02. 2013年3月09日 00:00:17 : sDksu9jb2U
【第317回】 2013年3月8日 仲野博文 [ジャーナリスト]
アルジェリア人質事件で注目
日本人が知らない「民間軍事会社」の実態
1月にアルジェリアで発生した人質事件では、政情が不安定な地域における企業活動の難しさが浮き彫りになった。一方、海外の日系企業がセキュリティ会社に現地での安全の確保を依頼するケースも珍しくない。「民間軍事会社」とも呼ばれるセキュリティ会社とはどういったものなのか?そして、その将来像とは?(取材・文/ジャーナリスト 仲野博文)
アルジェリア人質事件で安倍総理が
“企業戦士”と呼んでくれたことに心が震えた
なかの・ひろふみ
甲南大学卒業、米エマーソン大学でジャーナリズムの修士号を取得。ワシントンDCで日本の報道機関に勤務後、フリーに転身。2007年冬まで、日本のメディアに向けてアメリカの様々な情報を発信する。08年より東京を拠点にジャーナリストとしての活動を開始。アメリカや西ヨーロッパの軍事・犯罪・人種問題を得意とする。
「アルジェリアの事件で、安倍政権が邦人退避のために初めて政府専用機を使ってくれたことに感謝している。今までは政情が不安定な国から邦人が退避する際、政府専用機に政府関係者以外の邦人が搭乗させてもらえることはなかった。海外にいる法人の命をどう考えているのかと、これまでは憤っていたが、政府の今回の決断には拍手を送りたい。また、安倍総理が海外で様々な事業に携わる邦人を企業戦士と呼んでくれたことに心が震えた」
アルジェリアで10人の日本人が犠牲になった人質事件が発生してから1ヵ月が過ぎた2月中旬、世界各地でインフラ事業に携わる日系コンサルタント会社の代表は筆者にそう語ってくれた。
アルジェリア人質事件について、ここで簡単に振り返っておこう。1月16日、アルカイダ系組織の司令官モフタール・ベルモフタールに率いられたと見られるアラブ系の武装集団が、アルジェリア東部イナメナスにある天然ガス施設を急襲。約30人のテロリストで組織された犯行グループは外国人スタッフらを乗せたバスが施設内の居住区域から外に出た直後を狙い、そのまま居住区域を占拠した。施設内にいた800人以上が人質となってしまい、アルジェリア国内の報道によれば、そのうちの132人が外国人だったとされる。
事件発生後、アルジェリア軍は施設周辺を包囲。翌日の17日からは、ヘリコプターによる犯行グループへの攻撃もスタートした。アルジェリア軍によるテロリスト壊滅作戦は19日まで続き、最後は犯行グループが人質を巻き添えに自爆を決行。4日間でテロリストを含む70人近くが死亡する大惨事となった。
1969年からアルジェリアでプラント建設に携わり、長い年月をかけて現地スタッフや地元民との信頼関係を築き上げた日揮の関係者が犠牲になったことは、業界に少なからぬショックを与えた。危険と考えられる地域での仕事は、誰だって腰が引けてしまうものだ。しかし、途上国における開発プロジェクトでは、ビジネスだけでは割り切れない、特殊な感情を抱く現場スタッフも少なくないという。前出のコンサルティング会社代表が語る。
「本音を言えば、危険と考えられる地域であっても、そこで我々の技術力が必要とされるのであれば、最後の最後まで現地で業務を継続したいという思いはある。長い年月をかけて培ってきた取引相手や地元民との信頼関係、さらにプロジェクトに対する思い入れもあり、状況が悪化しても現場から離れることを望まないエンジニアは少なくない。南米の某国で発生した人質事件では、弊社のエンジニアもテロリストに囚われの身となったが、事件の解決後に現地に残って仕事を最後まで続けたいと聞かされた時には、感慨深いものがあった」
海外在住の日本人は118万人を突破
どこでも起こりうるテロの危険
