課題が共有・解決されないまま、導入が推進されている実態に衝撃を受けた[*3]。日本で現代的なバイオマスの熱利用の導入が始まって10年以上が経つが、未だに、ボイラーの価格は、公共施設への導入が中心であることもあって、高止まりし、加えてバイオマス燃料とのミスマッチ等により、燃焼時のトラブルが絶えない。このままでは、民間に自発的に広まっていく展望を描くことはできない。
他方、太陽光等の他の再生可能エネルギーの分野では、構造的な問題に棹さしながら「地域主導」と呼ばれる新しいアプローチを発展させつつある[*4]。本稿では、バイオマス固有の特徴を的確に理解しつつ、同じ過ちを繰り返さないための新しいアプローチを提案したい。そのために、少し遠回りになるが、まずは2つの「そもそも論」にお付き合いいただきたい。
[*3] 「木質バイオマスボイラー導入・運用にかかわる実務テキスト」第8章 http://www.f-realize.co.jp/w-biomass/data/upfile/12-5.pdf
[*4] 古屋将太「地域の自然エネルギーを創り出す ―― case.1 小田原」 http://synodos.jp/fukkou/371
そもそも論1:バイオマスにどこまで期待できるのか?
まず抑えておきたいことは、持続可能なバイオマスエネルギーの供給ポテンシャルである。ただし、これはエネルギー需要量の今後の見通しに依存する。
現在、バイオマスは世界の一次エネルギー総供給の10%程度を占める。ただし、世界で消費されるバイオマスの約8割が発展途上国における伝統的なバイオマス利用であり、その効率は必ずしも高くない。そのため、この利用効率を向上させ、エネルギーの消費量を削減することが、世界的な森林減少を食い止める観点からも重要である。
また、2000年代後半の欧米諸国を中心としたバイオ燃料の利用促進は、食糧との競合や間接的なもの含めた土地転用の問題を引き起こした。そのため、食糧と競合しない木質系や農業残渣等、セルロース系のバイオマスから製造する第二世代のバイオ燃料に期待が集まっているが、このようなバイオマス利用の負の効果の可能性は常に念頭に置くことが必要である。
先進国の場合も同じである。原発の問題をカッコに入れたとしても、エネルギー消費量を減らすということが、エネルギー問題の自由度を最も高める。例えば、脱原発の政策ばかりが強調されるドイツであるが、2030年の一次エネルギー消費量は2010年比で32%の削減を目標とするなど、エネルギー政策の上位に省エネが位置付けられていることにもっと注意が向けられるべきである。
なお、現在、ドイツ、スイス等の人口当たりの森林資源量が日本と同等の国々では、一次エネルギー供給に占める割合は5-6%程度である[*5](図表1)。ただし、ほぼポテンシャルを使い切っていることから、利用量を大幅に増加させることは難しい。しかし、エネルギー消費量の削減が進めば、その相対的な割合は高まっていくだろう。
[*5] フィンランドやスウェーデン等は、人口当たりの森林面積が広く、豊富な森林資源と巨大な林業・木材産業が成立しているため、バイオマスエネルギーの割合が高い
現在の日本は「森林飽和[*6]」と呼ばれるほど、利用されないスギ・ヒノキのバイオマスが山に眠っている。そのため、その利用を図っていくことは、林業振興と環境保全の両面から望ましいことである。現状では、日本では一次エネルギー供給量に占めるバイオマスの比率は1%程度に留まっているため、そのポテンシャルは莫大なものがある。
[*6] 『森林飽和―国土の変貌を考える』 (太田猛彦, NHKブックス2012)
とはいえ、もし成長量いっぱい使ったとしても、現状のエネルギー消費水準を前提にすれば、数%程度にしかならない。他方、人口が少なく、エネルギー消費量が現代と比べものにならないくらい少なかった江戸時代や第二次世界大戦前は、炭や薪に木材を使った結果、ハゲ山が広がっていたと言われている。健全な森林生態系を維持しながら、バランスよくバイオマスエネルギーを活用していくことが求められているのである。
そもそも論2:バイオマスの出番はどこだ?
