http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130720-00039036-diamond-bus_all&p=1
ダイヤモンド・オンライン 7月20日(土)19時10分配信
人口8000人弱の北海道東川町。特に観光名所もないこの町だが、わざわざ町外から婚姻届を提出しにやってくるカップルや「株主制度」という名称のもとで全国から集められた6000万円ものふるさと納税、企業のお金などを惹きつけている。
その理由はなぜか。
民間目線での地道な取り組みが地域活性化につながるという事例を、テレビ北海道で担当している番組「けいざいナビ北海道」で取り上げた。他の地方の地域活性化にもつながるヒントがたくさんあったので、その取り組みを今回は紹介する。
● 実はどこの市町村でも提出可能な婚姻届け
皆さんはご自身が書いた婚姻届がどんなものだったか記憶しているだろうか? テレビドラマでプロポーズの際に自分の名前と印鑑を書いたものを渡すなんてシーンがあったりするので、本来はロマンチックかつドラマチックな存在だ。
しかし、現実にはドタバタと仕事の合間に区役所に届け出て、ハイおしまい、ということが多いのではないだろうか。私もそうだった。通常の婚姻届は茶色の味気ないものだ。
それが東川町の場合、婚姻届はピンクである。しかも、その婚姻届の控えを厚紙でできた写真盾のようなものに入れて夫婦はもらえるのだ。控えがもらえるピンクの婚姻届、女性なら心が動くのではないだろうか?
実は、婚姻届は住民登録をしている市区町村に届け出るものと思い込んでいる人が多いと思うが(私自身も今回までそうだった)、実際は旅行先の市町村など、どこで提出しても構わない。
このピンクの婚姻届を導入して以降の東川町に届け出られる婚姻届の、実に7割は東川町以外の場所に住んでいるカップルによるもので、本州からもやってくるそうだ。たかがと言うと大変失礼だが、婚姻届だけで町外から人を呼び込める、あるいは観光ルートに加えてもらえるならお安いものである。また、後で登場するがこの東川町は写真の町として売り出しており、婚姻届の控えは写真と一緒に保管することができる仕組みとなっている。
● 株主はタダで町に宿泊できる
以前、当コラムで東川町が運営するユニークな株主制度についてご紹介したことがあるが、今回実際に東川町に取材で訪問してみて、改めてこの株主制度の魅力を実感してきた。
まず、町には株主が無料で泊まれる宿泊施設がある。もともと宿泊用に建てられた建物ではなく、別の用途だった建物を改築したので、簡易的なものではある。しかし、小ぎれいな部屋でお風呂もついており、普通に数千円はとってもおかしくない部屋である。
また、キトウシ森林公園という公園内にあるロッジに半額で泊まれるのであるが、この公園とロッジは非常に魅力的であった。まさに北海道の自然を感じながら週末をエンジョイすることができそうである。ロッジの大きさにもよるが10名程度でワイワイとやる分には十分な広さが確保できる。
タダ、あるいは半額での宿泊は確かにうれしい。しかし、わざわざ域外からこれら宿泊施設を利用しようと思う株主はいるのだろうかと思い聞いてみると、意外といるそうだ。
北海道に観光に来た時に、どうせならと言うことで観光ルートに入れる株主が少なからず存在するとのこと。確かに一度はどんなものか見てみようと思うかもしれない。しかし、一度立ち寄ってみると、このロッジなどは何度でも訪れたいと思う雰囲気があった。
株主によるふるさと納税は、お金の使い道から6つの選択肢があるのだが、最も人気があるのは植林、植樹活動への寄付だそうだ。
その理由の一つは、植林、植樹を株主の人も地元の人たちと一緒に行うことができることのようである。実際に植林された場所に行ってみると「株主の森」と書いた看板が立てかけられていて、株主は自分たちのお金がどうやって使われたのか見える。
私たちが日々納めている税金は、どこでどのように使われているか見えない。そんな中、実際に自分の納めたお金が形になっている、しかも、苗木から森になろうとしている姿というのは、なかなかに感動的である。私自身も、これなら自分もお金を出して株主になりたいと思った。