外務省領事局政策課が発表した最新の調査によると、2011年10月1日現在、海外で暮らす日本人の数は118万人を突破。20年前の調査結果と比較すると、倍近く増加している。中東で暮らす日本人永住者・長期滞在者は約1万人。アフリカでも約8000人の日本人が永住者・長期滞在者として生活する。
海外で暮らす邦人が増えれば、それだけ邦人がテロや凶悪犯罪に巻き込まれる可能性も増える。最近発生した事件だけを振り返っても、1999年には中央アジアのキルギスで4人の日本人鉱山技師と通訳らが誘拐され、のちに日本人の人質は解放されている。2001年にはコロンビアで日系企業の現地法人幹部が誘拐され、2年後に遺体で発見されている。2008年にもアフガニスタンで人道支援を行っていた日本人スタッフが誘拐され、のちに殺害されている。
また、日本人が巻き込まれることはなかったものの、先月16日にはナイジェリア北部にある建設会社の施設で外国人技師ら7人が武装グループに連れ去られる事件が発生。翌日には同国沖でエネルギー会社の船が海賊に襲われ、外国人6人が誘拐されている。
犯罪が多発する地域や紛争国で誘拐やテロの危険からスタッフを守るために、現在多くの企業が民間のセキュリティ会社と契約を結び、リスクヘッジに努めている。特殊部隊出身らを雇い、危険な地域で警備活動させるセキュリティ会社も少なくなく、10年ほど前から民間軍事会社という言葉が広く使われるようになった。
軍や警察が当てにならない地域で
“安全”を売る民間軍事会社
要人警護に従事する民間軍事会社の警備員たち Photo:AP/AFLO
イラクやアフガニスタン関連のニュースでよく出てくるのが、民間軍事会社を意味する「プライベート・ミリタリー・カンパニー」やその会社に雇われたセキュリティ・コントラクターと呼ばれる契約警備員だ。民間軍事会社は重装備の警備員を使って要人や施設の護衛を行うだけではなく、兵站や情報収集と分析も業務の中心と位置付けている。
米連邦議会内の独立委員会「戦時契約委員会」の調べでは、イラクとアフガニスタンの2国だけで、最盛期には約26万人の「民間人」が米政府の業務を請け負う形で活動していた。筆者は2004年夏、軍のアウトソーシング化について調査するブルッキングス研究所のピーター・シンガー氏に取材をした経験があるが、シンガー氏は当時「イラクだけで少なくとも2万人の武装した民間警備員が活動している」と語っている。シンガー氏によると、当時は民間警備員の需要があまりにも高かったため、イラク国内の民間警備員の数を把握できないペンタゴンがシンガー氏にアドバイスを求めることもあったのだという。
危険な地域でのセキュリティとは、どういった形のものなのか?前出のコンサルティング会社代表が、最近仕事でイラクを訪れた際の様子について語る。
「現在も中東地域で活動を行っているが、イラク出張の際には民間軍事会社とセキュリティ契約を結んでおり、10人近くの警備員が常時護衛してくれる。警備会社に支払う額は地域や内容によって異なるが、1日2500ドルの時もあれば、1万ドルかかるケースもある」
コンサルティング会社代表は、イラク国内の移動の際にかかる警備コストは各地域の安定度によって変動するが、爆弾テロなどが頻発する首都のバグダッドや南部と比べて、豊富な天然資源を背景に治安や経済に安定化の兆しが見え始めた北部ではセキュリティ料金も安くなるのだという。代表が話を続ける。
「イラク出張では特殊部隊出身の元兵士らによって護衛を受けたが、彼らは全員軽機関銃を帯同し、我々が乗った車は防弾仕様となっており、地雷・仕掛け爆弾対策として車底には分厚い鉄板が取り付けられていた。後部座席には重機関銃も備え付けられる仕様になっており、軍用車両そのものだった」
地域によって異なる警護ニーズ
南米ではテロよりも凶悪犯罪
南米在住の日系企業駐在員は、「こちらではテロよりも、誘拐や強盗といった凶悪犯罪から身を守ることが何よりも大切」と中東やアフリカとの違いを強調しながら、地域によってはセキュリティ会社に身を守ってもらわなければ、企業活動もままならいと語る。また、日本ではあまり馴染みのない国々だが、グアテマラやホンジュラスではアメリカやメキシコから流入した大量の銃がブラックマーケットに出回っており、出張の際にはテロとは異なる緊張感に包まれるのだという。
