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好戦的発言を繰り返す下級将官は出世できない
解放軍軍人の強硬発言の真意〜中国株式会社の研究(199)
2013年01月25日(Fri) 宮家 邦彦
前回は中国メディアの「好戦的」報道を取り上げた。この種の論評は一部の軍人や中国版「ネトうよ」などに限られ、共産党本流の方針とは異なるらしい、というのが結論だった。そこで今回は、解放軍軍人が過激な発言を繰り返す真の理由について考えてみたい。
タカ派軍人の強硬発言
人民解放軍の儀仗隊〔AFPBB News〕
日本のメディアも人民解放軍関係者の対日強硬発言には強い関心があるようだ。この種の好戦的発言は過去数年間だけでもかなりの量に上る。本稿ではごく最近報じられた例のみをいくつかご紹介したい。
●国家安全政策委員会副秘書長の彭光謙少将は、中国メディアで「日本が曳光弾を1発でも撃てば、それは開戦の一発を意味する。中国はただちに反撃し2発目を撃たせない」と述べた(2013年1月14日)
●軍事科学学会副秘書長の羅援少将は、「私たちは戦争を全く恐れていない。一衣帯水といわれる中日関係を一衣帯血にしないように日本政府に警告する」と発言した。(同年1月15日)
●軍事科学院の任海泉副院長は、「第2次大戦の教訓を顧みない人が、戦後の国際構図に挑んでいる」、「ファシスト国家が付けた戦火が多くの地域に燃え広がった」、「オーストラリアのダーウィンにも爆弾が落とされた」などと述べた。(2012年10月29日、於メルボルン)
解放軍高官とは誰のことか
1月17日付ロイター中国語ウエブ版は、人民解放軍の「高官の好戦的発言」が「言論が統制されている中国」において「政治外交に大きな変化が生じたこと」を示唆しているなどと報じている。
でも、ちょっと待ってほしい。そもそも「軍高官」とは一体誰のことを指すのか。
調べてみたら、以前彭光謙少将は日米軍事演習や日本の軍事戦術について語っている。羅援少将も昨年尖閣諸島について書いている。
軍人として彼らがどの程度優秀かは知らないが、これらを読む限り、彼らの国際情勢や国際法に関する知識はお粗末としか言いようがない。
誤解を恐れずに申し上げる。これら「タカ派高官」なる人々の多くはせいぜい少将以下の下級将官・将校に過ぎない。彼らは「軍関係研究者」や「著名な軍事評論員」であっても、共産党中央委員205人の中に入るような解放軍主流の「高官」ではなさそうだ。
中央委員たる軍人は40人
中国初の空母「遼寧」の艦載機「殲15(J-15)」の発着艦試験〔AFPBB News〕
それでは、本当の「軍高官」とはどのような軍人たちなのか。以前お話したとおり、第18期共産党中央委員会に現役の軍人は41人いる。そのうち1人は江沢民元総書記の秘書から軍に入った人物なので、生粋の軍人と思われる者は全部で40人だ。
この40人の内訳が実に面白い。筆者の集計によれば、最大勢力は陸軍の20人、続いて政治委員系が7人、空軍が5人、海軍が4人、武装警察が2人と続き、残りが第2砲兵(戦略核ミサイル部隊)と工兵それぞれ1人となっている。
職種別に見ていくと、さらに面白い。彼らの多くは上将であり、総参謀長を含む以下の各組織の部長、主任、副主任、司令員、政治委員など、解放軍主要ユニットの幹部ばかり。要するに軍という官僚組織の中で出世した連中がほぼ自動的に中央委員になっているのだ。
●各軍種等(陸軍、海軍、空軍、第二砲兵、武装警察、軍事科学院、国防大学)
●四総部(総参謀部、総政治部、総後勤部、総装備部)
●七大軍区等(瀋陽、北京、蘭州、済南、南京、広州、成都とチベット、ウイグル軍区)
●三大艦隊(北海、東海、南海)
強硬派は出世しないのか
これらエリート軍高官の略歴を見れば、ご紹介したようなタカ派「軍事評論員」ごときが中央委員になる確率など極めて低いことがすぐ分かる。解放軍も巨大な官僚組織だ。自己顕示欲が強く、不規則発言を繰り返すような輩に上司からの「引き」はないのだろう。
そもそも出世チャンスがないから、研究畑に異動したのだろうか。閑職だから目立とうと過激な発言を繰り返すのだろうか。いずれにせよ、彼らは政策決定者ではなく、中央政治局や中央軍事委員会が決める党の政治・軍事方針を実施するただの「駒」に過ぎない。
それではなぜ、彼らにはあのような過激な発言が許されるのか。中国の国力に対する過大評価、日本に対する警戒心、対日劣等感の裏返しなどの要素があることは間違いない。
この傾向は特に若い幹部の間で強いとも聞く。しかし、理由はそれだけだろうか。我々は彼らの真の役割を見逃してはいないだろうか。これが筆者の問題意識である。
好戦的論評の内政上の理由
これからは、いつもの通り、筆者の独断と偏見による仮説だ。十分な検証にはもう少し時間と情報が必要だが、筆者はどうしても、彭光謙や羅援などの対外強硬発言を額面通り受け止めることに強い違和感を持つ。以下は筆者のとりあえずの見立てだ。
●これらのタカ派将官たちもそれなりの軍人であり、人民解放軍の力の限界は内々理解しているはず。恐らく、彼らは確信犯で対日米強硬論を喋っていると同時に、何か別の目的で(軍上層部によって)喋らされている可能性もあるのではないか。
●今の解放軍は太平洋米軍の敵ではない。されば、解放軍が直面する最大課題は、対外関係ではなく、むしろ内政上の問題だろう。党指導部にとっては、「軍の自律性」を維持しつつ、「中国の対外的イメージ」の劣化を食い止めることが喫緊の課題ではないのか。
●さらに解放軍は、国軍化(党の軍隊から国家の軍隊へ)、軍区システムの見直し(国内政治組織からプロの軍隊へ)、情報戦化・統合戦化(陸軍中心から海空の重視へ)など様々な改革の実行も迫られているはず。軍、特に陸軍の一部、がこれに抵抗している可能性は十分ある。
●中央委員205人中、軍人は40人もおり、事実上の拒否権を持っている可能性はある。他方、解放軍の国軍化、プロフェショナル化、陸軍中心体制の見直しなどを求める声は今後党内でも高まる可能性は強い。解放軍も何らかの対応を迫られているのではないか。
以上の筆者の仮説が正しければ、今回ご紹介したタカ派軍高官なる人々の発言は全く別の意味を持つ。恐らく、こうした宣伝工作の内政上の目的は、中国国内で戦争の危機を煽り、解放軍改革の議論自体を封印し、解放軍組織の現状を維持することなのだと思う。
繰り返すが、解放軍の大政治戦略を実際に考え、党中央と共に決めていくのは、中央軍事委員会副主任を頂点とする40人ほどの解放軍エリートだ。過激発言で有名な一部の「軍事評論員」など、特定の政策目的のために動員される宣伝工作員に過ぎない。
要するに、あの程度の下級将官の政治的プロパガンダに過剰反応したり、一喜一憂する必要はないということだ。むしろ注意すべきは、彼らの1〜2世代下の若い幹部候補生たち。彼らのナショナリズムはより強烈、しかも賢い彼らはそれを外部に絶対に漏らさない。
このように現在深く潜行・拡大しつつある若い世代のナショナリズムは、いずれ日米同盟にとって、現在よりもはるかに恐ろしい存在となっていくに違いない。