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2013年03月15日
日本人と日本の国土に深い傷を負わせた「東日本大震災」と「福島原発事故」。この国は少しずつ復興へと向かっているが、原発ゼロの機運は後退してしまった。
あのような惨禍がもう一度起きれば、日本は崩壊する――。これは、絶対に忘れてはいけない危機意識だ。
古賀茂明が忘却への警鐘を鳴らす。
■「原発ゼロ」はいったいどこへ?
福島第一原発事故が起きて2年がたった。
今、この国で交わされている原発論議を聞けば、世界の人々は「不思議の国ニッポン」と驚き、あきれ果てるのではないだろうか?
福島第一原発の建屋(たてや)が爆発で吹き飛ぶ映像をテレビで見た瞬間、ほとんどの日本人が「もう原発なんていらない」と、心底思ったはずだ。
事実、その後の脱原発のうねりはすごかった。
脱原発を宣言した民主党の菅政権に続き、次の野田政権もぐらつきながらも最後には2030年代の原発ゼロ実現を国民に約束した。
その原動力のひとつになったのが官邸前に集まる数万人単位の人々だった。誰かに動員されたわけでもない。市民運動のプロでもない。生まれて初めてデモに参加するような、ごくごく普通の人々が毎週金曜日になると全国から押し寄せ、政治を脱原発へと押し出した。
政治が動けば、霞が関=官僚も動かないわけにはいかない。2012年から再生可能エネルギーの全量買い取り制度が始まり、太陽光発電の設置が急拡大を始めるなど、原発からエコエネルギーへシフトする動きが加速した。
同時に電力会社とのなれ合いを演じてきた原子力安全委員会や原子力安全・保安院も解体され、独立性の高い原子力規制委員会へと衣替えされることとなった。
こうなると、原発ゼロに反対してきた電力会社も抵抗できなくなる。経営陣から電力自由化を促す発送電の分離を認める発言なども漏れ聞こえるようになってきた。
こうした流れを見る限り、世界の人々の目にも日本はようやく原発ゼロ社会を目指し、その歩みを始めたと映ったことだろう。
ところが、今では原発をめぐる状況はすっかり元の木阿弥(もくあみ)に。原発回帰の動きが日に日に強まっているのだ。
最も露骨なのは自民党だ。昨年末の衆院選で大勝すると、民主党政権が決めた原発ゼロ政策をばっさりと切り捨て、原発ラブコールを送り始めた。
自民党の資源・エネルギー戦略調査会を中心に、「原発を動かさないと、日本経済はやっていけない」(細田博之幹事長代行)などの意見が相次ぎ、もはや原発ゼロというフレーズは聞かれなくなってしまった。
安倍首相もアメリカ・オバマ大統領に民主党政権の脱原発政策の見直しを約束し、「原発が稼働しないと、国民生活に多大な影響が及ぶ」と、原発再稼働に前向きだ。
こうなると、死んだふりをしていた原子力ムラの官僚や電力会社がまたぞろ蠢(うごめ)き始めるのに、さして時間はかからない。
原子力ムラが最初に狙ったのは原子力規制委員会の事務局である原子力規制庁の骨抜きである。
当初、原子力規制庁には「ノーリターンルール」が適用されるはずだった。これは原子力の推進官庁―経産省や文科省などの影響を排して独立性を確保するため、規制庁の職員は出身官庁には戻れないというルールを指す。
このルールには5年間例外を認める規定があったのだが、当初は極めて厳格に運用するとされていた。しかし、脱原発の動きの弱まりと歩調を合わせるかのように、経産省や文科省は息のかかった職員を規制庁に横滑りさせ、原子力の安全基準などを骨抜きにしようと動いた。
そのことが一目瞭然になったのが、規制庁ナンバー3の審議官(文科省から出向)による情報漏洩(ろいえい)事件だ。
規制庁には原子力ムラとの癒着(ゆちゃく)を避けるため、電力会社との面談などは職員ふたり以上で対応するというルールがある。
しかし、この審議官は「儀礼的なあいさつはその限りでない」という例外規定を悪用し、単独で日本原電幹部と5回も密談、挙句の果てに公表前の敦賀(つるが)原発直下の断層報告書を渡してしまったのだ。
本来なら、こんなルール破りの審議官はすぐにクビにすべきである。しかし、規制庁は何食わぬ顔で審議官を「更迭(こうてつ)」処分にし、古巣の文科省へと送り返してしまった。
だが、「更迭」とは名ばかり。文科省内ではこの審議官の評価は原発再稼働のために汗をかいたと上々のはずで、これでは「更迭」どころか、まるで「凱旋」だ。
こんな不条理がまかり通るのも、「ノーリターンルール」が事実上骨抜きにされたためだ。
■「フクシマ」を見つめ直す日
3・11を前に、久しぶりに東京電力がマスコミに福島第一原発の様子を公開した。そこで目立ったのは巨大なタンク群だった。
1〜4号基では復旧が遅々として進んでいない。水素爆発を起こした3号基はむきだしの鉄骨がぐにゃりと曲がり、鳥の巣のような無残な姿をさらしたままだ。最も危険視されている4号基にいたっては1500本の使用済み核燃料棒のうち、取り出されたのはわずかに2本のみ。
東電は今も大量の水を注入し、燃料プールや炉心を冷却する必要に迫られている。その量は23万t。巨大なタンク群はこの汚染水を保管するためのものである。
まさに福島第一原発はまだレベル7のまま大量の汚染水を毎日大量に出しながら、「冷温停止状態」を辛うじて保つという危機的な状態が続いているのだ。
なのに、この国はそんな危機も忘れ、再び原発再稼働容認へと舵を切ろうとしている。
この国はもう一度、レベル7の原発事故でも体験しない限り、原発の恐怖を認識できないのではないか―?
だが、日本の国土は狭い。もう一度、レベル7の原発事故が起きれば、それこそ日本は本当に滅亡しかねない。
3・11から2周年とあって、しばらくは原発事故を振り返るニュースが数多く報道されるだろう。
でも、一過性の盛り上がりで終わらせてはいけない。
原発ゼロ政策を反古(ほご)にするかのような安倍・自民、そして原子力ムラの動きにくぎを刺し、日本を真に安全で安心な国にするためにいま一度、フクシマの惨状を見つめ直してほしい。
(撮影/山形健司)
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。民主党政権と霞が関を批判した著書『日本中枢の崩壊』(講談社)がベストセラーに。現在、大阪府市統合本部特別顧問
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