「メキシコやブラジルに出張する場合、現地ではほとんどの移動にタクシーを使うが、時と場合によっては社用車を使う。社用車は防弾仕様となっており、誘拐や銃撃に遭遇する可能性のあるエリアで使うのはやはり社用車だ。誘拐は大きな問題だが、ビジターとして短期滞在する場合には、逆に自分の素性も把握されにくいため、誘拐されるリスクは普段よりも低いのではないかと思う」
どういった基準でセキュリティ会社を選び、契約を結ぶのかという点も興味深い。過去の実績や警備にかかるコストなど、様々な点を考慮して、最終的に契約に至るはずだが、前出のコンサルタント会社代表が意外な話を明かしてくれた。
「新しくプロジェクトを始める国で民間の警備会社と契約を結ぶ直前、アメリカ政府の情報機関や軍の関係者から、特定の民間軍事会社を使ってくれないかと持ちかけられたことがある。そういった会社は特殊部隊の元メンバーらを警備員として雇っており、エリート軍人のセカンド・キャリアの受け皿としても使われている」
たしかにデルタフォースやSEALSといった、ハリウッド映画でも頻繁に描かれる米軍エリート部隊出身者が民間軍事会社に転職するケースは珍しくない。ワシントンDCにある軍のアウトソーシング化の拡大を目指すロビー団体「国際安定化事業協会(ISOA)」の創設者ダグ・ブルックス氏は、イラクやアフガニスタンで経験値の高い民間警備員を活用するメリットを強調する。
「たとえば、イラクで実際に警備を行うPMCスタッフの多くは、アメリカやイギリスのエリート部隊で経験を積んだベテランだ。プロフェッショナリズムに徹するという点では、一般の兵士以上の働きを見せてくれる」
「同一扱いは名誉棄損に等しい」
民間軍事会社と傭兵の違いとは?
傭兵と民間軍事会社スタッフの違いを説明するのは難しい。どういった違いがあるのだろうか?
2008年にイラク国内で活動する民間軍事会社の実態をまとめた『シャドー・フォース』を上梓し、米連邦議会公聴会でも証言を行った経験のある軍事アナリストのデービッド・アイゼンバーグ氏は、ブッシュ政権時代にイラクやアフガニスタンといった複数の国で大々的な軍事作戦が同時に行われたことが、冷戦終結後の90年代初頭に世界各地で作られ始めた民間軍事会社をより大きな存在に変貌させたと語る。
冷静終結前にも、特殊部隊出身者らで組織された傭兵組織は南アフリカやイギリスなどに存在した。しかし、前出のブルックス氏は「メディアや知識人の間で民間のセキュリティ会社を傭兵と呼ぶ傾向があるが、はっきり言えば名誉棄損に等しい」と憤慨する。アイゼンバーグ氏は交戦規定を例に出し、傭兵との違いを説明する。
「傭兵集団との大きな違いは戦闘を行う際の判断基準にある。施設や要人の護衛目的で送られたスタッフにも交戦規程は存在するが、武器の使用はあくまでも自衛と(施設や要人の)保護のみに厳しく限定されている。例えば、要人を護衛するセキュリティ・チームのもとに、周辺に潜伏するテロリストや誘拐犯といった面々の細かな情報が送られたとしよう。構成員数や隠れ家の場所、使用する武器の種類といった情報を事前に入手したとしても、リスクヘッジのために民間軍事会社スタッフがテロリストの隠れ家を先制攻撃という形で急襲することはない。あくまでも護衛という範囲内で業務は遂行されるのだ」
イラク戦争開始から1年ほどで、民間軍事会社からイラクに派遣されたスタッフは2万人を超えた。早急に大量の人員を確保したい民間軍事会社側と、軍時代と比べて数倍の給料が保証されることに魅了され、応募に殺到する元エリート兵士たちの間で、細かい身辺調査が省かれる傾向が見られるようになった。この結果、人材面でセキュリティ会社間に大きなバラツキが生まれる。
