18. 踊るカルト宗教[1] l3iC6YNKg4uDZ49Ai7M 2021年6月25日 23:34:36 : 5ZxUCrwpJY :TOR VFZWVlRHb3FDQUE=[3]
>本部は山口県熊毛(くまげ)郡田布施(たぶせ)町にある
>彼女の死後は孫娘の清和(きよかず)が後を継いだ
>地上における神の国の建設と世界平和達成の教えを説いた
「自民党清和会」と「統一教会」と「日本会議」の
バックボーンということになりましょうか
以下転載
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http://h8gkd6y.blog.fc2.com/blog-entry-6043.html
天照皇大神教教祖北村清和(サヨ)は李氏朝鮮長州イボ侍外子。
自民党清和会の名は新興宗教教祖名から採用。
踊るカルト宗教。
イボ侍出身地山口県熊毛郡新羅帰化人部落。
創価学会公明党との関係と同じで憲法の政教分離に抵触。
衆議院議員岸信夫を始めとする山口県出身議員会員。
https://kotobank.jp/word/%E5%A4%A9%E7%85%A7%E7%9A%87%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E5%AE%AE%E6%95%99-102445
天照皇大神宮教
てんしょうこうたいじんぐうきょう
北村サヨが1945年(昭和20)に創唱した新宗教。彼女を宇宙絶対神の宿る人間
とみて、その説法を信奉する。教義では、自己中心的な心を捨て、無我の境地
に達することが人生の目的とされる。
信者はこの境地を象徴して「無我の舞(まい)」を舞うため、通称「踊る宗教」
といわれた。
祈るときには「名妙法連結経(なみょうほうれんげきょう)」と繰り返し唱える。
内省を重視して仏壇や墓をもたず、いわゆる祖先崇拝は行わないが、その世界観
には憑(つ)き物(もの)などの民間信仰的要素も認められる。
第二次世界大戦直後、北村サヨのカリスマ的魅力も手伝って急激に組織が大きく
なった。
本部は山口県熊毛(くまげ)郡田布施(たぶせ)町にある。神社数1、その他267、
信者数48万0446(『宗教年鑑』平成26年版)。
彼女の死後は孫娘の清和(きよかず)が後を継いだ。
[藤井健志]
『森秀人著『蛆の乞食よ目をさませ』(1970・大和出版)』▽『渡辺雅子著
『救いの体験と論理』(宗教社会学研究会編『宗教の意味世界』所収・1980
・雄山閣出版)』
[参照項目] | 北村サヨ | 新宗教運動
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「天照皇大神宮教」の解説
天照皇大神宮教
てんしょうこうたいじんぐうきょう
北村サヨ (1900〜67) を教祖とする新宗教。
1945年,絶対神天照皇大神が農家の主婦である北村の肉体に降臨したとし,
以後地上における神の国の建設と世界平和達成の教えを説いたのに始る。
六魂清浄により神の子 (真人間) として再生することを説き,信者は
名妙法蓮結経と称えつつ踊るので「踊る宗教」とも呼ばれる。
教典は『生書 (せいしょ) 』。特定の教師をおかず,信者は現職をもち
ながら布教にあたる。
本部山口県熊毛郡田布施町。公称信徒数約 46万人 (96) 。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典