衆議院・参議院選挙の謀略解説と改革提言(第二回)
(「植草一秀の『知られざる真実』」 2013/05/31より抜粋)
「既得権益」対「主権者」の政治対立構図を再構築!!
1)長年日本は既得権益勢力に支配されてきた!
連合に加盟する労働組合は、労働組合運動として、現在の連合のあり方が正しいのかどうかを再考するべきである。
政治には権力をめぐる争奪戦、闘争の側面がある。闘争を行う主体は既得権益と主権者である。
主権者が闘争の一方の当事者であるのもおかしな話だが、これが現実だ。
なぜなら、日本政治の実権は主権者の手元にはなく、既得権益の手元にある時間がはるかに長かったからだ。
既得権益とは、「米・官・業・政・電」の五者である。この五者が日本政治を支配してきた。
その中心に位置するのは米国である。
米国が日本を支配し、その支配の下で、これと連携し、利益を追求してきたのが官僚機構と大資本である。
「米・官・業のトライアングル」。
これが日本の既得権益の中心である。
マスメディアは、「既得権益の広報部隊」である。
少数の資本が日本のマスメディアを支配し、日本の情報空間を占拠し続けてきた。
このマスメディアが、既得権益による日本支配において、極めて重要な役割を果たしてきたのである。
2)小沢・鳩山政権は根本的政治改革に着手した!
与党の利権政治屋は米官業と結託し、その手先となって行動することにより、個人的な利益を獲得してきた。
米官業政電が支配する日本政治において、政治の本来の主人公である主権者の利益は脇に置かれ続けてきた。
この状況に初めて本格的なくさびが打ち込まれたのが、2009年の政権交代であった。
民主党の小沢−鳩山ラインが主導して樹立された新政権は、既得権益が支配する日本政治を打破して、日本史上初めて、「主権者の主権者による主権者のための政治」を樹立しようとしたものだった。
米国、官僚、大資本が支配する日本政治を刷新して、主権者が支配する日本政治を打ち立てようとした。
「米国支配」を変える方向を象徴する方針が、「普天間の県外・国外移設方針」だった。「官僚支配」を変える方向を象徴する方針が、「官僚の天下り・わたり根絶」の方針だった。
そして、「大資本による政治支配」を変える方向を象徴する方針が、「企業献金全面禁止」の方針だった。
この三つの施策を実現することにより、日本政治は根本から刷新され、既得権益の政治が主権者の政治に転換されるはずだった。
この目的を実現するためには、2010年7月の参院選で、小沢−鳩山ラインが主導する民主党が勝利を収める必要があった。
小沢−鳩山ラインが主導する民主党が2010年参院選に勝利していたなら、日本政治は完全に刷新されたはずである。
3)小沢・鳩山改革政権を「米・官・業・政・電」が総力をあげて潰した!
既得権益は、この事態を阻止するために、目的のためには手段を選ばない行動に打って出た。
三つの行動を取った。
@ 第一は小沢一郎氏に対して、卑劣な人物破壊工作を展開した。卑劣極まりない政治謀略が実行されたのである。
この攻撃は3年半にわたって執拗に展開され続けた。
小沢一郎氏は裁判で完全無罪を勝ち取ったが、人権侵害の誤報を垂れ流し続けた日本のマスメディアはいまなお謝罪ひとつ示していない。
A 第二は、鳩山由紀夫元首相に対する卑劣な人物破壊工作が展開され続けたことだ。
鳩山元首相の行動は賞賛されても、非難されるべきものではなかった。
鳩山由紀夫元首相は、普天間基地の県外・国外移設を実現するために全力を尽くした。
結果的に見て、多くの失敗があったことは事実だが、普天間の県外・国外移設の方針を破壊した中心人物は、鳩山政権内部に巣食った「既得権益勢力」である。
沖縄問題を担当した岡田克也外相、前原誠司沖縄相、北沢俊美防衛相の三名こそ「A級戦犯」である。
「シロアリを退治しないで消費税をあげるのはおかしい」と叫んだ野田佳彦氏は、のちに首相になって、この方針をかなぐり捨てた。
首相になるために、「財務省と密約」を結び、「シロアリ退治」の旗を降ろしたというのが真相であろう。
企業団体献金の全面禁止をいま、取り上げる者はいなくなった。
鳩山政権は民主党内に巣食う既得権益集団に、「内部から破壊」された。
4)「既得権益が日本を取り戻す」を推進した菅政権、野田政権の大罪!
