http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323284004578249023802135586.html
肥田美佐子のNYリポート
2013年 1月 18日 18:36 JST
東電に99億円請求した被ばく米兵8人の代理人弁護士に聞く
東京電力福島第1原発の事故から1年10カ月余りがたった。
日本では、東電に対し、福島県内外の住民による複数の刑事告訴が進行中だと報じられているが、米国でも、昨年12月21日、カリフォルニア州サンディエゴの米連邦地裁に、東電を相手取り、1億1000万ドル(約99億円)の損害賠償を求める民事訴訟が起こされた。
訴えたのは、サンディエゴの米海軍基地を母港とする原子力空母「ロナルド・レーガン」の乗組員8人。東日本大震災直後、米海軍の被災地支援プロジェクト「トモダチ作戦」で三陸沖に停泊し、飛行甲板での除染作業などに当たっていた。
訴状によると、原告のなかには、甲状腺の異常や持続性片頭痛、腸からの出血などの症状が見られるという。当時、女性乗組員のおなかの中にいた乳児(昨年10月、誕生)も損害賠償の対象になっている。
請求額の内訳は、原告一人あたま1000万ドルの損害賠償金に加え、東電が放射能に関する正しい情報を与えず、被ばくし、健康を害したとして、二度と同じようなことが起こらないよう抑止することを目的とする「懲罰的損害賠償」3000万ドルだ。また、別途、原告をはじめ、日本の被災者などに治療を施す非営利医療組織の設立基金、1億ドルも求めている。
原告が放射能によるものだと主張する症状は、どのように発症したのか。乗組員の労働災害などに直接責を負うべき米海軍でなく、東電を訴えたのはなぜか。米海軍は、正確な情報を把握していなかったのか。原告代理人でサンディエゴ在住のカリフォルニア州弁護士、ポール・C・ガーナー氏に話を聞いた。
――東電が虚偽の情報を流し、安全性を強調したことで、乗組員が被ばくし、健康を害したとの主張だが、訴訟に至った経緯を教えてほしい。
ガーナー弁護士 原告の一人である女性乗組員(リンジー・クーパーさん、23)の父親が、娘の体調が悪いと言って訪ねてきたのが、そもそもの始まりだ。彼女は、震災直後、ロナルド・レーガンの飛行甲板で「トモダチ作戦」に携わっていたが、かつてないほど体重が増加し、体調もすぐれなかった。精神的なものなのか、肉体的なものなのか、父親は非常に心配していた。
調査していくうちに、ほかの乗組員のなかにも具合の悪い人がいることが分かった。何かに集中できなくなったり、体重が急増したり、逆に体重が約14キロ激減したり。激やせした女性は、胆のう摘出の手術を余儀なくされた。腸からの出血や鼻血、甲状腺に問題が生じた人も複数いる。原告は、全員20代の若者だ。いずれも以前は健康だったが、徐々に症状が進み、ある時点で顕著になった。連日、片頭痛に襲われるようになった人もいる。
――症状と被ばくとの因果関係を診断したのは、米海軍専属の医師か。
ガーナー弁護士 違う。米海軍は、当時、被ばく線量は最小限に抑えられていたという見解に終始している。自然光の下で30日間くらい浴びる程度の放射線量だった、と。だが実際は、非常に高かった。4基の原子炉がメルトダウン(炉心溶融)し、放射性物質が飛散した。
被災地支援に駆け付けた乗組員たちは、ヘリコプターでロナルド・レーガンに戻ると、自分たちの除染作業をしなければならなかった。安定ヨウ素錠を飲み、着替え、体を洗浄した。だが、(有害な物質を体内から排出する解毒治療である)キレート療法は行われなかった。ヨウ素剤も、乗組員全員には行き渡らなかった。2年たたないうちにこれだけの症状が出ているのだから、今後も様子を見続けるべきだというのが、わたしの見解だ。否定論者は、何を以てノーと言うのか理解できない。
症状が顕在化している人は急増している。(ロナルド・レーガンが属する)米第7艦隊だけでなく、米海軍駆逐艦「プレブル」、原子力空母「ジョージ・ワシントン」など、「トモダチ作戦」にかかわった軍用船の乗組員らだ。
診断に当たったのは、非常に高名な米国人の環境毒物学者兼内科医で、(08年)ニュージャージー州の住人がフォード自動車を相手取って起こした(集団訴訟の)クラスアクションにもかかわったことがある。同州の組み立て工場から廃棄された有害化学物質が飲料水に流れ込み、何百人もの住人ががんになったケースだ。
――被ばくと健康被害の関係は立証が難しいと言われるが、その医師が、今回の訴訟についても因果関係ありと判断したのか。
ガーナー弁護士 そうだ。関係がある可能性のほうが高い、と結論づけられた。もっと多くの症例が出れば、(立証が)容易になるという。現在、調査を進めている最中だが、何らかの症状が出ている乗組員は、すでに40人を超えている。骨や骨格組織の衰弱などが見られる人もいる。単なる偶然にしては、人数が多すぎるだろう。医者は、因果関係があるという認識を日ごとに深めている。これは、独断や根拠なき主張ではない。
被告である東電の回答期限(2012年12月21日の提訴から60日間)以内に、追加の訴えを起こすつもりだ。これから(病気が)どうなるか、誰にも確かなことは分からないが、治療が必要になることだけは間違いない。退役軍人管理局は、イラクやアフガニスタンからの帰還兵への補償さえ不十分である。被ばくした乗組員への対応となれば、なおさらだ。
