65歳以上が4割、2050年の日本人の働き方
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PRESIDENT 2013年9月2日号 慶應義塾大学大学院 商学研究科教授 鶴 光太郎 構成=宮内 健 写真=PIXTA
■短時間勤務の男性が増える
毎朝、外資系企業に勤める妻の出社を見送り子供を近所の保育園に預けた後、会社に出勤する。勤務先は日本のメーカーだが、上司は中国人の女性である。
会社に着くと、隣席のベテラン社員と商品企画について打ち合わせ。60歳過ぎの彼は数々のヒット商品を生んだ実績を持つ専門職で、今は週3回出社し働いている。
定時に退社して子供を迎え、夕食を準備して妻を待つ。妻の出産を契機に、短時間正社員に雇用形態を変えた。妻のほうが収入も出世の可能性も高いので、主に家事と育児を担当するのが私の役割。夫婦合わせて安定した収入を得て、子供との時間も確保できて幸せな生活を送っている――。
2050年になったとき、もしかするとこんな職場や家族の未来が生まれているかもしれません。
私も執筆に携わった経団連21世紀政策研究所の報告書「グローバルJAPAN−2050年シミュレーションと総合戦略−」では、2050年の人口は1億人を割り、65歳以上が全体の4割を占めるようになると予想しています。労働力人口も現在の6500万人から4400万人程度へ大幅減少すると考えられます。
このような社会で職場はどう変化していくのでしょうか。
供給側の視点から見ると、人口減少社会において働く人を増やすには女性と高齢者、外国人高度人材の活用が不可欠です。
今と比べ高齢者は元気な方が多く、年金との関係においても働き続けたいという人が増えるでしょう。企業の人員構成の高齢化もあって、従来よりも会社で働く高齢者の割合は高くなるはずです。
現在、多くの会社では女性管理職不足という問題に直面していますが、今後、これも改善されるでしょう。外国人の高度人材受け入れに関してはさまざまな問題がありますが、若い人たちの割合が減るなかで外国人の方に担ってもらう仕事は当然増えると思います。
その結果、50年には職場における人材の多様化が当たり前になると予想されます。新卒一括採用した人たちが定年まで働き続ける、均質的な人員構成とは大きく異なっているはずです。
高齢者や女性の側から見ても、生活の基盤や生きがいを考えれば、やはり働く人たちは増えていくだろうと思います。
かつては結婚したら女性は家庭に入り、専業主婦になるものだという固定観念がありました。しかしこの20年、30年という間にその価値観は大きく変化しています。長期的には今後、専業主婦はいなくなるかもしれません。
この潮流のなか、女性の生き方として結婚した後も仕事を続け、子育てと両立することを社会も求めるでしょう。それを持続的に可能とする支援の仕組みはどんどんできていくと思います。
女性が働きながら子育てするにはフルタイムの正社員から短時間正社員、あるいは無限定型正社員から限定型正社員というように、企業の内部でフレキシブルに雇用形態を転換できる仕組みも必要になります。
そうなれば、夫婦ともフルタイムの正社員で働きながら子育てするのは難しいので、夫が短時間正社員へ移行し妻がフルタイムで働く夫婦も生まれてくるでしょう。
オランダでは短時間正社員がフルタイムからパートタイム、あるいはその逆へと自発的に移行することができ、使用者側もそれを受け入れなければいけないという法律があります。日本でもそういう制度が当たり前になっていくと思います。
■多様性対応のカギは「経営理念の共有」
最近、イノベーションを起こすには組織の多様性が重要だと指摘されるようになっています。しかし、それは簡単ではありません。新卒一括採用した人材を自分たちの好きな色に染め上げて、忠誠を誓わせ働かせるのは比較的容易ですが、さまざまな人たちがいる組織を1つにまとめ、成果を出すのは困難です。
人材の多様化が進むにつれて、企業はその人たちをどう雇用管理するかで悩むでしょう。金融商品のポートフォリオのように、どのような人材の組み合わせが、最大の成果を生むのかを企業は真剣に考えなければなりません。
多様な人々の束ね方も、企業にとって大きな問題になります。かつての日本企業は年功序列型賃金を採用し、長く勤めると後で賃金を取り戻せる形にすることで「取り戻すまで頑張ろう」というインセンティブを与えていました。しかし人材の多様化が進むとこうした方法は意味がなくなります。
そこで必要になるのが経営理念の共有です。「何のために働くのか」を共有することで、経営者と従業員が目標を一致させるのです。
雇用管理が必要なのは、従業員がさぼるからです。なぜさぼるかといえば、経営者と従業員の目標が違うからです。経営者が利潤を最大化しようと頑張っているのに、従業員は自分が安泰であればいいと考えていれば、利害の不一致が起こるのは必然です。
成果に見合った給与を支払う成果主義を導入しても、経済状況や周囲の環境などの影響を受けるため、本人の努力だけで成果は決まりません。従業員にとって成果主義はリスクが高すぎます。逆にいつも同じ給料ではまったく努力しなくなってしまいます。
2030年以降、マイナス成長が続く●日本のGDP年平均成長率予測
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結局、人間はお金のためだけに仕事しているのではなく、「働く意義」などそれ以外の部分がインセンティブとして大きいので、そこに訴えかけるような仕組みを考える必要があります。
経営理念やミッション、企業文化の共有で経営者と従業員が目指すべき目標を一致させることができれば、多様な人々を束ねることができるようになるでしょう。例えば多様な人材が活躍するグーグルでは“Ten things we know to be true”と題した価値観を示し、それに向かってやっていこうと考え方の共有を図っています。
旧来の日本企業は理念や考え方を言葉にしなくても共有できる方法を持っていました。それは新卒一括採用した人々が何十年も同じ釜の飯を食うことです。終身雇用的な世界のなかで同質化し、阿吽の呼吸が通じることはある意味、日本企業の強みでした。
しかし企業の内部が多様化すれば、阿吽の呼吸など不可能です。経営者は今日入社した人が明日には会社の理念やミッションを共有できるようにして、そこに向かって頑張る一体感をつくることが非常に重要な仕事になります。
一方、個人には際立った特徴が求められるようになるでしょう。重要なことは自分の専門性やキャリアにおいて、他人とは違うキラリと光る何かがあるかどうか。職業人生のなかで際立った特徴をつくることができれば労働市場において交渉力が高まり、よりよい機会や条件を求めて会社を移動できる可能性も高まります。
それは会社に言われた通り何でもやるかわりに安定性を得るという、ある意味奴隷的な働き方ではなく、自分の意思によって自分の特徴をつくりだす働き方へのシフトを意味します。他人が自分の人生を決めるのではなく、いろいろ大変なことはあっても自分の人生を決めるのは自分である。そんな確信を持ち、ポジティブに未来を切り開く生き方が当たり前の時代になっていくのです。