税金の見える化の重要性は一般的にはよく指摘されることであるが、実際に見える化されたものを目にすると、他にそういう機会がないからこそこれはいい、と思えてしまう。
● 写真甲子園の運営費は7割が外部負担
東川町では毎年高校生を対象とした写真甲子園が開催されている。
町を訪問してみて思ったことは、町にはこれといった観光名所はない。しかし、森に田んぼに山にと、自然の美しさを写真に収めるには非常にいい場所である。ちょうど訪問した時期は田植えの時期で、広大な田んぼがキラキラと輝く風景だけで十分にキレイであった。写真の町とうたう理由が少しわかった気がした。
そんな写真甲子園は今年で20回目を迎えるが、運営費2700万円のうち、多くはキヤノンなどの企業らが負担しており、町の負担は800万円で抑えられている。外部資金を獲得するという点もこの町が何らかのプロジェクトを遂行する際に気にかけている点である。
昨年はアウトドア用品店のモンベル(Montbell)が東川町の道の駅に併設する形でオープンしているが、建物と土地は町が補助金を活用してモンベルに実質的に提供し、モンベルは町に賃貸料を支払っている。
モンベル側にとってはこの店単体としての売上規模は大きくないものの、大雪旭岳の入り口に位置するこの場所に店を構えることの、登山客にとっての利便性の提供とイメージ向上というメリットがあるとのこと。町にしても国際的に有名なブランドがショップを構えてくれるというのは、地域活性化という観点では重要であろう。
● 上水道、鉄道、国道の3つの道がないが、人口は増加
実は取材後、私とテレビ北海道の担当ディレクターも東川町の魅力に取りつかれてしまい、共に株主になってしまった。
そして先日、東川町の特産品が我が家に届けられたのであるが、その中に入っていたお米が非常においしい。ふわふわのつやつやである。そのおいしさの秘密の一つはお水にあるそうだ。
実は東川町では上水道、鉄道、国道の三つの道が存在しない。大雪旭岳からはきれいな原水が供給され、生活用水はすべて地下水でまかなえる。それゆえに、水を維持する森は重要であり、上で挙げた株主と一緒になっての植林、植樹活動の意義が分かる。東川町ではお米の品質管理を徹底しており、お米の食味を左右するタンパク質の含有量などをもとに4つの等級に分けている。それにより一俵あたりの買い取り価格は1000円以上異なってくるそうである。
そういった大雪旭岳の原水から始まっての品質管理までのストーリーを聞くと、ますます東川町のお米を食べたくなる。結局株主は自分の支払ったふるさと納税をもとに東川町のお米を有料で試食しているのと同じなのだが、株主はストーリーに魅せられる。スーパーで並んでいるお米では、こうはいかない。
その他、町ではネイチャーツーリズムを行い、ツアーではガイドの案内のもと、熊の爪あとを見たり、樹齢500年を超える大木を観察したりする。なんのことはない、何もない大自然を見て歩くのだ。しかし、その過程で自然の大切さを学び、それを維持することへの共感を呼び込む。すると自然を散策する散歩道の整備事業に対して寄付をしたくなる。何もないけれどもストーリーがあり、人々の心を揺さぶるわけだ。
東川町のやっていることは、大げさなことは何もない。一つ一つコツコツとした積み重ねである。そのすべてが?交流人口を増やす、?町の良さ、ストーリーを多くの人に理解してもらい支援してもらう、この2点に集約されている。実際、定住人口もこの10年間で300人増えており、人口規模が8000人弱の町にしてみると大きな増加である。
写真甲子園の出場者だった高校生や大雪旭岳に上る登山客がその後株主になったりしているそうで、中長期にわたる関係を町外の人と築いているのもこの町の特徴である。それらはすべてストーリーに魅せられたからではないだろうか。経営戦略にはストーリーが必要だという書籍が先般たくさん売れたが、市区町村の運営もまさに同じということであろう。
保田 隆明