バイオマスの強みを活かせる分野は熱利用分野であることは、一定以上の知識を持つ者にとっては常識である。これをもう少し細かく解説すると、温度帯の低い用途の燃料を、化石燃料からバイオマスに(場合によっては太陽熱等の自然エネルギーに)置き換えていく、ということになる。
欧州では、このような戦略に基づき、100℃以下で対応できる暖房や給湯における化石燃料からバイオマスへの置換が進んでいる。それを技術的にサポートしているのが、高効率で排ガスもクリーンな、現代的なボイラーやストーブである(写真1)。日本でも、家庭部門の最終エネルギー消費量のおよそ半分は熱の形態であり、十分な置換ポテンシャルがある。逆に、これに化石燃料、ましては電気など質の高い燃料やエネルギーを使うことはナンセンスであると考えられる。
他方、高い温度帯が求められる工業プロセスでの熱需要などは、しばらくの間は化石燃焼に依存せざるをえないと予想される。同様に、大型の船舶や飛行機も、当面は液体燃料を使い続けることになるだろう[*7]。
[*7] ただし、これを液体のバイオ燃料に置き換えることができる可能性がある。
次に想定されるのは、中小規模の熱電併給(コジェネレーション)である。蒸気タービンによる発電では、燃焼温度の低いバイオマス燃焼は、効率の面で石油や石炭、天然ガスに勝てない。そこで、熱利用のプロセスの中で、廃熱と呼ばれる本来は捨てられる低い温度帯の熱エネルギーを利用して発電する技術が欧州では実用化されている。それが、有機ランキンサイクル(Organic Rankin Cycle: ORC)発電と呼ばれる技術である。この技術は、ドイツではFIT制度における1,000kW程度の中小規模の優遇された買取価格の後押しもあり、既に100台程度が導入されている。日本においても、中小の熱電併給を可能にする技術として期待されているが、現状では様々な規制の問題もあり、一台も導入されていない[*8]。
[*8] ORC発電の規制の問題については、「ORC,発電システムの国内への適応の可能性と課題」 BIN/ISEP木質バイオマスシンポジウム2014における発表資料(http://www.npobin.net/140220Kuki.pdf)を参照。
最後に、バイオマスのユニークな付加価値についても触れておく必要があるだろう。特に、炎を眺めることや、輻射熱の暖房による快適さ等の、バイオマス固有の豊かさは、普及の際の訴求点としても忘れてはならない重要なポイントである。
また、東日本大震災で明らかになったことの一つに、被災後の生存に必要だったのは、暖房、給湯、煮炊き等、熱エネルギーがメインだったということだ。実際に岩手県の大槌町では、バイオマスボイラーを用いて、仮設の風呂を沸かして避難生活を乗り切るという経験をした。有事の際のレジリエンスを高めるエネルギー源としても、バイオマスは有効であると指摘できるだろう。
ボイラー導入に新しいアプローチを
以上のように、バイオマスの特性、及びFIT制度導入後の混乱した状況を踏まえると、筆者は中小規模の熱利用の具体的な取組を増やしながら、バイオマス利用のノウハウを蓄積していくことがよいと考える。ただし、これまでの失敗も踏まえて、導入にあたっての方法論についてよほど自覚的でない限り、日本的構造に絡め取られて、高い確率で失敗することになるだろう。そのため新しいアプローチが必要になると思われ、以下にその方向性を提示したい。
これまで、日本のバイオマス利用のプロジェクトのほとんどは、農林水産省・林野庁を中心とした農林業関係者により行われてきた。従来は廃棄されるなどして未利用だった残渣や残材を有効に活用することで、農林業経営を改善することを目的としており、広く欧米諸国でも見られる動きである。
ただし、気をつけるべきことは、バイオマス利用量を増やすことを第一目的にしてはいけないということである。例えば、林業セクターとしては、少しでも多く木材を使ってもらいたいと考えがちであるが、需要側のメリットを考えれば、少ないエネルギー(木材)使用量でランニングコストの削減を考えるべきである。需要側にメリットが生まれるように技術や制度のイノベーションを図り、市場を創出することができれば、自然とバイオマス燃料の供給体制も構築される。
日本でのバイオマスボイラーの初期費用はかなり割高である。普及台数でははるかに及ばない化石燃料ボイラーより高くなるのはやむを得ないにしても、欧州の同水準の施設に比べても5-10倍の価格になっている[*9]。
[*9] 「木質バイオマスエネルギー利用における日本の技術課題」相川高信 日独バイオマスデー発表資料(http://jp.fujitsu.com/group/fri/downloads/events/other/20131105-09aikawa_murc-jp.pdf)
なぜこのような価格差が生じているのかについては不明な点が多いが、補助金の存在が逆に設備費の価格を押し上げているという批判もある。つまり、補助金が活用できることによる見積の甘さや過剰投資が疑われる他、検査対応のための書類作成等のコストが膨大であるというメーカーの声も無視できない。
他方、近年の化石燃料の価格高騰もあり、すでに単位熱量あたりの価格はバイオマスの方が安くなっている。確かにバイオマスボイラーは高価であるが、なるべくコンパクトな(安い)ボイラーを設置して、安定した運転を確保し、稼動率を高め、早めに減価償却を行なえば、ボイラー自体は丈夫で20年以上も運転可能だと言われるため、投資回収は可能である。ただし、投資に対する長期間の回収期間を可能にするファイナンスの仕組むを構築する必要があるが、こうした戦略の延長線上に、「100%補助」の世界から脱却し、補助金を使うにしても民間のファイナンスを用いた健全な世界が見えてくるだろう。
最後に、エンジニアリングの重要性にも触れたい。日本でも、他の再生可能エネルギーの施設整備においては、設計から建設までをまとめて発注するEPC契約の手法が応用され、リスク分散が図られている。他方、バイオマスの業界では、FS調査(現地調査)や予算取りの段階で、メーカーが無償で図面や参考見積りを作っている場合が多い。この構造は、特定のメーカーを前提とした計画推進に結びつき、技術的に不適切な施設整備に繋がる恐れがある。また、メーカーとしてもこのフェーズでの費用を回収するため、ボイラー本体価格を高めに見積もるという悪循環に陥っている可能性がある。
結局は、バイオマスについての的確な知識に基づき、ユーザーもしくは地域を主語にして、プロジェクトを主導していくことが、バイオマス分野はもちろん日本社会のイノベシーションに繋がっていくと思われる。「いつものように」バイオマス事業を始めてしまえば、我々日本人は高い確率で失敗する、と思った方がよい。「新しいやり方」を意識的に試してみる価値はある。
サムネイル「IMG_3311」FunkBrothers
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