――ロナルド・レーガンには、原子炉が2基搭載されている。乗組員らは、放射能や被ばくに関する知識が豊富だったのではないか。
ガーナー弁護士 空母の原子炉に問題が生じた場合の心得はあったかもしれないが、原発事故の救援については、何の訓練も受けていなかった。ヘリコプターやジェット、レーガンにも放射線測定器はあったが、(当時の情報では)害はないと思っていた。
当初から、東電は問題の程度を軽視していた。組織的な詐欺行為だ。彼らは現場にいた。何が起こっているのか知っていたはずだ。もし自宅で事故が起こり、どのくらい危険か知っていたら、救援に来る人たちに警告するのが務めであるのと同じことだ。
(昨年4月、第1原発を視察した米上院エネルギー委員会の)ワイデン米上院議員は、帰国後、その惨状について注意を喚起し、食物連鎖にも言及している。
「わたしたちのために東電と闘ってほしい」と、日本人からも連絡を受けているが、それはできない。まず日本には(ある者が、法的利害関係を共有する別の構成員の許可なしに、代表として提訴できる)クラスアクションが認められていない。
――1億ドルの医療基金とは?
ガーナー弁護士 非営利組織の医療施設を設立し、治療だけでなく、被ばくした人たちがどうやって生産的で実りある生活を送れるかといった教育も行う。日本の人たちも利用できるように、ハワイに立ち上げる。日本国内では十分な補償を受けられないのではないか、と危惧するからだ。
この悲惨な状況から何らかの希望の兆しを見いだせるとしたら、東電の協力を得て、被害に遭った人たちが適切な治療を受けられるようにすることだろう。希望や、前進する力を失った被災者のためにも、先んじて訴訟を起こすことで、この問題が葬られないように、世間の関心を喚起したい。
――本来なら、直接の雇用主である米海軍を訴えるべきだったのでは?
ガーナー弁護士 彼らも、(東電から)情報を与えられた側だ。現場の放射線量を測定しにいったのではなく、救援活動をしにいったのだ。最初に情報を流したのは、東電である。乗組員らは、米海軍と米政府の言うことを信頼し、自分の身を守ろうとしたわけだが、発信元が、肝心な問題について明らかに情報を隠し、うそをついていたとしたら、部下や自分の身を守ることはできない。
当初、乗組員は、自給式呼吸器も放射能汚染防護スーツも不要だと教えられていた。ヘリコプターなどの航空機がレーガンに戻り、原告らが洗浄作業に当たったわけだが、問題は、汚染水の海洋投棄により、洗浄に使った海水が放射性物質に汚染されていたことだ。
乗組員の安全を確保すべきなのは米海軍だから、彼らを訴えればいい、とはならない。米法律学の下では、第一義的な加害者が、その不法行為によって生じたすべての損害に責を負うことになる。勝つ自信はある。日本で十分な対応を受けられない人たちのためにも、思い切って立ち向かうことにした。
――今後、こうした訴訟が増えていくと思うか。
ガーナー弁護士 何とも言えないが、福島から流れてくるがれきが来年、米西海岸にたどり着くことを考えると、イエスと答えるかもしれない。すでにプラスチックなど、軽いものはハワイに到着している。
先日、米西海岸ワシントン州ブレマートン市の海軍基地に停泊中のレーガンを見ていたら、福島から流れ着いたと思われる無人の漁船が漂っており、米海軍のスタッフが船底に穴を開け、海に沈めていた。
同様の訴訟を起こしたいという人から連絡をもらうが、むやみやたらにやるつもりはない。東電からはまだ返答がないが(日本時間1月16日時点)、もっと時間が必要だというのなら、それでもかまわない。われわれの目的は、無理やりお金を出させることではなく、根拠となる事実に基づき、救済策を話し合うことにあるのだから。
(インタビュー後記)米東部時間1月17日、訴状の宛先である東電ワシントンDC事務所に問い合わせたが、訴訟についてはノーコメントという返事が返ってきた。
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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト
東京都出身。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社などに エディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・ト リノ)に参加。日本の過労死問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘され る。現在、『週刊東洋経済』『週刊エコノミスト』『ニューズウィーク日本版』『プレジデント』などに寄稿。ラジオの時事番組への出演や英文記事の執筆、経済・社会関連書籍の翻訳も行う。翻訳書に『私たちは"99%"だ――ドキュメント、ウォール街を占拠せよ』、共訳書に 『プレニテュード――新しい<豊かさ>の経済学』『ワーキング・プア――アメリカの下層社会』(いずれも岩波書店刊)など。マンハッタン在住。
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