菅政権、野田政権は、主権者政権を政権内部から破壊し尽くし、そのうえで、既得権益の中核であった自民党に大政を奉還したのである。
かくして、主権者政権は破壊され、既得権益が日本政治の実権を取り戻した。
安倍氏が「日本を取り戻す」と言ったのは、「既得権益が日本を取り戻す」ということだった。
そして、既得権益が「日本を取り戻す」ために取った、第三の行動が、人為的な「第三極の創出」である。
その第一弾が2009年創設の「みんなの党」、第二弾が2012年創設の「日本維新の会」である。
この二つの政党が巨大組織にのし上がったのは、マスメディアの巨大宣伝があったからだ。
5)既得権益の謀略は、偽装第三極創出と改革破壊の「三本の毒矢」
既得権益は、主権者の主権者による主権者のための政権を破壊するために、「三本の毒矢」を放った。
第一の毒矢が小沢一郎氏に対する人物破壊工作
。第二の毒矢が鳩山由紀夫氏に対する人物破壊工作。
第三の毒矢が偽装CHANGE新党の創設であった。
「三本の毒矢」が放たれて、主権者政権は壊滅された。
そして、2013年7月の参院選で、既得権益は既得権益による政治の基盤を強固なものにしようとしている。
大事なことは、「みんなの党」、「日本維新の会」が、いずれも、「既得権益側の政治勢力」であることを見抜くことだ。
自民が既得権益側の政治勢力であることは、衆目の一致するところである。
ここに投票する有権者は、いわば「確信犯」である。
問題は、「みんな」と「維新」である。この二つの勢力は、既得権益が「既得権益ではない装い」を凝らして、主権者の票をかすめ取るために創設された、「偽装CHANGE政党」=「毛ばり政党」であると言ってよいだろう。
6)既得権益政党・「自公」と隠れ既得権益政党・「みんな」「維新」!
既得権益の戦略は、既得権益政党である「自公」と隠れ既得権益政党である「みんな」「維新」に有権者の投票を誘導して、既得権益が国会を占拠する状況を作り出そうというものだ。この「からくり」を見抜いて、これを打破しなければならない。その突破口が二つある。
@ 第一は、「偽装CHANGE政党」=「毛ばり政党」の罠を見破り、これを打破することである。
橋下徹氏は「ぶれる政治」の総合商社と言ってもよい。
原発、消費税、慰安婦と、その発言は、すべてにおいて、「ぶれ」の連続である。
もともと、国民的支持を得る力量のある政治家ではない。
単に、御用メディアが、人為的に創作した虚構の人気政治家に過ぎない。
どれだけメディアが誇大宣伝しても、本人が次から次にぼろを見せるから、すでに賞味期限は切れた。
賞味期限切れの虚構政治家である。
「既得権益である自公」に対峙する政治勢力は、正真正銘の主権者勢力でなければならない。
その中核的存在が明確にされていないところに重大な問題がある。
A 第二の突破口は、主権者の中核を占める一般労働者が団結することだ。冒頭に示した本題に戻るが、これまで、一般労働者の団結を象徴する存在が「連合」であったが、この「連合」がすでに賞味期限切れになったことを認識する必要がある。
7)民主党と連合は「既得権益勢力」と「主権者勢力」に分かれるべきだ!
「連合」=「民主党」がすでに主権者勢力ではなくなっていることが重大な問題なのだ。「連合」=「民主党」は完全に既得権益勢力に蹂躙されてしまった。
小沢−鳩山ラインが主導する民主党は主権者勢力だったが、鳩山民主党が民主党内の既得権益勢力によって破壊されて以降の民主党は、既得権益勢力に変質してしまっている。
海江田万里氏は主権者勢力に位置する政治家であるはずだが、党内を掌握しきれていない。
むしろ、党内の既得権益勢力に引きずられてしまっている。
その象徴が、民主党とみんなの党の選挙協力である。
民主党は、「既得権益勢力」と「主権者勢力」に二度目の分裂をする必要がある。
そして、民主党の支持母体である「連合」が、やはり既得権益勢力化してしまっているのだ。
二つの突破口とは、次のものだ。
@ ひとつは、主権者勢力の中核を再構築することだ。
主権者勢力であった民主党が分裂して、主権者勢力が離脱して創設されたのが「生活の党」である。
つまり、「生活の党」が主権者勢力の中核に位置する歴史的経緯を持っている。
いま、「生活の党」と近い政治思潮を示す勢力が分立している。
社民、みどりの風などである。
「生活」「社民」「みどりの風」が融合して、新たな主権者勢力の基盤を構築するべきだ。
A もうひとつの突破口は、「連合」を解体して、新たに主権者勢力を支持する基盤として、労働者の連帯組織を構築することだ。
既得権益側に立つ労働組合「連合」など、百害あって一利なしだ。
「連合」を解体して、主権者側に立つ労働者「連合」を構築する必要がある。
「電力」、「電機」、「自動車」が既得権益側に立つ行動を強めている。
これらの労働組合が既得権益の側に立つ行動を示すなら、これらの労働組合は、自民党の支持母体になるべきだ。
労働者、主権者の側に立つ労働組合だけによる新たな「連合」組織を構築するべきなのだ。
民主党は一刻も早く分裂して、主権者勢力と既得権益勢力に分かれるべきだ。
「連合」の分離解体、「民主党」の分離解体により、この国の政治は、一気に分かり易いものになる。
8)政治の対立軸は、「既得権益」対「主権者」!
