安倍首相は、消費税率の問題にどんな決断を下すのか(日本雑誌協会代表撮影)
消費税率引き上げ延期=国債暴落は本当か 海外投資家が売るから、消費税率を上げよという議論は誤り
http://toyokeizai.net/articles/-/18496
2013年08月29日 小幡 績 :慶應義塾大学准教授 東洋経済オンライン
消費税率引き上げの是非の議論が盛り上がっている。私自身は、基本的に、消費税率引き上げをすべきであり、2014年4月にそのまま8%に上げ、15年10月に10%に上げるという案か、もしくは、14年4月から1%ずつ5年にわたって引き上げるという案のどちらかがいいと考えている。個人的には、1%ずつの案で、これは景気とは無関係に毎年機械的に上げ続ける、景気対策は別の手段で行うべきであり、かつ、現在は景気が良いので、少なくとも14年4月の引き上げに向けては、消費税率引き上げにともなう痛みを緩和するための措置、あるいは景気浮揚措置などは一切取らない、という案を主張している。
■引き上げ延期をしてみないと、本当のところはわからない
この案の是非はここでは議論の対象ではないのだが、あえて述べた理由がある。それは、予定通り8%に引き上げるべきだと主張するマーケット関係者が、税率引き上げ延期だと、国際的に国債への信認がなくなり、国債が売られて暴落するから、延期はやめた方がいい、という理由を挙げているが、これは本当なのか、という議論をしたいからだ。
本当かどうか。それはわからない。延期してみないと、本当に売られるかどうかはわからない。それが今日の結論だ。
ふざけているのではない。それが真実であり、それ以外の真実は存在しないのだ。
すなわち、国債が暴落するかどうかは、そのときに国債を売る主体がどれだけいるかであり、その主体(投資家またはトレーダー)は、「そのときの気分」で決めるからだ。気分?という言葉に違和感があるかもしれないが、学問的には、investor sentimentで学問的にも確立した考え方だ。
ちなみに、投資家と言ったときには、その金融商品をある程度の期間保有して、配当や利子などのインカムゲインあるいはキャピタルゲインを狙うような経済主体のことを指し、トレーダーとは、短期の値動きを利用して利益を上げることを狙う経済主体のことを指す。学問的にも、一般的にも、トレーダーという言葉は、ある意味蔑称であり、合理的でない投資家のことをノイズトレーダーと呼んでいる。
■投資家の行動を規定する要因は、いくつもある
では、investor sentiment(私は投資家機運と訳したが、投資家心理と訳されることも多い。しかし、センチメントとは、個々の投資家の気分やノリが、市場に広がって雰囲気を作り出す、という意味に近いので、心理とは少し違う気がする)とは、合理的なのか非合理的なのか、と言われると苦しくなっているが、合理的であるはずの投資家まで、実際の売買においては、気分や市場の雰囲気に左右されてしまい、全体として非合理的な行動を取ってしまう、というニュアンスだ。
合理的、という言葉もあいまいに使われることが多いが、何が合理的かは考え方によって違うから注意しないといけない。伝統的なファイナンス理論においては、ファンダメンタルズ以外の要因で投資(invest)あるいは売買(trade)すると、非合理的ということになり、この定義が広く使われており、私は行動ファイナンス理論アプローチをとっているので、ファンダメンタルズは投資に関係ないという考え方に基づけば、すべての投資行動が非合理的になってしまうので、違和感があるが、言葉としては、非合理的というのは、わけがわからない、理屈が立たない、ということではなく、ファンダメンタルズ以外の理屈で投資している投資家が非合理的投資家である、という言葉の使い方が無難だろう。
長々と議論してきたのは、このように、市場での投資家の投資行動あるいは売買取引を規定する要因はファンダメンタルズを筆頭に複数あり、最後は、投資家の意思決定だから、それは気分あるいは市場の雰囲気(日本語的な意味でのムード)によって左右されるという事実、そして、それは私だけの意見でなく、学問的に共有されている見方だということを伝えたかったのだ。
すなわち、投資家は気分によって左右されるため、今は、消費税引き上げできなければ日本売りするよ、と言っていても、いざ引き上げが延期になったときに、必ず売るかというとそうとは限らない。
むしろ、みんなが売れば売る可能性はあるが、みんなが売るとは限らない。しかも、国債に関しては、もともと非合理的な投資行動の結果として(私は、限定合理的投資家による国債の買い、と位置づけているが、ここでの限定合理性については、拙著「ハイブリッド・バブル」参照)、日本国債は、生保や中小の金融機関あるいは、政府系(あるいはかつての政府系)金融機関が、安定した買いを入れているのである。また彼らは、他の投資家の行動や市場での評価に対して、他の投資家よりもセンシティブでなく、反応するインセンティブが弱いので、多少の売り浴びせに対しては、割安だとして絶好の買い時と捉え、買いを入れてきた。
この結果、海外ヘッジファンドなどの空売り攻撃は、過去に失敗を繰り返してきた。今回は違う、というのは、財政は短の可能性に関するハーバード大教授のケネス・ロゴフの言葉、本のタイトルだが(This time different:邦題は「国家は破綻する」)、ここでは、日本の国債の空売りが今度は起こり、かつ成功する、という意味だが、本当にそうだろうか。
それはわからない。
日本のほかの経済状況にもよるし、何より世界の金融市場の情勢による。世界の投資家あるいはトレーダーのセンチメント次第で、それは米国および中国の金融市場に大きく左右されるからだ。あるいはシリアなどに見られるような、地政学リスク、戦争リスク、それに米国が関係するリスクだ。
したがって、まっとうに議論すれば、消費税率引き上げの延期あるいは修正は、日本国債に対する信認が低下するリスクが高まる可能性があり、そのリスクは重いので、引き上げは延期するべきでない、ということになる。
そして、このときの信認が低下するリスクというのは、投資家やトレーダーが国債についてどう見るかではなく、日本政府の財務的健全性そのものが、投資家がどう解釈しようと揺らぐことによるものであり、いわば、ファンダメンタルズにより、信認が揺らぐというリスクだ。
■主導権を、人為的な「市場の声」に委ねるのは誤り
これが、私が提案するファンダメンタルズの定義だ。すなわち、他の投資家による評価、解釈に拠らず、その金融商品そのものを売買せず、長期あるいは満期まであるいは永遠に持ち続けるとした場合の投資家にとってのリスクとリターンがファンダメンタルズなのだ。
この意味でのファンダメンタルズに関して、日本国債のリスクが高まるのであれば、消費税引き上げ延期は避けるべきである、というのがもっとも誠実な議論だ。
これは、海外投資家が売り浴びせることになるから、引き上げないといけない、という議論とは、似ているように見えて、質的には全く異なる。海外投資家の行動は予測できないし、海外投資家に媚びているに過ぎないからだ。なぜ媚びるのがいけないか。それは、投資家が間違っていても、それにあわせて行動すると言うことは、主導権を投資家の雰囲気、メディアで言うところの「市場の声」にゆだねることになるからであり、実は、その「市場の声」とは、利害関係のある投資家による意図的な雰囲気作り、あるいはポジショントークにより、作られる可能性が高いからだ。
したがって、「海外投資家が売り浴びせるから、消費税を上げるべき」という議論は、脅しのように聞こえるから悪いのではなく、将来の投資家行動を予言できると考えている点で誤りであり、同時に、政策哲学あるいは政策立案側の戦略として、「負け」の戦略なのだ。