129. 中川隆[-6739] koaQ7Jey 2018年3月30日 23:31:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-9457]
奇習! 毎日違う男に抱かれては身篭り…!
自分の娘を村の“無戸籍・共有妻”として育てた西日本の悲しき伝統
http://tocana.jp/2018/03/post_16161_entry.html
(取材・文/戸叶和男)【日本奇習紀行シリーズ】 西日本
現代の日本でも、実にさまざまな理由や経緯から、戸籍を持たぬ状態で生活し続けている人々が少なからず存在するが、かつて、そうした状況とはまったく異なる形で、特定の人物を“なかったこと”にする習慣が、西日本のとある地域に存在していたという。
「今の時代からしたら人権無視もいいところ。なにせ、存在していないことにされちゃうんですから」
かつて、当地で大量に無戸籍者たちを生み出してきたという悪習について、そう眉を顰めつつ語るのは、現在もこの地で暮らし続けているという加納栄三さん(仮名・80)。加納さんの話によると、今でこそそうした悪習は姿を消したものの、昭和30年代半ば頃までは、特定の条件に当てはまる人々を、その誕生から“なかったこと”にしていたという。
「なんでしょうね、この地域ではね、女の赤ちゃんが生まれると、すべて“死産”という形にして、戸籍上は存在しないにもかかわらず、村の男たち全員の共有妻のような状態で囲う習慣があったんですよ」
男児が生まれた場合は、その家の跡継ぎないし、将来における貴重な労働力として育てられ、女児が生まれた場合は村の男たち全員にとっての“共有妻”になるというこの習慣。当人である女児はもちろん、その親にとっても身を切るような想いであったことは想像に難くないところだ。
「もともとこの一帯が深刻な嫁不足だった時期があるからなのかもしれないですが、それにしたって、今日はあそこの旦那、明日はこっちの旦那っていう具合に、毎日違う男に抱かれて身篭るわけですから、当人たちからすれば災難以外の何物でもないでしょう?しかも、そうやってまた女の子が生まれでもしたら、自分と同じ運命を辿ることになる。だから、あまりの苦境に気を病んで、身投げしてしまう人も多かったそうですよ」
女性として生まれてしまったばかりに、自分が思うような生き方ができないことはもちろんのこと、村全体の“共有妻”とされた挙げ句に、その戸籍上の記載すら“なかったこと”にされてしまっていたという当地の女性たち。そんな彼女たちが耐え難い辛苦に身悶えしながらも生きたことを示すものは、当地を見下ろす小高い山の中腹に、ひっそりと打ち棄てられたままとなっている無記名の墓石群のみである。