アイゼンバーグ氏は業界の淘汰再編は近いと語り、軍や政府ではなく、民間企業から鉱山やプラントの警備業務を請け負うスタイルが主流になるだろうと予測する。しかし、それ以上に、セキュリティ会社が警備事業以外の分野も拡大させなくてはいけない時代に突入した事に注目する。
ライフルから情報へ
変わりゆく将来像
重武装した警備員を紛争地帯などに送り込む民間軍事会社によるセキュリティ・ビジネスは、テロや凶悪犯罪や頻繁に発生する不安要素を抱えた地域がいくつも存在する現状も手伝って、まだまだ世界中で需要があるようにも思える。しかし、アフガニスタンとイラクにおける米軍や同盟国軍部隊の規模や戦略が変化するのに比例して、ビジネスの形態も変わりつつあるようだ。
前出のブルックス氏は、「需要が激減したわけではないが」と前置きしながら、最近の流れについて語る。
「どの業界にも波はあるものだが、セキュリティ会社が特殊部隊経験者の大量採用に踏み切り、紛争地で大儲けしたのは過去の話。7、8年前がピークだったと思う。その点だけを見れば、業界は縮小傾向にある。要人の警護だけではなく、海賊からタンカーを守る仕事でもセキュリティ会社は活躍しているが、警備以外の分野で新たな活路を見出そうとする動きが増えてきた」
アイゼンバーグ氏も民間軍事ビジネスにおけるトレンドの変化に注目する。
「たしかに米英の特殊部隊出身者らによる警備は心強い。しかし、警備業務は現地スタッフを訓練することによって、一定のクオリティを維持できる。元エリート兵士に銃を持たせて警備につかせるよりも、軍や情報機関で培ったノウハウを活用し、政府や民間企業をクライアントにして情報収集活動する方がビジネスとして将来性があるのではないかという声が大きくなってきた」
民間企業が政府の情報収集・分析を請け負うケースは過去にも存在した。2004年5月にイラクのアブグレイブ刑務所で囚人が虐待を受けていた事実が発覚。裸にされた囚人達の横で咥え煙草でポーズを決めるアメリカ人取調官の写真が何枚も外部に流出したため、大きなスキャンダルへと発展した。
実はアブグレイブで囚人の尋問を担当していたのが、アメリカのバージニア州にあるCACI社から派遣されたアメリカ人の契約社員達だったのだ。CACI社は情報収集・分析ビジネスにも力を入れており、2011年には子会社がスコットランドの国税調査業務を日本円にして約20億円で請け負ったが、地元住民からは批判が噴出した。
加えて、アメリカではCIAなどの情報機関が民間企業に一部業務をアウトソーシング化している事実が明らかになり始めている。2011年9月20日にワシントンの連邦議会で開かれた公聴会では「諜報活動における民間企業への委託」がテーマとなり、その中でアメリカの諜報活動に従事する全スタッフの28パーセントがセキュリティ会社などから派遣された民間人である事が明かされ、より高い専門知識を持つ民間人スタッフが平均で政府職員の倍のサラリーで働いている実態も紹介された。サイバーセキュリティの強化から衛星写真の解析まで、実に幅広い分野で民間人スタッフが活躍している。
ロイター通信は昨年10月、複数の民間軍事会社関係者の話として、今後ペンタゴンから軍事業務の民間委託が激減するだろうという業界内部の認識を伝えている。イラクとアフガニスタンから米軍が完全撤退すると、米軍の任務を請け負う必要性が無くなってしまうという見通しが強い。また、オバマ政権が中東からアジア太平洋地域に戦略的なプライオリティを変更したため、「戦艦や海兵隊部隊が重要視される地域では、これまでのような民間軍事会社スタッフに対する需要は出てこないだろう」とロイター通信は伝えている。
アフガニスタンとイラクから米軍部隊が撤退するのに合わせて、世界各国の民間軍事会社も新たなビジネスチャンスを模索し始めた。仮に元エリート兵士らによる警備活動がアジア太平洋地域ではあまり必要とされないとしても、すでに兵站や情報収集・分析といった分野で着実にビジネスを拡大する業界にとって、日本を含むこの地域が新たな主戦場になる可能性はゼロではない。