政治の対立軸は、「既得権益」対「主権者」である。これが基本で、「みんな」や「維新」は第三極でなく、「既得権益側の補完勢力」である。主権者国民=生活者=労働者は、主権者側に立つ政治勢力を支援し、「既得権益」対「主権者」の政治対立の構図を生み出す必要がある。
(参考資料 1):
ウォルフレン氏(オランダの大学教授・日本の権力構造研究の第一人者)は、「「陰謀論」という言い方がされるのは、それを唱える人に対して「頭がおかしい」と指摘するためです。」と述べる。
既得権益の中心者が謀略を隠すための誹謗中傷キャンペーンである。
現実に陰謀は存在する。米国の歴史の事実のなかに、多くの「陰謀」の事実は間違いなく存在する。
何もかも、明確な根拠もなく、すべてが陰謀によるものであるとすることは間違いである。
しかし、現実に陰謀が張りめぐらされ、陰謀が実行されることは、多数存在する。
私たちは、謀略を張り巡らす行為=陰謀の存在に対して無関心であってはならない。
極度に獰猛で巧妙で強欲な既得権益勢力にだまされ搾取されないように、主権者国民大衆は勉強し、思索して賢明になろう。
(参考資料 2)
池田大作著『法華経の智慧』第4巻から
*この宇宙は、第六天の魔王の支配する世界です。「不幸の将軍」、「不幸の王」が率いている。だから幸福の人間を妬む。あだむ。壊そうとする。弾圧する。人を不幸にして喜ぶ。そういう邪悪な軍勢と戦って、打ち破って幸福になる。仏になる。
*釈尊も絶えず魔と戦った。「魔と戦い続ける」ことと「仏である」こととは、実は同じことと言っても過言ではない。
「仏界が顕れる」ことと「魔軍を降す」こととは一体なのです(248〜249頁)。
*真実の宗教は、人間を“無知”と“愚かさ”の闇に閉じ込めるものではない。反対に、民衆を鋭き“知性”に目覚めさせ、強靭なる“賢者”をつくりゆくのである(425頁)。
*広宣流布の戦いは、一次元からいえば、人間を尊敬する者と、人間を軽賎する者との勝負である。また、「人間を、仏性をもった存在として礼拝する者」と、「人間を手段化し、“ロボッ
ト”のようにしようとする者」との闘争である(442頁)。
*悪しき権力の奴隷になってはならない。服従してはならない。人間が人間らしい魂で自由を謳歌し生きていく―ここに人間主義がある。一人一人が、人間の自由を脅かす世の悪の動きに対しては、断じて屈してはならない。悪との妥協は、人間性の放棄であり、心の敗北である(441頁)。
*悪しき権力と戦い、個人の尊厳を守るのが宗教の役割である。しかし、日本の多くの既成宗教は、逆に、権力に追従してきた。
権力につき従うか、権力と徹底して戦うか―ここに民衆のための“生きた宗教”か、否かの分岐点がある。宗教は大善となるか、もしくは大悪となるか―振幅が大きい(427頁)。
*宗教は本来、人間を内側から解放するものである。しかし、宗教が硬直化した権威になり、形骸化する時、宗教は、外側から人間を縛り、搾取するものへと一変する(427頁)。
どこまでも法を根本とし、道理に則って進む。その峻厳なまでの実践を貫いてこそ、狂信、閉鎖、権威など宗教のもつ宿命的な弊害を乗り越えることができるであろう(427頁)。
* 抑圧的な権力者―彼らの本質は、実は臆病なのである。臆病だからこそ、自らを守る“威厳のよろい”として、権威を求める。また、人々に尊敬され、忠誠を誓わせないと安心ができない。
* 権力者に正論が通るとはかぎらない。否、正論が通らないのが権力者である。正しい意見を聞けなくなるのが権力の魔性である。そればかりか、その行為が正当であればあるほど憎しみがわく。
自分に従うものだけが正しく、従わないものは悪とする。善悪・道理が基準ではなく、自分の小さな感情と面子が基準となってしまう。しかも、その狂いが自分ではわからない。
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